第174話 序列決めの報せと密約同盟

▼セオリー


 甲刃連合、上位幹部の序列決め。

 またもやクラン内のいざこざに巻き込まれてしまった。


 畳敷きの床にあぐらをかいて、ちゃぶ台の上に載せた紙を眺める。

 ここは暗黒アンダー都市にある不知見組の拠点だ。六畳一間の小さな拠点に今は四人の忍者が集まっている。拠点の主である俺とエイプリル、それからホタルとルンペルシュテルツヒェンだ。


「それが序列決めの報せなんですか?」


「あぁ、そうらしい。今日、ログインしたらポーチの中に入ってた」


 ホタルの質問に頷きつつ答える。ログインしたらポーチという名のインベントリに書類がしれっと混ざり込んでいた。

 これ、気付かずに見落としてたらヤバかったんだろうか。すっぽかし扱いとかになるのかな。というか、ポーチの収容限界までアイテムが入ってる時に送られてたらどうなってたんだろう。

 それにアイテムを他プレイヤーのインベントリに送り込むって、何かしらゲームシステムに干渉してないか。プレイヤー同士なら、フレンドや同クランの忍者ならアイテム譲渡の機能で直接インベントリ経由のやり取りができるだろうけど……。


 冴島組のキョウマはプレイヤーなのだろうか?

 でも、各地方を代表する巨大クランのトップにプレイヤーが就いてることは珍しいらしいんだよな。かくいう俺も企業連合会の会長に就いてるおかげでNPCと間違われることがあるし。


「ルンペルシュテルツヒェンも俺のことNPCだと思ってたしな」


「どうして急に私へ矛先が向いたのか分からないが、企業連合会会長なんていうプレイヤーにとっては何の意味もない役職に就くような奇特なプレイヤーがいるとは思わなかったからね」


「プレイヤーかNPCかもっと分かりやすくしてくれればいいのにな」


「そこは運営側が敢えて曖昧にしているんだろうね。プレイヤーの中にはNPCに成り切る者も少なくないんだ。逆にプレイヤーであるかのように思わせて狙われにくくするNPCもいるくらいさ」


「へぇ、それは面白いな」


 プレイヤーがロールプレイの一環としてNPCに成り切って演じるというのは想像がついたけれど、NPCがプレイヤーを演じるというのは想像していなかった。面白い発想だ。

 現実問題としてプレイヤーを認識している者からすると、プレイヤーは殺害してもリスポーンするため無理に倒しても徒労に終わる可能性が高い。そういった心理を突いた作戦というわけだ。


「なら、冴島組のキョウマはNPCかプレイヤーか、どっちだと思う?」


 俺は思い切って疑問に思ったことをルンペルシュテルツヒェンにぶつけてみる。すると、返答はすぐに返ってきた。


「ニド・ビブリオ関東支部のユニークNPC部門を信用するなら十中八九ユニークNPCだろうね。私も最初は関西サーバーでプレイしていたから関東の情報には疎い。けど、ゲーム稼働初期から甲刃連合の序列一位は冴島組のキョウマで変動ないらしいよ」


「あぁ、そうか。ゲーム稼働初期からクランのトップに立ってるキャラクターはほぼNPCで確定できるのか」


 そうなると、冴島組のキョウマはユニークNPCだろうことが確実だ。とはいえ、ユニークNPCには『知識権限』と呼ばれるNPC専用技能が付与される。この技能があると、いくつかのゲームシステムにNPCでもアクセスできるようになる。

 エイプリルは知識権限レベル1でステータス画面を開くことが可能になった。わざわざレベルが設定されているということは、今後上がっていくだろうことは想像に難くない。それで解放されるゲームシステムにプレイヤーと同じ、インベントリ経由のアイテム譲渡があるのかもしれない。それで俺へと報せの書類を送ったなら辻褄が合う。


「ふむふむ、疑問はだいたい解消できた」


「まだ、本題には欠片も触れてないけどね」


 わざわざ水を差すようなことを言うルンペルシュテルツヒェンのことは無視して、いよいよ、序列決めに関する書類を確認していく。


「えー、なになに。序列決めでは各組から部門ごとに代表の忍者を選び、競い合う。部門は戦闘能力・諜報能力・資金形成能力の三つを問う。日取りは一週間後、か。……へぇー、戦闘と諜報は分かるけど、資金形成能力ってなんだ」


 戦闘能力は素直に戦って強さで順位を付けるのだろう。諜報能力は何かしらの情報を奪い合ったりするのかな。この二つは容易に想像がつくけれど、資金形成能力だけはどんな競い合いをするのかまるで見当もつかない。


