第176話 若人、師を見つけよ

▼セオリー


 黄龍会。

 それは関東地方で勢力を伸ばしていた中華系ヤクザクランだ。


 ここに来た理由は単純明白。ゲームのレベルとは異なる、武術としての強さを学ぶことができると踏んだからだ。


「やあ、待っていたヨ」


「フェイさん」


「黄龍会を潰さないよう動いてくれたそうだネ。感謝するヨ。謝謝シェイシェイ


 出迎えてくれたのは、三神貿易港の事件で最後に立ちはだかった強敵フェイだ。現実世界では龍飛先生と呼ばれる武術家でもある。俺は「龍飛先生の武術教室」というVRゲームを通して勝手に師匠と慕っていた。


 彼は三神貿易港の事件の際、事件に加担した黄龍会が規模を縮小させられ、進退きわまる状況に追い込まれてしまわないか、ということを懸念していた。

 どうにもルンペルシュテルツヒェンが言うには、このゲームの世界では日本以外の国は宇宙から飛来した謎のモンスターの手によりすでに壊滅させられ、国としての機能を失っているのだという。つまり、外国系ヤクザクランと呼ばれるパトリオット・シンジケートや黄龍会といったクランは様々な方法で日本まで逃げ延びてきた人々の集まりだったというわけだ。

 そうなると、例えば黄龍会が力を失った場合、そこに所属するNPCは元いた国に帰るという選択肢は存在しない。厳しい環境の中、細々と生き延びるような形に落ち着くだろう。それをフェイは見過ごせなかったわけだ。



 事情を知った俺は黄龍会への処遇に関して、力を大きく削ぎ過ぎることのないよう働きかけた。今回受けた被害を考えれば無罪放免とはいかなかったけれど、黄龍会だけでなくパトリオット・シンジケート、甲刃連合、ツールボックスなど複数のクランが手を組み引き起こした事件だったこともあり、それぞれのクランが被害への補填をする形で落ち着いた。

 そう言った経緯を考えると、関東サーバー全体で見ればヤクザクラン全体の影響力が落ちたとも言えるだろう。


 そんな中で躍進したのは逆嶋バイオウェア、甲刃重工、そして……不知見組だ。

 三神インダストリからの要請を受けた後、ただちに部隊を編成し、ヤクザクラン連合を鎮圧した際の中心となったクランである。


 事件全体を通した評価の割合は、作戦指揮としてパットとカザキとタイド、総大将として俺、それから最後にフェイを撃ち抜いたタカノメの第一級戦功が認められている。

 戦功は、いわゆる大規模クエストに参加した際、クエスト中の功績に応じて得られる追加の経験値だ。さらに、それだけではなく各クランの重要NPCやユニークNPCからの認知度が上がったり、人物評価に加点が入ったりするらしい。その辺はマスクデータだから目に見えないデータだけど、例えばNPCからの好感度に補正が掛かったり、交渉などで有利になったりといった対人関係の補正があるそうだ。


 ちなみに戦功は第一級から第三級まであり、クエストにおける活躍の度合いで決まるそうだ。特にターニングポイントでの活躍は大きく評価される傾向にある。分かりやすいのはタカノメで、活躍としては「フェイを撃ち抜いた」という一点のみで第一級戦功に挙げられている。

 あとは総大将の俺に関して、振り返ってみると実は何もしてなくないか、と思ったのだけれど、ハイトに言わせれば「頭領を三人も呼んだ時点で今回の最功労者はお前だよ」ということなのだという。つまり、準備段階で強い人をたくさん呼んだことが戦功なんだそうだ。


 ……正直、納得のいかない評価だ。

 イリスやシュガー、それから八百万カンパニーへ声を掛けたのは確かに俺だけれど、実際にクエストで活躍したのはイリスやシュガー、コヨミたち本人だ。しかし、そんな彼らは第二級戦功にとどまっている。それを差し置いて、俺が第一級戦功というのはズルい気がしてならない。


