第175話 座学:ヤクザクラン運営学 入門

▼セオリー


 かくして俺は甲刃重工ビルの四十二階、小会議室にいた。

 教壇に立つのはカザキ。そして、生徒側には俺とエイプリル、それから話を聞いて興味を持ったらしいホタルが座っていた。


 そう、座学である。


 何故俺はゲームの世界に入ってまで勉強をしているんだ……?

 おっと、危ない。正気に戻りそうになってしまった。でも、これはゲームの世界だ。資産形成の勉強というていになってはいるけれど、きっと至極単純なミニゲーム的な方法で資産形成できるのではないだろうか。今回の座学もそのチュートリアルみたいなもので、五分くらいで座学と言う名の説明が終わって、資産形成ミニゲームがスタートみたいな軽いノリなんじゃないか。


「今日の座学はシマを運営していく上での基本から叩き込みます。ざっと五時間ほど見積もっていてください」


「ご……、五時間?!」


「ご安心ください。間に休憩時間を挟んであげますよ」


「そういう心配じゃない!」


 というか、待てよ。「今日の座学は」と言ったか。今日があるなら明日もあるんじゃないのか。


「えぇ~っと……、この座学って何日コース?」


「何を言ってるんですかねぇ。序列決め当日まで毎日に決まっているでしょう。本来ならこれでも足りないくらいです」


「は、ははは……」


 乾いた笑いが口から漏れ出す。

 エイプリルとホタルはどうしてそんなにキラキラとした目でいられるんだ。新たな学びに対する純粋な好奇心、その姿勢が眩しく見える。

 もちろん、自分の知らない知識を得られる機会というのは尊いものだ。人生とは学びの連続である。学びに対して意欲が無くなれば、それは進化を止めているに等しい。


「分かった、やってやるよ。やればいいんでしょーが!」


 両手で自分の頬を叩く。よし、気合いが入った。ゲーム内で五時間だぁ? 現実世界じゃ一時間と少ししか経ってないじゃないか。そのくらい余裕ってもんよ!






 座学なんて余裕、そう思っていた時期が俺にもありました。


「お疲れさまでした。これからニ十分間の休憩とします」


 カザキから休憩の許可が出た途端、俺は机に突っ伏した。俺の状態をコミック風に再現したなら、きっと耳からモウモウと煙を上げていたことだろう。


「セオリー、大丈夫?」


「無理だ。もうギブ……」


 シマ運営の基礎と言っていたけれど、やることが多すぎる。

 いうなれば常に五、六個のタスクが並列展開されていて、それぞれを最適なタイミングで実行に移すよう組員に指示出ししないといけない、みたいな感じ。

 例えばシマ内での問題を吸い上げて今後どう行動していくのか未来を予測しながら準備をしたり、組員からの求心力を失わないよう正当な働きには評価を下したり、外部の組との関係性を考えつつシマの拡大や資金運用をしたりしないといけない。


「一つ一つのタスクには対応できそうだけど、これが五個も六個も積み重なっていくと、とてもじゃないけど処理が追い付かないな」


「セオリーさんはシミュレーションゲームとかはあまり遊ばないですか?」


 俺が弱音を吐いていると、ホタルが疑問を投げかけてきた。

 シミュレーションゲームか。言われてみると、あまり遊んだことないな。VR全盛期である現代ではアクションゲームが一番人気だ。VRの肉体を手に入れたことで、コントローラーを操作してプレイヤーキャラクターを動かしていたのから、自分の意志がそのまま行動へ結びつくようになった。アクションゲームはこの恩恵を一番大きく受けたということだろう。

 それに対して、シミュレーションゲームは人を選ぶ。

 確かに牧場経営モノなどで人気作はあったけれど、それはプレイヤー自身が主体的に開拓などの行動を起こすタイプのシミュレーションゲームだった。

 それに対して会社経営モノなんかは人気が今一つだった記憶がある。結局、他人を動かすタイプの経営シミュレーションはコントローラーで操作している時とプレイ感があまり変わらないのが痛手だったらしい。


「俺はアクションゲームばかりだったな。ホタルはどうなんだ?」


「実はボク、シミュレーションゲームが特に好きで、逆にアクションゲームが少し苦手なんですよね。だからこのゲームを最初に始めた時もプレイヤーの少ない暗黒アンダー都市でアクションゲームの練習をしてたんです」


 ほほう、ホタルが暗黒アンダー都市にいた理由は初めて聞いたな。


「周りに他のプレイヤーがいない方が集中できるもんな」


「それもそうですけど、……下手なアクションを見られるのが恥ずかしいのもあって」


 なるほど、他人に見られないようにっていう根底の考え方は城山組のゲンとも似通ったところがあるな。ゲンもオラオラ系の口調を他のプレイヤーに見られるのは恥ずかしかったりしたのだろう。


