第245話 詰めの算段

▼セオリー


 最後の一撃をミユキとゴドーに託し、俺はルシフォリオンの残り体力を少しでも削っておこうと考えた。

 実際問題としてルシフォリオンの体力はまだ残り25%ほどある。超圧爆縮弾の一撃でそれを全て消し飛ばすことは不可能だろう。


 アカバネの解析によれば最初の超圧爆縮弾はルシフォリオンの体力を12%ほど削っていたらしい。つまり、単純計算で13%は別の手段で削らなければいけないわけだ。

 さて、俺のダメージソースは神性特攻を持つ『雷霆らいてい術・稲妻』である。この攻撃はルシフォリオンの体力をおよそ0.5%削ることができるらしい。ちなみにクリティカルヒットなら1%だ。

 途方もない数字に感じるけれど、見方を変えれば俺一人でも200発の『稲妻』を食らわせれば倒せるのだから神性特攻の破格っぷりがよく分かる。まあ、一人だったらそんなに気力が続かないのだけども……。


 また、攻撃がクリティカルヒットになる弱点部位は心臓部にあるコアだというところまでは分かった。しかし、そこまで到達する攻撃はそうそうない。

 運良く、というか狙ってこの性能なのかは分からないけど、『稲妻』は物理耐性を貫通してダメージを与えるので角度さえ良ければクリティカルヒットになるらしい。……けど、詳細な位置は結局よく分からない。


 となると、必要なのはとにかく手数だ。クリティカルヒットは諦めて、単純計算で26回稲妻をぶち込む。そうすれば下ごしらえ完了だ。手持ちの気力回復薬をがぶ飲みすればギリギリなんとかなる。


「というわけで、こっから俺はひたすら『稲妻』をぶち込むだけのマシーンになる……」


「防御は任せた、ってことね!」


 コヨミがウィンクで返す。一息吐く間に気力も回復させたようだ。それからサンガとナナリンもサブ防御として付いている。この三人が俺を護ってくれるなら安心して命を預けられる。


「さあ、最後の花火までの前座だ。威勢よくぶちかまそう!」


 雷霆咬牙をルシフォリオンの鼻先に突きつける。スヤスヤお眠の有翼獅子を跳び起きさせてやろうじゃないか。





 ……これで何発目の『稲妻』だ?

 意気揚々とルシフォリオンの鼻っ面に攻撃を叩き込んだ後、最後の攻防が始まった。眠れる獅子を叩き起こしたのだ。そりゃあ、カンカンになって攻撃もしてくる。

 そんな中、俺は防御とか回避とかいう雑念を全てかなぐり捨てて、ひたすらに『稲妻』を繰り返した。肝はコヨミの『浄界』だ。つまりはコヨミの気力が切れる前に打てる限りの全弾を叩き込む。


「今ので20発目が入りましたな」


「数えるのサンキュー!」


 サンガが後ろから直撃した『稲妻』の回数をカウントしてくれている。残り6発、ドンドンいこう!

 そう思った矢先だ。ルシフォリオンは突如、空高く羽ばたいた。そして、遥か上空で静止する。困ったな、射程範囲内か分からない。しかし、ここで無駄に気力も消費したくない。


「行動パターンが変わったのかな?」


「……稲妻20発で残体力15%か。変則的だけど区切りとして有り得なくはないな」


 コヨミの疑問を受けて、考えられることを話す。

 嫌な区切りだと思う。この分だと残り体力5%でも行動が変わりそうだ。やはり超圧爆縮弾で一気に削り切るのが正解かもしれない。

 とはいえ、それには後6発攻撃を入れる必要がある。これからルシフォリオンが取る行動によってはそれすらも難しそうだ。


 次にルシフォリオンが繰り出してくる攻撃がなんなのか。固唾を飲んで見守っていると、上空に静止したルシフォリオンはあろうことか火炎弾を地上へ放ち始めた。

 火炎弾は小さめ、とはいえ人ひとりを軽く覆い隠せる大きさ、をしており、それが雨のように降り注ぐ。


「おいおい、ちょっと待て? なんでそっちに向けて撃つんだよ!」


 ヘイトは変わらず俺が取っている。取っていたはずだ。

 ならどうして、と思わずにはいられない。


 ルシフォリオンの小型火炎弾の雨はアカバネ率いる鱗粉対処部隊の方へ降り注いでいた。プレイヤーたちが逃走し始めるざわめきを感じ取れる。しかし、火炎弾は一発の小さくなった分、広範囲攻撃になっている。

