第100話 ゲームリザルト:ヤクザクランと、元締めと、会長と

▼セオリー


 結局、あの日ルドーは見つからなかった。

 溢れ出す光の奔流によって視界を奪われた後、甲刃重工ビルの最上階には大きな横穴が空いていた。ルドーはその穴から出ていったのだろう。


 リリカによるとルドーは『閃光術』という光に特化した忍者だったらしい。だが、それにしたって部屋の壁に大穴を空けて脱出するというのは想定外だ。リリカもルドーがこれだけの力を発揮したことに驚きを隠せないようだった。

 それから、唯一何かを知っている風だったカザキを問い詰めた結果、彼は早々に白状した。



 ———違法忍具・全能丸ぜんのうがん


 かつて甲刃重工と逆嶋バイオウェアが秘密裏に合同で研究し、作り上げた忍具だという。当時、逆嶋バイオウェアの連絡役はカルマの部下だった為、パットは知らなかった。

 その効果は丸薬一錠につき三十秒、使用者のステータスを軒並み底上げし、まるで全能感を得たかのように錯覚させる。効果時間こそ短いけれど、効果だけを聞けば凄い忍具だ。しかし、その効果の裏には当然、副作用がある。


「少量であれば使用後に倦怠感と全身の筋肉痛、それから頭痛と吐き気、それらが一週間ほど続く程度で済むでしょう。あぁ、もちろん強靭な肉体を持った忍者が使用した場合ですよ」


 普通に重い副作用だ。僅か三十秒のアドバンテージのためにその後一週間常時デバフを受けた状態で過ごすというのはかなりしんどいだろう。というか、忍者でそれなら一般人が使用してしまったらどうなるのか。


「私はあまり深く関与していないので知りませんが、研究データによると一般人へ投与した場合はいずれも自殺してしまい正確なデータを取れなかったようですね」


 カザキの説明に戦慄する。そんなヤバいものを作っていたのか。こうなってくるとカザキを無罪放免とするのも危険な気がしてくるな。


「私一人を罰した所で意味がありませんよ。そもそも甲刃連合を慈善団体か何かと勘違いしていますか? 我々はヤクザクランです。利益になるなら違法行為にも喜んで手を染めましょう」


 俺の考えを牽制するようにカザキは述べる。

 癇に障る言い方だけれど確かにその通りだ。ここでカザキを罰するのは容易い。甲刃重工取締役という役職から追放することだってできる。だが、その結果として甲刃重工がクリーンな企業に成り代わるかと言えば、そんなことはない。単純にカザキの代わりとなる人物が寄越されるだけだ。甲刃連合という大元のヤクザクランが存在する限り、まるで意味がない。


「ですから、セオリーさんは私を見張っていればいいのです。悪事に手を染めようとしていないか、とね。そうして頂ければ私も善良な取締役を演じ続けましょう」


 カザキの言葉は嘘か本当か分からない。言い逃れするために言葉を並べ立てているだけにも思える。しかし、実際カザキを追放したとして、次に寄越される人物が制御不能な人物であれば、それもまた面倒なことになる。

 カザキはまだ話が通じる相手だ。であれば、カザキとの関係を維持して目を光らせておいた方が楽かもしれない。

 どうするかは保留だ。そもそも、俺がカザキを見張り続けること自体が難しい。牽制となる何かがあれば楽なんだけどな。


「さて、ルドーはおそらく過剰摂取オーバードーズしてしまったことでしょう。実験によれば過剰摂取させた忍者は下忍であっても上忍相当の力を発揮したそうです。今回はルドーが逃走を選択してくれて助かった、と言っても良いかもしれませんね」


 過剰摂取オーバードーズという言葉の響きは、危険な香りのする調べだ。そして、その感覚は正しいようだ。下忍が上忍相当の力を発揮するというのは尋常なことではない。そして、その全能感と引き換えに一体どれほどの副作用が待っているのか。


「勝手に自滅してくれることを祈りたいところですねぇ」


 カザキは勝手にそう締めくくった。

 いや、待て。そもそもそんな違法忍具を作ったのも問題があるだろう。


「えぇ、その通りですよ。過剰摂取時の危険性などが認められ、それ以降の研究と製造は凍結されています。現存するのは試作品が少数あるだけのはずですが……」


 どういった経路でルドーの手元に転がり込んできたのかは謎というわけだ。

 ただ、一つ懸念がある。カルマが一枚噛んでいたという点だ。カルマを通してパトリオット・シンジケートに違法丸薬の試作品が持ち込まれた可能性は大いに考えられる。


「その可能性は、あまり考えたくないですねぇ」


 カザキの顔から一瞬、笑みが消える。

 関東地方で暗躍を繰り返しているパトリオット・シンジケートが、過去に甲刃重工が関与していた違法薬物を悪用して何か起こせば、その責任の一端を問われることは間違いない。


