第177話 フェイ式バグ利用特訓(仕様です)

▼セオリー


 桃源コーポ都市を出て、向かうは幽世山脈。幽世山脈へ到着すると、そこからさらに進み、山の奥へ奥へと入って行く。

 フェイは迷いなく進んでいくけれど、このまま進むと関東サーバーの世界の端に到達してしまう。そう思っていると案の定、目の前の空間に緑色に発光する格子状の壁が出現し、視界一面に広がった。つまり、これがサーバーの最果てであり、ゲーム設定的には世界のくびきによる障壁みたいなものなんだろう。


「さて、現状の限界点に到着したネ」


「えぇ、そうすね。でも、わざわざこんなところに来た理由はなんですか?」


 稽古をつけてもらう身分で口出しすることではないと思い、黙ってついてきていたけれど、それにしたってわざわざこんな山奥にあるサーバー境界ぎりぎりまで来ることはない。

 例えば、他人に稽古をつけている所を見られたくない、とかそういう理由だったとしても、人の出入りを禁じたそれなりのスペースを用意するくらい、桃源コーポ都市で見繕える。


「実はここでしかできない稽古方法があるんだヨ」


 フェイはにんまりと口角を上げてみせた。

 ここでしかできない稽古とはなんだろう? 一応、中忍へ上がる時に利用した「試練の滝」なんかは幽世山脈にあるけれど、その場所はとっくの昔に通過している。

 そう思っていると、フェイは五行龍爪をはめた手を貫手の形に伸ばし、サーバーの境界を示す格子状の壁へ向けて構えをとった。


「ん……? あれ、まさかサーバーの境界に攻撃しようとしてないすか?!」


「ホホッ、察しが良いネ」


 おいおい、大丈夫なのか、それは。そんな心配をよそにフェイは貫手を煌めかせた。素早い一突きは空間を遮る壁へ到達し、その爪の先がズプリと侵食する。


「『五行龍爪・相剋閃』」


 そのままフェイは手を横薙ぎに振り払い、壁を切り裂く。ゲームシステムによる制限であるはずの世界の壁を文字通り切り裂いたのだ。


「嘘だろ、壁を壊せんのかよ!」


 驚きで目を見開く。しかし、考えてみればフェイの持つ『五行龍爪』は固有忍術を含む異能の力を無効化するユニーク忍具だ。ゲームシステムによって構築された壁にも効果があるのかもしれない。

 考察をしていると、サーバーの境界壁からフェイが離れた。そして、俺へと鋭い声が飛ぶ。


「さあ、出てくるヨ。ここからが本番ネ。準備はいカ?」


「へ?」


 俺は間抜けな声を漏らしていた。フェイの言葉が俺に届くか届かないかというところで、巨大なゴリラが境界壁の向こうから現れたからである。フェイが傷つけた壁の切り口、そこを手で広げるようにして、こちらの世界へノッソリと入り込んだ。

 巨大ゴリラが通り抜けた後は境界壁の切り傷は何事もなかったかのように修復されてしまった。


「な、なんですか、コイツ?」


「フム、見るからにゴリラだろうネ」


「いや、それは分かってるんすけど」


 俺の隣まで退避してきたフェイはゴリラをしげしげと眺める。まるで初対面のような反応だ。いや、ゴリラ呼び出したのアンタでしょうよ。

 愕然としてフェイを見ていると、直後、俺の視界がブレる。それがフェイによって吹き飛ばされたからだと気付いたのは、俺がさっきまで立っていた場所の地面に直径二メートルくらいある大きなクレーターが開いているのを遠巻きに視認したからだった。

