第54話 空中ワイヤーアトラクション、幼女連れ

▼セオリー


 銃弾の雨あられを必死の思いで潜り抜け、ゲートの入り口から転がり出る。

 周囲を歩く人々は這う這うの体で現われた俺を不審者か何かを見るような目で見つめていた。だが、そんなものに構っている暇はない。

 ゲートの入り口を振り返る。丁度、追い付いてきたドローンが銃口をこちらへ向けたところだった。


「しつこい奴らだなぁ!」


 しかし、よく見ればドローンはゲートを通って外までは追いかけてこない。この銃撃さえ乗り切れば、これ以上は追いかけてこないだろう。公衆の面前で忍術はあまり使いたくなかったけど、この場を逃れるためには仕方ない。


「『分身の術』」


 中忍に上がり、レベル30になった時に習得した『分身の術』を使用した。この忍術は自分の分身を生み出し、命令した行動を取らせることができる。ただし、『身代わり術』で生み出した動かない分身と同じく一発でも攻撃を食らえば霧散してしまう。


「とにかく出来る限り防御しろ! そんでカナエは俺を全力で投げ飛ばせ!」


 分身と俺に付いてきていたカナエにそれぞれ指示を出す。それから俺自身は手甲の機構を作動させた。

 ドローンの構えるショットガンが火を吹く。分身は必死にクナイと咬牙を振って銃弾を弾いている。しかし、そんなものが長く続くわけがない。瞬く間の内に銃弾で身体に穴が開く。そして、煙のように霧散してしまった。しかし、分身が稼いだ数秒に満たないような時間でも、この場を脱するには十分だった。


 カナエが俺の腰付近をむんずと掴む。傍目には七、八歳くらいの少女が抱き着いて来ているようにしか見えない。しかし、シュガーに聞いているので俺は知っている、このカナエという少女が俺たちのパーティーで一番の筋力を誇るということを。


「そぉーれ!」


 気の抜けるようなカナエの掛け声とともに、俺の身体はミサイルのように一直線に宙を舞った。あれ、思ったより身体にかかる負荷がすんごい。風の抵抗をもろに受けて唇がぶるぶると震える。目も開けていられない。比喩表現じゃない。俺はまさに今、人間ロケットと化していた。


 おっと、しかし忘れちゃいけない。カナエは任せた仕事を十二分に果たしてくれた。しっかりとカナエも回収しなくちゃいけない。

 無理やり目をこじ開けると、左手を操作して手甲の巻き取り機構を作動させる。俺は投げ飛ばされる直前にカナエの身体にワイヤーを引っ掛けておいた。そのため、俺が投げ飛ばされると引っ張られるようにカナエも追従して空を飛んだのだ。

 視線を下に向けるとカナエがロケットのように飛んでくる。ワイヤーの巻き取りがあるから俺の飛翔速度よりも早く飛んでくる。そして、衝突した。




「よーし、ナイスキャッチだ」


 なんとか身体で受け止めることに成功した。巻き取り終えたワイヤーを外し、カナエを抱きかかえる。ドローンの方もここまでは追ってきていない。とりあえず目前に迫っていた危機は脱した。俺の考えていた脱出作戦はここまで。あとは野となれ山となれだ。


「うーん、どうすっかな」


「わーい、ジェットコースターみたーい!」


 胸元に抱きかかえられたカナエはご機嫌である。

 言っておくけど、このジェットコースターは安全装置とか何も付いてない欠陥アトラクションだからな。というか、このままだと、もしかしなくとも地面に赤い花を咲かせることになりそうじゃない?


 周囲を見渡す。現在上空百メートルくらいを飛んでいる。いや、そろそろ落ちているに切り替わりそうだ。周囲の高層ビルと比べるとまだまだ中層くらいの高さだ。桃源コーポ都市は中心部へ行くに従ってビルの平均規模がより高くなっていく。最外周部の西部ゲットー街でもこの大きさのビル群ってことは、中心部はどれだけ高いビルが立ち並んでいるのだろうか。

 何もかもが規格外だ。さすがにこれほどの高層ビルが立ち並び形成される都市は現実の世界にも無い。これが桃源コーポ都市なんだな、と今更ながら実感する。


 風を切る肌にリアルを感じる。こんな風にマップを飛び回るだけでワクワクするのは久しぶりだ。初めてVRゲームを遊んだ時の感動に近いものがある。ファンタジーな世界を五感で体感する、そんなVRゲームの根底にある楽しさが今更になって思い返された。