 とはいえ、今分かることはそんなところだ。

 こうして企業連合会の会合は波乱のままに幕を閉じたのだった。





 会合の日から一月ほど経った。

 その間で変わったことと言えば、企業連合会のメンツに被搾取階級レジスタンスが加わったことが大きなニュースだろう。


 企業連合会に加わった被搾取階級レジスタンスは早速、それまで警察機関がほとんど機能していなかった警戒区域の治安を正常化するよう働きかけた。

 そもそも治安の悪い区域に人は住みつかないだろう。もしくは脛に傷のある者ばかりだった。そんな場所で健全に商売するなんていうのは難しい話だ。そうやって桃源コーポ都市の商店街は過去に廃れていったのだ。


 とはいえ、街の様相はそんなにすぐに変わったりしない。これから長い年月をかけて少しずつ変わっていくのだ。その中で、やっぱり淘汰されていく店もあるだろう。しかし、巨大コーポの妨害が無ければ、生き残って大きくなっていく店もきっとある。

 大きな流れの中で、ただ俺は企業連合会の会長として、不正が行われないよう平等に見守るしかない。



 それから、暗黒アンダー都市の方も順調な滑り出しだ。

 元締めとしての挨拶に加えて、城山組のトウゴウ組長と五分の盃を交わしたことで、俺の存在は地下の住人たちに広く知れ渡った。こうして名実ともに不知見組は暗黒アンダー都市の元締めであるヤクザクランとして認識されたのだ。


 また、不知見組の直系下部組織となった芝村組もホタルを中心に再び復興してきている。初めて暗黒アンダー都市に来た時のようなピリピリとした雰囲気が払拭され、住人や露天商も生き生きとしている。

 だが、俺の野望はそこで終わらない。いずれは暗黒アンダー都市と桃源コーポ都市の境目を無くしてやりたいとも思っている。


 地下に住まう者たちはカルマ値がマイナスとなった者ばかりだ。とはいえ、俺のように不可抗力でそうなってしまった者もいるだろう。そんな人たちが一度の過ちで日の下を堂々と歩けなくなってしまうというのは些か厳しいジャッジだと思う。何か贖罪の機会を与えたりすることができれば良いんだけどな。


 それから、これは些細な変化なんだけども、いつだか暗黒アンダー都市で顔を隠すために露天商から買った「支配者の仮面」の件だ。

 あの仮面を久しぶりに取り出したら、最初三つしかなかった眼球が五つに増えていた。何の数なのか知る由もないが、気持ち悪さが増したと不知見組の仲間たちには大不評だった。悲しい。





 そんなわけで、今後の俺は企業連合の会長と暗黒アンダー都市の元締めという二足の草鞋わらじでやっていくわけだ。

 とはいえ、桃源コーポ都市は企業連合会の面々が中心になって運営しているし、暗黒アンダー都市のシマを管理しているのはほとんど城山組だ。両者ともに普段の運営において、俺自身が何かするということはあまり無い。どちらかと言えば、組織の中で制御から外れて暴走しそうになっている者がいた時に対処する役割だ。


 その役割上、必要になれば呼ばれるので、それ以外の時は今後も今まで通りに過ごして良いということだった。わりと都合のいいように話が進んだので、もしかしたらプレイヤーである俺へ運営側の管理システムが忖度そんたくしている可能性もある。


 いや、勘ぐるのは止めよう。あまり運営側の管理システムを疑うような考えを持ちすぎると、勘の良い子だね、と言って急に鬼畜モードに突入するかもしれない。そんな恐ろしい事態になるくらいなら、俺は運営の忖度を喜んで享受しよう。いや、そもそもそういう訳じゃないかもしれないけど。


 さて、大きな一段落が付いた所で、そろそろ現実を見つめなければいけない。

 そう、現実の世界ではついに三月へ突入してしまったのである。


 そうなると動き出さなければいけないことがある。大学入学の準備だ。

 大学に入る際は一人暮らしになる。賃貸を探しに行ったり、生活必需品を揃えたりと忙しくなるのだ。

 そうなると、ログイン頻度が落ちたり、不定期になったりするかもしれない。このことは避けようのないことだから、エイプリルにも説明をしないといけないだろうな。

 かく言う明日も朝から家電屋を行脚あんぎゃする予定となっている。そのため、早めにゲームを切り上げたほどだ。


 ベッドの上に転がった俺は横目でVRヘッドセットを見る。

 思わず夢中になって連日遊び続けていた。楽しい経験をさせてくれたことに感謝だ。そして、これからも末永くよろしくな。

 そう心の中で思いながら、目を閉じたのだった。

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