第220話 筆舌に尽くしがたき
▼セオリー
大きく開かれたイクチの口の中へと飛び込む。六畳一間のワンルームくらいの広さはありそうだ。とはいえ、ぎらりと生える鋭い牙を見れば、とてもここに住もうと思う者はいないだろう。
俺たちが口の中へ入ったことを察知したのか、イクチはすぐに口を閉じようとしてきた。天井が勢いよく落ちてくる、もしくは床がせり上がっていると表現すべきか。いや、その両方か。
舌先に刺さっている雷霆咬牙を手にしようと思ったけれど、口が完全に閉じ切る方が早い。エイプリルと顔を見合わせ、アイコンタクトで『影吞み』の中へ隠れてやり過ごすことを伝える。しかし、そこに背後から待ったがかけられた。
「
エイプリルが『影呑み』を唱えようとする直前だった。背後からアリスの鋭い声が飛んだのである。後ろを
筋力で口が閉じないように支えている? そんな馬鹿な、と思ってよく見ればアリスの手足とイクチの上顎・下顎の間には不自然な空間があった。そこでピンとくる。反射で顎が閉じないように跳ね返してるのか。
「助かった、アリス!」
礼を言いつつ、イクチの舌へ接近する。あとは舌先に刺さった雷霆咬牙を抜き取るだけだ。とは言うものの、舌は口の中でチロチロと動き、逃げ回る。俺が近寄ると嘲笑うかのように口の奥へと引っ込んでしまうのだ。
「くっそー、ちょこまかと」
「協力して追い込みましょう」
前と後ろから俺とエイプリルが挟み込むように舌を追い込む。俺が動くとそれを避けるように口の奥へ引っ込もうとする。そこをすかさずエイプリルが抱き着くようにして捕まえた。
「やった……って、きゃあっ」
捕まえたまでは良かったけれど、エイプリルは軽く投げ飛ばされてしまう。巨大な竜神と化したイクチである。舌一つとっても俺たちより筋力ステータスが上なのだ。まずいな、本当にアレから引っこ抜けるのか?
アリスだっていつまでもイクチの顎を支えていられるわけじゃない。できるかぎり素早く舌を確保して雷霆咬牙を引き抜きたい。しかし、抑え付けないことには引き抜くどころの話じゃないだろう。
頭を悩ましていると、舌へ向かって四方八方から糸が射出されるのが見えた。気付けば何匹もの蜘蛛が口内へ侵入して蜘蛛糸を舌へ向けて伸ばしていた。
「あの舌を動かせなくしてしまえば良いんですよね?」
「アーティ!」
アリスが支える顎の脇を通ってアーティ率いる蜘蛛軍団がイクチの口腔内へ入り込んでいたのである。
「つうかさ、結局腹心全員がイクチの口の中で集合しちゃってるじゃん……」
「そんなこと置いといて、さっさと咬牙を引き抜いちゃおう」
俺の苦言はエイプリルの一言でポイと置いとかれてしまった。やはり、腹心たちの間で俺の発言は影響力皆無なのでは……?
