第120話 友達百人できるかな

▼セオリー


 結局、VR適応を検査した後、電脳ゲーム研究会のサークル活動は一旦お開きになった。神楽は明日の活動までに前会長である浜宮先輩と連絡を取ると言っていた。俺にできるのはそれを大人しく待つことくらいだ。


 それからARグラスを装着して生活するのは、大学から家に帰って夕飯を食べるまでの二時間程度を費やした。あとの四時間は明日の大学で講義やオリエンテーションを受けながら経過させようと思う。



 というわけで、再びログインした俺は八百万神社群で最大の神社である日輪光天宮に降り立った。

 特にコヨミと待ち合わせなどしているわけではないけれど、フレンド欄を見ればログインしているかどうかが分かる。電子巻物を呼び出すとフレンドのタブを選び、フレンド一覧を表示させる。


「コヨミはまだログインしてないか」


 フレンド一覧を見るに、コヨミの名前は灰色で表示されている。これはログインしていないということだ。


 ついでに目をスライドさせて他のフレンドのログイン状況を見てみる。

 ふむふむ、コタローとハイト、イリスにホタルがログインしているみたいだ。


 ちなみに、俺が観測する限りではイリスは常にログイン状態だ。一体どれだけ長時間プレイしているのか。それとも俺とプレイしている時間が丸被りしているのか。真相は闇の中である。


 コタローはわりと忙しいようで一日に一時間程度ログインしていれば長い方といったプレイ時間だ。俺がプレイしている最中にログインしてログアウトするところまで観測できている。今にして思えば俺よりもプレイ時間が長そうなコタローが中忍頭で停滞していた理由は一日にプレイできる時間に制限があるからなのかもしれない。


 ハイトはプレイ時間に波がある。長い時は一日中と言って良いほどログインし続けていることもあれば、急に一週間くらい音沙汰無しのこともある。やる気にむらっけがあるタイプなのかもしれないな。


 ホタルは大体毎日決まった時間にログインしている。基本的には芝村組の活動を最優先でしているらしい。本来は下部組織となった芝村組のことも俺が面倒を見る必要があると思うんだけど、八百万カンパニーのコヨミに呼び出されてしまっている為、ホタルが代わりに暗黒アンダー都市の方を纏めてくれている。

 正直、不知見組のメンバーはどいつもこいつも好き勝手に動く者ばかりだ。かくいう俺自身が組長なのに関東サーバーを南に行ったり、北に行ったりと方々に放浪している。

 そんな中でクラン運営の方を中心にフォローしてくれているホタルには頭が上がらない。ホタル様様である。



 あとのフレンドは皆ログアウト中のようで、名前の表記が灰色の文字で書かれていた。

 これにはアマミ、タイド、シュガー、リリカ、ゲンが該当する。


 シュガーは三月の途中辺りからトンとログインしていない。

 現実世界で連絡を取り合おうと思えばいつでも取れるけれど、こっちもこっちで大学の準備や一人暮らし、入学とてんやわんやしていて連絡を取れていなかった。

 あいつは実家の米屋を継ぐということで、だいぶ忙しくしているらしい。そりゃあ、一から覚えることも多いだろうし、体力も使うと聞いている。仕事に慣れてくるまでは疲れ果ててゲームをする暇もないのかもしれないな。


「フレンド機能って便利だよね。私にも欲しいなぁ」


 いつの間にか隣から電子巻物を覗き込んでいたエイプリルがモノ欲しそうに呟く。

 NPCにはフレンド機能が適用されない。そのため、エイプリルからすると俺たちプレイヤーだけが使える機能が羨ましいようだ。

 一応、ユニークNPCになると、ステータスなどを含めたメニュー画面の役割を持つ電子巻物を表示させることはできるみたいだけれど、その機能はプレイヤーと比べると十全とは言い難い。


「たしかにプレイヤーのログイン状況が知れないってのは地味に不便だよな」


「まあ、セオリーがログインした時はどこにいても分かるけどね」


「ほうほう、そうなのか」


「そうなのだー」


 どうやら、そうらしい。これは称号の腹心によるものなのかな。だとしたら、逆嶋バイオウェアのアリスも腹心だから俺のログイン状況が分かるのかもしれない。今度聞いてみよう。




 エイプリルとフレンド機能についてわちゃわちゃと話している内に、フレンド一覧に表示されていたコヨミの名前が白く発光した。どうやらログインしたようだ。

 さらに少し待つと、コヨミからフレンドチャットが送られてくる。


「日輪光天宮の本殿に来い、か。そこに皆いるのかな」


 昨日、コヨミと話したことを思い出す。八百万カンパニーのユニークNPCが狙われているという件で、俺が解決に乗り出す体で囮捜査をするみたいな話だった。

 そのために、まずは俺がやって来たことを広く周知させる必要がある。コヨミは八百万カンパニーに所属するプレイヤーとNPCを集めて、現状起きていることを共有するための報告会を開くようだ。


