第154話 会議は進む、されど認められず

▼セオリー


 逆嶋バイオウェアの社長室。そこに二十人程度の人々がひしめいている。いくら広い部屋だと言っても少々窮屈だ。なので話は手早く済ますことにしよう。

 手を打ち鳴らしたことで全員の注目がこちらへ向く。カザキとパットを両脇に従えて立つ俺を誰だろうと見る者もいる。


「初めましての人もいるだろうから挨拶から入らせてもらう。俺は暗黒アンダー都市の元締めである不知見組組長セオリーだ。桃源コーポ都市では企業連合会で会長も兼業させてもらっている。今回、パトリオット・シンジケートに対する作戦では総大将を務めるので、よろしく頼む」


 軽く挨拶から入って俺が誰だか知ってもらう。カザキとパットが呼んだ協力者は組織の長などが多い。そのため、カザキたちからは挨拶の時点で肩書きをしっかりと伝えるように念押しされていた。

 俺の挨拶に対して賛同的な視線は七割、不審げな視線が二割、読み取れないのが一割といったところか。まあ、まずまずの挨拶だったんじゃないか。誰だってよく知らんヤツがいきなり総大将を名乗ったら不審に思うだろう。


「さて、今日集まってもらった理由は各々聞かされているとは思う。しかし、全体で認識を擦り合わせるために今一度、この場で再確認をしてもらいたい」


 ただし、誰が総大将をするのか問題を蒸し返すと面倒なことになるので、俺は早々に一歩下がって話の続きを両脇の二名に託した。


「では、セオリーさんに代わりまして逆嶋バイオウェア中央支部で総責任者をしている、私パットが話を引き継がせて頂きます」


 俺の代わりにまず前へ出たのはパットだ。


「現在関東地方はパトリオット・シンジケートというヤクザクランによる侵略を受けています。ご存知の通り三神インダストリは陥落し、三神貿易港がパトリオット・シンジケートの手に落ちました」


 そういえば、三神インダストリに関してだけれど、現在は桃源コーポ都市にある支社ビルを本社として扱っているそうだ。しかし、海運業や貿易業が中心だったため、貿易港を奪われたダメージが大きく、立て直しに苦労しているのだという。

 にしても、そうなると三神インダストリに所属しているプレイヤーは大変だよなぁ。突然、本拠地が別の場所に移るなんて他のMMOモノではあまり無い。今は世界のくびきの件でプレイヤー間の話は持ち切りだけれど、一段落した後に話題となりそうだ。


「三神インダストリのカイヨウ社長からは貿易港奪還のためなら協力は惜しまないとの返事を頂いております」


「三神の頭領はどうしたんだ? 最近その名を聞いていないようだが」


 列席する協力者の内、スーツを着た三十代くらいの男性が口を挟む。三神インダストリに所属する頭領について聞いているようだ。


「彼は現在長期不在中とのことでして、カイヨウ社長の方でも連絡が取れていないようです」


「頭領が雲隠れしているのでは三神の協力はあまり当てにできんな」


 頭領が不在ということを知った途端、目に見えて落胆の色を覗かせる。集まった協力者の中にも同じような様子の人がちらほらと見受けられる。参加を期待していた頭領が一人欠けていることの影響はそれだけ大きいということだ。

 三神インダストリに所属する頭領はプレイヤーだ。そして、ゲーム内ではここ一年音沙汰無しなのだという。つまり、現実に換算しても三ヶ月ログインしていないということだ。もしかしたら、すでに引退してしまったのかもしれない。


「話を戻させて頂きます。ここに集まったメンバーから諜報・支援・攻撃に割り振り、対パトリオット・シンジケート作戦を進めていきます。諜報に関しては、現地では三神インダストリに協力してもらい、外部からの調査においてはシャドウハウンドの協力を仰ぎます。諜報部隊の部隊長は逆嶋支部の副隊長を務めるタイド様にお願いいたします」


「了解した」


 パットはタイドへ向けて一礼を送る。それに答えるようにタイドは手を上げて周りに顔を向ける。


「支援部隊に関しては、桃源コーポ都市から各戦地への補給や陽動、遊撃などバランサーの役割を担い、パトリオット・シンジケートを引き付けます。部隊長は私パットが務めますので、よろしくお願いします」


 支援部隊に関してはパットが取り仕切る。

 ちなみに、カザキとパットが呼んだ協力者はほとんどがこの支援部隊に入ることとなる。いくつもの組織が内包されるため、その分、手足となって動かす人員も一番多くなる。冷静な状況判断と適切な指示を出すことが求められるだろう。

 パットには面倒な役割を押し付けることになるけれど、なんとか頑張ってもらおう。


「さて、ここからは私が引き継ぎましょう」


 次にパットと入れ替わるようにカザキが前へ出る。パットが支援部隊の部隊長だったなら、カザキの役割はいわずもがなだ。


「最も重要な攻撃部隊に関してです。部隊長はカザキが務めます。攻撃部隊の目的はパトリオット・シンジケートが占領している三神インダストリ本社および貿易港使用権利書の奪還となります」


 目的の明確化。これは戦いの目標を全体で共有することで勝利条件を視覚化し、各々が何をすればいいのか考えられるようにするために行う。

 今回の件で言えば、例えばパトリオット・シンジケートの構成員を全員倒すなどという勝利条件を設定してしまうと途方もないものになってしまい、目的を見失いかねない。それに対して、本社と権利書の奪還であれば目標として定めやすく、理解もしやすい。


