第173話 ヤクザクラン×幹部会合×序列決め

▼セオリー


 パトリオット・シンジケートの事件が解決して一週間ほどが過ぎた。

 世間が公式イベントであるワールドクエストに夢中となっている中、俺は何をしていたのかと言うと、関東地方を駆けずり回っていた。

 つまり、関東地方のクランを一つに纏め上げるという、ルンペルシュテルツヒェンに対して大見得切って言い放った口上を有言実行するために、各地のクラン本社へ赴いていたわけである。


 まず、俺の後ろ盾になると言ってくれた八百万カンパニー、すなわちコヨミと正式に同盟を結んだ。とはいえ、現状はコヨミがトップということなので堅苦しい話はほとんど無く、同盟締結の会議はほぼ雑談していただけだったけど。


 続く逆嶋バイオウェアでも桃源コーポ都市の支社を取りまとめるパットが口添えしてくれたおかげもあり、本社の代表役員たちとは終始穏やかなムードで同盟締結の話を進めることができた。

 ただし、一点だけ懸念された事項がある。今回起きた一連の事件の黒幕だったパトリオット・シンジケートおよびルンペルシュテルツヒェンらの処遇についてだ。

 逆嶋バイオウェアはカルマ室長という爆弾を最初から内に抱えており、彼がパトリオット・シンジケートにそそのかされてしまったこと自体はコーポ側の反省点として受け止めてくれていた。そのため、同盟および全クランを俺が纏め上げることに賛同してくれたけれど、より莫大な被害を被ったクランはそう簡単に首を縦に振らないだろう。


 それが如実に表れたのは三神貿易港に返り咲いた三神インダストリだ。社長のカイヨウは三神貿易港を解放してくれたことには感謝し、同盟も全面的に賛同して「結びましょう」と言ってくれていた。しかし、ルンペルシュテルツヒェンを含む「寓話の妖精たちテイルフェアリーズ」を不知見組の傘下に加えたことを知ると反応が変わった。

 特にカイヨウ社長以上に現場の忍者たちからの反発が強くあった。もちろん、パトリオット・シンジケートやツールボックスの手にかかった被害者の数を考えると、簡単に気持ちを切り替えられないだろうことは分かる。

 結局、三神インダストリに関しては同盟を完全に結ぶことはできず、一旦保留となった。


 コーポクランに関してはこんなところだ。

 次にヤクザクランにも話を通しに行った。



 甲刃連合。

 寝返り組だった者たちを、クラン内の序列一位である冴島組が本格的に動き、これを完全に殲滅。クランを二分する大騒動は収束に向かっていた。


 事態が収束すれば次に幹部会合が行われる。俺が暗黒アンダー都市の元締めになって以来、二度目の会合だ。

 カザキとともに甲刃連合が保有するホテルへ向かう。ホテルの大ホールには、いつかと同じく宴席が用意され、冴島組の手の者が席へ案内してくれた。


「なあ、カザキ。俺らの席ってもしかして……」


「おや、分かりましたか。そうです、上位幹部の席ですねぇ」


 思わぬ待遇にカザキと顔を見合わせる。それから会合に呼ばれた幹部たちの顔を眺めていく。前回の会合時に見た顔がだいぶ減っており、新顔がちらほら見受けられた。そんな中、見知った顔を見かけて顔がほころぶ。


「トウゴウも呼ばれたのか」


「ほう、城山組ですか。力を付けましたね」


 暗黒アンダー都市で最大のシマを持つ城山組のトウゴウだ。彼自身は幹部にあまり乗り気でなかったはずだけれど、無理やり呼ばれたのだろうか。少し居心地が悪そうな表情を浮かべていた。

 なにやら緊張している様子だったので、ほぐしてやろうと軽く手を上げてアピールする。俺に気付いたトウゴウはかしこまってお辞儀を返した。


「堅苦しいな、トウゴウは」


「我々が座っている席にはそれだけの力があるということです」


 カザキの説明に上位幹部の地位というやつを実感する。ホール内には二十人近い幹部がいる。その内、上位幹部の席は五つ。冴島組のキョウマと俺たち二人、それから寝返り騒動があった際に日和見を決め込んだ序列四位、五位の幹部。

 この図を見るに幹部再編と顔合わせが主になってくるのだろう。下位幹部の中には初めて会う者も多くいるだろうし。


 そうこうしていると、最後に序列一位である冴島組組長キョウマが入場した。ゆったりとしつつ、それでいて堂々とした立ち居振る舞い。身体を包むオーラからは強者の風格が漂っていた。

 キョウマは宴席の一番奥、中央に設けられた上座へ到着すると、両腕を広げて全体を見回した。


「今日は幹部会合に参加してくれて嬉しく思う。もう知ってるとは思うが、ようやくゴタゴタの始末がついた。その最中に幹部も何人か減ったからな。幹部の再編と顔合わせってことだ」


 キョウマは一息にそこまで言うと、酒の注がれたグラスをテーブルからヒョイとつまみ上げた。


「ひとまず、今日こんにちまで甲刃連合が無事に機能していることへ乾杯するとしよう」


 キョウマが杯を上げると、一堂に会する幹部たちがグラスを持ち上げる。あれ、ちょっと待って。もしかして、このグラスの中身って酒か?


