第138話 計画決行と一手の差
今回はキリの良い所まで載せているので少し長めです。(当社比1.4倍)
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▼リベッタ(ツールボックス上忍)
計画の準備は順調に進んだ。
八百万カンパニーの所有する大ホールを貸し切りにして神社運営部署の職員らを詰め込んだ。彼らは今日、ここで死ぬのだ。そして、秘密裏に連れてきたパトリオット・シンジケートの構成員たちが彼らに成り代わる。
今日一日で五十人近い人数を一気にすり替えるのだ。さすがにここまで大掛かりな計画は初めてだ。
「ジョイント、気力は十分か?」
「五十人くらいならギリギリ大丈夫かな。むしろ、『完全模写』したとして彼らではすぐにバレるんじゃないかと、そちらの方が心配だけどね」
五十人もの人数を一度に『完全模写』するなど今までに無い。俺は気遣うようにジョイントへと声を掛けたが、彼はそれよりもパトリオット・シンジケートの構成員たちの方を心配していた。
ホール中央に集められた八百万カンパニーの職員らとは別に、ホールの舞台裏で出番はまだかと待っている強面の忍者ども。パトリオット・シンジケートの構成員たちだ。
「たしかに彼らの素人演技ではすぐに他の八百万カンパニーの職員にバレてしまうだろう。だからこそのお前たちだ。上手くフォローしてくれ」
「……はぁ、仕事だから仕方ない。やってやるさ。ただし、誤魔化しが効くのは一週間程度と見積もった方が良いね。彼らが僕たちの言う通りにし続けてくれれば問題ないけど、直接の指揮権は無いんだ。どうせ、ボロが出る」
「分かっている。一週間後には次の部署を狙うさ。八百万カンパニーにある八つの部署を全て食らうのに二ヶ月だ。今日からの二ヶ月は激動の日々になるぞ。気を引き締めろ」
ボロが出る前に八百万カンパニーの職員を全員パトリオット・シンジケートの構成員とすり替える。そのためには速さが何よりも重要だ。
最初は無謀ともいえる挑戦だと思っていたが、蓋を開けてみればすでにその手筈は全て整っている。パトリオット・シンジケートには話を通した。これからは一週間ごとに五十人程度の構成員が追加で送られてくる。後は片っ端から成り代わらせていくだけだ。
神社運営部署の次は広報部、商品開発部、総務部辺りの一般人が関わる部署を攻める。忍者が所属する非合法工作専門の部署は後回しだ。
我ながら隙の無い作戦と言えるだろう。
今日から始まる作戦が八百万カンパニー崩壊の一手だ。気付いた時には取り返しのつかないことに陥っている恐怖を味わうことになるだろう。
「よし、始めるぞ。神社運営部署の職員はホール中央で整列しろ」
俺の号令に合わせて、職員たちは並んでいく。それと同時にジョイントが舞台裏で待つパトリオット・シンジケートの構成員たちを呼びに行く。この作戦では一人でも生き残りが出てはいけない。
ゆっくりと待つ。パトリオット・シンジケートの構成員たちで取り囲み、一瞬で片を付けるのだ。誰かに助けを呼ぶ余裕すらも与えない。
この徹底した非情で冷酷な戦略も暗殺において大事な考えなのだ。他者への恩情は自らの死を招く。しくじれば自分の身が危険に晒されるのだから当然だ。
……。
……それにしても遅い。
ジョイントが呼びに行ってから早三分ほどが過ぎた。ホール脇の扉を出れば十秒もかからずに舞台裏の部屋へ行けるはずだ。本来なら遅くとも一分後にはパトリオット・シンジケートの構成員たちで取り囲むところまで済んでいたはずだ。
ホール中央で整列する神職たちも何かトラブルだろうか、と不安げに俺の方を見てくる。
「何かトラブルでもあった?」
突然、後ろから声を掛けられる。エイプリルだ。
「おい、俺が呼ぶまで中には入って来るなって言っただろう?」
