第302話 墜ちる彩色、集まりて大蛇と化す

▼シュガー


 空に渦巻く暗雲の中心から地上を見下ろす巨大な目玉。その目玉からいかずちがミドリニシキへ向けて落ちた。

 眩い閃光の後、鮮やかな緑色をしていた装甲は一瞬で黒く焦げ、機体は白い煙を上げながら地上へ落下していく。


「抜け殻……。こいつも脱出したか」


 手応えがない。クロマムシやシロマダラを倒した時と同じだ。外見の強化外骨格は破壊したが、肝心の中身が倒せていない感覚。


「おのれ、ミドリニシキを。いくぞ、キンコブラ」


「おう!」


 アオダイショウとキンコブラがジェットを吹かし、上空へ高速機動で迫ってきた。


「一目連、『暴風牢』」


「そんなものに掴まるか」


 吹き荒れる風の牢獄で敵を捉える『暴風牢』。ミドリニシキは容易く捕らえることができたが、スピード特化であるアオダイショウは風を置き去りにした。


 暴風牢は発動から相手を捕まえるまで若干のラグがある。風より速く動ける相手に無策でぶっ放したところで捕縛は難しい。

 なんとかアオダイショウから遅れて迫りくるキンコブラだけは暴風牢に捕らえることができたが、その間にアオダイショウが急激に距離を詰めていた。


 アオダイショウは頭領の中でもスピード型の俊敏性を備えている。その速さは俺の目にはそれこそ風が過ぎ去るかのように映る。つまり、目で追える速度ではない。


「一目連、『来雷らいらい』準備」


「そんな攻撃が当たるとでも思っているのか!」


 攻撃命令を聞いた一目連がいかずちを落とす準備を開始する。それをアオダイショウは一笑に付した。アオダイショウはミドリニシキへ向けて撃った来雷を一度見ている。おそらく奴はそれで来雷の弱点を看破したのだろう。

 来雷は俺が指定した位置を通過するように空から地上へ落ちていく雷攻撃だ。そのため縦軸の攻撃範囲は広いのだが、横軸で見た攻撃範囲は非常に狭い。

 本来なら暴風牢で動けなくしてから撃つのが前提になっているような攻撃だ。高速で動き回る相手へ当てるのはハエを箸で捕まえるが如し。


「だが、当てる。何故なら見えているからだ」


戯言たわごとを!」


 アオダイショウはさらにギアを上げ、俺の視界から消える。鮮やかな青の装甲はもはや残像だけ残す黒い影となっていた。

 ……速すぎんだろ、全く目で追えねぇ。フィジカル勝負の頭領はこれだから厄介なんだよ。

 そんな投げ出したい気持ちを抑えつつ、一目連に対して「待て」の命令を続ける。来雷の発射準備はもういつでもオーケイだ。しかし、溜める。まだだ、まだ打つタイミングじゃない。


「撃たないのか。なら、こちらからいくぞ」


 来雷を撃たず、待ちに徹した結果、アオダイショウが先に痺れを切らした。相手からの先制攻撃、それこそが待ち望んでいたものだ。俺は顔に掛けたサングラスをクイと直した。


 そう、俺には見えている。

 ユニーク忍具『フォーチュングラス』は俺へ向けられた害意を先読みし映し出す。右前方から高速で接近し、回し蹴りを放つ未来のアオダイショウの姿が見えているのだ。先読みした未来の映像へ向けて「置き来雷」を放つ。