ちょっと『
「よーし、サクッと抜いてやる」
糸でがんじがらめにされた舌はビクッビクッと痙攣している。蜘蛛たちがオーエスと綱引きしてくれているおかげで動けないようだけれど、これが無ければ暴れ散らかしていることだろう。
舌先に到達し、雷霆咬牙を見やる。ものの見事にグサリと突き刺さっている。遠目で見た時も思ったけど、舌に剣が刺さってるの滅茶苦茶痛そうだなぁというのが真っ先に思った感想だ。
「もしかして、これが痛くて暴れてたとかじゃないよな」
恐る恐る
瞬間、雷霆咬牙が光を放ち、周囲を染めてゆく。続いて光と呼応するように舌の動きが激しくなった。暴れっぷりが尋常じゃない。蜘蛛たちの助力があっても動きが大きくなり始めている。危うく柄から手が離れそうだ。
「ここまできて手放すかってんだよ、『不殺術・仮死縫い』」
雷霆咬牙の光を包み込むようにして黒いオーラがまとわり付いた。すでに舌に刺さっていたためか、即座に舌へも『仮死縫い』の効果が発揮され、びくびくと痙攣するように暴れていた舌が大人しくなる。
しかし、足元の揺らぎは未だに止まる気配がない。というか、もしかしなくてもイクチ自身が身体をのた打ち回らせて暴れているみたいだ。
「みんな、私の影に入って!」
エイプリルの声が聞こえる。いつの間にかアリスが俺の下まで駆け寄っており、腰に腕を回され、強引に引き寄せられた。腹部にぐいんと圧力がかかる。ぐぇ、食後だったら戻してるぞ。とはいえ、雷霆咬牙は絶対に離さない。『仮死縫い』が付与され力なくダラリと垂れた舌から雷霆咬牙はずるりと引き抜かれた。そして、そのままアリスに引っ張られるままエイプリルの影の中へと飛び込んだのだった。
イクチの口が完全に閉じ、世界が闇に包まれる。それから嫌な浮遊感。
直後、少しくぐもった感じのザパンという水飛沫の上がる音が外から聞こえた。イクチの閉じた口腔内で、さらに影の中にいるものだから周囲の様子が全然分からない。それでも一つ予想が立てられる。
「イクチが海面に叩きつけられたのか?」
「そんな感じの音だったね」
これだけ近くで水飛沫の音がしたのだ。頭部が海面に叩きつけられたのでなければ到底聞こえるはずがないだろう。エイプリルは俺の予想に同意した。それからアリスも思案してから口を開く。
「雷霆咬牙が引き抜かれたことで『神縫い』の影響がイクチから失われたのではないでしょうか」
「なるほど、そうかも」
イクチは『
雲にも届くような巨体を支えていたのは尻尾の力だけではないだろう。何か身体を浮かせるような、それこそ竜神のような力を振るっていたのかもしれない。それが雷霆咬牙を引き抜かれたのと同時に失われたのであれば、海面に叩きつけられてしまったのも頷ける。
そんな考察をしていると、目の前にお馴染みの青白い電子巻物が表示された。
『ユニーククエスト「
「おぉ、クエストクリアの表示だ」
「やった、これで終わったんだね」
イクチに食べられた状態のままクエストクリアとはなんとも格好のつかない結末だけれど、要はクリアすれば良いのだ。勝てば官軍である。
エイプリルがハイタッチを求めてきたので答える。さらにアリス、アーティとハイタッチでクリアの喜びを分かち合った。はっは、周囲で蜘蛛たちが万歳三唱しているさまは微笑ましいな、絵面は置いとくとして。
電子巻物はさらに下に続きがあった。どうせ、雷霆咬牙を正式にゲットしたとか、そういうようなことが書いてあるんだろうと思っていたけれど、ハイタッチの後でスクロールしてみると思いがけない文面が書かれていた。
報酬:神域忍具『雷霆咬牙』
称号『神縫いの正統後継者』
「神域、忍具……?」
俺が疑問の言葉を口にした後、すぐに世界が暗転していった。イクチの口の中とか、影の中とは全く違う。意識がシャットダウンされ、世界と切り離されたような暗転。すなわち、場面転換が行われたのだ。
「へっへ、ようやっと帰ってきやがったか」
「……うぅ、……エニシ?」
気付けば浜辺に立っていた。さっきまでいた雷雲たち込める荒れた浜辺ではない。暖かな陽気が差し込む晴天の浜辺だ。その景色に安心感が湧き、同時にドッと疲労感が襲い掛かってきた。
「待ちくたびれたぜ。だが、上手くいったようだな」
エニシの言葉を聞きつつ、砂浜に尻餅をつくように座り込む。そこで初めて右手が視界に入った。包帯でぐるぐる巻きにした手からは血が滴り落ち、それでもなお雷霆咬牙を離すまいと握り締めている。
腕を上げ、雷霆咬牙を顔の前に掲げた。今はもう
「あぁ、とんだじゃじゃ馬だったぜ」
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