 こんな風に強く思うのも、実際の戦闘で役に立たなかったという気持ちが根底にあるのかもしれない。今、俺がフェイの前に立っているのも戦闘面での悔しさが尾を引いているからだ。




「フェイさん、お願いがあります。俺に稽古をつけてくれませんか」


 事前にクランを通して連絡をしていたので、彼と会うこと自体は難なく成功した。しかし、ここからが正念場だ。

 フェイこと龍飛先生は現実世界において名の知れた武術家だ。そのため、世界中から弟子になりたい者が彼の下へ集まる。しかし、その中で本当の弟子になれる者は一握りしかいないという。さらに言えば、現実世界においては齢九十を超え、すでに引退している身だ。

 最近では新たに弟子を取る気もないらしく、せめて未来に彼という存在の痕跡を残したいという弟子たちの想いからVRゲーム「龍飛先生の武術教室」が作られたのだとまことしやかに噂されているくらいだ。


 つまり、彼自身は弟子を取る気が無い、というのが世間的な見解なのである。そんな中で俺が稽古をつけてもらえないかと頼み込むのは失礼に当たるのではないか。そう思う気持ちは確かにあった。しかし、それ以上にこの出会いは幸運だと思った。まさか世界に名を轟かせる武術家とゲームの世界で邂逅するだなんて普通なら有り得ない。

 それに事件の最中、彼は確かに俺へ向けて「新たな弟子」と言った。さらにはその後に稽古をつけようと言い放った。

 それを受けて少しくらい希望があるんじゃないか、と俺は思ったのである。


「ふむ、稽古ネ……。それは私の弟子になるということでいカ」


「ぜひ、弟子にしていただきたいです」


 俺の返答を聞き、しばらくの沈黙。場は静寂に包まれる。俺の頬を汗が垂れていき、顎から落ちてもなお、フェイは目をつむって黙考していた。

 やはり、弟子はとらないのか。心の中で少しずつ不安の割合が大きくなっていく。それから沈黙に耐え切れず、俺は口を開いた。


「やっぱり、ダメですか? 現実世界でも今はもう弟子を取ってないそうですし」


「ん? ……あぁ、弟子の件なら良いヨ。君は今日から私の弟子ネ」


「あれぇ、良いの?! じゃあ、今までの沈黙は何だったんですか?」


「それは当然、弟子の特訓メニューを考えていたんだヨ」


 どうやら黙考していたのは、すでに稽古のメニューを考え始めていたかららしい。心臓に悪いぜ……。


「でも、良かった。さっきも言いましたけど、現実じゃあ弟子を取ってないから、もう弟子は取らないのかと思ってましたよ」


「……私も歳だからネ。もう現実世界では、このフェイの身体のようには動けないのだヨ」


 そう言って笑うフェイの顔は少し寂し気に見えた。いくら伝説的武術家であろうとも寄る年波に勝つことはできない。科学技術が発展した現代でも老いと死だけは克服しようのない未来なのだ。


「ホホッ、そう深刻そうな顔をする必要ないネ。私はこの世界で全盛期を超える肉体を手に入れた。そして、現実では届かなかった武の極致へと手を伸ばす機会を与えられたのだヨ」


「まだ強くなるんですか……」


「当たり前だヨ。鍛錬に終わりは無いネ」


 すでに化け物なのに、まだまだ強くなる気でいるらしい。この向上心は見習わないといけないな。俺は姿勢を正すと、フェイへ頭を下げた。


「俺もフェイさんのように強くなりたい。大切なものを守れるように、強くならなきゃいけない。だから、よろしくお願いします」


「心意気は買うケド、それなりに地獄を見てもらうからネ。覚悟はできているカ?」


「えぇ、問題ありません」


 返事を聞いて、ニヤリと笑ったフェイは手招きをして歩き始めた。覚悟を決めた俺はフェイの後を付いて行ったのだった。

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