第153話 総大将押し付け合いの謀略

▼セオリー


 大学から帰宅し、再びゲーム内へとログインする。現実世界で一日経過しているため、前回逆嶋バイオウェアの中央支部で会議を開いた時からゲーム内時間で三日が過ぎたことになる。

 俺は逆嶋バイオウェア中央支部へ着くと真っ直ぐに社長室へ向かった。


 ところで、ログインした際にエイプリルが現れなかった。ということは俺がログアウト中も何かをしていたということだ。もしかしたら、エイプリルの方でも味方になってくれそうな人へ声を掛けに行ったのかもしれない。


 俺の方も三神貿易港へ攻め入る時の味方を見繕うため、色々と声を掛けている。

 その一つは八百万カンパニーだ。大学で神楽より同盟の提案を貰った際、一旦は保留にしようかとも思った。しかし、そのすぐ後、八百万カンパニーと不知見組が同盟を組む代わりに、パトリオット・シンジケートへ攻め入る際に手を貸してもらう、という条件を思いついたのだ。

 その場で確認を取ったところ、コヨミとしてもパトリオット・シンジケートへ仕返しができるということでノリノリの即答オーケーだった。


 あとは他にもう一人、現実世界で連絡を取れる相手に打診してみたけれど、そちらは計画決行の日程次第ということなので保留にされている。



 逆嶋バイオウェアの社長室へ着くと、パットとカザキがバタバタと忙しそうに連絡を取ったり、テーブルに広げた書類にメモを書いたりしていた。

 たくさんの人の名前が羅列された書類には、丸が付けられた人と横棒で名前を消されている人に別れる。おそらく協力者名簿の作成途中といったところか。


 逆嶋バイオウェア中央支部を任されるパットと甲刃重工の取締役を務めていたカザキ、双方ともに人脈は広いはずだ。名前が羅列された書類が数十枚と積み上がっている様を見れば、それがありありと分かった。


「おや、重役出勤ですね」


「まあな、企業連合会の会長だぞ。お前らより重役だ」


「ふむ、たしかに」


「いや、嘘嘘。俺の方でも声掛けしてきたよ」


 カザキがせわしなく動かしていた手を止めて、俺へと会話を振ってきた。協力者の名簿を見る限り、団体や組織の名前も数多く書かれている。かなり規模の大きな戦いとなりそうだ。


「この声を掛けている人たち全員で攻めるのか?」


「いえ、それは違いますよ。適材適所で声を掛けているのです。我々が攻撃部隊だとして、他にも防衛、遊撃、補給などあらゆる面の人材が必要となりますからね」


「この戦いをかなり広い視点で見てるんだな」


「当然です。むしろ、総大将のセオリーさんにもこの視点を養って頂きたいところですがね」


「いやいや、俺は鉄砲玉タイプだぜ。俺にできるのは前線に突っ込むことだけだ」


「そうですか。……ふむ、たしかにかつての武将たちも手許てもとに軍師を置いたと言いますし、手練手管てれんてくだは他に任すのも一つの在り方かもしれませんね」


「そーそー、そういういこと」


 個人的にはカザキがその軍師ポジションを務めてくれることを期待している。一歩引いたところから相手のウィークポイントとなりうる場所を見定めて指示を出してもらいたい。



 ……あれ? ちょっと待てよ。


「ごめん、聞き間違いだったら良いんだけど、今俺のこと総大将って言った?」


「はい? えぇ、そう言いましたが」


「そんな話、聞いてないけど?」


「言ってませんからねぇ」


 言ってませんからねぇ、じゃねぇんだわ。俺の承諾なしに俺の役割ロールを決めないでくれ。


「拒否権は?」


「ありません」


 酷い! 鬼、悪魔、カザキ!

 俺たちって一蓮托生した同盟の仲じゃないの?


「と言いたいところですが、どうしても嫌だとおっしゃるなら辞退して頂いても構いません」


 と思ったら、意外とすんなり折れてくれた。

 あれ、カザキのヤツ物分かりが良いじゃん。そしたら、俺は前線の切り込み部隊辺りに配備してもらおうかなー。


「……さて、残念ながら、我々二人の落としどころだった彼からは拒否されてしまいました。そうなると、盟主はどうしましょうか?」


「まさか、ヤクザクランのフロント企業のトップに任せるわけにはいきません。私が務めましょう」


「黄龍会に敗れ求心力の落ちた逆嶋バイオウェアが旗印では反撃の狼煙のろしを上げることすらままなりませんよ」


「それは内輪揉めしている甲刃連合にも言えることでしょう」


 突然、カザキとパットが悪い笑みを浮かべながら互いに相手を攻撃ならぬ口撃し始めた。こいつら同盟を組んだとか言ってたけど仲悪くないか……。

 いやまあ、おそらく相手側に一方的な主導権を握られたくないっていう部分が大きいのかな。彼ら二人はこの作戦が終わった後のことまで考えている。その時、どちらが盟主を務めたかで内外的な躍進の度合いが異なってくるのだろう。



