第172話 途中経過:関東サーバー統一計画

 ルペルの『忌名術』に関して、固有忍術と記載している場面と仙人を見つけた際に獲得した忍術と記載している場面がそれぞれあったため、固有忍術で統一しました。それにともない、第百六十六話を書き換えました。


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▼セオリー


龍飛ロンフェイ! 攻撃を中断しろ!」


 三神インダストリ最上階に響く声、ルンペルシュテルツヒェンのものだ。

 あと数十センチ、フェイの指先が前へ進めばロッセルの心臓へ到達していた。しかし、その攻撃は未だ届かない。


「プレイヤーにも使えるなんて初耳だヨ」


「私だって知らなかった。ぶっつけ本番さ」


 相手の真の名を呼ぶことで意のままに操ることができる『忌名術』。

 その特性からNPCキラーと呼ばれていたようだけれど、それはプレイヤーだと仮初かりそめの名前しか分からないから『忌名術』を適用できないだけだった。ちゃんと真の名を知ってさえいればプレイヤー相手にだって使用できたのである。俺のバッドマナーが結果的にフェイの行動を縛り上げるキッカケとなった。


「……やっぱり現実の名をバラされたのは痛かったネ。でも、強制力はNPC相手よりだいぶ低い違うカ?」


 ぐぐ、ぐぐぐ……とフェイの貫手がゆっくりと動き出す。ルンペルシュテルツヒェンの命令を受けてなお、束縛を無理やりこじ開けるようにフェイは動き出そうとしていた。

 ロッセルの身体はほとんど影に沈んでいたけれど、それでもまだ完全に沈み切ったわけではない。エイプリルの『影呑み』は完全に影の中に潜らないと移動できない。つまり、二人はまだそこに居るということだ。


「影ごと吹き飛ばせば良いネ。『五行龍爪・金───」


 フェイの掌から光が漏れ出す。あの光はフェイが最初にここまで飛んできた時やイリスを遠くへ飛ばした時と同じ光。つまり、金色に輝く龍を召喚して攻撃する技『金龍波』の予兆だ。

 五行龍爪から繰り出される技は異能の力を打ち消す。つまり、『影呑み』も無効化されるということ。


(このままだとマズい!)


 手裏剣を用意しようとポーチをまさぐるけれど、今から投擲したところでどう考えても妨害が間に合わない。

 思わずパーティ全体へ念話術を送ってしまうくらいに俺は焦っていた。自分の妨害ではフェイを止めるのに間に合わないと瞬時に理解し、本能的に誰かへ助けを求めていたのかもしれない。


(大丈夫。標的は捕捉している)


 そんな俺の救いを求める声に応えたのはタカノメだった。

 タカノメの声が聞こえた直後、フェイのこめかみに寸分狂わず弾丸がぶち込まれていた。少し遅れて、遠くから乾いた破裂音が届く。


「狙撃兵まで、いたとはネ……」


 目から上を吹き飛ばされたフェイは横向きに倒れながら、ぼやくように言葉を漏らした。しかし、その口角はニヤリと上がっており、負けた者が見せる表情とはとても思えない顔つきをしていた。そして、フェイは最後まで笑みを浮かべたまま全身を粒子に変え、消えていった。

 一撃である。完全にフェイの死角から攻撃できていたこと、フェイが攻撃に気付いていなかったこと、致命的部位へのクリティカルヒットだったこと、だいたいその辺のダメージボーナスが全部乗った一撃だったのだろう。


(タカノメ、マジで助かった)


(問題ない)


(今度、何かお礼させてくれ)


(そう? ……それなら来週末、一緒にアームドウォー2をする)


(了解。喜んで、ご一緒するよ)