 クレーターの中心には境界壁の外から現れた巨大ゴリラの姿があった。拳で地面に穴を開けたらしい。まるでライギュウみたいなヤツだ。


「なんにせよ、これで稽古開始だヨ。まずは倒せないまでも食らい付いてみなさい」


 フェイはいつの間にか遥か遠くにある木の枝に腰かけ座っていた。

 基本的にモンスターのヘイトというのは得てして近くにいる者に対象が移るものだ。例え、空間を裂き、ゴリラを呼び出した張本人がフェイだったとしても、今一番近くにいて、目の前で呑気に突っ立っているプレイヤーを見逃す道理はない。

 まあ、要するに───


「俺が標的にされるってわけかよーっ!!」


 ゴリラは背を丸めた状態で二メートル以上ある巨体だ。さらに腕は俺の胴体よりも太い。そんなぶっとい剛腕なら動きはゆっくりだと思うでしょう。いいえ、そんな甘い話はありません。びっくりするほどフットワークが軽いのだ。

 ゴリラは俺へ向けて拳を振りかぶる。慌てて両足に気を『集中』させて、脱兎のごとく回避する。しかし、逃げる俺に対して、木が乱立する中、手で木の幹を掴んで無理やりに方向転換しながら追いかけてくる。

 ええい、これまでも巨大猪や巨大熊と戦ってきたんだ。ゴリラがなんぼのもんじゃい!


「『不殺術・仮死縫い』ッ!」


 仮死縫いを付与したクナイでゴリラを迎え撃つ。よし、目論見通り、拳で攻撃してきた。すぐにその自慢の剛腕を使えなくしてやるぜ。

 拳に対してクナイの刃先を測り、カウンターを合わせる。入射角良ーし。自分の力でクナイをより深く突き刺すことになるのだ。


「いよぉしっ、カウンターばっちり!」


 クナイがゴリラの拳に対して垂直に接触し、そのままブスリと突き刺さ……らない。青く輝くバリアのようなものが拳を保護している。それがクナイの侵入を阻んでいるようだ。


「バリアだと?!」


「それだけじゃないみたいだヨ」


 ゴリラのバリアに目を見開いた俺のすぐ横でフェイの声が聞こえた。それと同時に、視界が光に包まれる。少し遅れて爆発音が辺りに響いた。

 俺はフェイの手により強引に距離を引き離され、遥か後方へ吹き飛んでいた。これはフェイによって投げ飛ばされたからだ。しかし、その直前に爆発が確かに起きていた。

 モウモウと立ち昇る土煙が収まると、爆心地が露わになる。そこには最初の一撃と同じように地面にクレーターが出来上がっていた。


「ホホッ、あのゴリラの拳、爆発するようだヨ。興味深いネ」


「ケホッ……、しかも、拳にはバリアも纏ってましたよ。なんなんすか、アイツは」


「あれは何かしらの変異モンスターのはずだヨ。サーバーの境界線を無理やり超えようとする者に対するペナルティだろうネ」


「なんでそんなことしたんですか?!」


「何をそんなに驚くカ? 私は稽古相手にピッタリだと思ったけどネ」


「……あぁ、そうすか。分かりました」


「うむ、物分かりが良くてよろしい。ちなみに今助けてあげたのはお情けだヨ。次はないから、必死に避けることヨ」


 フェイは言いたいことを言うと、再び遥か遠くまで退避してしまった。最初にフェイは言った。倒せないまでも食らい付け、と。つまり、最初から勝てるとは毛頭思っていないのだ。それでも敵の能力を分析すれば付け入る隙くらいは見つけられるかもしれない。そういう洞察力みたいなものを磨けってことなんだろう。


 となれば、あとはいつも通りだ。ただ目の前の敵に対して全力を尽くすのみ。のっそりと近付いてくる変異モンスターだという巨大ゴリラを見据える。こうして、俺の戦闘力強化特訓が始まったのだった。





