第283話 山怪ジビエ食堂ぽんぽこ

▼セオリー


 ヤマイヌの手引きで連れていかれた場所は、言ってしまえば個人が切り盛りする町中華的な料理店だった。


「山怪ジビエ食堂ぽんぽこ……」


 店名を見ればすぐにぽんぽこ組の関係店舗だと分かる。

 いや、それよりも気になるのは……


「ジビエか」


「あぁ、ウチの売りさ。シカ、イノシシ、キジ、ウサギ……とまぁ色々揃ってる」


 ヤマイヌの口からはあまり馴染みのない動物の名前が並ぶ。イノシシなんかは牡丹鍋なんて言ったりして多少は耳にすることもあるけれど、キジやウサギとなるとまるで聞いたことが無い。

 店の暖簾のれんをくぐり入店すると、肉の焼ける匂いと油の弾ける音が出迎えてくれた。


 店内は客席側から厨房が見渡せる形式になっており、おじいさんが中華鍋を振るっていた。顔を見るにかなり高齢だ、70か80か。いずれにせよ、片手で中華鍋を豪快に振る姿を見ると肉体は年齢以上に若々しいのが分かる。

 どんぶりに敷き詰められた白米の上にタレが絡んだ肉が踊るように重ねられた。アツアツな内にカウンター客の前にトンと置かれ、提供される。


「あいよ、ウサギ重」


 おじいさんの声を客は聞いているのか、いないのか、提供されるや否やハフハフとかき込み始めるのだった。へぇ、アレってウサギなんだ……。鶏肉みたいなプリプリそうな見た目をしていた。機会があれば食べてみたいものだ。

 そんな風に物珍しく料理を見ていると、おじいさんがこちらに気付いた。


「おう、ヤマイヌ、帰ったか。そちらさんは?」


「へぇ、例の客人です」


 おじいさんは目を細めると俺たちへと視線を向ける。ヤマイヌの口振りからするに、どうやらこのおじいさんが組長っぽい。


「若ぇのを一人店番によこしな。それから客人は奥へ通せ」


 おじいさんは腰に巻いた前掛けエプロンで手を拭いつつ、ヤマイヌへテキパキと指示を出すと先に店の奥へと消えていった。

 ヤマイヌはすぐさま電話をかけ始めた。おそらく店番を呼んでいるのだろう。それが済んだら店の奥へ案内された。


 店舗自体は小さめな食堂だけれど、奥へ進むと不自然に増設された通路で裏手にあった三階建てビルと直通で繋がっていた。このビルの方がぽんぽこ組の正式な事務所なのだろう。そのままビルの三階、応接対応のできる部屋に通され、俺はソファに身体を沈めた。

 どこへ行ってもヤクザクランの応接間は似たような作りだ。つまり、ある程度テンプレがあるのだろう。やっぱり不知見組も事務所らしい事務所を構えた方が良いのかもしれない。いまだに6畳一間な小さい部屋でちゃぶ台囲んで作戦会議というのも寂しいしなぁ。




 十分も経たず、先ほどのおじいさんが入って来た。急いで着替えたのか、料理人の服装からスーツ姿になっていた。


「組長、こちら不知見組のセオリーさんです」


「おう。……ぽんぽこ組組長のキンチョウだ」


 ヤマイヌの紹介を聞いたおじいさんは俺の対面にあるソファへ移動し、腰を下ろした。おじいさんの名はキンチョウというらしい。


「俺はセオリー。紹介の通り、不知見組の組長をやってる」


「あぁ、話はニド・ビブリオの連中から聞いた。なんでも偽神の野郎を討伐するのに協力してくれるんだってなぁ」


 話が通ってるなら早い。俺は頷いて肯定した。


「そっちの要求はなんだ。金か、シマか?」


 協力に対していかなる対価を要求してくるのか、キンチョウはそれを問う。

 正直に答えるなら摩天楼ヒルズを征服する時に味方になって欲しい、というのが要求なんだけど、……うーん、今のぽんぽこ組に対しては要求が酷かもしれない。

 ただでさえワールドモンスター襲来で力を落としたクランなのだ。そこへ追い打ちをかけるかのように摩天楼ヒルズとも敵対してくれというのは無理があるだろう。


(不知見組、緊急会議……! 要求はどうしようか?)


