第51話 知の蒐集者

▼セオリー


 無事、中忍へとランクアップを果たした俺とエイプリルは、いよいよ逆嶋を後にすることにした。

 家を出る際には、お世話になったおキクさんとランにもお礼を伝える。逆嶋を離れることを話した時には二人から随分と寂しがられた。同じプレイヤーであるコタローやハイトはわりと軽いノリでお別れをしたので、少々面食らってしまった。そういった反応の違いも、プレイヤーとNPCの違いだろう。俺は必ずまた顔を見せると約束した。


 逆嶋の東門に着くと、シュガーミッドナイトが先に待っていた。俺が軽く手を挙げると、向こうも気付いたようだ。


「待たせて悪い。それじゃあ、行くか」


「おう」


「シュガーミッドナイトさん、よろしくね」


「君がエイプリルか。長いからシュガーでいいぞ」


 シュガーとエイプリルは今日が初対面だ。

 というのも組織抗争クエストと極秘任務の影響で俺とエイプリルはレベルが29まで上がっていた。それに伴い、中忍へのランクアップを優先したのだ。そのことをシュガーに伝えたところ、彼も準備をしてくるとだけ言い残し、しばらくゲーム内では姿をくらましていた。


 一応、事前にエイプリルには新しいパーティーメンバーとしてシュガーが入ることは伝えていた。人となり、現実世界での友人であることや不本意ながら頭領ランクであることなども伝えてある。

 アリスが腹心になった時の荒れようは凄まじかったからな。シュガーについて誤解を生まないように伝えるのには骨が折れた。本人が居ないものだから、その友人も女性だったりするんじゃないでしょうね?! と詰め寄られたりしたのだ。シュガーとかいう甘味料の名前にしているのが悪いよ。たしかにそこだけ切り取って聞くと女性プレイヤーの名前っぽく聞こえないこともない。



 まぁ、実物を見て会話を交わせばすぐに問題は解消されるだろう。そんな考えの下、俺たちのパーティーは桃源コーポ都市へ向けて幽世山脈から伸びる道を歩いていった。


 俺が前を歩く中、後方ではシュガーとエイプリルが何事かひそひそと話していた。よしよし、早速コミュニケーションを取っているな。同じパーティーメンバーとして少しでも早く打ち解けて欲しいところだ。何とはなしに耳を澄ますと、二人の会話の内容も聞こえてくる。


「なるほど、セオリーの女性の好みねぇ」


「やっぱりアリスみたいな高身長のモデル体型が良いのかな?」


「いや、そうとも限らん。以前遊んでいたテラナイトファンタジーというゲームでは体の小さな種族であるエイリーンの女の子をパーティーに入れていた」


「えっ、小さな女の子を……?」


「しかも、うさ耳だ」


「うさ耳……!」


「いや、何の話してんだよ!」


 俺はツッコミを入れつつ、シュガーに飛び蹴りを放つ。吹き飛ばされたシュガーはゴロゴロと地面を転がっていき、二メートルほど転がってようやく止まった。そうして、よろよろと立ち上がると俺に向かって指を向ける。


「なにも嘘は言ってないだろう」


「伝え方に悪意があるだろ!」


 それから俺はエイプリルに向き直って改めて説明し直した。

 テラナイトファンタジーは外宇宙の脅威ダークガイストから故郷の星を護るため、護星騎士テラナイトとなって戦うゲームだ。

 エイリーンという種族は惑星国家の内の一つ、森の惑星フォレスタリアの住人たちである。物語開始当初のフォレスタリアはダークガイストの支配圏となっているが、物語中盤で星の主権を奪還した後に同盟を組むことができる。そして、同盟以降はエイリーン種族のNPCを仲間に加えることができるのだ。

 エイリーン種族の特徴としては小柄な体躯が挙げられる。また、頭の上に様々な動物を模した耳が付いていることも独自の特徴だ。


「……というわけで説明した通り、小さい女の子だったのは不可抗力なんだ」


「ふーん、それでうさ耳だったのは好みなの?」


「え、……いや、そのまぁ……はい」


「ふーん」


 エイプリルは何事か思案するように目をつむると、そのまま腕組みをしたまま道をズンズンと進んでしまった。おい、目をつむったままだと危ないぞー。

 そんな心配をよそにエイプリルは進んでいく。シュガーもそれに倣って先へ進んでいく。あれ、このパーティーのリーダーは一応俺だよね。なんかないがしろにされてない?


「ちょっと待てよ、うさ耳も不可抗力なんだって。どれか一人は選ばなきゃいけなかったから選んだってだけ!」


「いや、わりと即答でうさ耳っ子に選択してなかったっけ?」


「お前はもう黙ってろ!」


 シュガーを後ろから羽交い絞めにすると、そのまま道の外れへ向けて投げ飛ばす。とは言っても俺の筋力だと投げ飛ばすというか、投げ転がすといった感じだけど。いや、気持ち的には投げ飛ばしたのだ。ついでに塩を撒いておく。悪霊退散。


「うわ、しょっぱいな! お前、塩まで撒くなよな」


「悪霊はめっさねばならぬ」


「はっ、望むところだ」


 それから道端で俺とシュガーの取っ組み合いが始まった。さすがにステータスが貧弱とは言っても筋力1の俺よりは高いらしい、まともに正面からでは俺が抑え込まれてしまう。しかし、こちとら技量と俊敏は同レベル帯の中忍よりも高いのだ。素早くシュガーの背後に回り込むと、腰に腕を回しそのまま後ろへ持ち上げる。


