閑話休題 忍者たちのクリスマスパーティー~逆嶋編~

これは「小説家になろう」の方で、昨年クリスマスの日に投稿した番外編になります。

シャドウハウンド逆嶋支部を舞台にした、いつか来るクリスマスの日です。


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 しんしんと雪が降り積もる。

 そんな寒さ感じる冬の早朝であるにも関わらず、シャドウハウンド逆嶋支部の建物は人の熱気が立ち上っていた。

 今日はシャドウハウンド逆嶋支部でクリスマスパーティーが開かれる。午前十一時から始まるので、隊員たちは朝早くからセッティングのため大忙しだ。


 このクリスマスパーティー、意外にも発起人は副隊長であるタイドだ。隊長のアヤメは難色を示したが、ゲームのプレイヤーたちはイベント事に飢えていた。特にクリスマスでも『‐NINJA‐になろうVR』をプレイしているような筋金入りの猛者たちは殊更ことさらに飢えていた。

 そんなプレイヤーたちの熱気に押され、アヤメはしぶしぶクリスマスパーティーを許可したのだ。そんなわけで、シャドウハウンド逆嶋支部では大講堂を使ったパーティーの準備が着々と進められていた。


「タイド副隊長、ツリーはどちらに運びましょうか」


「ツリーは壇上の向かって左側だ。飾りつけは女子隊員に任せてある」


「了解!」


「副隊長~、テーブルの配置組み換えはこんな感じで良いっすか?」


「奥の左から三番目のテーブルを壁から少し離せ。基本的に通り道には余裕をもっておけ、料理を運ぶ時の事故が減る」


「了解~」


 タイドは会場の見取り図を片手にテキパキと指示を出していく。それはひとえにただ一人の女性に楽しんでもらうためだ。目線の先には、他の女性隊員たちとともにツリーの飾りつけをしているアヤメの姿があった。

 てっぺんに星型の飾りを付けようとつま先立ちになる姿、そんな姿もまた可愛らしい。タイドは知らず知らずのうちにアヤメの一挙手一投足を見守っていた。


「おーい、こっちを見ろよ、副隊長さんよー」


 私の安息の時間を邪魔するやつは誰だ、そう脳内で悪態を吐きつつ、タイドは呼ばれた方へと目線を向ける。そこにはハイトがボケっとしたつらをして立っていた。


「なんだ」


「おい、お前今、絶対心の中で悪口言っただろ」


「なぜ分かる……」


 おっと、思わず口をついて本音が出てしまった。


「顔に出てんだよ、お前はよー。大学で俺が課題見せてくれー、って頼んだ時とおんなじ顔してたぜ」


「それは講義に出ないお前が悪い」


 へぇへぇ、俺が悪いっすよ、と言いながらハイトは肩をすくめた。肩をすくめたいのはこっちだとタイドは思ったが、売り言葉に買い言葉、ハイトとこういう話をすると大抵不毛な言い合いになる。そして、最終的には何でこんな言い合いをしていたのか、と無駄に費やした時間に虚しくなることが多い。

 大学から知り合った仲だが、もう二年近くつるんでいる。こういう時にどう対処すればいいかは学んでいた。


「さっさと本題に入れ。何の用だ」


 そう、本題を聞き出すのだ。

 そもそもハイトはタイドの『なんだ』という質問に答えていなかった。その時点でコミュニケーションがズレているのだ。つまり、ハイトと話すときは軌道修正を適宜かけていかなければならない。


 とはいえ、こんな風に苦労しているのはタイドくらいだ。他の人と会話する時には、ここまでハイトも脱線しない。なんだかんだでタイドと話をしている時だけ脱線してしまうのだ。それはリアルでもなんだかんだと一緒に居ることが多い間柄であるからこそ、なのかもしれない。


「それがよー、エイプリルがシャドウハウンド以外のヤツも呼んで良いかって言って来てな。俺の一存じゃ決められねぇし、副隊長殿に聞きたかったんだ」


「なるほど、エイプリルが呼ぶというなら相手はセオリーだろう。ふむ、どうしたものか」


 セオリーには色々と借りがある。無下に断るのも良くないだろう。しかし、一人だけ特例を出すというのも良くない。タイドの迷いが伝わったのか、ハイトも神妙な顔をする。


「一人にOKを出すと、他にも知り合いを呼びたいってヤツが出てくるよなぁ」


「その通りだ。さすがに各々が好き勝手に人を呼ぶと、この講堂だけでは収まりきらなくなるだろう」


 どうしたものか、とタイドが思っていると、ハイトは突然パチンと指を鳴らし、タイドのことを指差す。人を指差すな、とハイトの指を掴み、下におろしてからタイドは尋ねる。


「なにか名案でも浮かんだか?」


「三階の大講堂だけじゃ場所が足りないなら、二階の道場スペースを使おう。あそこなら二階の大部分を占める広さだから相当入るぞ。立食形式にすれば余裕なはずだ」


「ふむ、なるほど。たしかにそれならできないこともないか」


 パーティー開始の十一時まではまだ余裕がある。忍者の身体能力と忍術を駆使すればセッティングなどあっという間だ。脳内で会場のセッティング図案が構築されていく。同時に白紙を取り出し、図面を引き直す。瞬く間にクリスマスパーティー二階道場バージョンを描き出す。