 いつか一緒に遊ぼうと言われていたゲームの明確な日程が決定した。まあ、それは良い。このままズルズルと引き延ばしていたら遊ばず仕舞いになっていたかもしれないし。

 それはそれとして、ここはひとまず勝ちどきを上げるべきだろう。念話術の回線を一番大きなパーティへ切り替える。すなわち今回の作戦における仲間たち全員だ。

 メンバー数が三桁を超えるパーティのため、この回線は情報の錯綜といった問題が起きないように、念話の発信は総大将の俺と参謀であるカザキかパットしか使用できないように設定してある。


(えー、てすてす。聞こえてるか? 総大将のセオリーだ)


 横目にシュガーを見ると親指を立ててサインを送ってきた。どうやら音声は良好なようだ。


(手短に報告する。作戦は成功した。三神インダストリ本社は征圧完了)


 俺の報告の直後、北と西の方角から「ワァッ」という歓声のような、どよめきのような音が聞こえてきた。その音が遠く聞こえてきたことにより、俺も実感が湧いてくる。


(───つまり、俺たちの“勝ち”だ!)






 勝利を宣言してから北と西に展開していた仲間たちが本社まで到着するのに、そう時間は掛からなかった。そうして、人が集まった後はバタバタと事後処理が始まった。

 カザキなんかは『忌名術』を解除されてからずっと昏倒しており、ようやく起きたところで突如山積みの書類整理を任されることとなったのだから、さぞかし面食らったことだろう。



 さて、三神貿易港では戦後処理に忍者たちが奔走していたけれど、それと同時に別の作戦も走り始めていた。

 パットが率いる補給・遊撃部隊、彼らには三神貿易港の北側を攻める以外にも様々な役割が割り振られていた。それが南の甲刃工場地帯に広く展開することである。こうすることでパトリオット・シンジケートが敗走した段階で素早く南下し、圧力をかけて甲刃連合の寝返り組を挟撃する作戦だ。

 この作戦はほどなくして成功したらしい。なんでもフェイの手により南へ飛ばされたイリスが八つ当たり気味に加勢したおかげで戦力が一気に傾いたのだという。……やっぱり頭領ってバランスブレイカーだわ。


 こうして甲刃連合の寝返り組は着々と粛清されていった。上位幹部の二位と三位だった組もパトリオット・シンジケートの後ろ盾を無くすと、そこからじわじわと瓦解していった。

 これも全て上位幹部の序列一位である冴島組が、なんとか俺たちの作戦が成功するまで持ちこたえてくれたおかげだ。

 甲刃連合のゴタゴタが一段落した後、カザキから通達があった。冴島組のキョウマから俺とカザキの両名が呼び出しを受けているらしい。おそらく今回の離反などを受けて幹部の再編などが行われるのだろう。

 となると、どこかのタイミングで再び甲刃連合の本拠地へ行くことになる。果たして、どうなることやら。とはいえ、甲刃連合の内部はドタバタ騒ぎで大変だ。となると腰を据えて話ができるのは、まだまだ先のことだろう。とりあえず今は考えなくていいか。




 あとはパトリオット・シンジケートや他のヤクザクランの面々に対する処遇だ。


 パトリオット・シンジケートの方は対応が素早かった。ルンペルシュテルツヒェンが敗北を喫した後、トカゲの尻尾切りをしたのである。

 つまり、「寓話の妖精たちテイルフェアリーズ」という内部組織を、存在ごとパトリオット・シンジケートから切り離したのだ。用意周到なことに後から繋がりを示すものを探しても何一つ見つからなかった。


 ルンペルシュテルツヒェンが言うには、初めからそういう契約だったのだという。一つの地方を一つのクランが掌握する。そんな途方もない計画にパトリオット・シンジケートの本隊を動かすことはできない。しかし、万が一ルンペルシュテルツヒェンが成功でもすれば見返りは大きい。だからヤクザクランとしての席だけ貸したという形だったようだ。

 たしかに俺が「不知見組」を立ち上げた際は特例に近い形で、本来なら一からクランを立ち上げるのは大変だとシュガーから聞いた気がする。ルンペルシュテルツヒェンからすると、そのクラン立ち上げという前段階すら省略したいほど気が急いていたのだろう。


