第115話 隣は何をする人ぞ
▼セオリー
紫の炎に包まれた札が俺へと飛来する。おそらく炎上ダメージを受けるだろうことは想像に難くない。両腕を拘束されている現状を考えると最悪の場合は死も予想できる。
しかし、コヨミが札を投擲した瞬間、エイプリルも行動を始めていた。
「『瞬影術・影跳び』」
忍術の発動と共に、エイプリルの身体が影へ溶け込む。その直後に俺を庇うようにして両腕を広げたエイプリルが出現した。
札はエイプリルの胸部へ吸い込まれるように直撃する。そして、肌に触れた瞬間、紫色に燃える炎がエイプリルの身体を包み込んだ。
「エイプリルッ!」
俺が名を呼ぶのとエイプリルの悲痛な叫びが重なる。そして、その光景を見たコヨミの方も目を丸くしていた。お前、自分でやっておいて驚いてんじゃねぇよ!
そんなツッコミをしている余裕もない。俺は即座にコヨミへ大声で説明する。
「エイプリルはNPCなんだ! 早く火を消してくれ!」
「は、はいはーい!」
俺の強い言葉を受けて、慌てたコヨミはエイプリルの胸に手を当てるとすぐに貼り付いていた札を剥がした。すると、さっきまで全身を覆っていた炎は嘘のように消えてしまった。エイプリルの身体にも火傷のような外傷は見当たらない。今の炎は幻影だったのだろうか?
何はともあれ、傷が無いようで一安心だ。しかし、それとこれとは別問題である。俺はキッとコヨミを睨み付けた。
「おい、どういうことか説明してくれるんだろうな」
俺の詰問するような口調に、コヨミはしどろもどろになりながら目を泳がせる。
「いや、まさかNPCが身を挺してまで庇うとは思わなくて……」
「それ以前の問題だよ。急に身動き取れなくして攻撃してくるなんて、どんな理由でも許されないだろう」
「それは……、……うぅ、ごめんなさい。セオリーくんがすでにツールボックスに成り代わられてる可能性もあると思ったから捕縛尋問で確認しようとしたの」
こっわ……。え、もしかして、今の普通に俺を殺しにかかってたのか。捕縛尋問は拘束状態にした対象を倒すことで対象の情報が書かれた電子巻物をドロップさせて情報を得る手法だ。たしかに確実な情報を得る手段ではあるのだけど……。
「俺がプレイヤーだとはいえ、さすがにノータイムで殺しにかかってくるのはバッドマナーじゃないか」
「もちろん、NPCだと分かったらすぐに攻撃中止するつもりだったよ」
慌ててそう取り繕うコヨミに俺は疑問を覚える。
「なんで攻撃をしたら俺がNPCかプレイヤーか分かるんだ?」
「それは簡単だよ。本当にNPCだったら死を目前にしたら、もっと切羽詰まった状態になるはずだから。その点ではセオリー君がプレイヤーっていうのは本当みたいだね。死を目前にして動揺が全然見られなかったし」
死んだら終わりのNPCとリスポーンできるプレイヤーの死に対する認識の違いを突いた見分け方というわけか。そして、俺は死を目前にしても普通にしてたからプレイヤーである、と。
いや、どうだろう。その見分け方には欠陥がある気もするけどなぁ。それに、そもそもの話として、もっと手軽な手段がある。
「それならフレンド申請すれば良くないか?」
そうなのである。わざわざ相手との仲に亀裂を走らせるような方法を取らずとも、フレンド申請はプレイヤー間でしか行えなかったはず。それを試せばプレイヤーかどうかは分かるのだ。
これは逆嶋の街でコタローがエイプリルへフレンド申請を送ろうとして失敗したことから得た知識だ。
「……そうなの?」
コヨミは長い沈黙の後、上目遣いで俺へと伺いを立てるように尋ねてきた。
「あぁ、フレンド申請というかフレンド機能はプレイヤー同士でしか有効じゃない」
コヨミは俺を見た後、ゆっくりと顔を動かす。その視線の先には炎によって苦しんだ余波によるものか、肩で息をするエイプリルがいた。
それを目にした直後、素早い動きで畳の床に
「ごめんなさい!」
それは土下座だった。まごうことなき土下座だ。そんなコヨミの様子を、エイプリルも毒気が抜かれたような表情で見つめる。
それからすぐにコヨミは緑色の炎に包まれた札をエイプリルへ貼り付けた。それは傷を治癒する力があるのだという。全身を緑色の炎が包み込むとエイプリルの顔色がいくらか良くなった。
エイプリルの体調が回復してから、コヨミは再度俺とエイプリルに謝罪を繰り返した。
「フレンド機能を使って見分ける方法があるなんて全然知らなかった。本当にごめんなさい」
「次からはちゃんと事前に説明してくれ。今のだって場合によっては命を落としていたかもしれないだろう」
「はい、分かりましたぁ……」
万が一、エイプリルが命を落とすようなことになれば、俺も心の奥に潜む般若の面が表に出ていたかもしれない。いや、少しばかり般若の顔が覗いていたのか。俺に睨まれたコヨミはずいぶんとしょんぼりした表情で返事していた。