 困ったので全員に意見を聞くことにした。クランチャンネルに合わせた念話術だ。


(ぽんぽこ組は規模で言えば山怪浮雲のトップクランです。同盟関係を結ぶくらいで良いんじゃないでしょうか)


 早速ホタルが意見をくれた。なるほど同盟か、暗黒アンダー都市の城山組との関係性に近いかな。相手も懐が痛まないし良い塩梅かもしれない。


(……ふむ、同盟か。最終的な落としどころとしては良いかもしれんが、こちらからの初っ端の要求がそれだと腰が低過ぎないか?)


 次に意見をくれたのはシュガーだ。


(そんなに腰が低いかな?)


(相手からすれば「協力するから同盟になって下さい」と言ってるようなものだぞ)


(あぁ、なるほど)


 たしかにそう言われるとこちらが下手に出ている感が強い。

 同盟は最終的な着地点で良いのだ。その前の要求部分はもう少し利を取って良いだろう。


(偽神討伐の報酬を頂く形で良いんじゃない? 何か手に入るでしょ)


(よし、それ採用)





 というわけで、こちらからの要求は偽神討伐時の報酬を総取りする権利とした。さすがに総取りは言い過ぎたかなと思ったけれど、向こうとしては偽神が居なくなってくれればそれでいいという感じだった。

 結局、ぽんぽこ組としても討伐ができなければ山怪浮雲のフィールド自体が海の底に沈む可能性もある。背に腹は代えられないというわけだ。


 こうして正式に不知見組も偽神討伐に名乗りを上げることとなったのであった。






 山怪浮雲の港から漁船が出発する。船には俺たちの他にヤマイヌも同伴した。ぽんぽこ組は漁港組合とも親交があるらしく、海中探索の時には漁船が協力してくれるらしい。

 そんなわけで俺たちも漁船の恩恵にあずからせてもらった。偽神眷属は海の深いところから現れるらしく、もしも海岸から泳ぎ始めたら接敵するまでに日が暮れてしまうそうだ。漁船様様である。


「この辺りから未探索の海域だ!」


 漁船の船長が船のエンジンを止め、大きな声を上げた。ようやく到着したらしい。

 中四国地方の中央を横断する渦潮海峡は大陸間の幅がおよそ50キロ程度ある。ここは海岸から20キロほど進んだ場所。つまり、ほぼ中央に位置する。


「偽神眷属以上に突発的な渦潮の発生に気を付けな。呑まれりゃ命はないぞ」


 船長が俺たちを見て強い口調で警告を発した。それだけ危険なのだろう。

 渦潮海峡では海流の影響で渦潮が自然発生する。基本的には渦潮の発生する場所は決まっており、漁船はそれらを避けて運航する。しかし、時には突発的にイレギュラーな渦潮が発生することもあるのだという。


 イレギュラーな渦潮にも発生する時には前兆がある。船長は海流を見てそれを察知するのだという。

 渦潮の発生をいち早く察知し、海へ潜った俺たちへ連絡する。つまり、船長も仲間の一員なのだ。そして同時に重要な命綱でもある。




 今回、海中探索に行くのは俺とホタル、シュガーの三人だ。

 なんでも海中探索の際には海中だけでなく漁船の方も妨害を受けるらしい。そんなわけだからエイプリルとヤマイヌには漁船の防衛をしてもらう。

 当然エイプリルは付いて行くと騒いでいたけれど、海中は未知のフィールドだ。渦潮という初見殺しもあるわけだし、さすがに一回目からエイプリルを連れて行くのは博打過ぎる。

 そんなわけでこのパーティー編成になったのだった。


 いよいよ、酸素ボンベを着けて、いざ海の底へという段になった。

 ちなみに事前に確認した所、酸素ゲージはボンベ無しで5分。ゲージが無くなると徐々に体力が減って視界の縁が暗くなっていく。海底から海面まで浮上するのに5分はだいぶ心許ない。

 つまり、酸素ボンベが無くなったら海中フィールドは終わりということだ。俺たちはポーチに詰め込めるだけ、替えの酸素ボンベを詰め込んだ。備えあれば憂いなしである。



 初めての海中フィールドに若干の緊張もあるけれど、ふぅと息を吐いて船の縁から飛び降りる。そのまま着水し、「渦潮海峡・海中」フィールドへと足を踏み入れたのだった。

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