閑話休題 サマーバケーション その3


 電脳ゲーム研究会、夏合宿二日目、朝。

 今日はバーベキューが開催される。とはいえ、セミナーハウスの目の前にある海辺は港になっている。一体、どこでバーベキューをするというのか。


「さて、今日は移動するぞ」


「移動ですか?」


 朝、早々に浜宮が淵見へ宣言する。


「そうだ、バーベキューをするならズバリ砂浜のある海辺へ行かなくてはな」


「えっ、海水浴場があるんですか!?」


 浜宮の言葉で淵見の沈んでいた心に一筋の光が差した。

 ちなみに海水浴場でバーベキューをするというのは初日の予定確認の時にちゃんと話していた。淵見が神楽の足に見惚れて聞き逃していただけである。


「あぁ、もちろんだ。ただし、バーベキューは許可が出ている場所と出ていない場所がある。だから今日は許可のある場所まで移動する。分かったな? では、荷物を準備したまえ」




 海へ行くための準備を終え、セミナーハウスの入り口まで行くと車に乗った浜宮が待っていた。4人乗りの一般車だ。すでに神楽と鷹条も乗り込んでいたので、いそいそと淵見も乗り込んだ。


「この車、浜宮先輩の車ですか?」


「正確には我が家の車だな。親と共有して使っている」


「セミナーハウスも車で来たんですか」


「その通りだ。大学二年目で免許を取ってね。それからは合宿に毎年車で来ている」


 淵見はほうほうと話を聞き、尊敬のまなざしを向けた。淵見はいまだに車の免許を持っていない。周囲からは大学生の内に取っておくと楽だ、とは聞いているけれど、個人的にはまだまだ先のことのように感じていた。

 浜宮の運転で車が発進する。手馴れた様子の運転だ。


「免許か。俺も大学に居る内に取りたいな」


「え、本当?!」


 淵見の呟いた言葉を聞き、後部座席で隣に座る神楽が反応した。


「来年、浜宮先輩が卒業したら車の伝手が無かったんだよ。淵見くん、免許取ろう! 今年中に取ろう!」


「えぇ、そんな急に言われても」


「大丈夫だよ、車の免許くらい合宿に行けば2週間くらいで取れちゃうんだから」


「あれ、そんな早く取れるんですか」


 淵見は高校時代のことを思い出していた。佐藤が米屋を継ぐため、高校在学中に車の免許を取っていた。その時、佐藤は免許取得にだいたい2ヶ月ほど掛かっていたのである。


「てっきり2ヶ月くらい掛かるもんかと」


「普通の教習所へ通った場合はそのくらい掛かるだろうな」


 疑問に浜宮が答え、なるほどと淵見は頷く。であるならば自分も合宿で手早く免許取得といきたいものだ。そこまで考えて、肝心なところに気が付く。


「でも、免許は良いですけど車なんて持ってないですよ。実家には有りますけど、今は一人暮らしですし」


「あぁっ、そっか! それじゃあ来年は浜辺でバーベキュー無理かなぁ」


 神楽は目に見えて落胆した。浜宮は実家暮らしだったから車が使用できただけだ。普通は大学生で自由に使い倒せる車を保有してる方が希少なのである。


「ふむ……、それならレンタカーという手もある。サークルの会費からレンタル代を出せば良いだろう」


「なるほど、それなら免許さえあればなんとかなりますね」


 浜宮の妙案に淵見は納得、神楽も希望が見えて顔をパッと明るくさせたのだった。

 そんな未来の話に花を咲かせている内にスーパーへ着いた。そして、手早くバーベキュー食材などの購入を済ませると海水浴場へ向かったのだった。





 陽光を反射する白い砂浜が眩しく輝く。正真正銘の海水浴場である。

 更衣室から出て海水パンツとシャツだけになった淵見は砂浜を駆け出す。足の裏が熱い。やっぱり海といったらコレだなぁ、と醍醐味を堪能して感動する。


「うぉぉ、期待通りの砂浜だぁ!」


「ふっふっふ、そうだろう。しかも、穴場の浴場だから人も少ない」


 渕見の後から出てきた浜宮が言うように他の海水浴客が少ない。車以外の交通の便があまり無いからこそ、地元の人だけが知る穴場になっているということだろう。そして、人が少ないということは逆に伸び伸びと楽しめるということだ。

