第303話 大蛇退治
▼ルペル
「これは一体、どういうことだい?」
冷や汗がツーと頬を流れた。ヤマタ運輸の頭領を退けた直後、今度は大蛇の偽神が現れるなんて冗談じゃない。
「嫌な予感はしていたが……、こいつは予想外だったな」
シュガーも言葉を失い、カラフルな八つ首をもたげる大蛇を見上げた。
電子巻物で表示された名前は偽神
「偽神が時間を稼いでいる間に、ヤマタ運輸の頭領たちは身体を休められるってわけかい」
「なかなか飛行船の方に集中させてくれないな」
シュガーは軽口を叩いているが、もし偽神を退けた後、再びヤマタ運輸の頭領たちと二回戦へ突入することにでもなれば間違いなくガス欠することだろう。
そもそもキャロット製菓や金之尾コンサルティングが援軍に駆け付けるまで後どれくらいの猶予があるのか。奇々怪海のクロによって着々と時間を稼がれていることに焦りを感じる。
そんなジリジリとした状況下、突然脳内に飄々とした声が聞こえてきた。
(あーあー、こちらフェッチストックだよ。追加情報、要るかい?)
(……ぜひ、聞かせてくれ)
飛行船内に潜入したフェッチストックだった。
(よしきた、朗報だよ。その蛇の偽神はヤマタ運輸の頭領たちが合体した姿だ。そいつを倒せばヤマタ運輸の頭領も全滅ってわけさ)
(それは本当かい?)
(奴らの言っていた
(そんな実験をしていたのか。だが、それなら頭領が八人いたのも頷ける。その実験の産物ということか)
フェッチストック、今回ばかりは独断専行での飛行船潜入に助けられたかもしれないな。
すぐさまシュガーへフェッチストックから得た情報を伝える。
「なるほど、それなら納得だ。偽神の権能が分裂とかそんなとこなんだろう」
「しかし、全員が合体した今度こそヤマタ運輸の頭領として、加えて偽神としての本領発揮だ。いけるのかい?」
「おいおい、関西サーバーの頃、俺の強さは十分に見てきただろう」
「……たしかに愚問だったね」
シュガーは笑みを浮かべると、十秒もたせろと言って後退していく。私はメイズへ指示を出し、
頭領と偽神の融合か。たしかに手に負えない化け物となるだろう。八つの首それぞれが忍術を唱え、攻め立ててくる勢いは圧巻だ。とても一人では十秒もたせることなどできない。しかし、こちらにはウォルフ、スズ、リデルの三人がいるのだ。私と志を同じくする心強い仲間がいるのだ。
「十秒で良いそうだ。この場で釘付けにするよ!」
「ハッハァーッ、時間稼ぎかよ。だが、その前に俺たちで倒したって良いんだろ!」
「ウォルフ殿、慢心はいけませんぞ」
「口を動かす暇があったら、もっと弾をバラ撒いてください」
銃弾の雨、金属兵による足止め、刃化した肉体による斬撃、そして、言霊催眠。それぞれの持つ全力でもって
ウォルフの発した「倒す」という言葉通りの全力を注ぐ。猛攻を受けた大蛇は叫び声をあげて暴れ回った。同時に前進が止まる。それこそ攻撃が効いていることの証だった。
ほんの数秒で攻撃に慣れた大蛇は進行を再開する。しかし、その数秒は約束の時間をシュガーへもたらす。
「さあ、十秒だ。約束は守ったよ、シュガー」
十秒きっかり私は空を見上げ、呟く。直後、これが返事だと言わんばかりの勢いで一人の女性が飛び出した。ヒラヒラとしたアイドル衣装をまとった神、シュガーミッドナイトの奥の手。
「顕現は成された。そして、神は此処に在り」
シュガーが私の隣まで戻ってきた。その目線の先は絶えずシュガーゴッドへ向けられている。
