第217話 神の再誕~リボーンゴッデス~
▼セオリー
「シュガーッ!!」
幾重にも束ねられた稲妻は光の柱となってライブステージを丸呑みにしてしまった。一瞬の内にステージは消滅し、稲妻の余波が海面を青白く照らしつつも収束していく。海上にぽっかりと開いた穴には海水がなだれ込み、数秒後には何事も無かったかのように波がうねりをあげていた。
思わず俺はステージのそばに居たであろうシュガーへ向けて叫んでいた。あの威力ではもはや助かるまい。最も信頼できる仲間をこんなに早く失ってしまうなんて……。
(なんだ、呼んだか?)
悲嘆に暮れていた俺の下へ『念話術』が届いた。相手はシュガーだった。
(馬鹿な、お前は死んだはずじゃ?!)
(おい、勝手に殺すな)
あらためて海上に向けて目を凝らすとシュガーが居た。ヤツは生きていた。ヒトガタが操る蜘蛛ライダーの後ろに二人乗りしている。そもそも、よく考えてみればシュガーは即死ダメージを帳消しにする忍具を大量に買い込んでいた。それによって先ほどの極太雷光線を喰らった上で生き延びたということだろう。
しかし、ライブステージが壊れ、壇上で歌い踊っていた
(でも、ステージが壊されただろう。戦力ダウンなんじゃないか?)
(ふっ、お前は神を甘く見過ぎだ)
俺の心配は、シュガーからすると鼻で笑うレベルだったらしい。
(さあ、見上げよ)
シュガーの声に釣られ、天を仰ぐ。『念話術』がオープン回線だったこともあり、俺たち胴体登頂チームの全員が見上げていた。そして、そこに神を見た。
暗雲を断ち割り、空から暖かな陽の光が差し込む。柔らかな日差しの中をゆっくりと下降する女性の姿。いつの間にか、周囲には讃美歌のような音楽が流れていた。
(神は死せども、再び蘇る。
シュガーの口上はよく分からなかったけれど、とどのつまりは
「そ、空に浮いてます!」
ホタルが驚きの声をあげる。いや、そこも驚きだけど、それよりもなんで天空から雲を割りながら登場したんだ? そして、BGMで流れてる讃美歌らしき音楽はなんなんだ?
そんな疑問を口にする間もないまま、再び戦闘が始まった。雷が吹き荒れ、竜巻がうねり狂う。その中をアイドル
なんともシュールな光景だ。いや、魔法少女モノのアニメとかなら有り得るシーンなのだろうか。しかし、このゲームは忍者が主題だったはずだ。脳裏にハテナマークが浮かび上がるけれど、それを努めて無視した。さっきルペルも言っていたじゃないか。シュガーの忍術を真面目に考察するだけ無駄だって。俺も先人の知恵に習おう。さあ、イクチの頭部目指して登ろうじゃないか。
「ねえ、見てセオリー! イクチのジェット水流をハート形の光線で相殺したよ!」
「なにぃ?!」
エイプリルの報告に俺は思わず視線をやってしまった。だって、そんなん仕方ないじゃん。イクチが口から吐く高圧のジェット水流は逆嶋バイオウェアの工場地帯を蹂躙した凶悪な攻撃だ。それをハート形の光線で相殺しただって? 気になるに決まってる。
エイプリルの報告は本当だった。
そんな疑問が湧き上がる。まあ、シュガーが戦闘を始めてから疑問しか湧いてこないんだけども。しかし、直後に俺の想像を裏切る説明がシュガーから伝えられた。
(お前たち、急げ! リボーンゴッデスは曲全体で3分15秒しかない。この曲が終わるとライブも終わってしまうぞ)
(お前の固有忍術はウル〇ラマンかなんかかよ! アーティ、速度アップだ。こっちにヘイトが移る前に登りきるぞ)
(分かりました、セオリー様ぁ!)
