第六章 ワールドクエストと宇宙怪獣攻略

第226話 水面下の胎動


 時は過去、桃源コーポ都市にてセオリーが企業連合会の会合へ乗り込み、会長となった頃まで巻き戻る。


 会合にて敗走し、違法忍具「全能丸ぜんのうがん」に頼ったルドーは崩壊していく身体と精神とに鞭打ち、隠れられる場所を探していた。できることなら「全能丸」の副作用を抑えられる専門の医療設備が整った場所が良い。しかし、逃走中の身であっても置いてくれる医療機関などそうそう無いだろう。

 それでもルドーには一ヶ所だけ思い当る場所があった。



 桃源コーポ都市を出て関東の東、三神貿易港へ向かう途中に小規模な町がある。何の変哲もない町だ。しかし、その中に目当ての場所があった。

 町中を進み、ある店の前で立ち止まる。ルドーの目の前には寿司屋の暖簾のれんが垂れ下がっていた。それを手でめくり上げつつ、入り口のドアをくぐって店内へ入る。


「邪魔するぞ」


「いらっしゃいませー」


「おひとり様、案内しまーす!」


 すぐさま威勢のいい声がかけられる。そのまま案内役の者がテーブルへ案内しようとしたが、それをルドーは手で制した。


「大将に用がある。良い魚を仕入れた、と伝えてくれ」


「……! はい、よろこんでー」


 それだけで伝わったようだ。店員は厨房の中へと入って行き、ルドーの言葉を伝えに行った。ほどなくして寿司職人の格好をした若い女性が出てきた。


「おや、これはこれはシャドウハウンドの隊長様じゃあないの」


「リンネ、御託ごたくは後だ。とにかく奥へ通してくれ」


 切羽詰まったような物言いにリンネと呼ばれた女性は何も言うことなく、ルドーを店の奥へと案内した。

 ここの表の顔は三神貿易港近くの漁港で獲れた新鮮な魚を提供する寿司屋だ。しかし、ひとたび奥へ入れば別の顔を覗かせる。


 バックヤードの途中、不自然な位置にある扉を開くと地下へと伸びる階段が姿を見せた。さらに階段を降りた先、鉄製の扉をくぐると簡易なベッドと椅子だけが置いてある殺風景な部屋があった。つまり、闇医者リンネの隠れ家なのだ。


「さあ、症状を教えて頂戴」


「ある丸薬を飲んだ。それの副作用を治療してくれ」


「丸薬ぅ? あなた忍者でしょ。そんなもの放っとけば勝手に治るんじゃないの?」


「そうもいかない。飲んだのは違法忍具だ。それに過剰摂取オーバードーズもしてしまった」


「……あなた馬鹿ぁ?」


 リンネが真っ先に思った感想はそれだ。というか、思わず口をついて出てしまった。それに対し、ルドーはムスッとした顔のまま口を一文字にして押し黙った。


 何も言い返せないのだ。いつも高慢で他者から見下されるのが大嫌いなシャドウハウンドの隊長様が、リンネの物言いにただ押し黙るしかできなかった。それをリンネは驚いた目で見つめた。普段の様子と違い過ぎる。何かあったに違いない。


 そもそも違法忍具は効果の大きさに目を引かれるが、それ以上に副作用や中毒性など問題も多くあるものが大半だ。それを分かっているだろうルドーが過剰摂取しなければいけなかった状況。考えられるのは最悪なものばかりである。


「まあ、いいわ。とりあえず、ベッドで横になりなさい」


「あぁ、それから、件の丸薬も渡して、おく……」


 リンネの手に小瓶を握らせる。中には何錠か丸薬が残っていた。それからベッドの方へ一歩を踏み出そうとしてルドーの身体がふらりと傾く。そのまま勢いを止めることができずにリノリウムの床へと身体を叩きつけた。受け身も取らず、四肢を投げ出したままだ。


「あら、だいぶ重症ね」


「リンネお嬢様、こちらは患者でよろしいのですか?」


 リンネが倒れたルドーを冷ややかな目で見下ろしていると、別の男が音もなく姿を現した。そして、リンネへと指示を求める。


「うーん、そうねぇ。一応、ベッドに寝かせておいて。……それより聞いて、彼の持ってきた丸薬、違法忍具の全能丸ぜんのうがんよ」


「全能丸……、たしかリンネお嬢様のお父上が生成に携わっていたものでは?」


「そうそう、パパが甲刃重工と逆嶋バイオウェアの馬鹿に金を握らせて生成まで漕ぎ着けたのに、途中で馬鹿がビビッて計画凍結させられたアレよ」


 リンネは親指の爪を歯で嚙みつつ、当時のことを思いだしイライラを露わにした。


「せっかくバイオミュータント忍者に違法忍具を使わせる実験だってできそうだったのに、両方おじゃんになるなんて今思い出してもムカつく!」


 全能丸に限らず、違法忍具なら色々と当てはある。しかし、バイオミュータント忍者ばかりは父の力無くして量産は不可能だ。それに製造工場も今は封鎖されているらしい。


「しかし、それを今更になって持ってきたというのはどういうことでしょう?」


「さあ、知らないわ。どっかに漏れてた試作品をシャドウハウンドで押収したんじゃないの? まさか、それを自分で使う馬鹿がいるなんて思わなかったけど」


 男はルドーを担ぎ上げるとベッドへ横たえた。荒く呼吸を繰り返しており、すでに意識は無いようだ。


「なにか厄介の種を持ち込んでいるかもしれません」


「それもそうね。カストル、ひとまずこの男の周辺を洗っておいて頂戴」


「承知いたしました」


 カストルは深々と頭を下げると再び音もなく消えた。

 男はリンネだけの特製バイオミュータント忍者だ。呪印紋を施され、リンネに忠誠を尽くし、リンネのために死ねる。そうあれと彼女の父カルマ・・・によって生み出されたのだ。


 カストルが居なくなった後、リンネは嬉々とした笑みを浮かべた。全能丸を過剰摂取オーバードーズした上忍頭のデータなど機会が無ければまず取れない。それは彼女の知的好奇心をくすぐるに値する。

 ベッドで眠るルドーは何も知らない。自分が一体どんな悪魔に治療を依頼したのか。

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