 淵見は甲刃連合の保有するプライベートビーチを思い出す。あの時も人が全然いなくてエイプリルと二人でほとんど貸し切り状態だった。それに近い状況である。

 小さい頃によくいった地元の海水浴場というと人でごった返しているイメージが強い。それと比べてかなりリラックスして過ごせそうだった。



「お待たせー。こっちも準備オッケーだよ!」


 しばらくして神楽と鷹条も浜辺へ来た。二人も当然、水着に着替えていた。

 鷹条は水着の上から白いシャツを着ており全容は窺い知れないが、ボトムスが単体であることからビキニタイプの水着だろう。


「はっ?!」


 そこで淵見は気付いてしまった。鷹条のボトムスは腰のサイドを紐で結ぶタイプのものなのである。いわゆる紐ビキニ。かなり強気の姿勢が見て取れる。しかし、その上からシャツを羽織って覆い隠してしまっているのは最後に残った羞恥心ゆえか。


「いいや、違う」


 淵見の思考を読んだかのように浜宮は断言した。それから浜宮はクーラーボックスに入った飲み物を鷹条に勧めた。

 鷹条が屈み、クーラーボックスから飲み物を取り出す。……チラリ。


「んなっ?」


「分かったか。鷹条くんはシャツを使い、水着をあえて隠すことでチラリズムをも兼ね備えているのだ。そして、チラリの先にあるのは紐ビキニ。高火力カウンター型といったところだな」


 普段の淵見であれば「何言ってんだ、この人」となる場面だったが、夏の魔力がそうさせるのか、思わずなるほどと頷く他なかった。完全に夏に浮かされていた。



 健全な青少年である淵見にとって鷹条は刺激が強過ぎた。あえなく撤退し、一緒に更衣室から出てきた神楽へと目を向ける。

 神楽の着てきた水着は上半身を肩紐の無い筒状の布地で胸を覆うチューブトップ型のトップス。そして、下半身はパレオをまとう、というものだった。

 上半身を隠していた鷹条とは正反対に、神楽は下半身を隠し、上半身の露出は多めというスタイル。しかし、神楽のそれはいやらしさを感じさせない形でまとまっていた。


「ふむ、姫はチューブトップか。自身の強みをよく理解している。淵見くん、尋ねよう。何故、姫はワンピースタイプにせず、あえてチューブトップとパレオという選択をしたのか?」


「はい?!」


 突然、語りだしたと思ったら問題を出された。しかし、ここで答えないのも先輩に対して失礼だ。淵見はそう考え、浜宮の出した問いを必死に考えた。

 どうして神楽はワンピースタイプの水着ではなく、チューブトップとパレオの選択をしたのか。たしかに構成するパーツは似通ったものがある。大きな違いといえばやはりトップスにおけるチューブトップの存在が一番か。


「ワンピースだと肩やお腹が隠れてしまう。それを避けたということは、つまり神楽先輩にとって露出自体は強みなわけですね」


「ほう、それで?」


「まあ、見ててください。……神楽先輩、まずは準備体操しないとケガしたり危ないですよ」


「あっ、そうだね。準備体操しなくちゃ! ありがと、淵見くん」


 そう言って神楽は準備体操を始める。身体を反らし、入念に柔軟する。ここだ!


「体操で身体を動かすとよりはっきりと浮かび上がる。それは神楽先輩のスタイルの良さだ。ワンピースでは隠れてしまうウェストのくびれ、身体を反らした時に眩しく美しいお腹周りの肉体。それらを隠さないためのビキニ選択ということでしょう」


「なるほど、素晴らしい。淵見くんも良い目を持っているようだ」


「光栄です」


「だが、一つ付け加えるのならチューブトップ自体にも意味があると言えよう。通常の三角ビキニなどでは胸を強調させる効果がどうしても出てしまう。そうすると注目すべき点が散らばってしまうことが分かるかね。それに対して、サラシのごとく胸の主張を鎮めることでウェストへスムーズな視点集中を促すことが可能となる。これも重要なポイントだ」


「……ははっ、先輩にはまだまだ敵いませんね」


「いや、キミにもまだまだ伸びしろがある。ともに精進してゆこう」


 淵見は鼻下を擦ると、へへっと笑った。浜宮も不敵に微笑んだ。

 男の友情とは奇妙なものである。何がキッカケになるかは分からない。しかし、この瞬間たしかに二人の男の間で友情が生まれたのは疑いようもないことであった。





「……二人とも後で更衣室の裏へ来て」


 たとえ後に、鷹条から見下されつつ注意を受けたとしても、生まれた友情は変わらない。

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