第53話 突撃! 桃源コーポ都市
▼セオリー
幽世山脈を抜けると、遠目に巨大な都市が見えてきた。
「あれが桃源コーポ都市か」
「不思議な形してるねー」
エイプリルがそう口にするのも無理はない。桃源コーポ都市はその大きな都市部を全て半円状のドームがすっぽりと覆ってしまっているのだ。ドームは薄い青色をした三角形の透明な板が張り巡らされてできている。
透けて見える都市の中には逆嶋の中心部にあった高層ビル群をも超える超高層ビルの集合でできていた。
もう一つ特徴的なのは、そのドームから天へ向かって伸びる一本の
あんな細い一本の管でどうやって巨大な浮島を支えているのだろうか。もちろん、細い管とは言っても遠目にくっきりと見えるほどの太さなので直径が数百メートルはくだらないという規模だろう。けれども、それにしたって目の錯覚を疑ってしまう。
「あの浮島みたいなの、何なんだろうね!」
驚く俺とは打って変わって、エイプリルの方はウキウキ顔で天空に鎮座する島を指差している。ぴょんぴょんと飛び跳ねるさまは純粋な好奇心に突き動かされた自然な行動のようだ。元気にぴょんぴょんと跳びはねている様子を見ると、エイプリルにはうさ耳が似合いそうだ。見ているだけで心が癒されていく。
そんな俺の煩悩に塗れた意識を断ち切るように、シュガーがエイプリルの疑問へと返答する。
「あれはヨモツピラーの空中庭園だ。あそこは運営側の管理AIがいる場所らしい。セオリーは分かるだろ、チュートリアル前にキャラ作成した場所だよ」
「んー……? あぁ、あれか。ゲームマスコットの影子が案内してくれたヤツだな」
シュガーに言われて思い出した。もはや遠い昔のことのように思える。胡散臭い昔言葉で話す管理AIから案内を受けたものだ。彼の名前は影子・ファーストだったか。
「ってことは、あの空中庭園は運営側専用の空間みたいなもんか」
「今のところはそういうことになってるな」
シュガーはそう含みを持たせて答えた。俺は少し気になったけれど、エイプリルが桃源コーポ都市へ向かってすでに駆け出し始めていた。このままでは置いていかれてしまう。会話を切り上げて、俺たち二人もエイプリルを追いかけたのだった。
桃源コーポ都市へ着くと、まずは西部ゲートへ向かった。完全なドームに囲われた桃源コーポ都市は四方に設置されたゲートの内いずれかを通らなければ中に入ることができない。内部へ入る上での最初の関門といったところだろう。
「こりゃあ、指名手配受けてたり、ヤクザクランに所属してたりするプレイヤーなんかは入るのも一苦労なんじゃないか?」
わざわざゲートを設けているのだ。さすがに指名手配犯やヤクザクランに所属しているプレイヤーなどをみすみす中へ通したりはしないだろう。そう思ってから、俺も若干身構えつつゲートをくぐる。
ゲートは自動ドアになっており、内部へ入ると横に長い筒状の通路を進まされる。進んでいる間に何度か赤い光が身体を通過していく。X線照射みたいなものだろうか、この光線で何か検査しているのかもしれない。
それからすぐに通路の終わりまで辿り着いた。出口側も自動ドアになっており、そこを抜けるとビルが立ち並ぶ桃源コーポ都市の内部だ。
「拍子抜けするくらいあっさりと入れたな」
「別に私たち指名手配も受けてないし、こんなものなんじゃない?」
実は内心、入ることができるか心配だった。
というのも、シャドウハウンドの入隊を断られたことからも分かる通り、俺はカルマ値がマイナスになっている。もし中へ入るのにカルマ値を参照していた場合、俺は門前払いを食らう可能性もあると思っていたのだ。しかし、それはエイプリルの言うように、ただの杞憂で済んだようだ。
さて、桃源コーポ都市に着いて最初にすることは居住地の確保だ。逆嶋では運よくおキクさんとランの家を借りることができたが、今回もそう運良くいくとは限らない。というか、あんな幸運はそうそうないだろう。
ここで俺たちパーティーはそれぞれ別の目的を軸に行動を取ることにした。
エイプリルは桃源コーポ都市にあるシャドウハウンドの本部基地へ行き、滞在登録を済ませる。この手続きをすることで滞在中に任務を受けたり、様々な支援や情報を受け取ったりできるようになるのだ。
そして、シュガーの方もニド・ビブリオの関東支部が桃源コーポ都市にあるとのことなので、そちらに顔を出してくるようだ。
つまり、俺が居住地を確保する係りというわけだ。
「シャドウハウンドの本部基地は都市のどの辺にあるんだ?」
せっかくならシャドウハウンドの基地が近くにある場所を拠点とした方が便利だろう。道路脇の立て看板に桃源コーポ都市のマップが表示されている。それを俺たち三人は覗き込んだ。
今いる場所は西ゲートから入ってすぐ『西部ゲットー街』と呼ばれる場所らしい。マップはカラフルに色分けされており、外周から順に黄色、青色、白色でエリア分けされている。黄色と青色はドーナツ状に色分けされており、中心部の白色エリアが円形になっている。逆嶋でいうところの居住地と工場地帯の区分けみたいなものだろうか。
「あったよ、ここ。これなら大通りを真っすぐ行けば分かりそうだね」
俺が色分けに関して思案していると、すぐにエイプリルがマップの一部分を指差した。マップによればシャドウハウンドの本部基地はこのまま中心部へ向かって歩いて行けば良いらしい。色分けでいうと中心から二番目の青色のエリアだ。