この一件でコヨミに対して分かったことがある。
企業連合会の会合では強気な様子を見せていたけれど、実際には意外と打たれ弱い。自分に非がある場合の対応が相手にされるがままな感じだ。
もしも彼女が悪い人物に弱みを握られたりした場合、なすすべもなく傀儡にされそうな危うさを感じてしまう。いや、さすがにそれは想像を飛躍させ過ぎか。
とりあえず、この件は置いといて話を先に進めよう。
ついでにフレンド申請をコヨミに送って、正式にお互いがプレイヤーであることを確認し合った。その際に、「わあ、初フレンドだー」とコヨミが言っていたのは
というか、シュガーしかり頭領はソロプレイヤーが多いのか? よく考えればイリスも無所属で単独行動してそうなイメージがある。
普通はパーティープレイの方がクエストを回す効率が良いと思うけど、もしかしたらソロプレイの方が経験値の効率が良くなるマスクデータがあったりするのかもしれない。
「さて、俺がプレイヤーだってことは分かっただろう。それでどうやってツールボックスをおびき寄せるんだ?」
ひとまず、フレンド登録も無事に終わったので、コヨミに話の続きを促した。
「とりあえず、八百万カンパニー所属のプレイヤー、NPCを全員集めようと思うんだ。それでセオリーくんのことを大々的に伝えるの。今起きている事件を調べるために協力してくれる企業連合会の会長さんです、ってね」
「ほうほう、俺が顔見せをすることで、潜り込んでいるツールボックスのメンバーにあえて情報を流すってわけか」
そこまで考えて、引っ掛かりを覚えた。
殺された神様だってユニークNPCであることに違いはない。そして、コヨミは殺された神様と交信できたからこそツールボックスが犯行に及んだと知ることができた。
しかし、ツールボックスの暗殺者は殺した相手に成り代わるという。それならば、殺されたはずなのに普段通り行動している神様NPCがいれば、その人物こそ成り代わっている暗殺者なのではないだろうか。
コヨミにそのことを尋ねると、彼女は首を振って否定した。
「いいえ、神様に関しては姿を模して成り代わるってことをしてないみたい。そもそも、あたしの姿になるだけだから殺さずに潜り込まれても分からないし……」
あぁ、そうか。生み出した神様とは情報を共有し合っているわけじゃないんだった。
つまり、今街中を暗殺者がコヨミの姿に変装して歩いていたとしても、周囲の人は何も疑問に思わず、神様がいるな、と思いながら素通りするだけという訳だ。……自律行動し過ぎる影分身も考え物だな。
「だったら、どうしてツールボックスは神様のユニークNPCを殺したんだろうな。別に殺さなくても変装して潜り込むこともできたのに」
「あたしの忍術がどれくらい情報を共有し合っているのか分からなかったからじゃないかな。あたしと神様の繋がりの強さが分からない内はリスクの高い行動を取れなかったんだと思う」
なるほど、コヨミと神様の間にどれだけの情報共有システムが構築されているのか分からないから下手に成り代わったり変装したりすることで逆に見つかるリスクを回避したわけだ。
「……うーん、でもそれなら、なおさら神様を暗殺するなんていうリスクの大きい行動を犯すか? おかげでツールボックスは自身の正体を俺たちに掴まれてるわけだし」
「あたしが神様と交信できることを知らなかったんじゃない? あたしも大っぴらに公表してる情報じゃないしね」
ふむ、神様との交信は公にはされていない情報なのか。しかし、コヨミと神様の繋がりを考えて安易に潜り込むリスクを回避できる暗殺集団が、一番大事な暗殺という場面になって急に考え無しに動くだろうか。
いや、それならもっと早くにシャドウハウンドやその他の組織が尻尾を掴んでいるはずだ。今までどの組織も現行犯で尻尾を掴めていない暗殺集団が、そんな甘いヘマをするとは思えない。未知の相手には過小評価するよりも過大評価して臨んだ方が良い。彼らの行動には何か裏がある。
「今は情報が少なすぎるな。やっぱり、俺自身を餌にして囮捜査するしかないか」
結局はそこに落ち着くわけだ。
ツールボックスが何を狙って八百万カンパニーを攻撃しているのか。そして、神様を殺した理由は何なのか。それらはきっと調べていく内に明らかとなっていくだろう。
ひとまず、コヨミが八百万カンパニーに所属するプレイヤーやユニークNPCに招集をかけて、コーポのメンバーが集まるのを待つとしよう。
明日も大学があるわけだし、区切りも良さそうだ。
俺はコヨミへ次にログインできる時間帯を伝えてログアウトしたのだった。
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