第97話 勝った

▼セオリー


 ルシスが退場した後、シュガーミッドナイトは俺の後ろへと移動した。その間、周りの者たちは不思議なものを見るような目をしていた。

 お飾りとはいえ会長であるルシスが退場させられ、ルシスの護衛だったはずの男は新参の元締めである俺の背後にいる。何の説明も受けていない彼らからすればまさに寝耳に水の状況だ。


 ルシスは企業連合会の会長ではあるけれど、他のコーポクランの代表たちのように後ろ盾を持っていなかった。そのため、護衛にはフリーの忍者を使うのだという。

 シュガーはそこを突いて護衛役として潜り込んだのだ。関西サーバーからサーバー移動してきたばかりのため、シュガーは関東サーバーにおいて知名度が低い。だが、ランクで言えば頭領という最高ランクだ。

 ルシスは本来なら手を組むはずだったライギュウの代わりとして、シュガーに飛びついたのだ。その飛びついた餌が、まさか新参元締めのパーティーメンバーとは思いもしなかっただろう。


「さて、こうなると会長が居なくなって連合会の運営にも支障をきたすよな。そこで俺に一つ提案がある」


 まだ、混乱が収まりきらない内に、俺は畳みかけるように次の話を始める。


「企業連合会の会長に俺が就こう。これで欠けた役職も元通りだ。反対があれば言ってくれ。賛成であればそのまま座っていてくれて構わない」


 それから五秒待つ。面々を見回すと、目の前で起きた出来事を咀嚼している様子で混乱はまだ継続しているようだ。俺は頷いて、手を叩く。


「では、俺が会長を引き継ごう。というわけで、議題を用意したので話を聞いてもらいたい」


「待てい!」


 俺が話を続ける前に遮られてしまった。

 声の主はシャドウハウンド隊長のルドーだ。肩をぷるぷると振るわせて拳を握りしめている。


「なんだ、これは。何かの茶番か?」


「茶番じゃあない。ルシスの画策していたことは本当だ。だから、彼を追放した」


「ふざけるな。ヤツが裏でコソコソと動き回っていたことなど、こちらでも把握している。そんなことで優位に立ったつもりか。誰が貴様を会長になど認めるか」


 ルドーは怒り心頭と言った様子で声を荒げて俺を睨み付ける。


「ほう、では何故ルシスを野放しにしていたんだ?」


「ヤツが何かしたとて、我々は揺るがないからだ」


「それだけの自信が有るなら、俺程度の小物が会長に就いたって問題ないでしょう」


「企業連合会の会長はコーポをまとめる役割だ。それを一介のヤクザクランの長に任せるわけがなかろう」


「おいおい、待てよ。反対しているのはアンタだけだぜ。他の甲刃重工、逆嶋バイオウェア、三神インダストリ、八百万カンパニーの代表は何も言っていない」


 俺の言葉を聞いて、ルドーは怒りを露わにしつつ立ち上がった。

 まあ、気持ちは分かる。俺の言っていることは屁理屈だ。混乱状況を生み出して勢いで会長の座を掻っ攫おうとしている。


「ルドー様、お待ちください。ルシス会長が企業連合会に対して背信行為をしていたことは事実。そして、会長が居ないと円滑な運営ができないのも事実です。彼が会長になることを頭ごなしに否定する必要もないのでは?」


