閑話休題 サマーバケーション その4
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夏合宿二日目、夜。
夕食を兼ねた飲み会が始まった。
3泊4日の夏合宿において、初日と最終日は行き帰りの移動時間を考えるとどうしてもセーブが掛かってしまう。となると、メインイベントは二日目か三日目に持ってくるのが必然だ。
しかし、三日目にはっちゃけ過ぎると最終日の帰りが辛い。というわけで、電脳ゲーム研究会のメインイベントである飲み会は毎度二日目に開催されるのが恒例となっていた。
「去年は3年生がたくさん居て、酔いつぶれる人も多くて大変だったんだよ」
淵見の隣でオレンジジュースをあおる神楽が懐かしむように昨年の合宿のことを呟いた。淵見は話しを聞きつつ、浜宮と鷹条を見る。二人とも手には酒を握り締めていた。
「鷹条先輩も飲むんですね」
「鷹ちゃん先輩は去年の冬からお酒デビューだったんだよ」
ほうほう、と頷きながら淵見は炭酸飲料を飲んだ。
淵見と神楽は飲み会とはいえジュースにしている。淵見は年齢的にまだ飲酒禁止。神楽は一応成人していたが本人希望でオレンジジュースにしていた。
浜宮や鷹条もそこで無理強いするような先輩ではない。ノンアルコール仲間がいることに淵見も少しホッとした。
さて、アルコール摂取組はというと、浜宮は普段以上の饒舌になり、マシンガントークがいかんなく発揮されている。それを傍聴する鷹条はすでに目がトロンとしてちゃんと聞いているのか分からない。ただ一つ分かることは、二人ともすでに出来上がっている、ということだ。
「今年はお酒飲む人と飲まない人が半々で良かったですね」
「本当だよー。去年の夏は飲まないのあたしと鷹ちゃん先輩だけだったから酔いつぶれた先輩の介抱で疲れちゃった」
まだ飲み会が始まって一時間くらいしか経っていない。まだ夜は長いというのに、このペースで酔いが回っていて大丈夫なのだろうか、と二人を見て心配になる淵見だったが、片や神楽はというと、のほほんと酒のつまみで買っていたお菓子類をポリポリと頬張っているのだった。
「知っているかね、浜宮という名字は日本全国で30人ほどしかいないのだよ。なかなか珍しい名字だろう」
「へぇー、あたしの名字はどのくらいですか?」
「姫の名字はおよそ200人といったところですね」
「えぇ、負けたー。そんなに居るのぉ!」
全国で200人ほどしか居ないのであれば十分に少ないんじゃないか、というか少ない方が勝ちなのか、とか色々と淵見は思うところがあったけれど、それは胸の内に秘めることにした。
「それじゃあ、淵見くんの名字は?」
「どうなんでしょう。調べたことないから分からないですね」
「ふっふっふ、では調べてあげよう。とはいえ、私の名字に勝てる名字はそう居ないだろうがね」
いつの間にか浜宮との勝負になっていた。該当する名字人口の少ない方が勝ち、人の身でどうこうする術もない完全な運否天賦。淵見としても浜宮の30人に勝てるとは思っていない。
そんな淵見をよそにタブレットで検索を開始した浜宮はしばらくして大きな声を上げる。
「そんな馬鹿なっ?!」
タブレットを持ったまま固まる浜宮は大きく目を見開いて画面を凝視していた。いつまで経っても人数を言わない浜宮にしびれを切らした神楽は横からタブレットを覗き込むと数字を口にした。
「わぁ、すごい。全国で10人だって! 淵見くんの勝ちだよ!」
「え、そうなんですか」
淵見をして、まさかそんなに少ないとは思っていなかった。というか親族を足していったら10人くらいいくのではないか、もしや日本の淵見姓はウチだけだったりするのか、と脳内で驚き交じりに考える。
「本当に淵見ってそんなに少ないんですか?」
「参照しているデータは国が出した情報を元にしている。完全網羅とまでは言わないが大体合っているだろう」
「正直、びっくりです」
そんな驚いた様子の淵見の近くへスススっと近寄る影があった。神楽である。彼女は突如淵見の二の腕をぎゅっと掴んだかと思うと浜宮へ向けて指を向けた。そして、ドヤ顔で言い放ったのだ。
「それってつまりあたしが淵見くんと結婚したら浜宮先輩に勝てるってことですよね!」
対する浜宮は崩れ落ちるように両手を畳みに付け、四つん這いになって悔しがった。
「そんな……、姫の逆転も有るというのか?!」
この人はなんで真面目に悔しがっているんだ、と淵見は思ったが、忘れていた、浜宮はとうの昔に酔っているのだ。酔っ払いに常識は通用しない。
こうして突発で始まった謎の名字勝負は淵見の勝利に終わったのだった。
と、ここまでは良い。
「んで、神楽先輩はいつまで腕組んでるんですか」
腕を掴まれた後、気付けば腕を組んだ状態になっていた。こんなことをされて、さらにさっきは結婚がどうこうと神楽は口走っていた。これで意識しないでいられるほど淵見も鈍感ではなかった。
「んぇ~? 別に良いじゃない。それともあたしと腕組むのはイヤ?」
「そんなことは無いですけど……」