シュガーゴッドが拳を大蛇の頭へ叩きつけると激しい衝撃波が周囲に飛び散った。投げキッスがハートを形作り、首の一つへ向けて飛ぶ。着弾、爆発。
いつ見ても圧巻だ。とても忍者の戦いではない。しかし、この術のカラクリについては私なりに解釈がある。
彼女を形作る要素はシュガーの固有忍術によって生み出された三体の式神ノゾミ、カナエ、タマエだ。つまり、ノゾミのバフ忍術による能力向上、カナエの持つ筋力、タマエの風を操る忍術、それらが一体の式神に集約され合わさった結果、生まれた怪物。それがシュガーゴッドなのだろう。
「……足りない」
「なんだって?」
シュガーがポツリと呟く、拳が固く握り締められている。今、彼は何といった。足りない、とはどういうことか。
私の問いにシュガーが答えるより先に破砕音が周囲に轟いた。シュガーゴッドが吹き飛ばされ、ビルに衝突したのだ。
「う……、嘘だろう、シュガー」
シュガーゴッドが
シュガーミッドナイトという男を知っている者ほど、この事実は耐えがたいものがあった。
関西サーバーにおいて、シュガーミッドナイトに奥の手を出されたら終わり。それがヤクザクランの共通認識になるほどの存在なのだ。それがどこぞのNPC頭領に敗れるなどあってはならない。
「
このままだとシュガーゴッドがやられてしまう。そう感じた私は攻撃命令を下し、すぐさま自分も大蛇へ挑みかかろうとした。
「はやるな、ルペル」
そんな中、何故かやられているシュガー自身は冷静だった。自身の崇拝する神が大蛇によって蹂躙されているというのに、何故こうも冷静でいられるのか、私には分からなかった。
「見ろ」
シュガーに促され、戦場へ目を向ける。大蛇の叩きつけを受けたシュガーゴッドはゆっくりと、しかし、しっかりと意志を持って立ち上がった。その瞳からは少しも戦意は失われていない。
「アイドルは一度や二度倒されたって挫けやしない。やられるたび、強くなって立ち上がるんだ」
「どういうことかな」
「……覚醒イベント突入ってことだよぉぉおお!!」
突然の叫び声に私は肩をビクリと震わせる。彼の、シュガーの瞳にはただ一心不乱の狂気だけが垣間見えた。
「なんだァ、あれは!」
ウォルフの声で正気に戻り、再びシュガーゴッドへ目を向ける。
彼女は天へ手をかざしていた、まるで何かを待つように。
不意に一陣の風が吹いた。その風はみるみるうちに巨大な竜巻のようになってシュガーゴッドの掌の上で渦巻く。そして、シュガーミッドナイトとシュガーゴッドが同時に口を開いた。
「「ノゾミ・カナエ・タマエ───『心象結界・
術を唱える声が二重になって響き渡る。
式神と一緒に固有忍術を唱える? こんな忍術は聞いたことが無い。
「「一目連、その力を我が手に……『来雷』」」
無数の
隙間より稲光の漏れる黒き暗雲の竜巻。周囲を切り裂く暴風の根源。それがしだいに細長く圧縮されていく。手に握れるほどの細さまで圧縮されたソレをシュガーゴッドは掴み、引き抜いた。
「「顕現は成された。『夢想忍具・
手にするは一振りの日本刀。シュガーゴッドはかかげていた腕を不意に振り下ろす。当然、握られていた刀も同じく振り下ろされて……
飛ぶ斬撃に一目連の
刀を振るえば首が飛ぶ。
反撃すれども首が飛ぶ。
ジリと後退、隙見せりゃ、あっという間に討ち首三つ。
残る五つの首が分裂し、四方八方散るものの、空から見ている一目連が逃がしはせぬと暴風牢にて捕まえる。あとは一つ残らず丁寧に斬り伏せ刀のサビとする。
これにて『偽神・
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