 こうしてセオリーの特訓が始まった。

 しかし、彼が関東のクラン統一のため同盟打診に奔走したり、上位幹部の序列決めの準備をしている間にも公式イベント「ワールドクエスト」は着々と進んでいた。

 セオリーの出来事が関東サーバーの裏だとすれば、表の騒動だってあるのだ。

 それを知るためには、少々時を遡る必要がある。




▼ハイト


 ワールドクエスト。「‐NINJA‐になろうVR」一周年を祝う大型アップデートとして発表された公式イベントにプレイヤーたちは熱狂した。

 ついに待ちに待ったサーバーの統合である。ゲームが始まってすぐに地方ごとの特色などが明らかになり、サーバーを移動したいと熱望するプレイヤーは後を絶たなかった。それに対する運営の解答は長らく「高額な費用を支払い、ユニーク忍具は持ち込み不可」という制約を飲んだ上でのみ可能なサーバー移行のみだった。

 当然、そんな重い制約はほとんどのプレイヤーが飲み込めない。それこそ、どうしても特定のユニークNPCと会いたいだとか、特定のユニーク忍具を手に入れたい、ユニークモンスターと戦いたい、というような強い熱意がある者に限られる。


 しかし、ある程度ゲームをプレイした者たちはいずれも心の底では思うのだ。他の地方サーバーにも行きたい、と。

 そんな思いに答えるかのように運営は一周年という記念すべきタイミングでサーバー統合を発表した。それに舞い上がらないプレイヤーはほとんどいない。


 かくいう俺もサーバー統合に心が浮足立つのを感じていた。

 世界のくびきなるものがどこかにあることが分かると、フレンドのコタローとともに探し回ったりした。結局見つけたのは別のプレイヤーだったが、探している時は久しぶりに心が満たされるような気分になったものだ。

 俺も上忍になってしばらく経つ。それこそ真面目にクエストをこなしていれば、今頃タイドのように上忍頭にまで登り詰めていたかもしれない。しかし、現実での用事だとかにかまけて全然ログインせず。久しぶりにログインしても経験値にならないようなことをして遊んでいた。

 上忍というのは一つの区切りだ。忍者ランクの中では真ン中を超え、できることも下忍の頃と比べれば格段に増えた。しかし、そこまでで情熱が一旦冷めてしまった。ログインするのも時折思い出したかのようにする程度の惰性で続けているような状態だった。


 そんな俺が今は新しいフレンドとともに公式のイベントに精を出している。それもひとえに彼女との出会いが大きいだろう。

 エイプリルというユニークNPCだ。最初は新米プレイヤーだと思って、暇つぶしに遊び方を教えてやろうくらいのつもりだった。しかし、気付けば彼女は俺の弟子になって、引っ掻き回してくれた。そこからセオリーと出会い、今じゃクエストを一緒にこなす仲になったコタローとも引き合わせてくれた。



 さて、あるプレイヤーによって関東サーバーでは世界のくびきが見つかった。

 他のサーバーではまだ見つかっておらず、現状は関東だけのアドバンテージだ。しかし、公式の運営が他の地方のヒントを出したため、この差はすぐに追いつかれるだろう。そもそも、運営としては地方ごとに格差は作りたくないはずだ。どのサーバーもいずれはサーバー統合の恩恵を受けられるのだろう。


「それにしたって、見つかった後の方が面倒くせぇとはなぁ」


 世界のくびきと呼ばれる石板を前にしてボヤく。隣にいたコタローは苦笑しつつ、石板を指差した。


「でもさ、ボクらは心当たりのある人物を知ってるよね。つまり、勝ち馬に乗りやすいってことだよ」


「そりゃあな。だけど、該当するヤツは今めちゃくちゃ変なことしてる最中だからなぁ」


「セオリーね……。今は関東のクラン全部と同盟を組もうとしてるよね。ただでさえ、気付いたらヤクザクランの組長になったり、企業連合会の会長になってたりと面白チャートを爆速で駆け抜けてるのに、さらに面白いことするのはさすがに呆気にとられちゃうよね」