「乾杯!」


 キョウマの音頭で皆グラスの中身を飲み干す。隣を見るとカザキも同様に飲み干していた。マジかよ、俺まだ十八歳なんだけど。

 そんなことを思いながら恐る恐るグラスに口を付ける。無色透明な液体なので何なのかまるで判別がつかない。少なくともジュースではないだろうな。ええい、ままよ。目をつむってグイとグラスを傾けた。


(……あれ、水だ)


 中身はただの水だった。いや、ただの水というには、どこかフルーティな感じもする。というか、すごく美味しい水だった。

 拍子抜けした俺はそのまま水を飲み干し、グラスをテーブルに戻した。こんなに美味しい水ならお代わりしても良いな。


「さて、本題だ」


 皆がグラスの中身を飲み干したことを確認すると、キョウマが再び口を開いた。


「幹部再編後の顔合わせってのは確かに目的の一つではある。だが、それだけじゃない。先のゴタゴタで長らく甲刃連合の序列二位と三位に居座っていた奴らが居なくなっちまった。そこの穴埋めをせにゃならん」


 キョウマの視線は俺とカザキ、それから序列四位と五位の幹部へと移っていく。

 穴埋め? それは俺とカザキの二人を上位幹部に迎え入れて終わりじゃないのか。数としては合っているはずだ。


「どういう意味だって思ってる奴もいるだろうな。簡単に言えば、新しく上位幹部へ加わった不知見組と甲刃重工、そして元からいる八重組と由崎組。その四つの組で序列を決め直してくれってことだ」


 ほうほう、なるほど、そういうことか。

 てっきり俺たちが序列四位と五位に入って、元四位と五位はスライドして二位と三位に格上げになるものかと思っていた。しかし、キョウマの立場で見れば甲刃連合の危機に立ち上がった俺たちと日和見に走った幹部とでは、どちらをより上の序列に据えたいかは明白である。……というのはちょっと自画自賛過ぎるか。だけど、少なくとも俺とカザキの働きを評価しているだろう点は正しいはずだ。


「キョウマさん、よろしいですか?」


「マキシ、発言を許可しよう」


 キョウマの話を聞いて、まず俺たちと反対に位置する席に座っていた内の一人が手を上げた。


(誰だ?)


(元序列五位、由崎組の組長マキシですねぇ)


「甲刃重工のカザキはまだ分かりますが、不知見組のセオリーは連合に入って日が浅い。なにより若すぎではないですか」


 ほう、暗に俺のような若造が上に立つのは気に食わないってことか。言ってくれるな。


「歳は関係ないだろう。何でも良いからどっちが上か白黒つけようぜ」


「口を挟むな」


 反論して口を開く俺に対して、マキシはギラリと睨み付けた。おー、こわ。


「なんだ、若造の俺に序列で抜かされるのが怖いかよ」


「貴様、この会合の場で喧嘩を売っているのか?」


 俺とマキシとの間には見えない火花が散っていた。

 そして、それを止めたのはキョウマだった。


「まあ、待て。逸る気持ちは後に取っておくことだ。マキシの質問に対する答えはセオリーと同じだ。歳は関係ない。誰が甲刃連合にとって有能か。それが全てだ」


 キョウマは席から立ち上がる。


「詳細は追って報せる。今日はここまでで仕舞いだ。上手い料理を用意した。ぜひ、堪能していってくれ」


 伝えたいことは全て言い終わったのだろう。そのままキョウマはホールを後にしようとする。だが、俺はそれを黙って見送るタマではない。


「おい、待てよ。序列をつけ直すなら一位のアンタも参加した方が平等じゃないか?」


 直後、隣に座っていたカザキが俺の頭を思い切り拳骨げんこつで殴りつけた。


「いってぇ! 何すんだよ、カザキ」


「馬鹿なこと言わないでくれますかねぇ」


 わりと真面目な表情で怒られた。

 なんだよ、ちょっとしたユーモアも含んではいたけど、俺としては真面目な提案のつもりだったんだけどなぁ。

 そんな俺の発言を受けて、キョウマは一瞬呆気にとられたような表情を見せたが、直後にニヤリと口角を上げた。


序列一位への挑戦は序列二位にのみ許される。頑張って駆け上がってくるんだな」


 キョウマはそう返事をすると今度こそ振り返らずにホールから出ていった。

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