 ……だからか。だからこそ、俺が落としどころなのだ。

 逆嶋バイオウェアからはカルマ室長の件で一目置かれる存在であり、甲刃連合からして見れば幹部の一人だ。双方のメンツを保てる人選なのである。


「あーもー、分かったよ。俺が総大将でも盟主でもなんでも務めるから内輪揉めは無しだ。敵はパトリオット・シンジケートただ一つ。打倒するまでは嫌でも仲良くしてもらうぞ」


「おや、総大将を務めてくれますか。いやはや、セオリーさんの善意の申し出のおかげで助かりましたなぁ、パット殿」


「はっはっは、そうですな、カザキ殿」


「お前ら仲悪いのか良いのかどっちだよ……」


「何をおっしゃいますやら、セオリーさん。我々はこの通り仲良しですよ」


 カザキとパットは肩を組んで仲の良さをアピールする。こいつら、俺のことおちょくってんじゃないだろうな。もしくは面倒な総大将とかいう役割を俺へ押し付けるために一芝居打っているのかもしれない。


「……まあ、いいや。それよりも俺が声を掛けてきた人たちもその名簿に書き加えさせてくれ」


「もちろんです」


 それから徐々に社長室へ人が集まっていった。

 リリカはシャドウハウンド逆嶋支部のタイドを伴って現れ、エイプリルはハイトと一緒に来ていた。


「あれ、タイド、お前アヤメから乗り換えたのか?」


「あまりふざけたことを言うな。彼女はただの後輩だ」


「へぇ、タイドの後輩か。ってことは俺の後輩でもあるわけか。よろしく~」


 ハイトとタイドは双方に相手が来ることを知らずに連れてこられたらしい。まさかの偶然の一致だ。

 だけど、俺としてもリリカがタイドを連れてくるのは意外だった。知り合いっぽい雰囲気はあったけれど、なんとなくタイドからは淡白な態度を感じていたからだ。

 話を小耳に聞いている限り、タイドの後輩にあたるらしい。ハイトもそれを聞いてシャドウハウンドの後輩として納得したようだ。


「シャドウハウンドとしての後輩だけではありませんわ。ワタクシはタイド様の大学の後輩でもあるんですのよ」


「リリカ、あまりリアルの話を持ち込むな」


「ほぉ、そうなのか。ってことはやっぱり俺の後輩でもあるわけじゃん」


「どうしてそうなるんですの? ……え、そういうことですの?!」


 なにやらシャドウハウンドチームは盛り上がっているようだ。

 いや、どちらかというとリアルネタで盛り上がっているだけっぽいな。知らぬ間にエイプリルがスススと俺の傍まで戻って来ていた。現実世界の話に花が咲いてしまったため、居づらくなったのかもしれない。


「エイプリル、隣空いてるから座っていいぞ」


「……っ、うん!」


 喜色満面の笑みになったエイプリルは飛び込むように俺の隣へと座った。

 とはいえ、こっちはこっちでどこへどう進軍していくのかなどを、我が軍のダブル軍師であるカザキとパットが真剣に悩んでいる最中なので、空気がピリピリしていて和む雰囲気でもないんだけどね。


「ハイトを呼んだのか」


「私が呼ぶよりセオリーが呼んだ方が早かったかな?」


「いや、弟子が呼んでくれた方が嬉しいと思うぞ。つうか、アイツは俺の誘いを断ったからな。ワールドクエストの方が面白そう、とか言って」


「そうだったんだ」


「だから貴重な戦力を引っ張って来てくれてお手柄だ」


 実際、上忍以上のランクは貴重だ。一人増えるごとに戦力が跳ね上がっていく。

 俺が褒めるとエイプリルは猫のように目を細めて、照れたように顔を赤らめた。そして、すぐ照れ隠しにそっぽを向いてしまったのだった。



 その後、八百万カンパニーよりコヨミとタカノメ、不知見組のホタル、カザキやパットが呼んだとおぼしき人物などが続々と集まった。個人で協力してくれる人もいれば、組織の長として協力を申し出てくれた人物もいたらしい。


 こうして協力を求められそうな人には片っ端から声を掛けた結果、逆嶋バイオウェアの社長室には総勢20名程度が集まった。

 中には決行日が決まったら教えてくれとかいう人もいたけれど、そいつらはひとまず人数にカウントせずに計画を進める。もし、当日加入してくれればラッキーくらいに思っておこう。


 さて、あとは作戦決行日を決めて実行するだけだ。

 俺は手を叩くと、社長室に集まったメンバーの注目を集めたのだった。

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