第255話 パワー イズ ビューティフル
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トモエとミツビのヘイトコントロールが功を奏し、モモの飛び蹴りは見事クリーンヒットした。巨木の上から悠々と見下ろしていた偽神マザークロウズが地に墜ちる。
モモは巨木から飛び降りるとマザークロウズへ迫った。身体を縦回転させ、落下の勢いを乗せたカカト落としを食らわせる。巨木から飛び降りてまで攻撃を続けるとはマザークロウズも思っていなかったようで、たまらず怯んだ様子を見せた。
マザークロウズの眷族召喚には鳴き声を上げるという一モーションが必要である。それをさせないよう、休む間も与えずに連撃を繰り返したわけだ。
トモエが眷族たちを全て受け持ったおかげで、すぐにミツビもモモと合流できた。
「トモエが片付けるまで眷族を召喚させない」
「ウチらで連続コンボや」
当初予定していた状況に持ち込めた。前門のモモ、後門のミツビ。
どちらに集中しても反対側のもう一人が邪魔をする。眷族を呼び出そうものなら、その大振りなモーションを狙って二人がかりで殴りに行く。そういうプランだ。
あとはどれだけ二人のコンボが通用するのかと、トモエが眷族の物量に圧し潰されないか、だ。
基本はモモが接近戦を仕掛け、スタミナの切れ目をフォローするようにミツビが幻術でハメる。
たしかにトモエが言う通り、マザークロウズ単体はそこまで脅威じゃない。大量の眷族を使役する指揮官タイプのモンスターだ。
本来なら多対一を仕掛ける側なのだろう。しかし、今は状況が逆転している。ミツビとモモの二人に二対一を強いられている。たったそれだけのことで巨体のカラスが先ほどまで発していた威圧感は薄れてしまっていた。
「押せ押せ押せ~!!」
イケイケモードに入ったモモはステップを刻みつつ連続攻撃を繰り返していく。さすがにボス級のモンスターだけあって耐久力は高いようだが、それに引き換え反撃には全く圧を感じない。
押されているのを感じたのか、マザークロウズは被弾覚悟で飛び立とうと翼を広げた。
「逃がさへん。『結界術・
ミツビが術を唱えるとマザークロウズの頭上で丸く円を描くように
不注意にも飛び立とうとしたマザークロウズは見えない壁に顔面をしたたか打ち付け、地面へと後戻りする羽目になった。
飛んで空へ逃走するというのは失敗に終わった。さらに被弾覚悟で逃げ出そうとしていたのだから、当然モモの一撃をモロに喰らう。
長く伸びた爪がマザークロウズの片翼を大きく切り裂いた。大きな戦果だ。鳥類が空を飛ぶためには片翼だけでは足りない。これで空はマザークロウズの領域ではなくなった。
「ナイスだ、二人とも! こっちも片付いたよ」
そこへトモエも駆け付ける。
百体以上出現していた眷族の群れもトモエの蒼天喝破の前では雑兵の群れに等しかったらしく、瞬く間の内に消滅していた。
「ガアァッ!」
翼を切りつけられたマザークロウズは大きく一鳴きすると頭部に生えた複数の瞳がカッと見開かれる。
異様な雰囲気を放つオーラがマザークロウズを包み込む。押せ押せな勢いでこのまま倒せるのでは、とモモとミツビは思ったりしたが、さすがに第二形態を残していたらしい。
一体、何が起こるのか。ここから先はトモエも知らない。
「ぐぅっ、ぐあぁぁああああ!!」
変化は後方で起きた。少女三人と一緒に付いて来ていた天狗が悲鳴を上げたのだ。
見れば頭を抱えうずくまる天狗の姿と、周囲を飛び回る偽神眷族たちの姿があった。しばらくして天狗は何事もなかったように立ち上がり、少女三人を見据えた。その視線は神社で戦うことになった時と同じ敵意の視線。
「なるほど、嫌らしい手を使ってくる」
瞬時にトモエが最悪のシチュエーションを理解した。
「どういうこと?」
「要は護衛対象が敵の操り人形なってしもたんやろ」
「えぇ、大変じゃん!」
モモの疑問にミツビが答える。解答としては半分正解。トモエはさらにその先まで考えていた。
おそらく敵対状態とはいえ、護衛対象であることは変わっていないはず。あくまでマザークロウズの洗脳を受け、支配されているだけだ。
死んでしまえば二つのクエストの内、片方はクエスト失敗の予感がする。
「周りにいる眷族も、天狗のお仲間が変化させられた姿ちゃうん?」
「良いね、最悪だね。それ、採用」
トモエはげんなりした表情でミツビに同意した。その可能性は大いにある。
ミツビが追加の考察を教えてくれたおかげで気を付けるべき部分がさらに増えた。おそらく天狗の一族は全員殺さないように立ち回らないとグッドエンドにはならないだろう。殺してしまって後から手違いでした、は通らない。
