第304話 銀鍵の提案、飛び降り大砲

▼セオリー


 街が燃えていた。

 横たわる大蛇。地に墜ち、爆発音を上げる飛行船。空を泳ぐ巨大怪魚。それに対峙する寓話の妖精たちテイルフェアリーズ


 シルバーキーの忍術によって、海底の竜宮城から摩天楼ヒルズまで転移してきた俺の目に飛び込んできたのは、思いがけない惨状だった。


「一体、何が起きてるんだ。クロが巨大化して空を泳いでるし、 シュガーは見当たらないし、……というか、あの飛行船はなんだよ!?」


 床に広げられた巻物に描かれた水墨画の扉。まるで水面から飛び出すかのように扉の縁に手をかけたシルバーキーは上半身を引き上げ、髪を振り払った。


「あら、こちらでも大きな戦いが起きていたようね」


 扉から出て周囲を確認、開口一番に出た言葉がそれだった。


「いや、反応薄いな! 街の中心部が火の海になってんだぞ」


「そうね、飛行船はアニュラスグループ側の設備でしょう。となるとクロの逃走手段だったのかしら。それを潰されて破れかぶれの巨大化ってとこ?」


「その通りだ、シルバーキー。流石だな」


 周囲を観察し、推測するシルバーキーに背後から返答がある。俺が振り返って見ると、そこには全身ボロボロになったシュガーの姿があった。


「シュガー! 良かった、無事だったか」


「……まあな。ただ、奥の手は切らされた。俺はもうガス欠だ、大した役には立てない」


 肩をすくめてシュガーは笑った。


「そんな俺だが、情報をお前たちに託すことはできる」


 俺たちへ伝えられたのは、シュガーが摩天楼ヒルズに到着してからの出来事だった。

 ヤマタ運輸の頭領を退けると、今度はヤマタ運輸の頭領と偽神の融合体が現れた。それをシュガーゴッドで倒し、その勢いのまま飛行船を撃墜した。しかし、撃墜した飛行船の中からは巨大化した怪魚クロが姿を現す。クロは空を泳ぎ、さらには竜宮城にいた偽神オトヒメのように眷属を産み落とし、地上へばら撒き始めた。


「クロは偽神になったのか?」


「分からない。しかし、偽神と頭領を融合させる実験は成功させていたらしい。クロ自身が偽神と融合することだって可能だろう」


 ルペルの配下が飛行船に潜り込んで得た情報だったか。ヤマタ運輸の頭領と偽神を融合させるという研究の報告書。それが可能ならクロが融合することだって理論上は可能だろう。ただし、そのためには融合するための偽神が必要だ。


「だけど、オトヒメは竜宮城で俺が倒したはずだろ?」


 俺の疑問にシュガーは少し考え込んで答えた。


「……それってクエスト達成の表示は出たか? もしかしたら、竜宮城にいたオトヒメは偽物だったとか」


「なっ、そんなわけ。……いや、待てよ。そういえば」


 そう言われると、倒した後にクエスト達成表示やドロップ品などが無かった気がする。それに偽神オトヒメ自体、拘束されていたのもあるけど、力を失った抜け殻のような印象を受けた。

 あの時はすぐにシルバーキーと合流して摩天楼ヒルズへ向かわなきゃいけない、という焦りがあったから気にも留めなかったけれど、今考えてみると疑問が多く残る。


「どうやら心当たりがあるみたいだな。……つまり、セオリーの本番はここからだ。いいか、巨大化したクロはなかば暴走状態だ。摩天楼ヒルズの被害も度外視で眷属と一緒に暴れ回ってる」


「権謀術数の権化が、いまやただの暴力装置かよ」


「おかげで摩天楼ヒルズのプレイヤーたちもようやく重い腰を上げてクロ討伐に動き出した。街で暴れ回る眷族はそっちに任せて良いだろう」


「じゃあ、俺のすべきことはクロ本体を叩く、ってことだな」


「そういうことだ」


 なすべきことは分かった。しかし、問題はクロが空中にいることだ。ライギュウに投げ飛ばしてもらうか? いや、空中でとれる回避行動は『雷霆らいてい術・雷鳴』の瞬間移動くらいしか無い。迎撃を受けたら一発は避けられるけど、連続して攻撃を受ければ避け切れず、撃ち落されてしまうだろう。