こいつにはホールの外で警備しているように命令を下していた。にもかかわらず、自分の判断で勝手に戻ってきたのだ。
主人の命令に従うこともできないとは本当に無能な忍者だ。今後も同じように勝手な振る舞いをされると計画の邪魔になる。……この女もここで始末するか。
「でもさ、トラブルが起きてるんじゃないの?」
「問題ない。お前は持ち場に戻れ」
俺がそう言うとエイプリルはようやく背を見せた。そして、ホールから出ていこうとする。しかし、もう遅い。この女は計画の邪魔になる。ここで消そう。
たかだか中忍だ。不意を突いて襲えば貫手で心臓を一撃で持っていける。
「あぁ、そうだ。エイプリル」
俺は彼女に呼びかける。その声に反応してエイプリルが振り返った。彼我の距離はわずか一メートル。足を踏み込む。たった一歩で射程圏内だ。右手の指を真っ直ぐに揃え、肋骨を避けるように
終わりだ。この位置関係なら俺の背に隠れてエイプリルを貫手で殺害しても八百万カンパニーの社員たちからは見えないだろう。騒ぎは起こらない。
エイプリルはまるで反応できていなかった。それは即ち、死とイコールだった。
「……はぁ? 何故だ。何故、お前が俺の邪魔をする……?!」
果たしてエイプリルへ放った貫手は心臓を突き刺すことはおろかエイプリルの肌すら傷つける前に止められてしまった。
「答えろ、ピック! どうしてお前が命を張ってまで、その小娘を助けるんだ!」
貫手はエイプリルを庇うように身体を投げ出したピックの心臓を穿っていた。ピックは身体を小刻みに痙攣させつつ、ニヤリと笑うと身体を灰へと変えていった。
……灰となった? どういうことだ。人は死ねば光の粒子となって天に召される。それは世界の常識だ。しかし、俺が殺したピックは確かに薄ら黒い灰となってしまった。そんな死は見たことも聞いたこともない。
ふと気づくと、エイプリルも姿を消していた。
「エイプリル、どこへ行った」
今、俺はエイプリルを殺そうとした。確実に彼女は俺への不信感を持ってしまった。このまま逃げられたらどうなる。ここまで綿密に組み立ててきた計画が水の泡だ。
ええい、ジョイントとパトリオット・シンジケートの構成員どもはまだなのか? 明らかにおかしい。遅すぎる。
いや、もっと言えばピックは何だ。どうして急にエイプリルを守った。それも自分の命を散らしてまで守る理由などありはしないだろう。
……そうだ。有り得ない。ピックが彼女を守る理由は無いんだ。
では、どうして守った。考えられるのは二つ。単純に我々ツールボックスを裏切ったというのが一つ。そして、もう一つは洗脳や催眠などによって支配され、傀儡となっている可能性だ。
どちらのパターンであったとしても最悪だ。そして、より重要なのは「いつ」、「どのタイミングで」、「誰に支配されたのか」ということ。八百万カンパニーの忍者たちが使う忍術は徹底的に調べ上げている。そして、その中に他者を洗脳・支配する忍術の持ち主など存在しなかった。
であるならば誰だ。
まさかエイプリルか? 俺の目を欺くために今まで道化を演じていたとでも言うのか。
ダメだ、不測の事態が起きすぎている。混乱する頭を整理できるだけの時間が欲しい。
「セオリー、裏は終わった?」
混乱する頭を抱えたくなる衝動に駆られていると、ホールの中央にエイプリルが立っていた。彼女は舞台袖からホールに入ってきた男性へと話しかけている。
「あぁ、問題なしだ」
答えるのはスーツ姿の見知らぬ男。舞台袖から出てきたということは舞台裏を通ったはずだ。パトリオット・シンジケートの構成員は何をしている。さらに言えばジョイントだって裏にいたはずだ。彼らが身元も分からない男を素通しするとは思えない。
……いや、待て。
今、エイプリルはあの男のことを何と呼んだ?