 コタローの言葉に深く頷いた。セオリーは公式イベントそっちのけで、なにやら裏で方々を飛び回っているらしい。なんでも世界のくびきを破壊してサーバー統合した後に出てくるワールドモンスターが相当ヤバい可能性があるからクランの力を一つにまとめておきたい、とか言っていた。

 正直な話、俺の予想ではワールドモンスターはゲームでよくあるレイドボスみたいなものだろうと考えている。つまり、一回や二回の戦闘では倒し切れないような強大なボスモンスターである。

 だから、俺の予想が当たれば、セオリーの言うようにクランの力をまとめるのは合理的だ。逆にまとまらずに各クランが一つずつレイドボスへぶつかっていっても戦力の逐次投入という愚策になりかねない。


 しかし、上手くいくのだろうか。本当にクランを一つにまとめられれば強力だけれど、どこかで小狡く甘い汁だけ吸おうとする輩が出てきそうだ。


「セオリーが忙しくて話にならないとなると、もう一つほぼ確定できているのはシャドウハウンドのアヤメかな」


「あぁ、十中八九アヤメのことだろうな」


 世界のくびきに書かれた四つのヒント。

 猟犬を従えし者が隠された道を暴き、秘密を解き明かす者がくびきを照らす。万物を支配せし者、いにしえの王を呼び覚まし、王位を簒奪する者が破滅をもたらす。───さすれば封印は解かれるだろう。


 支配者というヒントから俺とコタローはセオリーを思い浮かべた。それから、猟犬を従えし者はアヤメであろう。もしくは中央本部基地のルドーとかいう隊長もいたが、そいつは見るからに悪役なNPCだったので感情的な問題で候補から外した。


「でも、プレイヤー個人にクエストの鍵となる称号を託すのはやり過ぎだよね」


「確かにな。もし、称号を持つプレイヤーが名乗り出なければ一生ワールドクエストが終わらない可能性だってある。とはいえ、俺らがセオリーしか知らないだけで、実際には支配者の称号をもっと多くのプレイヤーが持っているかもしれない」


「まあ、それもそうか。そもそも、この石板のヒントが称号を表してるって分かった人もまだ少なそうだけどね」


 俺とコタローは石板に彫られた四つの人物を表すヒントは「称号」を意味しているのだろうとほぼ当たりを付けている。セオリーの持つ「支配者」の称号を知っていたこと、それから一番分かりやすいヒントである猟犬を従えし者がおそらくアヤメだろうと予想でき、そして彼女も称号を持っていたからだ。

 この時点でおそらく称号が関係するのだろうと予想できた。とはいえ、残りの秘密を解き明かす者や王位を簒奪する者というのは全く心当たりがないのだが。


「称号なんて例え手に入れても他人に教えないしな」


「でも、この四つの称号を持つ人は影響力大きいよね。できれば自分のクランのプレイヤーなりNPCなりが持っててくれることを願うよ」


 コタローは空を仰ぎ見る。まあ、称号なんて俺たちは持ってないし、謎を紐解いたところで、その時点であとは傍観者だ。その点は少し不公平に感じる。いやがうえにも特定の称号を持つ人物の影響力が大きくなるなんて公式のイベントとしてはナンセンスだ。

 願わくばこの状況に意味があって欲しいものだ。


「ハイト、来てくださいー!」


 気付けば石板から数十メートルほど離れた大きな木の側に立つアヤメがこちらへ手を振っていた。

 ようやく俺たちが世界のくびきへ来た理由が果たされようとしている。つまり、猟犬を従えし者が隠された道を暴いたのだ。


「へぇ、これが隠された道ね。俺たちが一番乗りだぜ」


 大きな木にできたうろの中、巧妙に隠された入り口があった。そして、地下へと続く自然の階段があった。最新コンテンツに一番乗りだなんて胸が躍らないわけがない。

 こうして、俺たちは周囲に他のプレイヤーがいないことを確認すると、うろの中へと進んでいったのだった。

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