「パトリオット・シンジケート自体を叩き潰さなければ同じことを何度も繰り返すのではないですか?」


 カザキの説明の後、疑問の声が上がる。それに対して、カザキは落ち着き払った態度で答えた。


「それは大丈夫でしょう。パトリオット・シンジケートは今回の関東地方侵略に全精力を傾けています。逆に言えば、この一件を乗り切り、しっかりと跳ね除けることに成功すれば、同じことを繰り返す余力は残されていないと思われます」


 そもそも、パトリオット・シンジケートの本体は関西地方で勢力を伸ばすヤクザクランだ。関東地方に伸びている手はパトリオット・シンジケートの中では一部と言って良い。つまり、現在関東地方で暗躍しているパトリオット・シンジケートの構成員たちは先遣隊のような存在なのだ。

 この情報はシャドウハウンドの情報網から得られたものに加えて、俺が元々関西地方の頭領だったシュガーミッドナイトと個人的に連絡を取り合って得た情報を擦り合わせたものだ。情報の確度は高い。


 もし、関東地方侵略の先遣隊メンバーがしくじった場合、関西のパトリオット・シンジケート本体がさらに戦力を送り込んでくる可能性は低い。

 パトリオット・シンジケートは過去に関西地方でも覇権を握ろうと暗躍したことがあったらしい。しかし、それは関西地方のクランによって阻止されている。そのため、不用意に防衛戦力を減らすなどの隙を見せれば関西地方の本体も危ういのだという。

 先遣隊の全精力を傾けた結果が失敗であれば、それ以上傷を広げようとはしないだろう。


 つうか、パトリオット・シンジケートは各方面に喧嘩を売り過ぎじゃないか。なんというか、破滅的な思考を感じてしまう。こんな四方八方に喧嘩を打っていれば四面楚歌になるのは当然のことだ。

 一体、パトリオット・シンジケートのボスは何を考えているのだろう。いずれ相対することがあれば是非聞いてみたいところだ。



 さて、情報共有は終わった。この後は各部隊に別れて作戦の決行日程や擦り合わせをすることになる。各部隊は逆嶋バイオウェアの別フロアにある会議室を借りて話を進める予定だ。

 というわけで俺はカザキとともに社長室を後にしようとする。すると、俺が出ていこうとする道の先を塞ぐように男が現れた。


「少々時間をもらっても良いか?」


 二十代中頃くらいだろうか。カザキとパットが呼んだ協力者は組織の長が多い。そうなると必然的に年齢層が高くなるわけだが、彼はそんな者たちの中で断トツに若い。

 カザキがムッとした表情をして手で追い払おうとするけれど、俺はそれを制した。


「構わないぞ。ただ申し訳ないけれど、名前を聞いてもいいかな?」


「逆嶋バイオウェア非合法工作部隊の隊長をしているロッセルだ」


「ロッセルか。それで要件は何だ?」


「セオリーさん、アンタの噂は聞いている。カルマ室長の件とかな。……ただ、俺はそれが信用ならない。噂ばかりが独り歩きしてんじゃないかってな」


「ロッセル! セオリーさんに対して失礼ではないかね」


 パットが慌てた様子で間に入り、ロッセルへと叱責するような声音を出す。だが、ロッセルは悪びれる様子も見せずに俺の方を見ていた。

 最近はどうにもヨイショされることが多かったから、こんな風に反発を受けるのは新鮮だ。それに噂が独り歩きしているというのはあながち間違いとも言い切れないんだよな……。


「つまり、俺が総大将にいるのは気に食わないってことか」


「そこまでは言わないが、自分で納得できないと指示に従えない性質たちでね」


「一応、俺が総大将に就いたのはカザキとパットの推薦なんだけど、それは分かってるのか?」


「アンタがウチの頭領であるアリスさんを誑かしたってのは知ってる。ある程度は権力も振るえるだろう」


 ふむ、彼の中で俺はアリスを誑かして支配下に置いた人物として映っているようだ。そして、アリスを支配して逆嶋バイオウェアで幅を利かせている、というのが彼から見た俺の評価なのかな。


「なら、どうしたら俺を総大将として認められる?」


「俺と手合わせしてくれ」


 ……はぁ? こちとら中忍頭だぞ。ロッセルのランクがどうなのかは知らないけれど、多分俺の方が低いだろう。ハッキリ言って嫌だ。やりたくない。

 しかし、俺は尋ねてしまった。どうしたら認められるのか、と。つまり、彼の提案を飲まなければ逃げたことになる。敵前逃亡する総大将に誰が付いて行くというのか。マズい、逃げ場を失った。

 隣ではカザキが「はぁ、何をしているんですか……」とでも言いたげな様子で顔に手を当てていた。仕方ないだろう、俺だってこうなるとは微塵も思ってなかったんだよ!


 ええい、こうなったら一度手合わせしない限り納得しないだろう。


「分かった。パット、どこか手ごろな場所を用意できるか?」


「えぇ、すぐに用意いたします」


 こうして急遽、逆嶋バイオウェアの非合法工作部隊で隊長を務めるというロッセルなる男性と手合わせをすることになってしまったのだった。

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