「食らえぇぇええ、渾身のジャーマンスープレックスだぁぁあああ!!」


「ちくしょぉぉおお!!」


 そうして悪は滅びた。引き換えとして無駄に体力を使ってしまった。俺は道端の木を背にして座り込み、息を整える。シュガーの方はというと道路脇にしゃがみ込んで、召喚したノゾミによって医療忍術を掛けてもらっていた。

 一連の流れを見ていたエイプリルはまじまじとシュガーを見てから俺の方へ振り返った。


「本当に頭領なのにステータスが低いんだね」


 その声には驚きが多分に含まれている。俺もそのステータスになった経緯についてはそこまで詳しく聞いていない。俺がシュガーへ目を向けると、頬をぽりぽりと掻きつつ、口を開いた。


「その通りだ。だが、代わりに俺には気力消費無しで使役できる三人がいる」


 シュガーが懐から形代を取り出すと、それを地面に放る。するとあっという間にノゾミと瓜二つの少女たち、カナエとタマエが出現した。

 ノゾミは医療とバフ、カナエは物理アタッカー、タマエは属性アタッカーを担当している。その使用できる忍術の多様性が強みだと言っていた。


「でも、頭領ランクと一対一なんて状況になったらやっぱり不利じゃないか?」


 おそらく真っ先にシュガー自身が狙われるだろう。初見は誤魔化せたとしても頭領ランクは色んなプレイヤーから視線を浴びるものだ。自然と注目度も上がってしまう。そうすればこの明確な弱点はあっという間に広まってしまうだろう。


「あぁ、その点は俺もなんとかしないといけない。そこで大事になってくるのがユニーク忍具だ」


「ユニーク忍具?」


 忍具に関しては最近色々と忍具屋のオヤジに教えてもらったところだ。通常の忍具の他に「上忍具」、「極上忍具」、「天上忍具」という風にランクが上がっていく。それに伴って希少性や効果の大きさが変わるということだった。しかし、ユニーク忍具という物に関しては説明に無かった。


「ユニーク忍具っていうのは言ってしまえば一点ものの忍具だ。伝説の刀鍛冶が残した名刀だとか、被ると誰からも見えなくなる不思議な帽子とかだな」


「ほうほう、なんか青いネコ型ロボットが出してきそうなアイテムもあったな」


「そこがこのゲームの面白いとこなんだよ。ユニーク忍具は昔の遺物だけじゃない、未来で生まれたとしか思えないオーバーテクノロジーな代物も多くあるのさ」


 そう言うとシュガーはサングラスを懐から取り出して見せた。見た目は何の変哲もない普通のサングラスだ。しかし、シュガーはそれを掛けると立ち上がって俺に言った。


「クナイを投げてみてくれ」


「……分かった」


 相手の意図は読めないが、やってくれと言うならやろうじゃないか。

 俺は両手にクナイを持つと右左の順番で時間差の投擲攻撃をする。すると俺が投擲モーションをし始めた瞬間にシュガーは最小限の動きで身体を曲げ、わずかに胸を反らした。

 驚くべきことに俺の投げたクナイはものの見事にシュガーが身体を反らしたことで生まれた虚空だけを切り裂いて、そのままシュガーの後方へと飛んでいった。


「動きの先読みか?」


「鋭いな。このユニーク忍具の名前はフォーチュングラスという。掛けていると自分への害意を先読みし、それを視覚化して伝えてくれる代物だ。こういったユニーク忍具を使って、ステータスの低さを補っているわけだよ」


「なるほどな、それは便利……いやでも、うーん」


 なるほど凄い効果を持った忍具だと言うことは分かったし、シュガー本体の弱さもそういった細かな努力で補っているのだろう。しかし、果たしてそのサングラスはオーバーテクノロジーというほどだろうかという気もする。現代の軍事技術ならそのくらい到達してそうだ。

 俺の疑念を含んだ眼差しを察したのかシュガーは大仰に手を振って答える。


「言いたいことは分かる。このくらいなら現実の世界でも実現されてそうだ、ってことだろう。いや、もっと凄いのもあるんだよ、ホント。俺が持ってるオーバーテクノロジー系のユニーク忍具がこれくらいしか無かったからさぁ」


 ユニーク忍具というくらいだ、きっと入手方法も限られてくるのだろう。それなら、すぐさま本物のオーバーテクノロジーを見ることができなくても仕方がない。

 というか、忍者ゲームの世界でオーバーテクノロジーって何だよ。世界観おかしくないか? そんなふうにも思ったけれど、現代に生きる忍者という時点で片脚半分ファンタジーに突っ込んでるようなものだ。今更ツッコむのも野暮だろう。


「じゃあ、いずれもっと凄いヤツを見せてくれよ」


「もちろんだ。というか、俺の目的はソレだからな」


「目的?」


「あぁ。このゲームの中には驚くほど多くのユニーク忍具が隠されている。それを一つでも多く発見することが俺の目的なんだよ」


蒐集しゅうしゅうが目的ってことか」


「そういうことだな。ちなみに俺の所属しているクラン自体がそういう所だ」


「そういえば所属してるクランとか聞いてなかったな」


 それを聞いたシュガーは、ニヤリと笑みを浮かべるといつの間にか羽織ったマントをバサッと翻し宣言した。


「俺が所属してるのは、ユニーク系統の情報蒐集を専門とするクラン『ニド・ビブリオ』だ!」

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