第55話 えーマジ迷子? 迷子が許されるのは小学生までだよねー
▼セオリー
路地裏に退避してから、まずはエイプリルとシュガーへ向けて『念話術』を飛ばす。
(こちら、セオリー。西部ゲットー街の路地裏へ避難した)
(あっ、やっと繋がった! よかった、もう大丈夫なんだよね)
(あぁ、ひとまず身の安全は確保できたかな)
俺の安否確認も済み、あちらの二人から安心したように息を吐くのが聞こえた。だいぶ心配を掛けてしまったようだ。申し訳ない。
(それとシュガー、カナエを貸してくれてありがとな。この子が居なかったら今頃ハチの巣にされてたよ)
(問題ないさ。なんなら合流するまでセオリーの護衛につけておこう)
シュガーの申し出に対して、俺はさすがに悪いと思い一旦断ろうとした。しかし、話を聞いてみると、どうやら向こうの方はこちらと比べてすいぶんと平和らしい。シュガーとしては武力を使用する必要性がない、という判断に至ったようだ。
他にも西部ゲットー街では入ってすぐに感じた謎の視線の件もある。考えてみると、こちらの方が不穏な気配がする点は否めない。
そういった情報交換をした結果、俺はシュガーの厚意に甘えてカナエを護衛として付けてもらうことになった。そうして各々は再び目的を果たすために活動を開始したのだった。
西部ゲットー街の路地裏はジメジメとしていて、辺りからは心なしかすえた臭いが漂っていた。タバコや空き缶などのゴミが転がり、壁や地面には赤黒い染みがこびり付いている。人の出入りもほとんどないようで、空気も
逆嶋の路地裏とは大違いだ。あちらは路地裏とは言っても一般の人々の生活圏の一部だった。時折、面倒な輩はいたけれど、それでも人々は頻繁に路地裏も利用していたし、ここのように空気が澱んでいることもなかった。
「傍目には都会って感じだったけど、蓋を開けてみれば酷い有様だな」
清掃も行き届いていないし、人の目もほとんど届かない。こんな場所では何か事件があったとしても簡単に迷宮入りしそうだ。
そんなことを思いながら路地裏を先へ進んでいくと案の定と言って良いのか分からないけれど事件の香りがする現場に遭遇してしまった。
路地を抜けた先に四方をビルに囲まれてはいるけれど、開けた空間に出た。そこにはスーツを着崩した若い男たちが三人ほどで気の弱そうな男を取り囲んでいる。気の弱そうな男は囲まれた状態で正座になっている。完全にカツアゲの現場にしか見えない。
三人の中で一番派手派手しいスーツを着た男が正座する男の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「いい加減、あんなボロい店は畳んじまいませんかい?」
「あそこはウチが代々継いできた店なんです……」
「そんなこと言って、みかじめ料すらろくに払えてないだろうが!」
派手なスーツに身を包んだ男は、地面に正座している気弱そうな男へ向けて、ドスをきかせた大きな声を吐き散らす。相対する男はびくりと肩を震えさせると、そのまま土下座の姿勢に移行した。
「頼みます、金は絶対に用意しますんで、もうちょっとだけ待ってください」
「……フン、三日後にまた来る。その時までに耳揃えて用意しとけ」
威圧的に吐き捨てると派手なスーツの男は二人の舎弟を引き連れて路地の奥へと消えていった。気弱そうな男もスーツの男たちが居なくなると、そそくさとその場を後にした。
またずいぶんとコテコテなヤクザもいたものだ。おそらく、この西部ゲットー街を支配域に置いているヤクザクランの構成員なのだろう。気弱そうな男がみかじめ料を払えなくなって店ごと土地を奪い取ろうとしていた現場といった所だろうか。カツアゲどころの話ではない。
拠点を西部ゲットー街の中で見つけるのならば、この周辺の組織支配図は分かっていた方が有利だろう。情報は力だ。ひとまず、俺はヤクザクランの構成員と思われる男たち三人の後を尾行することにした。
角から角へ身を隠しつつ、一定の間隔を空けて後を追う。向こうの索敵能力は低いようで、こちらには全く気付かない。そのまま路地の奥へと入り組んだ道を何度も曲がっていく。途中には何度も分かれ道が出てきたため、もはや自分がどこに居るのかもよく分からなくなってきていた。
つうか、どんだけ入り組んでるんだよ!