「じゃあ、良いじゃないのよぉ~」
強引に話をまとめられてしまった。それから神楽はオレンジジュースの缶を再び傾け始めるのだった。
気付けば鷹条は部屋の隅で座ったまま意識を落としていた。さっきまであれほど元気だった浜宮も四つん這いのまま眠ってしまっている。この部屋の中で意識が覚醒しているのは淵見と神楽だけになっていた。
神楽がお菓子を食べているので二人の間に会話は無い。すると嫌でも密着する神楽の身体に意識が向かってしまう。
昼間、海で見た神楽の水着姿が脳裏に思い浮かぶ。引き締まったウェスト、華奢な腕、そして、淵見の腕に当たる小さいながらも主張してくる柔らかな双峰。
「あの、神楽先輩……。もうちょっと警戒感を持った方が良いと思いますよ」
ギリギリで淵見は理性を保っていた。だからこそ、最初に神楽を心配する言葉が出てきた。逆に言えばこれ以上のスキンシップは淵見の理性を焼き切る恐れがあるので離れた方が良い、という神楽に対する警鐘でもあった。
「誰にでもじゃないよぉ。……淵見くんだから、だよ?」
ぽて、と神楽の頭が肩に乗せられた。脈打つ心臓は早鐘を打ち続ける。これ以上、紳士でいられるだろうか。
淵見の鳴らした警鐘を、知ってか知らずか神楽は無視した。そして、そのまましなだれかかってきたのだ。健全な男子にこれ以上の刺激は無い。
「はぁーあ、なんだか暑くなってきちゃった。……って夏なんだから当たり前かぁ」
丸く開いた襟元に指を引っ掛け、ぱたぱたと扇ぐ。その瞬間、ふわっと甘い香りが淵見の鼻腔をくすぐった。おそらく香水だろう。
匂いの元を辿るように神楽の方へ視線を向けた。おのずと上から覗き込むような構図になってしまった。いけない、その先は秘密の花園だった。襟元を扇ぐたび見え隠れする耽美な誘惑。淵見は吸い込まれそうになる視線を理性で
「神楽先輩、外に出ますか? ここよりは涼しいかもしれませんよ」
夏とはいえ夜になれば少しは涼しいだろうか。いかんせん、この部屋は熱気がこもっていた。少なくとも淵見にはそう感じられた。それとも隣で密着する神楽の体温のせいもあるのだろうか。
「あのさぁ、淵見くん。ゲームの中だと私のこと呼び捨てにできるのに、現実だとかたくなに先輩呼びだよね」
「ぅえっ? そりゃ、先輩相手に呼び捨てなんてできませんよ」
外へ出るという提案はスルーされた。そして、何故か先輩呼びを咎められた。普通は逆であろう。
「コヨミって呼び捨てにできるよね」
「それはゲームの中でなら……」
「はい、復唱。コヨミ」
「コ、コヨミ」
思わず真面目に復唱した淵見に対して神楽はさらに続けた。
「そしたら次はぁ……、夜ミ子」
「いや、えっと……」
さすがにゲームのプレイヤーネームと違い現実の名前を呼び捨てとなるとハードルが高い。どう答えたものか、しどろもどろな言葉で濁してしまう。
視線を天井に向けたせいで今神楽がどんな顔をしているか分からない。しかし、淵見が誤魔化している間も黙って待っている。これはきっと名前で呼ぶまで終わらない。そんな直感があった。
「……めちゃくちゃ恥ずかしいんで一回だけですよ。えー、ごほん。よ、夜ミ子」
言った。言ってから淵見は顔を真っ赤にさせて空いている方の手で顔を覆った。恥ずかしくて神楽の方を見れない。しかし、まぎれもなく呼んでみせたのだ。神楽の方だって無傷でいられまい。
そこまで考えて淵見は違和感を覚えた。さっきから神楽の反応がない。
「神楽先輩?」
神楽へと顔を向ける。
……寝ていた。
淵見の肩を枕にして幸せそうな顔でぐーすかぴーと寝息を立てていた。寝息から微かにアルコール臭が感じられる。
「まさか」
神楽の持っていたオレンジジュースをよく見てみる。パッと見はジュースのように見えるけれど、しっかりアルコール度数が書いてあった。つまり、神楽も酔っぱらっていたのだ。
「は、はは……」
一人だけ恥ずかしい想いをしただけだった。思い返せばいくつもヒントはあったのだ。いつも以上に激しいスキンシップ、ほにゃほにゃと砕けた口調、他にも色々とあっただろう。それに気付かず、淵見は神楽の一挙手一投足に心惑わされていた。
しかし、それも酒の席でのこと。まるっと忘れてしまおう。それがきっと淵見の精神衛生上よろしい。そう考えて寝てしまおうと思った。明日になったら全て綺麗さっぱり無かったこと、それでいい。
というわけでもう寝てしまおう。神楽を優しく引き剥がし、座布団を枕代わりに挟む。そこまでしたところでふと思った。
飲み会は淵見と浜宮の男衆部屋で行われていた。必然的に淵見の寝る部屋でもある。
「あれ、どこで寝ればいいんだ?」
そんなこんなで夜のセミナーハウスにて寝床を求めて右往左往する淵見の姿があったという。
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おそらく次で書きたいイベントは全部書けるのでサマーバケーション番外編は終わる予定です。
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