 どうやって肉薄したものかと考えていると、横からシルバーキーが口を挟んだ。


「つまり、あの空を泳ぐ怪魚の下までセオリー君をエスコートすれば良いわけだね」


「それはそうだけど、あんな空にいる怪物まで近寄る手段なんてあるのか?」


「うん、あるよ。ちょっと手荒になるけどね」


 “手荒”という不穏な文言は引っ掛かるものの他に打つ手もない。俺はシルバーキーにクロまでのルート開拓を頼むことにしたのだった。






「それではニド・ビブリオの諸君、準備は良いかね。『凧揚げ』を開始するんだ!」


 シルバーキーの合図とともに、クロを中心に四方八方で無数の凧が空へ浮かび上がっていく。ニド・ビブリオに所属する忍者たちが巧みな操作で凧を上空へ揚げているのだ。

 一体、何をしているのか。おそらくクロに理性が残っていれば、そんな疑問を口にしただろう。あいにく無差別破壊を始めた空中遊泳巨大怪魚にそんな理性は残っていないようなのが残念だ。

 ただし、シルバーキーから説明を受けた俺自身でさえ、本当に可能なのかと半信半疑ではある。


「本当にやるんだよな……」


「大丈夫、私を信じて」


 その言葉を信じたいのは山々なんだけど、やはり恐ろしさが勝る。

 現在、俺たちが立っている場所は摩天楼ヒルズにある高層ビルの一つ、その屋上だ。ビルの縁に立って、地上を見下ろすとニド・ビブリオの忍者が四人掛かりで大きな巻物を広げて持っていた。その巻物には水墨画で扉が描かれている。


 つまり、シルバーキーの作戦はこうだ。

 俺がビルの屋上から飛び降りて巻物に描かれた扉をくぐる。

 空に揚げられた凧にも水墨画の扉が描かれており、いずれかの凧から俺が飛び出す。

 慣性が残っているのでそのまま真横にすっ飛んでいく。

 クロに接近できた! 攻撃できるぞ、ワーイ! ってな寸法だ。



 ……本当にこれしかないのか?

 シルバーキーの案を安請け合いしたのは失敗だったのではなかろうか。


「なあ、やっぱり別の手段を探さないか?」


「忍者は度胸! いってらっしゃーい!」


 振り返った時に見えたのはシルバーキーが腕を大きく振りかぶって俺の身体をぶっ叩いた瞬間だった。頭領の腕力は俺ではどうすることもできない。屋上の縁から足が離れる。そして、無情にも重力は俺にヒモ無しバンジーを強要するのだった。


「心の準備くらいはさせてくれぇぇえええ!!」


 ぐんぐんと地面が近付く。点みたいだった巻物と扉が大きくなっていく。大きいとはいえ二メートル四方くらいの大きさだ。風に煽られればいくらでもズレる。そんな誤差を地面に待機していたニド・ビブリオの忍者たちは上手く修正してくれた。

 そんなわけで無様な落下を決めたけれど、最終的には飛込競技のダイビングのごとく綺麗に頭から扉を潜り抜けたのだった。


 扉を抜けた瞬間、下へ落ちていく感覚が消失。続いて急激な横方向からのGが発生する。まるでライギュウに思い切り投げられた時のように風圧が全身に直でかかる。

 とはいえ、成功だ。今、俺は空を飛んでいた。俺の出現位置はクロの左後方。相手は全くの無警戒。絶好のチャンスと言える。風圧で衣服がブルブルとたなびく中、なんとか雷霆咬牙を引き抜いた。


「『雷霆術・稲妻』」


 左後方、背びれから尾ひれにかけての繋ぎ目を斬り払う。クロの野郎は、おあつらえむきに偽神と融合しやがった。おかげ様で神域忍具となった雷霆咬牙の本領発揮だ。


 稲妻の斬撃が伸びる。どこまでも伸びていくかのように錯覚してしまう。おそらく数百メートル程度なら余裕で射程範囲内だ。

 対プレイヤーや対モンスターで使った時の『稲妻』はせいぜい射程十メートル程度。しかし、偽神のような神性の高い相手であれば規格外の力を発揮する。この凄まじい力はワールドモンスターと戦った時以来だ。


「マグロ解体ショーの始まりだぜ!」


 まずは機動力を削ぐ。そのための尾びれ狙い。完全に死角からの一撃はクリティカルヒットとなり、尾びれを一撃で斬り落とす。クロは大きく身体をうねらせながらジタバタともがいた。

 偽神と融合した怪魚クロ。だけど、もはやただの大きなマグロにしか見えない。これなら社長室で出会った時の方が何倍も厄介だった。理性を引き換えにしてでも力を求めた結果がコレか。

 びちびちと摩天楼ヒルズの上空で跳ね回るクロを見て、なんとも形容しがたい想いが湧き上がる。


「せめて綺麗な三枚おろしにしてやるか」


 それが俺にできる最後の手向たむけだ。とはいえ、ヤツとの別れを惜しむ気持ちはさらさら無いけどな。










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シルバーキー式人間大砲。

見た目はドンキーコングがタル大砲で飛んでいくような感じ。

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