 こうして、ルンペルシュテルツヒェンを筆頭に「寓話の妖精たちテイルフェアリーズ」の面々はクランから追放されてしまった。皆、それは理解した上でルンペルシュテルツヒェンに協力していたようだけど、それにしたって作戦に失敗したから「はい、さよなら」ってのは酷い話だ。

 そんな風に俺が憤慨していたら、珍しくシュガーが良い案を出してくれた。


「そんなに不憫と思うなら、不知見組の下部組織として吸収しちまえばいい」


 俺は目を丸くさせてシュガーを見た。フォーチュングラスをクイと掛け直しながら、ヘラヘラと笑っていた。多分、コイツは大して深く考えもせずに話している。でも、行き場を無くした彼らを見て、俺にはその案がとても魅力的に思えてしまった。


「ルンペルシュテルツヒェン。どうする、ウチの下に付く気はあるか?」


 尋ねる言葉は口をついて出ていた。まさか、そんな展開になるとも思っていなかったのだろう。ルンペルシュテルツヒェンも、ウォルフも、メイズもポカンとした顔をしていた。しかし、すぐにルンペルシュテルツヒェンが笑い出し、快諾した。


「君が本当に関東地方を纏め上げられるか、すぐ近くで見させて貰うよ。もし、できなかったら私たちが内側から食い破るからね」


 とまあ、こんな感じ。

 形式としてはホタルと同じだ。「寓話の妖精たちテイルフェアリーズ」の首魁であるルンペルシュテルツヒェンだけが「不知見組」に加入する。こうして下部組織として成立した。



 それから黄龍会やツールボックス。

 黄龍会は今までと変わらず、各地に小規模の拠点が点在する元の鞘へ収まった。本来なら敗北したため、もっと規模が縮小する可能性もあったのだけれど、ルンペルシュテルツヒェンを説得した時に黄龍会などの敵対したクランを不当に扱わないことを約束した。

 その約束を守るために手を尽くしたのだ。言ってしまえば、これが最初にやったバランサーの役目かもしれないな。関東地方のクランを纏め上げるために中心で緩衝材としての役目を果たすという宣言通りだ。


 ツールボックスは詳細不明。

 ルンペルシュテルツヒェンが関東地方に渡った時、最初に接触してきたクランだという。

 ツールボックスのボスとは一度も会っていないようだが、ルンペルシュテルツヒェンの話したワールドモンスターの正体について全クランが手を組む必要性があることに賛同したのだという。

 もしかしたら、ルンペルシュテルツヒェンと同じようにワールドモンスターの脅威を知り活動していたのかもしれない。なら何故、今は音信不通なのかが解せない部分ではあるのだけれど……。




 こうして、公式イベントの裏で関東地方を揺るがしていたパトリオット・シンジケートの事件は幕を下ろした。

 しかし、俺にはまだやらなきゃいけないことが山積みに残っている。まずは関東地方のクランを一つに纏め上げないといけない。


「にしても、今回は自分の弱さがだいぶ足を引っ張ってたなぁ。こいつは先が思いやられるよ……」


 クランを纏めるという大きな目標を前に、自分自身の強化も急務だ。

 そして、その後はいよいよ『世界のくびきを破壊せよ』というワールドクエストにも本格的に取り組んでいきたい。


 やることはいっぱいある。まだまだ楽しめそうだ。






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 最近、クイーンズギャンビットという海外ドラマを観ました。

 主人公の女の子がチェスの才能を開花させて、当時男の世界だったチェス界でのし上がっていくストーリー。詳しく話すとネタバレになってしまうけれど、話の中で明るい部分と暗い部分があって、そこのバランスがとても上手い。

 チェスのことは全然知らなくても楽しめるので、ネットフリックスに契約している人は是非観るのをオススメします。

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