 さらにダメ押しとばかりに空中に舞っていた鱗粉にも誘爆していた。たちまち地上を焼け野原にしていく。火の広がりが目に見えて木々を燃やし尽くし、あっという間に山の輪郭を露わにさせる。


 俺は電子巻物を出現させるとクラン詳細のタブを開き、関東クラン連合のログメッセージを確認した。一瞬で赤文字のプレイヤー死亡ログが一面に流れる。なおもリアルタイムで最新の死亡ログが更新され続ける。


 これ、ヤバくないか?

 途端、脳裏に浮かぶ“全滅”の二文字。今の一撃で局所的に鱗粉が晴れたけれど、すぐさま周囲から新しい鱗粉が流れ込み、再び南西を目指し広がり始める。

 このままルシフォリオンを追い詰めて良いのか。これだけの鱗粉を使わず仕舞いってことはないだろう。先の一撃でも鱗粉は攻撃にバフを掛けているようだった。


 一旦、プレイヤーたちのリスポーンを待って、関東クラン連合を立て直してから最後の詰めを再開するのも手じゃないか。その間、俺は回避に徹すれば良いだけだ。


(……セオリーさ、ん)


(その声はアカバネか!)


(被害報告です。現状、およそ半数のプレイヤーが離脱しました)


(半分やられたのか、今の一撃で……。なら、そっちの立て直しを優先すべきだ。それまで何とか俺が持ちこたえればいい)


(いえ、そう悠長に構えてもいられないようです)


 アカバネの声を聞き、俺は空のルシフォリオンを見た。排熱をしているのか、身体から白い煙を吐き出している。しかし、地上へ降りて来る様子は見られない。それどころか、いまだに視線はアカバネたちがいる山間やまあいを見ているように思える。


(どうやらヘイト対象が切り替わってしまったようです)


(そんな、そしたら誰に移ったんだ?)


 考えられるのは与えたダメージの多い俺か、次点でゴトーくらいのはずだ。


(推測ですが、例えば人数密集率を見ているのではないでしょうか)


(はぁ? なんだそれ)


 思わず声を荒げてしまった。

 じゃあ、なんだ。あのクソ獅子は人が多いところを狙ってやってるというのか。


(もしくは一定範囲内の人数が与えたダメージ量を比べているのか。どちらにせよ、人数が多い場所に次の攻撃も飛んできそうです)


(……分かった。なら俺のすべきことは単純だ。あの傲り高ぶった獅子を地に落とす)


(そうして頂けますと幸いですね。セオリーさん、どうか幸運を)


 アカバネからの通信が切れた。あちらはあちらで対処を取るだろう。それは信じるしかない。だから、俺は俺のできることをする。


「コヨミかサンガに聞きたい。空中に足場として結界を張れるか?」


「うーん、たぶんできると思うけど自信はないかも」


「あっしなら問題ありやせんぜ」


「それならサンガ、頼む。これから俺はルシフォリオンを地上へ叩き落としに行く。ただ一回じゃ届かないから何度か空中で足場が欲しい」


「それは構いやせんが、大将とあっしの二人をどうやって空まで?」


「それはまあ、投げ飛ばしというか」


「ほぉ?」


 サンガの疑問顔をよそに俺はライギュウを召喚する。

 方法は至ってシンプル。ライギュウにぶん投げてもらう、以上だ。


「というわけで頼むぞ」


「肉盾の次は砲台代わりかぁ?」


 不満たらたらの様子だけれど、ライギュウは俺とサンガを両手で掴んだ。


「こいつぁ、マジですかい!?」


 サンガが嫌そうな声を上げる。それに対し、コヨミとナナリンは笑顔で手を振っていた。もしかしたら内心で安堵してるのかもしれない。いやいや、意外とアトラクションみたいで楽しいんだけどな。実際に体験してみないと分からないのかもしれない。

 というわけで有無を言わさず、ぶん投げアトラクションスタートだ。

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