「各隊員、注目! ハイト隊員より提案を受けた結果、会場の変更を行う。大講堂から二階道場スペースに移動だ」


 タイドの一声にざわめきが起こる。テーブルのセッティングなどをした後の会場変更なんて突然すぎる。それはタイドも分かっていた。そのため、続きを畳みかける。


「それに伴い、各隊員一名まで外部の者を誘っても良いものとする!」


 その宣言は効果てきめんだった。いくらシャドウハウンドに所属しているとはいえ、友人までその組織の中だけにしかいないというプレイヤーは少ない。

 みな誰かしら外部に誘いたい人物はいるのだ。とはいえ急な変更である。隊員たちは一斉にフレンドチャットや通信機などで連絡を取り始める。人によってはログアウトして現実世界に連絡を取りに行く始末だ。


「いやぁ、助かったぜ、タイド」


「ふん、師匠のメンツを保てたな」


 タイドの言葉に、ハイトは頬をポリポリと掻きながら顔を背ける。ずいぶんと分かりやすい照れ隠しだ。

 ハイトはエイプリルという少女に師匠と呼ばれるようになってから格段に成長した。エイプリルによって面倒くさがりで出不精な性格が多少更生されたのが大きな要因だろう。そんな弟子たっての希望だ。師匠として叶えてあげたくもなるというもの。


「さて、忙しくなるぞ。ハイト、お前も手伝え!」


 そうして、タイドは連絡を終えた隊員たちに再び指示を飛ばし始めたのだった。






 急遽、会場変更があったり、外部の友人を誘えるようになったりとイレギュラーが直前に挟まれたりもしたが、無事にシャドウハウンド逆嶋支部のクリスマスパーティーはつつがなく開始することができた。

 パーティーの途中には、ハイトによる『花蝶術』のレクリエーションや、タイドの『監獄術』を使った鳥籠脱出ゲームなどといったミニゲームが挟まれつつ、十三時を回った辺りで食事もみなおおむね堪能し終えた。


「というわけで、お前ら食事は十分に堪能したな。こっからはイベント要素強めでいくぜ!」


 ハイトが急造したお立ち台に乗って、高らかに宣言する。

 当初の予定では食事の後はプレゼント交換会の予定だったが、急遽人数が増えた関係でプレゼントの総数が足りなくなっていた。

 その問題に気づいたのはパーティー開始直後だ。何故、誰も気付かなかったのか。クリスマスという空気に浮かれていたのか。タイドは自身の考えの浅はかさに頭を抱えた。

 そんなタイドの肩にポンと手を置き、スマイルを送る男が一人いた。そう、ハイトだ。


「問題ない。俺が全て上手くまとめてやる。ついでにタイド、お前に最高のクリスマスプレゼントも用意しといてやるよ」


 タイドはこの時ばかりはハイトに後光がさして見えた。元々、タイドは段取りをしっかり決めてから着実に実行するタイプだ。当日の朝に変更を加えるなどというのは、そもそも不得手であり、その結果生まれたイレギュラーに対応するなど苦手もいい所だ。

 その逆にハイトはその場のノリと勢いを生かすタイプだ。ノリと勢いでエイプリルという弟子が誕生する程度にはテキトーなのである。だからこそ、イレギュラーな場面の対応力も高くなっている。


 分かった、全てお前に任そう。多くは望まない。ただせめてこのクリスマスパーティーを成功に導いてくれ。タイドは縋るような想いで、パーティーの進行をハイトに一任した。


 その結果、何が起きたのかと言えば、……プレゼント争奪戦だった。

 会場を二階の道場にしたために修練用の戦闘フィールドはいくらでもある。そして、その中でプレゼントを求める者たちによる熾烈なバトルロワイヤルが繰り広げられるのだ。


「Aグループ勝者は逆嶋バイオウェアのコタロー選手! 華麗な爆弾捌きでライバルを全て吹き飛ばしたぁー!! 勝因はなんでしょうか?」


「いやぁ、運が良かったですね」


「というわけでAグループの勝利プレゼントは、忍犬ヘルマン君とともに追跡者として大活躍中! 期待の中忍頭であるアルフィちゃんのプレゼントです!」


 そんな口上をハイトが垂れ流す傍ら、コタローはアルフィと呼ばれた少女からプレゼントを受け取った。


「あはは、女の子からプレゼントなんて照れちゃうね」


「私も男性に手渡しするなんて思ってなかったんで、照れます……」


 プレゼントの受け渡しを終えた後、コタローはアルフィとともに立食テーブルの方へ行き、談笑し始める。それを見届けた参加者たちは気付いた。このバトルロワイヤルは一種のフィーリングカップル製造機。クリスマスにゲーム内で寂しくイベント参加しているものたちに一筋の光が差す。プレイヤーたちの目の色が変わったのは見間違えではないだろう。