ツッコミを入れつつ、先ほどまでの慎重な進行速度を見直し、アーティへ指示を出す。了解の返事をしたアーティはすぐさま蜘蛛たちに進軍速度を上げるように命令を下した。
イクチが動かないでくれるならもっと最初から早く登れたのだけれど、そうはいかない。身体をくねらせ動くのだ。そんな足場だから慎重を期して登っていたのだ。しかし、時間制限が生まれてしまったのなら背に腹は代えられない。でき得る限りの最高速度で進むしかない。
登っている間にも戦況を観察する。
海上にいたヒトガタ蜘蛛ライダーたちはイクチへの攻撃の手を止め、サイリウムを振りかざしていた。どうやらシュガーの『リボーンゴッデス』という忍術は先ほどまで戦っていたヒトガタは戦闘に参加しないようだ。代わりに
つまり、最初は100体のヒトガタに分割していた力を
シュガーはこの曲が終わるとライブも終わると話していた。それはつまり、観客も皆帰ってしまうということだ。そうなれば100体のヒトガタも消滅すると見て良いだろう。やはりシュガーの忍術が終わってしまえば、再びヘイトがこちらへ向くのは避けようがない。
しかし、まだ胴体の登頂は三分の二程度だ。頭部へ辿り着くには時間が足りない。
「お困りかい」
「あぁ、たぶん時間が足りない」
ルペルが並走して声を掛けてくる。ルペルは頭の切れる忍者だ。早々に俺の至った考えと同じ答えを見いだしているのだろう。
「そうだろうと思ったよ。そこで提案がある。シュガーミッドナイトがガス欠になった後は私が陽動を買って出よう」
「ルペル、お前は大丈夫なのか? ユニークモンスターに『忌名術』は効かないんだろう」
「その通り。簡単に抵抗されるだろうね」
「だったら……」
「しかし、全く意味がないわけじゃない。洗脳支配に抵抗するためには少なからずこちらへ意識を向ける必要がある。おそらくヘイトはこちらに向くだろう」
ルペルはうそぶくように言ってのけた。しかし、ルペルの話す作戦はかなり危険度が高いように思える。シュガーのような頭領であれば一人で任せてしまっても大丈夫かな、と思うけれど……。
「もちろん、あの規格外の男ほどの時間を稼げるとは言わないさ。しかしね、どうせ私は頭部へ登っても取り得る攻撃手段を持ち合わせていないんだよ。だったらパーティー全体の助けになる行動をした方が建設的だ」
「……っ、そりゃそうかもしんないけど」
陽動といえば聞こえはいいけど、暗に死にに行ってくれと頼むようなものだ。そんなことを俺は頼めるのか。葛藤が生まれ、即答はできない。それでもルペルは律儀に俺の命令を待っていた。
もしかしたら俺のことを試してるのかもしれない。ことあるごとにルペルは「自分を信頼できるか」と問うていた。それに対して俺はなかなか信頼し切れずにいた部分がある。
「分かった。シュガーの後はルペルに陽動を頼む」
「了解した」
俺が判断を下した後、ルペルは笑みを浮かべた。死にに行けと命令された者が浮かべるものとは思えない。実はルペルも大概変人なのかもしれない。
「君、何か失礼なことを考えていないか?」
「えっ! いいや、そんなことないけど?」
クソ、久しぶりに表情を読まれたか。最近、指摘されてなかったから油断した。
「あのぅ、セオリーさん」
「何だ、ホタル?」
「ボクも一緒に行っちゃダメですかね。ボクも火力無いですし、陽動の方が向いてるかなって」
ルペルの次はホタルである。というか不知見組は火力のある忍者の方が少ないくらいだ。そんなこと言い始めたら全員陽動することになるんじゃないか。
困ったのでルペルの方を見る。ルペルは先ほどまで浮かべていた笑みを消すと、ムッとした表情になった。
「君が組長だろう。判断は自分でしてくれよ。……だがまあ、判断材料を上げるとするなら、もう一人くらいは定員が空いてるよ。『口寄せ術・嵐翼招来』」
ルペルはそう答えて、忍術を唱えた。すると大きな身体を持った鷲のような見た目をした
「ここまでお膳立てされたなら頼むしかないか。分かった、ホタルも陽動を頼む」
「はい!」
ルペルが手を取り、ホタルを猛禽の背へ乗せた。そして、すぐにイクチの胴体から離れていく。
もうそろそろシュガーの言ったタイムリミットだ。でもこっちが頭部まで辿り着くのもあと少しだ。どうか二人とも生き残ってくれ。
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