 カザキが俺への助け舟を出す。ルドーという反対派だけだと不公平だからな。カザキという賛成派を場に召喚させてもらおう。


「甲刃重工……。貴様らヤクザクランで結託しているのだろう。何を企んでいる」


「止めて下さいよ、セオリー様とは今日が初対面ですって」


「ふん、白々しい」


 うん、確かに白々しいな。そもそもカザキは喋り方が胡散臭い。それに笑みを絶やさない表情も実に胡散臭い。

 正直、第一印象だけで判断すると、絶対に後から裏切るだろうと思わせる雰囲気を醸し出している。だが、彼も企業連合会に名を連ねるコーポの代表であることには変わりない。

 さて、一対一の構図にはなったわけだが、相手はどうでるかな。


「他の者たちはどうなんだ。こんな小童こわっぱが会長に就くなど前代未聞。却下すべきだろう」


 痺れを切らしたルドーは他の代表者たちへ話を振った。そして、最終的に一番近くにいたパットへ視線を向ける。うん、良い流れだ。


「私はそうは思いませんね。会長にはコーポの息がかかっていない者を選ぶべきです。そういう点で見れば、セオリー君は適任だと思いますよ」


「何をバカなことを……」


 思いがけないパットの賛成寄りな発言にルドーも含め、三神インダストリのカイヨウも驚いた顔を見せる。


「割り込んで悪いが、私は反対だ」


 たまらずと言った様子でカイヨウが割り込んできた。そして、俺とカザキを指差して続ける。


「コーポの息がかかっていない者というなら彼は不適格だ。どう見ても甲刃重工が後ろ盾になっているだろう」


「おやおや、甲刃重工は公明正大で売ってるんですがねぇ」


 カザキの心にも無さそうな発言は無視する。

 暗黒アンダー都市の元締めが甲刃連合の幹部に加わる話は裏社会的には有名なことだ。巨大コーポの代表ともなれば裏社会の事情にもそれなりに精通しているだろう。そうなってくると、甲刃連合のフロント企業である甲刃重工と俺との間にラインが浮かんできても仕方がない。


「別に甲刃重工が後ろ盾になって俺を後押ししている訳じゃないよ」


 一応、俺も反論しておく。

 実際、甲刃重工が俺を後押ししているんじゃない。俺が甲刃重工に後押しさせているんだ。それに、後押しさせているのは甲刃重工だけじゃなく、逆嶋バイオウェアもだ。

 パットが俺の反論を補強するように説明を加える。


「私には彼を信頼できる理由があります。セオリー君はつい一ヶ月前まで逆嶋にいました。そして、逆嶋バイオウェアの危機を救ってくれたのです」


「……逆嶋バイオウェアの危機? あの黄龍会との組織抗争に負けた話か?」


 俺の肩を持とうとするパットに対して、ルドーは不機嫌さを隠しもせず睨みつける。しかし、当のパットはどこ吹く風と言った様子で言葉を続けた。


「いえ、違います。もっと大きな話です。今、関東地方を騒がせているヤクザクラン『パトリオット・シンジケート』の件ですよ」


 その単語が出た瞬間に部屋の中の気温がガクッと下がったように感じた。特に三神インダストリのカイヨウは表情の変化が大きかった。


「パトリオット・シンジケートだとっ?!」


「えぇ、カイヨウ社長も記憶に新しいのではないですか」


 パットはカイヨウへと語り聞かせるように静かな口調で問う。

 俺もカザキよりそんな話を聞いた記憶がある。三神貿易港を牛耳る三神インダストリは貿易に用いる大型輸送船をパトリオット・シンジケートによって三隻も沈められたという話だ。

 それはもう相当な赤字だろうし、パトリオット・シンジケートに対して敏感に反応するのも分かる。


「そ、それで逆嶋バイオウェアにも奴らが手を出してきていたのか?」


「その通りです。とはいえ、表向きは組織抗争の方ばかりが取り沙汰されていますがね」


 どうやら、組織抗争クエストで黄龍会が勝ったというニュースが大きく取り沙汰されていたため、パトリオット・シンジケートによる画策はあまり広まっていないようだ。もちろん、それは大事になる前に収拾させられたからでもある。