「でも、たしかにホタルの近接戦闘って見たことないかもしれないな」


「固有忍術の『蛍火術』も射程の長い忍術なんで、なかなか近接戦闘は上達しないんですよね」


 大学のサークルでも「固有忍術は本人の望みを叶える形で発現する」って浜宮先輩が言っていた。ホタルは心の中で近接戦闘はしたくないと願ったのかもしれない。


「それにしても、シミュレーションゲームが好きってことは得意だったのか?」


「得意かは分からないですけど、遊園地経営とか水族館経営、一つの街や国を経営するみたいに色んなシミュレーションゲームを遊んできましたね」


「へぇ、たくさん種類があるんだな」


 遊園地の経営とかはちょっと面白そうだと思ってしまった。遊ばないジャンルのゲームは知識が薄いから、詳しい人と話すのは新しい発見があって楽しい。


「おかげで大組長に頼まれて芝村組の運営を任されたりしてましたからね……」


「昔から芝村組の運営はホタルがしてたのか」


「大組長は背中で語るタイプですからね。来たい奴だけ付いて来いって感じで、組を運営する気なんて全然無かったですよ」


「ははぁん、それで運営まわりの雑務を若頭のホタルに丸投げしてたのか」


「そうとも言えますね。ちょうど今のセオリーさんも似たような感じですけど」


 ぐぬっ、痛いところを突かれた。たしかに話を聞いていて、俺がシマの管理をホタルに全部任せてるところは、ライゴウと同じように面倒ごとを放り投げているようなものだ。


「……はい、反省します」


「ふふっ、とは言ってもヤクザクランの運営はシミュレーションゲームに近いので楽しんでやってるんですけどね」


「本当に助かってるよ。ウチの組には脳筋しかいないからなぁ」


「ちょっと、どういうこと? 私は忍具作成とか仕事してるよ!」


 俺の迂闊うかつな発言を耳聡みみざとく聞きつけたエイプリルが口を挟む。


「そうだった、ごめんごめん。エイプリルは唯一無二の忍具職人だもんな。いつも助かってるよ」


「うん、分かれば良し!」


 考え直してみれば、エイプリルは忍具作成、ホタルはクラン運営、シュガーもユニーク関連の知識が深い。

 そうなると俺が一番何もしてないんじゃないだろうか。最近じゃあ戦闘面でも大した活躍できてないし……。あれ、俺が一番の役立たずじゃね。


「俺には何ができるだろう」


 俺の唐突な問い掛けに、エイプリルもホタルも首をかしげる。

 そりゃあ、そうだよな。いきなり問われても困る話だ。ここ最近で俺に一番足りてないと痛感したことは何だろう。


 ……それは当然、戦闘力だ。

 諜報能力に関しては人脈のおかげで情報収集に苦労してるということはない。資産形成能力は壁にぶち当たってるけど、そこは適材適所だ。ここは順当にホタルに協力してもらうのが良いだろう。

 となると、やはり戦闘面が心許ない。シュガーが居るけれど、アイツは過度の協力はしたくないと考えている節がある。俺のゲーム体験を自身の介入でバランス崩壊させたくないのだ。俺がシュガーの立場なら同じように考えたと思う。

 つまり、結局のところ最後に頼れるのは自分自身の強さなのだ。


「セオリーさん、そろそろ休憩時間が終わりますよ」


 ホタルの声が俺の耳に届く。

 あぁ、やっぱり俺は戦闘力を鍛えるべきだ。カザキには悪いけど、ここは俺のいるべき場所じゃない。

 目をカッと開くと、ホタルを見据えた。


「甲刃連合の序列決め、資産形成能力の部門はホタルに任せた。エイプリルはホタルの補助に回ってくれ」


「えっ、えぇっ、それは当然協力しますけど……」

「わ、私?!」


 二人とも急な俺の命令に目を白黒させている。その間に小会議室から出ようと立ち上がったところでドアが開き、カザキが姿を現した。


「セオリーさん、休憩時間はおしまいですよ」


「……俺に足りないのは戦闘力だ」


「はぁ、そうでしょうねぇ。もっと言うなら、まだまだ全部が足りないですが」


「耳が痛いな。だけど、一週間後の序列決めのためにできることはコレじゃない」


「ふむ、座学ではなく戦闘力向上のために出ていく、と」


「そうだ」


 せっかく色々と座学の準備をしてくれた訳で、それを途中で放り出してしまうのはカザキに悪いと思うけど、思い立ったら吉日だ。善は急げともいう。怒られることを覚悟して頷く。


「……ふぅ、自分に必要なことがやっと分かったんですねぇ」


「途中で放り出すのに怒らないのか?」


「怒る? 何故です。前半の座学を見れば分かります。とても一週間でモノにできるとは思えませんでした。見込みのある彼女ら二人に任せるのが良いでしょう」


 思いのほか、すんなりだった。

 つうか、やっぱり俺が一番見込み無かったか。いや、逆にハッキリと言われて踏ん切りがついた。俺は戦闘面を伸ばすべきだ。クラン運営に関することはホタルに聞きながら少しずつ学んでいこう。


「それじゃあ、行ってくる」


「戦闘面の底上げ、頼みますよ。戦闘力は甲刃重工側の懸念点でもありますからねぇ。いやがうえにも不知見組に期待しているのですから」


 カザキの激励のような言葉を背に受けて小会議室を後にする。

 たったの一週間で強くなるためには、ゲーム的なレベルを上げるだけでは足りない。もっと根本的な強さを学ぶべきだ。そのためのキーパーソンはすでに知り合っている。だが、若干気まずかったりして会えてなかった。しかし、もはやそんなことは言ってられない。

 俺は意を決すると、南部ゲットー街にあるヤクザクラン、黄龍会の事務所へ向かったのだった。

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