こんなん次に来ようと思っても無理だぞ。思わず心の内から愚痴が湧き上がる。実際問題としてマップ機能を表示させても自分の位置が表示されない。これがバグでないならば、この路地裏ではマップ位置が確認できないという特殊な妨害を受けているということだろう。こういった妨害を受ける場合に考えられるのは、ギミックを解かない限り先へ進めなくさせるゲーム的な制限といったところだろうか。
さらにしばらく進んだところで三人の男たちは足を止めた。俺が物陰から窺っていると、三人は足元のマンホールを開き、下へと降りていった。
ふむ、これはどうするか。このまま尾行を継続してもいいけれど、そもそも俺の目的は拠点となる居住地を見つけることだ。それを達成しないことには野宿確定になってしまう。そんなことになれば俺のリーダーとしての威厳は灰塵と帰すだろう。まぁ、初めからリーダーの威厳は無かった気もするけど。
よし、何はともあれ一旦表通りに戻ってホテルでも探そう。最初に定めた目標くらいは達成しないとダメだ。そう思い、後ろを振り返ってみる。
「……」
ああ、それ以前の問題があった。
この迷宮じみた路地裏から俺は出られるのか?
表通りに戻ろうと思ってから早三十分が経過した。
俺は路地を進み、角を曲がる。その先には、マンホールがポツンと鎮座する見慣れた場所だった。先ほどからこれを何度も繰り返している。
マップ機能は全く役に立たず、気付けば『念話術』も届かなくなっていた。つまり、現状をエイプリルとシュガーに伝える術もなく、表通りにも戻れない。完全な迷子となってしまったのだ。
「迷子なんて小学校の低学年以来だよ。カナエはどうだ?」
「カナエはまいごにはならないよ! かたしろにもどれば、びゅーんってかえれるもん」
「そっかー、カナエは凄いな。俺なんか高校も卒業する年齢だってのに迷子になっちまったよ」
「だいじょうぶだよ、カナエがついてるからねー」
「そっかー、ありがとうな、カナエ。さっきも助けてもらったもんな。俺もシャキッとしなきゃダメだよな」
俺は自分の顔を両手で叩いた。パチンという小気味良い音とともに、頭もシャキッとする。よし、気合が入った。いつまでも現実逃避している訳にもいかないのだ。戻ることができないのなら、後は前に進む以外の選択肢はない。
意を決してマンホールの先へと歩を進める。ちなみに、マンホールは俺の筋力では持ち上げられなかったのでカナエに持ち上げてもらった。……あれ、これってカナエが居なかったら詰んでね?
いや、悪い考えは忘れよう。とにかく、中へ潜入だ。鉄製の
地下は下水道になっており、中心部を水が流れ、その脇に人が通れる道が
「下水道のわりにはそこまで臭くないな」
「えー、くさいよー。それに、じめじめしててやだー」
俺は思ったより問題ないと感じたけれど、カナエの方は不満がいっぱいのようだ。もしかしたら、プレイヤーが感じる臭いはNPCなどと比べて幾分か軽減されているのかもしれない。
いや、カナエがNPCという括りに入るのかは分からないので、あくまで俺の想像ではある。だが、それでカナエのパフォーマンスが落ちるのは好ましくない。なんせ、ウチのメインアタッカーだからな。俺はポーチから大きな布を取り出してカナエに見せた。
「それじゃあ、これで口元を覆ってみるか」
「それなにー?」
「これは
この風呂敷は逆嶋を出発する時に、おキクさんが渡してくれたものだ。一つ持っとくと便利だよ、と言って持たせてくれたものだけれど、さすがお婆ちゃん七つ道具の内の一つだ。確かに使い道はあった。
風呂敷を三角形に折り畳み、それをカナエの口元を覆い隠すようにして頭の後ろで結わく。これで簡易的だけどマスクになるはずだ。
「どうだ、少しは楽になったか?」
「うん、お花のかおりがするー」
どうやら風呂敷からは花の香りがするらしい。風呂敷の柄も花柄だし、統一感があっていいな。ここまでくると、おキクさんとランの二人で花屋を経営するのも似合いそうだよな……。
カナエの機嫌も直り、下水道をズンズンと進んでいく。すると、道の先が再び鉄格子が張り巡らされて通れなくなっていた。
すぐ横の壁にはくぼみがあり、鉄製の扉が一つだけ設置されている。他に分かれ道はなかったし、目的地はこの扉の先だろう。扉には非常口などでよく見られるプルタブみたいな丸い取っ手が付いている。鍵は掛かっていないようなので手を掛けてゆっくりと引いた。
扉を開けた瞬間、俺は見えた景色に圧倒されてしまった。
ここは地下だ。暗闇が空を覆っていることからも分かる。だが、そんな地下世界には奇妙なことに桃源コーポ都市とは別の、もう一つの街が広がっていたのだ。
マップ上の現在地では『???』と表示されていた謎の場所、そんな地下に広がる街へと一歩を踏み出した。すると同時に、俺の視界に街の名前が表示される。
『暗黒アンダー都市』
それがこの街の名だった。
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