 ちなみにコタローはハイトが呼んだ相手だ。ある事件を通じてフレンドとなり、今ではそれなりの頻度でクエストを一緒にするような仲になっているのだった。


 Aグループのプレゼント争奪戦が終わり、ハイトはCグループに目を移す。そこはエイプリルのプレゼントがかかっているグループだ。

 最近ではかなり有名になりつつあるエイプリルのプレゼントはかなりの激戦区だ。というか、エイプリルファンクラブの隊員なんかは目が血走っている。危険な香りを漂わせる挑戦者たちだ。


 このグループは大混戦が予想され、オッズが定まり切らないところはあるが、どうやら倍率一位はセオリーのようだった。

 そして、蓋を開けてみれば倍率通りの結果となった。途中、AFC隊員たちによる連携と包囲網に苦しめられていたが、最終的にエイプリルのプレゼントはセオリーの手の中に納まった。

 というか、AFCの隊員は争奪戦中にエイプリルが不安そうな顔をした瞬間に自決していた。渡したい相手が誰かなど分かっていただろうに、何故挑戦してしまったのか。AFCの一人は清々しい笑顔で答えたという、そこに推しプレがあったからです……、と。


 そんなこんなで大波乱ありつつ、プレゼント争奪戦は進んでいった。ちなみに、タイドやハイトなど男性隊員のプレゼント争奪戦では、女性プレイヤーたちが凄まじい気迫を迸らせていた。クリスマスにゲームやってるようなプレイヤーたちだ、面構えが違う。





 そうして、最後のプレゼントになった。

 ハイトは台の上に一人の女性を立たせると、高らかにプレゼントの小箱を持ち上げさせた。


「お前ら、今回のクリスマスパーティーのラストを飾るプレゼントは誰からのものか、もう分かってるよな?!」


 台上にいる姿は紛れもない。シャドウハウンド隊長であるアヤメだ。


「アヤメ隊長のプレゼントが欲しいかー!!」


「「「うおぉぉぉおおお!!!」」」


 建物自体が揺れているんじゃないかと錯覚するほどの歓声と熱気が広がる。当のアヤメは、どうしてこんなに盛り上がっているのかと困惑顔だ。台上でプレゼントを持ったまま縮こまるアヤメの姿にタイドは震えた。思い出したからだ、ハイトの言っていた言葉を。



『タイド、お前に最高のクリスマスプレゼントを用意しといてやるよ』



 ハイトの言っていた言葉の意味を正しく理解した瞬間、タイドは天に感謝した。

 たしかにアヤメのプレゼントが欲しいとは思っていたが、それは正規の手続きを踏んだ上でもらえるのならば欲しい、という意味だ。

 だが、それは叶わぬ願いであるとも知っていた。アヤメがもし個人的にプレゼントを渡すとするなら、その相手はハイトだ。そのことは逆嶋支部の隊員たちからすれば公然の秘密と言って良いほど当然なことだった。

 だからこそ、タイドは裏方として張り切っていた。せめてアヤメに最高のクリスマスだったと思ってもらえれば、それがタイドにとって一番のプレゼントになるからだ。

 しかし、この降って湧いたプレゼント争奪戦。これは正式な手順を踏んだ上で、正規の手段で手に入れたプレゼントと言っていいだろう。


「ハッ!!」


 タイドの脳内に電流が走る。

 さらにここへ来て、ハイトの粋な計らいを知ったからだ。これまでのプレゼント争奪戦は全て直接の手渡しでプレゼントが渡されていた。当然、流れをむのであれば、アヤメも手渡しをする流れになるだろう。これまでの争奪戦全てが伏線だったのだ。すべてはハイトの掌の上だったとでもいうのか。


 おぉ、ハイト様。今日ばかりはお前のことを尊敬しよう。そして、お前が友であったことを誇りに思おう。

 床に膝をつき、涙を流すタイドの姿は天啓を授かりし巫女のようでもあり、はたまた邪神を崇める狂信者のようにも映ったという。


 そして、最終グループの争奪戦においてのタイドは鬼神のようであった。涙を流し、すべてに感謝するかのようにライバルたちをことごとく鳥籠に捕えていく。その姿は菩薩に擬態した邪神のようであった。

 後に語り継がれることになる邪神菩薩モードのタイドである。対峙した者たちは口を揃えて言った。俺たちはユニークモンスターかレイドボスと対峙していたんじゃないか、と。





 かくしてシャドウハウンド逆嶋支部のクリスマスパーティーは幕を下ろした。

 アヤメに直接手渡しでプレゼントを貰ったタイドはそれから一週間ほど心ここに在らずといった様子で上の空だったという。そして、その結果……


「タイドが犯人を捕まえるのに失敗した? 今日も私からのプレゼントを愛でるのに夢中で話が通じない? ……分かりました。来年のクリスマスからはプレゼント争奪戦禁止です。そして、あなたからはプレゼントを没収します」


「ま、待ってください、アヤメ隊長! それは、それは私の家宝なのです!!」


「問答無用!」


 そんな怒号と悲鳴がシャドウハウンドの中から響いていたそうな。

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