「そして、逆嶋においてパトリオット・シンジケートの悪だくみを打破してくれたのが、そこにいるセオリー君なのです」


 パットの説明を聞いて、カイヨウの俺を見る目が変わる。それは本当か、という風に期待と疑惑に満ちた眼だ。彼は未だ半信半疑という感情のままにパットへ質問を続ける。


「しかし、彼はまだ中忍という話だが」


「なんと、逆嶋で問題を解決してくれた時は下忍だったのですよ」


「本当かね?!」


 カイヨウはグルリと首を回して俺の顔を見る。

 若干、興奮気味で鼻息を荒くさせたナイスミドルは少し怖い。でも、平静を維持だ。間違っても小物感が出ないように踏ん張る。これは男の意地だ


「あぁ、本当だ。とはいえ、俺一人の手柄じゃあないけどな。頭領のイリスや現地の仲間が手助けしてくれた結果だよ」


「んなっ、イリスだと? あの頭領のか」


「あぁ、頭領って言ったら選択肢も少ないと思うし、多分そのイリスで合ってるよ」


 カイヨウからすると過去に三神貿易港に現れた大怪蛇イクチという災害を退けた三人の頭領の内の一人だ。ここでまたもや出てきたことに驚きもあるだろう。しかし、彼女が手助けしたという事実は、パトリオット・シンジケートを退けたことへの信ぴょう性に繋がる。

 誰も下忍の俺が一人でパトリオット・シンジケートを撃退したとは思っていないだろう。そのために何をしたのか、俺はどんな役割で働いたのかが知りたいのだ。


「待て、それなら頭領のイリスがほとんど片付けたのだろう。そこの若造がパトリオット・シンジケート相手に何かを成したとは思えんな」


 割り込んできたのはルドーだ。憤慨した様子で俺を指差し、いちゃもんを付けてくる。でも、実際イリスの働きは大きかったから俺は何も言えない。なかなか痛いところを突いてくるな。

 そんなことを思いながら俺が返答に詰まっていると、代わりにパットがルドーのいちゃもんを鼻で笑った。


「何を言っているのです。イリスは手足として動いただけですよ。パトリオット・シンジケートを退けるのに大いに貢献したパーティーをリーダーとして率いたのはセオリー君です。共に行動していた我が社の社員も報告書で彼を称賛しています」


 まさかのここに来てコタローのヨイショが効いてきた。

 成り行きでパーティーリーダーになっただけなのに、まるで精鋭たちを纏め上げ、巨悪に対抗するパーティーを結成させた立役者みたいなことになっている。


「そういえば、シャドウハウンドの隊員もパーティーの一員になっていたとか。報告書で上がってはいないのですか?」


「うっ……。リリカ隊員、どうなんだ?」


 パットの指摘を受け、ルドーは背後に付き従うリリカへと尋ねる。驚いたな、ルドーは逆嶋支部の報告書を読んでいないのか。


「その件でしたら一月ほど前に報告書が上がっております。ワタクシの記憶違いでなければ、今の話は事実ですわ」


「……分かった。もういい、黙れ」


 命令通りに報告したのに随分とぞんざいな受け答えだ。

 リリカは無表情を保ったまま、すごすごと後ろに戻る。なんと大人な対応だろうか。その表情からは何の感情も読み取れない。いったい心の内ではどんな感情が渦巻いているのかは察するほかない。


 それにしても報告書をリリカはしっかり読んでいたことを考えると、コイツだけが随分と適当な仕事をしていたようだ。上層部の腐敗度で言えば、彼が今の所ぶっちぎりでトップだな。


 リリカの報告により、俺の活躍の裏付けも取れてしまった。今度はルドーの方が言葉に詰まる番だ。


「そういう訳ですから、セオリー君が特定のコーポに肩入れするとは考えられないです。それに現在、我々は同じ脅威に晒されています。その相手を一度退けた経験のあるセオリー君を会長に据えるのは悪くない選択だと思うのです」


 パットの言葉を聞いて他の面々は黙った。しばらくの間を開けて、特に反論が出ないと見た俺は全員を見渡してから宣言した。


「では、反論も無くなったようだし、俺が企業連合会の会長にならせてもらう」


 宣言を終えてなお誰からも反論が来ないことを確認する。ルドーなどはまだ納得がいっていない表情をしているが、何も言ってはこない。というわけで無言は肯定と受け取らせてもらおう。


 さて、これで第一段階は成功だ。続けて第二段階に移行しよう。

 パンと手を叩き、注目を集め直す。


「続けて俺から提言がある。俺は企業連合会の正常化を目指す」


 さあ、第二段階だ。

 ここからはいつ戦闘になってもおかしくない。気を引き締めて掛かろうか。

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