第52話 神託の名匠
▼セオリー
クラン『ニド・ビブリオ』とは、知の蒐集者たちが集う場所。そこに蓄えられたユニークに関する知識は他の追随を許さない。
部門は多岐に渡り、ユニークモンスター部門、ユニークNPC部門、ユニーク忍具部門など様々だ。特にユニーク忍具を専門とするシュガーミッドナイトの蒐集してきた知識はユニーク忍具部門においても突出した情報量を誇る。
……というのはシュガー談だ。いささか誇張が混じっている気がしないでもないので話半分に聞いておいた。ただ、最近忍具にハマりだしているエイプリルにとっては興味をそそる内容だったらしく、桃源コーポ都市までの道のりで随分と熱心に話を聞いていた。
ところでシュガーの話を掻い摘んで聞いていて気になった点がある。
「なぁ、シュガー。ユニーク忍具は一点ものを指すんだとしたら、俺の
「なるほど、良い目の付け所だ。まず、そのアイテムのデータ画面を見てみろ。そこに固有銘が無い場合、その時点でそれはユニーク忍具とは認められない」
アイテムの固有銘か。たしかに量産品のクナイとか手裏剣なんかは十把一絡げにまとめられている。そこに忍具屋の店主が作ったものか、エイプリルが作ったものかなどの情報は反映されない。
手甲の方を見る。そこには『機械仕掛けの長手甲』と記されており、固有銘らしき文言は一切書かれていない。ということは、手甲はユニーク忍具ではないということなのだろう。
次に咬牙の方を見る。忍具としてのデータは『大怪蛇イクチの牙を用いて作られた曲刀』と記されている。名前の部分には『咬牙』とだけ書かれている。果たしてこれが固有銘と言って良いものなのか、文面からだけでは読み取れない。
「分からん、見てくれ」
俺はシュガーに咬牙を投げ渡した。シュガーはそれを受け取ると、データ画面を表示させて鑑定していく。
「なるほど、ユニークモンスターのドロップ品を使った忍具か。惜しいところだが、ただそれだけではユニーク忍具とは呼べないな」
「そうなのか。つうか、惜しいとかあんの?」
俺が質問で返すと、シュガーはクイっとサングラスを直すと説明を始める。まだそのサングラス掛けてたのか。フォーチュングラス、もはや装飾品だな。
「惜しいというのはな、ユニークモンスターのドロップ品を使用した忍具はユニーク忍具になる可能性を秘めているからだ」
「可能性か……」
「そうだ。ユニークモンスターのドロップ品には稀にモンスターの魂が宿ることがあってな。それを用いた忍具だけがユニーク忍具になる可能性を秘めているのだ」
「ほうほう、つまり魂が宿ったドロップ品で作ったらユニーク忍具になるのか」
しかし、シュガーは笑いながらチッチッチと人差し指を振ってきた、なんだこいつ。俺は出し抜けにパンチを繰り出したが、シュガーには余裕の表情で避けられてしまった。おのれぇ、フォーチュングラスで俺の動きを先読みしやがったな!
「ふっふっふ、甘い甘い。中忍の甘いパンチなんてそうそう当たってやるもんかよ。……話を戻すと、たとえドロップ品に魂が宿っていたとしても忍具の製作者が魂の声を聞けなければダメだ。この魂を聞くことのできる者を『
「へえ、それってエイプリルみたいな?」
「超希少な技能だからな、そうそうお目にかかれないぞ……って何だって?」
「いや、だからエイプリルが忍具作った時、素材が忍具の完成形を指図してきたって言うんだよ」
「……本当か?」
シュガーはゆっくりと振り返ってエイプリルを見た。その口振りは、そんなまさか、といった疑念の声音だった。しかし、俺の言ったことは真実だ。エイプリルも控えめに頷いて肯定する。
その肯定を受けたシュガーの顔はなかなかに見ものだった。口をあんぐりと大きく開けて、手に持った咬牙とエイプリルを交互に見やる。しばらくそれを続けてから唐突にエイプリルの肩へ掴みかかった。
「へっ! 何するの?」
いきなり見知ったばかりの男性に肩を掴まれて、思わずエイプリルは身体を強張らせる。俺はすぐにシュガーの腕を掴んで引き剥がすと、落ち着くように声をかけた。
「おいおい、どうした。そんな取り乱して」
「はっ……! す、すまん」