「たまには空を飛んでみるのも悪くないな。今度、エイプリルにも体験させてやろう」


 その為には、この死の空中遊泳から無事に帰還しないといけない。安全なアトラクションであるということを俺の身をもって体現しなければ危なくてエイプリルには体験させられない。

 そんなことを思っていると、飛んでいる俺の直進方向に高層ビルが見えた。このまま行けば衝突は免れないだろう。というか、建造物破損でさらにカルマ値が下がるかもしれない。それだけは絶対に避けなくては。


「アレだ!」


 俺は左手を直進方向から見て左方にある高層ビルへ向ける。そこにはビルの窓ガラスを清掃するためのゴンドラが釣り下がっていた。そのゴンドラへ向けて手甲から棒手裏剣を射出する。寸分狂わず飛び出していった棒手裏剣はゴンドラに達するとワイヤーを支柱に絡ませる。返しが引っ掛かったことを確認すると、すぐさま手甲の巻き取り機構を作動させた。

 グンっと身体が左方向へ引っ張られる。ゴンドラが盛大に揺れて、中に乗る清掃員の悲鳴が聞こえた。すみません、こっちも緊急事態なんです! 心の中で謝罪を繰り返しつつ、ゴンドラを中心とした円運動を開始する。前方の高層ビルがぐんぐんと迫ってくる。巻き取り機能の速さが勝つか、ビルに衝突するのが早いか、まるでチキンレースだ。

 ビルが目前に迫り、せめてもの抵抗として腹筋に力を入れて身体をくの時に折り曲げる。その直後、尻が若干ビルの壁面を擦った。


(こんな間抜けな死に方はイヤだぁぁああ!!)


 俺の必死の願いが通じたのか、ビルとの接触はそこまでだった。ワイヤーに引っ張られるまま衝突寸前のビルから離れ始め、ゴンドラの方へ近づいていく。こうして、なんとか衝突の危機からも脱したのだった。正直、一連のアクションで精神的にも身体的にも疲れてしまった。

 しかし、このままゴンドラに乗った清掃員と鉢合わせるのもまずい。だって、弁解のしようがないのだから。俺はゴンドラに絡みついていたワイヤーを解放する。それに合わせ、身体は地面へ向けて急降下を開始した。ワイヤーアクションをしたおかげで慣性は緩くなり、落ちながら少しずつゴンドラ側のビルへ近づいていく。ここが最後の正念場だ。疲れた身体に鞭を打つと、カナエを背中にしがみ付かせた。


「『集中』」


 気を両手両足に纏わせる。忍術の『集中』は気を纏わせる範囲の広さに比例して効果が弱くなる。纏う範囲は最小限にしたい。手足を覆うように展開されていた気を、さらに狭い範囲へと限定していく。手は十指の指先だけに集中して足はつま先の一点のみに集中する。そして、ビルの壁面へ気を纏わせた部分だけを接地させる。

 自重にプラスしてカナエの体重と慣性が付加されたエネルギーを相殺するのは簡単ではない。滑り落ちるように壁面をずり落ちていく。いや、大丈夫だ。少しずつ速度が緩まってきている。集中を切らすな、切らせば落ちるぞ。そう自分に言い聞かせる。それから滑り落ちていくこと十秒弱。短いようで長く感じる時間だった。




「はぁ……はぁ……、なんとか、生きて地上に戻れた」


 地面を目前にして、俺の落下は止まった。地面まで残り数メートルのところだ。ビルの壁面に蝉のようにしがみつく。


「なんだアレは、学生と……少女か?」


 周囲の一般人が注目し始めた。

 いつまでも蝉になっているわけにもいかないようだ。俺はすぐに地面へ飛び降りると、一目散に撤退した。周囲の人々は目を丸くして逃げる俺たちを見送っていた。






 しばらく走ってから周囲を確認する。突然走ってきた俺たちに奇異の目線を向ける者は多少いるけれど、先のワイヤーアクション大道芸を見た人たちはくことができただろう。

 ほっと一安心したところで、遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてくる。このタイミングの警察登場である。どう考えても俺が容疑者の可能性が高い。このまま大通り沿いを歩いていては目立つだろう。とっさの判断で俺は近くにあった路地裏へと身を潜めたのだった。

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