「そこだ、撃て!」


「ば、馬鹿な、何故動きが!?」


 いかずちが落ちる。もし、第三者的視点で戦闘風景を眺めていたならば、落雷に対してアオダイショウがまるで自分から突っ込んだようにも見えただろう。


「これでも頭領だぞ、スピード特化なんて腐るほど見てきたんだ。対策の一つや二つ用意してるに決まってるだろ」


 アオダイショウの機体が地上へ落下していった。魂の抜けた強化外骨格はやはりこれまでと同じだ。手応えがない。

 ヤマタ運輸の頭領に関して、何か嫌な予感はしている。しかし、現状取れる手は一機ずつ地道に倒していく他ない。


 はてさて、この先、鬼が出るか蛇が出るか。







▼ルペル


 巨大な台風目玉を操るシュガーは青い機体をカウンターで撃破し、続けざまに風で捕えていた金の機体も雷で撃破した。そして、ゆっくりと小型竜巻に乗って地上へ戻ってきた。


「さっきは助かった」


「私は敵の動きを一瞬止めただけさ。それ以外はシュガー、君自身の力だ」


「……イエローヴァイパーは逃げたか」


「あぁ、キンコブラまでやられたのを見るや撤退していったよ」


 遠目に黄色い機体が上空の飛行船へ撤退していくのが見える。ジェット噴射の後が飛行機雲となって伸びていた。他に赤と銀の機体も同様に飛行船へ撤退していくのが分かった。


「三機、飛行船へ戻ったか」


「何を残念そうに言ってるんだい。君は一人で五機落としたんだ。とんでもない戦果じゃないか」


「……そうだな」


 シュガーは何やら考え込むように飛行船へ目を向けていた。なにか腑に落ちないような、不完全燃焼のような、とにかく納得がいっていない表情だった。

 しかし、それよりも聞きたいことが山ほどある。まずはこれだ、上空にいまだ鎮座する巨大な目玉を指差す。


「ところで、あの台風目玉はなんなんだい」


「……ハァ、今さら隠しても遅いか。一目連、ユニーク式神だ」


 シュガーがため息とともに漏らした情報は私の脳髄にも雷が落ちたような衝撃を与えた。


「ユニーク式神だって? ユニークモンスターを調伏し、契約することで入手できる特殊な式神! 現状プレイヤーでは八百万カンパニーのコヨミとクラブ倶楽部のアバシリしか確認されていない超希少ユニークの一つじゃないか!?」


「おうおう、落ち着け」


「これが落ち着いていられるかい? いいや、無理だね」


 即座に反語が口から飛び出すくらいには衝撃を受けている。柄にもなく早口でまくし立ててしまったくらいだ。

 しかし、それだけ興奮してしまう爆弾をシュガーは投下したのだ。これだけ大規模な式神だ、目撃者も多いだろう。言い逃れは不可能だ。


「しばらくの間、式神使いたちの人気者だろうね」


「あぁ、だろうな。……だから、なるべく使いたくなかったんだ」


 式神使いなら誰しも憧れるユニーク式神。それを披露してしまったのだ。今後、少しでも情報を得ようとする者たちに追いかけ回されることは確実。

 しかし、一目連を召喚しなければいけないほど追い詰められたのは事実だ。ここは素直にヤマタ運輸の頭領に拍手を送るべきだろう。死蔵されていたユニークを引き出してくれてありがとう!


「そうそう、それともう一つ聞きたかったんだ。この一目連を使えば奥の手を使わずとも飛行船を落とせるんじゃないかい?」


「……むむ、そうか。確かにどうだろう。使う気が無かったから考慮にすら入れてなかったな。どれ、試してみるか」


 シュガーが一目連へ雷を落とすよう命令すると、暗雲が震え、稲光をもって返答した。

 飛行船のいる上空より、さらに高空。そこから飛行船へ向けて落雷が迸る。眩い光に包まれ、一瞬飛行船の姿が影となった。

 光が収まり、再び飛行船のあった位置へ目を向ける。すると、どういうことか、そこには何事も無かったかのように変わらず上空で佇む飛行船の姿があった。


「効いていない?」


「さすがに対策は取ってるか」


「どういうことだい?」


「そもそも、あの飛行船は奇々怪海のビル屋上が変形したものだ。つまり、飛行船の装甲全体がビルの屋上に使われていた流体金属と同質の素材で覆われている。ルペルも聞いただろう、アリスの高高度からの蹴りですら人ひとり通れるくらいの穴しか開かなかったって話だ」


 シュガーに言われて、セオリーが奇々怪海へ潜入した時の話を思い出す。奇々怪海のビル屋上は頭領アリスですら流体金属の天板を突破するのに一工夫が必要だった。それだけ強固な防壁なのだろう。


「一目連の火力も低い訳じゃないが、あの飛行船を落とすにはあと一つ足りない。どうやら生半可な火力では落とせないらしいな。やはり、神を降臨させるしかないか」


「……それなら、もう奥の手を使って大丈夫なんじゃないかな? 悩みのタネだったヤマタ運輸の頭領はその数を残り三機まで減らした。ここまでお膳立てされたなら残りは寓話の妖精たちテイルフェアリーズの意地を見せようじゃないか」


「それは心強い提案だな。たしかにヤツらは一機ずつなら思ったより強くない。まるで頭領なりたての赤ちゃんくらいの強さだ」


「それでも私たちからすれば十分脅威だけどね」


 これまで戦ったことのあるイリスやシュガーと比べてヤマタ運輸の頭領たちは、まだ私たちでも力を合わせれば勝機が見出せる気がしてくる。シュガーの言う頭領の赤ちゃんという表現は言い得て妙だ。

 とはいえ、脅威なことに変わりはない。むしろ、一度波に乗ってしまえば赤子の手をひねるように倒していくシュガーが化け物側の忍者なだけだ。



 そうしてシュガーに飛行船を任せ、ヤマタ運輸の頭領の残りと戦う算段を考えていると、突然飛行船の方から巨大な地響きが聞こえた。まるで何かが落ちてきたような音だ。


「……おっと、どうやらヤツら、俺をフリーにはさせてくれないらしい」


「アレは、……モンスターか?」


 飛行船から落下してきたのは巨大な蛇だった。それが地上に落ちて地響きを起こしたのだ。その姿は色とりどり八色の首が生えた異形のモンスター。それが這いずりながら一直線に私たちの下へ向かって来る。


 十分にその巨体を見上げられる位置まで近寄ったことで電子巻物が表示された。それは一般的にはユニークモンスターや偽神といったボスモンスターと遭遇した時に表示されるのと同じものだった。


『偽神・極彩八色大蛇ヤシキノオロチ

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