「そろそろ、自分が詰んでいることに気付いたか?」
スーツ姿の男は俺へと視線を向ける。俺の視線感知が目の前の男に対する警鐘を鳴らす。
男は自身の顔へ手を当てた。そして次に手を離した時には別人の顔となっていた。その顔は見間違えようもない。俺が成り代わった相手、セオリーだ。
「そんな馬鹿な。死んだはずではなかったのか」
目の前の現実から逃避するように、自らの意志に反してジリジリと足が後ろへ下がる。しかし、すぐにトンと何かに当たった感触がして後退を妨げられた。
「リベッタ、もう逃げ場はないよ」
振り返らずとも声で分かる。この声は俺がさっき殺したピックの声だ。
ヤツが俺の背後に立っているのだ。
「馬鹿な、死んだ者がどうして生き返っている……?」
「おぉ、本当だ。ピックはやられちゃったかと思ったけど大丈夫だったのか。良かった、良かった」
セオリーはホールの中央から俺の背後にいるピックを眺めて呑気な声を上げていた。
「どうやらアイツの言ってた『死は支配から逃れる理由にはならない』ってのは本当らしいな」
もう何も分からない。アイツは何を言っているんだ。俺のキャパシティはいっぱいいっぱいになっていた。もう、逃げ出したい。
「『接合術・
人が通り抜けられるくらいの大きさをした窓を出現させる。そして、一早く窓を開いた。この先はツールボックスのアジトへ繋がっている。
今回は戦略的撤退だ。まさか、ピックから情報が筒抜けになっていたとは。セオリーめ、ヤツを中忍だからといって甘く見ていた。だが、ヤツの顔は覚えた。次は無い。
……うん? どうしたことだ。窓が繋がらないぞ。
窓を開け放った先は真っ暗な闇。本来なら見えているアジトの景色は欠片も見えない。
「あぁ、ちなみにお前の固有忍術で逃げるのは不可能だぞ。このホールにはコヨミの結界が張ってあるからな」
「な、なんだと?!」
「もっと言うなら、お前たちが呼んだパトリオット・シンジケートの構成員も殲滅した。罠に掛かっていたのはお前たちの方だ」
舞台裏からゾロゾロと八百万カンパニーの忍者が姿を現す。軽く見積もっても百人はいる。こちらの戦力の二倍だ。戦闘音が舞台裏から聞こえてこなかった辺り、こちらのホールと舞台裏の間にも結界が張られていたのだろう。
「次が無かったのは俺の方か……」
ここまでされれば誰でも分かる。俺は自らの敗北を悟った。最初からヤツの掌の上だったのだ。
セオリーが俺へと近付いてくる。その手には曲刀を握っていた。ヤツ一人が相手なら退けられるかもしれない。しかし、周囲には八百万カンパニーの忍者も大勢いる。
さすがにこの人数差は勝てないな。せめて一矢報いようかとも思ったが柄ではないと思い直した。
俺は戦闘態勢だった身体から力を抜くと、奥歯を嚙み砕いた。そのまま奥歯の中に隠していたカプセルを飲み込む。
「お前、何をしてるんだ」
セオリーが慌てた様子で俺へ駆け寄ろうとする。馬鹿なヤツだ。その声色、まるで敵にまで情けをかけているかのようだ。
だが、カプセルはすでに溶け、中に入っていた自決用の毒薬は俺の身体へ吸収された。一滴で象をも殺す劇毒だ。人ならばより速やかに死へ送り届ける。
「悪いが俺はツールボックスを売り渡す気はない」
ピックの状態から鑑みるに相手を支配下に置く忍術を所持しているのだろう。ピックのような下位ランクの者ならまだしも、俺やジョイントのような上位ランクの者が手に落ちればツールボックスの重要な情報を取られてしまう。
俺の覚悟を感じ取ったのか、セオリーは悲しげな顔で俺を見た。
「あっちの上忍と同じか。……敵ながら天晴だよ」
ほう、口を滑らせたな。ジョイントも自決を選んだか。それならば悔いはない。
「セオリーよ、地獄で会おう」
俺の意識はそのまま闇へと飲み込まれていった。
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