本部基地というだけあってそれなりの規模の建物のようで大通り沿いに大きく居を構えている。マップで比較しても他の高層ビル六つか七つ分くらいの敷地面積を誇っている。
「凄い大きさだな。逆嶋支部も大きかったけど、それの何倍だ?」
シャドウハウンドの逆嶋支部も建物の中に道場があったり、大講堂があったりと周りの建物と比べて大きい方だった。しかし、それを軽く凌駕する広さだ。
「これだけ広いと中で迷っちゃいそう」
「迷うなよ、さすがに中までは付いていけないだろうからな」
「えー、大丈夫じゃない? どうせ一緒に任務したりするんだから顔見せもしちゃおうよ」
「誰に顔見せするんだ、誰に」
俺はツッコミを入れつつ、大通りを進んでいく。
それにしても西部ゲットー街だったか。この辺はずいぶんと治安が悪そうな雰囲気が出ている。高層ビルが立ち並んではいるけれど、どこか違和感がある。張りぼての作り物感が拭えないのだ。街を行く通行人の中にもスーツのサラリーマンに交じって、ちらほらとガラの悪そうな人々が見受けられる。彼らは大通りで見かけても、すぐに路地裏へ消えていく。その路地の先は逆嶋の時のように軽々しく入って行くのは
あとはそれ以上に気になるのが都市の中に入ってからずっと感じている視線だ。それも一つや二つではない。
その視線をエイプリルも感じ取っているようで、さっきまで笑顔で道を進んでいたのに今や笑顔がぎこちなくなっている。
(二人ともあまり周囲を探ろうとするな。藪から蛇をつつき出すことになるかもしれない。気付いてない振りでそのまま進め)
ちょうど良いタイミングでシュガーから『念話術』による忠告が入った。
(この視線、なんなんだろうな)
(さぁてね、少なくとも警戒されているのは分かる)
外から来た者への警戒か。それは分からないこともない。しかし、この身体に刺さる視線は一人二人のものではないことを感じさせる。もっと規模の大きい集団だろう。一体、何があればこれほど集団で警戒させるような事態となるのか。
視線の正体は分からないまま、しばらく進み続けると再びゲートがあった。ゲートのある地点を境目にしてドームの天井まで伸びる薄青い透明な板が壁となり、道を断絶している。断絶する壁は円を描くように緩やかなカーブで横にどこまでも伸びている。
「ドームの中でさらに区切ってるのか?」
「マップにあった色分けはこういうことだな」
「黄色とか青で色分けされてたのって、こういう意味だったんだ!」
シュガーの言葉で俺とエイプリルはともに納得した。最初にマップを見た時にカラフルだなと思ったけれど、まさか物理的に横断自体ができなくなっているとは思いもしなかった。
しかし、シャドウハウンドの本部基地はこのゲートの先にある。さっさとゲートを通って先に進まないと話にならない。
三人揃ってゲートの入り口へ進む。自動ドアが開くと、再び横に長い筒状の通路だ。そこを歩いて行くと、同じように赤い光が身体を通り過ぎていく。そして出口に到着だ。
なんてことはない、外から入ってきた時と同じだ。この先はマップでいうと青に色分けされた区域に入る。何か違いがあるのだろうか。そんなことを考えながら自動ドアの前に立った。
しかし、いくら待っても自動ドアは開かない。おかしいな、と思っていると通路の脇から小さなドローンが飛んできた。ドローンは俺の目の前へ来ると、ホバリングしながら機械音声を流し出した。
『警告。あなたはこの先の“保障区域”への立ち入りは許可されません。引き返してください』
ふむふむ、この先には入っちゃダメときたか。……え、マジで?
「ちょっと待って、その判断基準はどっからきてんの? 俺は悪いことなんてしてないよ!」
『繰り返します。警告。あなたはこの先の“保障区域”への立ち入りは許可されません。引き返してください』
ダメだ、話にならないぞ。しかも、ピンポイントで俺の目の前に出てきたってことは俺だけダメってことだろう。
「責任者は居ないのか? 一回、話し合わせてくれ」
ドローン相手だと話にならない。ダメもとでゲートに人がいるか確認する。居れば交渉なども可能かもしれない。
『二度の警告無視。敵対行為と判断します』
だが、俺のダメもとのお願いは許されなかったようだ。ドローンの腹部辺りの機構が開いたかと思うと、その小さな身体にどうやって収納していたんだ、というような大型のショットガンが展開された。そして、すぐさま炸裂する光と弾丸。
「判断が早いぃ!」
俺はバックステップを挟みつつ、手甲と咬牙で銃弾を弾く。危ない所だった。ショットガンは面で攻撃してくるため非常に避けにくい。しかし、ギリギリ上半身は自分で守ることができたし、下半身に関してはいつの間にかシュガーによって召喚されていたカナエが手にする斧を盾にして守ってくれていた。
「シュガー助かった!」
そう叫びながら、俺は来た道をひた走る。ドローン一機の攻撃を凌いでしまったからか、さらにドローンが四機増え、合計五機のドローンが追跡してきたのだ。
「クッソ、覚えてろよ! 絶対にカルマ値をプラスに戻してくるからなぁ!!」
そんな俺の叫びは、ただ虚しく通路に響いたのだった。
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