シュガーは俺に腕を掴まれたことで我に帰ったようだ。それからエイプリルの方へ向き直るともう一度、すまないと謝罪した。こいつは腐っても頭領ランクの忍者だ。そのシュガーがこうまで取り乱すのは滅多なことじゃない。
「その
「珍しいなんてもんじゃないさ。というかユニーク忍具を自分で作れる技能がホイホイあってたまるか。NPCでその技能を持っているのは『放浪の名匠エニシ』くらいだ」
「全然ピンと来ないんだけど」
「あー、そうだよな。このゲーム初めてまだ一週間ちょっとだもんな」
シュガーは腕を組んでうんうんと唸ってから、再び顔を上げた。
「簡単に説明すると、過去にその技能を持ったプレイヤーの取り合いが起きて、一つの地方が崩壊しかけた」
「ほ、崩壊?」
たかだかプレイヤーの一技能程度で一体全体どうしたらそんなことが起きるのか。俺とエイプリルは互いに目を丸くさせた。
「その技能を一つの組織で独占できれば、ユニークモンスターを狩れば狩るほどユニーク忍具を得られるんだ。その利益は底知れないぞ」
「でも、ユニークモンスターって頭領が複数人で掛からないと倒せないくらい強いんだろ? 大怪蛇イクチの時は討伐部隊が二度返り討ちにあったって聞いたけど」
「逆に言えば頭領ランクが複数人いれば倒せちまうんだよ。過去に
なるほど、そうやって利益の独占をしようとしたのか。まさに企業体質のコーポクランといった感じだ。しかし、シュガーはそこからさらに話を続けた。
「だが、それで終わりにゃならない。どこからか嗅ぎ付けたヤクザクランも連合を作って、
事の発端はそういうことか。
ユニークモンスターを倒すためにコーポ側が手を組んだせいで、襲う側のヤクザクランも同様に手を組んで大きくなってしまった。大きな組織同士が争えばそれだけ戦禍は広がるというものだ。そして、それだけの規模に膨れ上がってしまえば、シャドウハウンドなどの公営警察クランも介入した所で焼け石に水、ということだろう。
「だから、セオリーもエイプリルもその技能のことは他人に絶対話すなよ」
「えっとNPCだけど、忍具屋のオヤジには話しちゃった」
「……NPCなら多分大丈夫だ。じゃあ、少なくともこれ以降は話さないようにしとけ」
「オーケー、分かった」
「言わないようにするね」
エイプリルも事の大きさに神妙な顔つきで頷いていたが、それからすぐ頭の上に疑問符を浮かべた後、続けてシュガーに向かって質問した。
「ところで、
「え……、そうなのか?」
シュガーの顔が難しい問題を前にした時のように曇る。あ、これは知らないヤツだ。学校の自習課題でも分からない問題の時はこの顔になる。
「なんていうのかな。忍具を想像してる時、インスピレーションに介入してくる感じって言えば良いのかな。別に声とかは聞こえないのよね」
エイプリルの更なる証言を聞いて、シュガーは腕を組んで目をつむった。おそらく、このゲームにおける過去の経験の中から推測されるものを洗い出しているのだろう。固唾を飲んで見守っていると、しばらくしてシュガーは目を開いた。
「おそらく、エイプリルは
妥当な予想だ。だが、逆に言えば他に可能性として挙げられる事柄が無かったということだろう。となれば、この予想はかなり信ぴょう性が高い。
「つまり、エイプリルは
「できれば本職の
なんだか同じような話を聞いたことがある気がする。あぁ、そうだ、おキクさんがエイプリルの持つ『知識権限』の技能に気付いた時にそんなことを言っていた。
「そしたら今後の目標の一つに
俺の意気込みに対して、「そう簡単には会えないだろうけどな」とシュガーは言う。一番会いやすい
しかし、エニシはその二つ名の通り、全国を放浪しており一つの所に長居しない。そのため、会えるかどうかは運次第なのだという。というか、このNPCは各地方サーバーを渡り歩くのか、面白いキャラクターだ。
「よーし、目標もできたことだし楽しんで行こー!」
エイプリルは俺とシュガーの肩へ腕を回すと引っ張るように駆け出した。この三人の中ではエイプリルが一番筋力のステータスが高い。そのまま引きずられるように、俺たち三人は走り始めた。目指す先にある桃源コーポ都市へ、期待に胸を膨らませながら。
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