「お金をいっぱい稼げってことだよね?」


 エイプリルは唇へ指を当てながら小首をかしげた。


「まぁ、そういうことなんだろうけど。どう競い合うんだろうな」


 俺とエイプリルが揃ってうなっていると、ホタルが手をポンと叩く。何か思いついたのかなと視線を向けると、ホタルが自信満々に口を開いた。


「資金形成といえばフロント企業の甲刃重工が十八番おはこじゃないですか。カザキさんに聞いてみたらどうでしょう!」


「えぇ……、でもカザキとも序列を競い合うんだから一応敵同士じゃないか? ルール的に良いのかな」


「ヤクザクランにルールなんて有って無いようなものですよ。むしろ、ヤクザクランで上に立つ者はルールの隙間を掻い潜れる切れ者が良いんだってライゴウ親分も言ってました」


 どうやら先代芝村組のライゴウ組長からの受け売りだったらしい。しかし、そう言われてみればヤクザクランなのに律儀にルールを守るというのも良い子ちゃん過ぎるか。


「よし、連絡とってみっか」


 そうと決まれば連絡を取ろう。俺はカザキから渡されていた無線機を取り出した。

 とはいえ、ここは暗黒アンダー都市。桃源コーポ都市のすぐ地下に広がるフィールドだけれど別フィールド扱いだ。一旦、地上に出る必要がある。俺は立ち上がって玄関を開けると、中で座る三人へ顔を向けた。


「そんじゃ、桃源コーポ都市に行ってくる」


「ちょっと待ってよ、私も行く!」


 俺が玄関から出ていくのを見送っていたエイプリルだったが、慌てて立ち上がると俺の後を付いて玄関から飛び出したのだった






 桃源コーポ都市の最外周部、そこはかつて黄色く色分けされ警戒区域と呼ばれていた場所だ。そこで俺は南部ゲットー街にある建物の屋上に立っていた。


「……という経緯で連絡を取ったわけだ」


 無線により連絡を取ることに成功したカザキに今までの流れを伝える。

 そういえば、この辺は黄龍会の事務所があった場所の近くだな。リリカの乗ったパトカーにタダ乗りさせてもらった記憶が蘇る。

 そんなことを考えていると、カザキの含み笑いが無線越しに聞こえてきた。


「いやぁ、良かった。あなたからの連絡を今か今かと待っていたんですよ」


「そう言うってことは、カザキははなから協力する気だったのか」


「当然でしょう。逆に言えば、あちらの由崎組と八重組は確実に手を組んできますよ」


 なるほど、キョウマは四つの組による序列決めと言っていたけれど、実質のところ、俺・カザキのペアと由崎組・八重組のペアによる対抗戦みたいなもんなのか。


「由崎組と八重組は仲が良いのか?」


「別に彼らの仲が良いという訳ではないですよ。というより、逆です。私とセオリーさんが手を組んでくるだろうとあちらは考えてるんです」


「あぁ、たしかに」


 俺とカザキはパトリオット・シンジケートを打倒するために一度手を組んでいる。

 それに、そもそも俺たちは企業連合会の会長とフロント企業である甲刃重工の取締役だ。お互いヤクザクランに身を置いてはいるけれどコーポ寄りの立場だ。近しい立場であれば利が重なることも大いにある。


「俺たちが手を組んでいるなら、向こうも手を組まざるを得ないわけか」


「そういうわけですねぇ」


「手を組む必要性は理解した。それと連絡を取った一番の理由なんだけど、序列決めの報せは届いたか?」


「えぇ、届いています。フフッ、それに聞きたいことも分かりますよ」


 無線越しにカザキの含み笑いが聞こえてくる。多分、無線の向こうではいつものニヤニヤした笑みを浮かべているのだろう。なんでもお見通しですよ、みたいな感じ出しやがって。ズルいぞ、俺もそういうロールプレイちょっとしてみたい。


「んー、セオリーさんには少し難しいかもしれませんねぇ」


「ナチュラルに人の心を読むんじゃない。……それで、分かってるならどういうことか教えてくれ」


「セオリーさんの疑問点は資金形成能力についてでしょう?」


「ご名答。その通りだよ」


 俺はぱちぱちとやる気のない拍手を返した。

 それに対してカザキは一転して真剣な声音になる。


「これに関して、セオリーさんは相当不利です。分かっていますか?」


「いきなり脅かすなよ。つうか、なんで俺が不利になるんだ」


「ふむ、それでは簡単に説明しましょう。ヤクザクランにおける資金形成能力とは、つまりシマの拡大や運営、資金徴収、組員の統率といった能力が問われます」


「ほうほう、なるほど」


「それでセオリーさん、あなたは組のシマを運営したことがありますか?」


「……ないです」


「資金徴収に関する指示だしを組員に命令したことは?」


「…………ない、です」


「何故、不利なのか。もうお分かりですね。あなたにはヤクザクラン運営に関するノウハウがまるで無いのです」


 返す言葉もない。

 たしかにヤクザクランとは名ばかりで、無所属時代と同じように好き勝手な行動をしていた。そもそも、シマは城山組にほとんど渡しているのだ。身軽でありたい自分の都合が招き寄せた結果だ。


「というわけで、座学です」


「……へ?」


 そう、これから始まる地獄の勉強会も、自分が招いた結果なのだ……。

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