「でも、天狗の人たちは眷族化しても支配は受けないんじゃなかったの?」
「多分やけどマザークロウズが力の配分を変えたんちゃう」
「基本的に忍術は対象を増やすほどに効果が弱まる傾向にある。マザークロウズの眷族支配もその特徴を引き継いでるんだろうね」
さっきまでは数えきれないほどの眷族を従えていたが、それらを支配するために使っていた力を天狗の一族を支配する方へ集中させたのではないか。
話の筋は通っている。それを裏付けるようにマザークロウズが新たな眷族を追加する様子は見られない。
「作戦継続。天狗たちは私が受け持つから二人はマザークロウズをお願い!」
トモエは天狗たちの下へ駆け出した。殺すわけにはいかない戦い。どうするにせよ行動不能状態にしなければならない。モモとミツビには方法が無かった。必然的にトモエが行くしかない。
モモとミツビはマザークロウズへ向き直った。今はトモエを信じてマザークロウズに好き勝手させないのが役目だ。
再び二ヶ所で戦いが始まった。
トモエは蒼天喝破を構えると突撃してくるカラスの群れを迎え撃つ。丁寧に叩き落し、行動不能にしていく中、黒い翼の群れに紛れて迫りくる天狗の前脚を見逃さなかった。
槍の柄の部分で蹴りを真正面から防御し直撃を避ける。すると天狗はそのまま柄の部分を駆け上がる様に足場として空中へ飛翔した。そして一瞬の滑空からボディプレスを仕掛けてくる。槍を蹴られた反動でトモエは回避がワンテンポ遅れる。
(天狗を受ければカラスの群れの突撃を許すし、群れを抑えればボディプレスが直撃する。両天秤か。なら槍を手放して回避?)
冗談じゃない。答えは両方対処だ。トモエは逡巡した思考を一笑に付した。両天秤ならぶち壊せばいい。
「『
固有忍術を唱え、握り締めた蒼天喝破を片手だけで横薙ぎに振り払う。途端、振るった力で風が巻き起こり、カラスの群れが散り散りになって霧散、四方八方へと吹き飛ばされた。
一方、槍を握っていなかった方の手はボディプレスを仕掛ける天狗へ向いていた。全体重を乗せた攻撃だったが、トモエの繰り出す張り手とぶつかると逆に天狗の方が吹き飛ばされていた。
トモエの固有忍術は至極単純にしてシンプルな「筋力を上げる」というものだ。プレイヤーによっては、何だそれだけか、と思ってしまうような忍術である。当のトモエ自身もゲームを始めた初期の頃は『集中』で筋力を補強するのと大して変わらないハズレの固有忍術と思っていたほどである。
しかし、その真価は忍者ランクが上がるにつれて明らかになった。
第一に、能力の上がり幅が尋常ではなかった。
トモエの『強力術』は他のステータスと引き換えに筋力を上げる忍術である。その中でも『悪鬼無双』は技量と隠密、二つの能力値を犠牲にして筋力を大幅アップさせる。そのバフ倍率は驚異の3.5倍である。
一般的なバフが一つの能力値を1.2~1.3倍させれば上等と言われる中、破格の性能であることは言うまでもない。
第二に、究極の大器晩成型固有忍術であること。
トモエの『強力術』は引き換えにしたステータスが育っているほど倍率が上がる。つまり、現時点での倍率は暫定的なものであり、今後もレベルが上がっていくほどに、さらにバフの倍率も上がっていくのだ。
筋力にしか作用しない。
効果時間中、引き換えにした能力値が最低レベルまで下がる。
色々と挙げようと思えばデメリットはある。けれどもトモエは気にしなかった。圧倒的なパワー、それは全てを解決する。
図らずもどこぞの雷を纏った鬼がそれを証明している。彼女の選択は間違っていなかった。
「数の暴力から質の暴力にしたつもりかもしれないけど失策だったね。むしろ数が減ってありがたい!」
本来なら有象無象を眷族化させたものよりも、天狗の一族を変化させた眷族の方が威力も速度も上がっていた。トモエの言うように数の暴力から質の暴力に変わり、本来ならリズムを崩す狙いがあったのだ。しかし、トモエにしてみれば多少強くなったとしても質より量の方が厄介だった。
技量と隠密を投げ捨てたトモエは繊細な立ち回りなどできない。できるのは目の前の障害をただ破壊するのみ。
モモとミツビが参戦したからこそ固有忍術が有効活用できる盤面に持ち込めたのだ。
追撃するトモエの張り手によって吹き飛ばされた天狗は巨木の幹に叩きつけられ意識を失った。すると連動するように天狗の一族が変化したカラスたちも力を失って地面に倒れ伏していった。
昏睡による一時的な行動不能。今こそ邪魔の入らない状況でマザークロウズを叩く千載一遇のチャンスが回ってきたのだった。
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