 俺がログインした場所は神社の中にある社務所付近だ。本殿までは歩いて数分もせずに着いた。畳敷きの本殿にはすでに多くの人が集まり、いくつかのグループに分かれて雑談している。

 その中でも目を引くのは十数人のコヨミが寄り集まっているグループだろうか。同じ顔をしたキャラクターが密集している様はまるでバグか何かが起きているのかと思ってしまう。おそらくは神降ろしの巫女であるコヨミが生み出した神様たちであろう。


 本殿の奥、中心には本物と思われるコヨミが立っていた。俺が見つけるのと同時にコヨミの方も俺を見つけたようで、招くように手を振ってきた。


「凄い数だな」


 コヨミと合流して開口一番、俺はそう感想を漏らした。


「そう? でも、巨大コーポならこのくらいが普通だよ」


 そう言われて神社の本殿を見回してみるけれど、軽く見積もっても二、三百人を超えていると思われる。さすがに関東サーバーの北部一帯を占める八百万神社群で、一番の勢力を誇る八百万カンパニーなだけはある、といった所だろうか。


「俺のクランなんて総勢四人しか居ないぞ」


 一応、関東の中央に位置する暗黒アンダー都市の元締め張らせてもらってます。でも、所属クランは総勢四名です。点呼したら1・2・3で終わりだ。


「セオリーくんってヤクザクランだっけ。暗黒アンダー都市ってことは甲刃連合の傘下でしょう。それならウチの八百万カンパニーと比べる対象は甲刃連合の方だよ」


 そもそも一クランと比べること自体がおこがましかったようだ。

 そういえば、甲刃連合と不知見組はどちらも同じヤクザクランという括りだけど、立場的には甲刃連合の下に不知見組が内包されている形になるんだよな。


「気になってたんだけど、ヤクザクランなんかだと例えば甲刃連合の下に〇〇組みたいな下部クランがある場合もあるけど、コーポクランにはそういうことはないのか?」


「んー、コーポ毎に色々あるけど、コーポの場合は大体が部署や課で分けられてることが多いかな。一般NPCは営業部署や広報部署みたいな普通の部署に割り振られて、プレイヤーみたいな忍者とかは武闘派の部署に配属されたりするね」


 ほうほう、シャドウハウンドの監視者・追跡者・討伐者という役割ロール分けに近いものだろうか。


「ほー、なるほどな。じゃあ、今この場にいるのは武闘派の部署のメンバーだけとか?」


「いや、今回は誰が狙われるか分からないからなるべく全部署を呼んだよ」


「そうだったのか。じゃあ、隣の人は?」


 俺はコヨミの隣に立っている女性へと目を向ける。コヨミと俺が会話をしている間、全く口を開かず、警戒するように俺を見ていた。


「彼女はタカノメちゃん。あたしが応援で呼んだんだ」


 タカノメと呼ばれた女性はコヨミの紹介に合わせてこくりと軽く頭を下げた。


「俺はセオリー、よろしくな」


 俺は挨拶をして会釈する。エイプリルも同じくタカノメへ挨拶をした。しかし、タカノメは変わらず頭を下げて返すだけで、ついぞ声での返答は無かった。


「ごめんね、タカノメちゃんは喋るの苦手なんだ」


「あぁ、そうなのか。それは構わないけど、頭領のコヨミが応援に呼ぶくらいだし、実力は期待していいのか?」


「そうだね。実力は折り紙付きだよ。それに、あたしとタカノメちゃんはリアルでも交流があるんだ。だからある意味で一番信頼できる味方と言えるかもね」


「なるほど、そういうことか。それなら安心して背中を預けられるな」


 言ってしまえば俺とシュガーの関係性みたいなものだろう。俺とシュガーもリアルでの交流があるからこそ、ゲーム内でも完全に信頼し切っている。

 メタ的な話になるのだけれど、関係がゲーム内だけで完結せず、現実世界でも情報共有ができるというのは非常に大きな強みなのだ。



 さて、挨拶もそこそこに役者が揃ったところで今回のメインを始めることになった。

 コヨミは本殿の中央で手を叩く。柏手かしわでというヤツだ。その柏手の音は、大きな音という訳でもないのに神社内を通り抜けていった。そして、不思議といつまでも耳に残った。

 本殿に居た人々も同じ感覚になったのか、プレイヤーやNPCたちも一人残らずコヨミへと注目する。

 コヨミは面々へと視線を走らせ、注目が十分に集まったことを確認すると口を開いた。


「さあ、これより八百万カンパニー連続殺神事件の情報共有を始めるよ!」

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