第96話 来た、見た、
▼セオリー
「付いて来てくださいませ」
先導するリリカに続いて甲刃重工のビルへ入る。
フロントには前回俺が門前払いを受けた受付の人がいた。今日は大事な客であるとでも伝えられているのか、恭しく礼をして迎え入れてくれる。
ここでもし俺が前回来た時と同じ顔に『変装術』でなったとしたら、どんな顔を見せてくれるだろうか。実際にそんなことはしないけれど少し気になる。突然訪れて会社の中へと消えていった不審者のことは三日経った今でも記憶にあるだろう。きっと面白い顔を見せてくれるはずだ。
(変な気を起こさないでくださいね)
俺がフロントを通った直後、リリカから『念話術』で忠告が飛んでくる。
(なぜ、俺の思考が読めるんだ)
(女の勘ですわ。あと、気の抜けた表情をしてらしたので)
おかしい、リリカは俺の前を先導して歩いているから俺の表情は見れないはずだ。どうして俺がろくでもないことを考えていると分かったのか。まさか、本当に勘だとでもいうのか。
(……あぁ、エレベーターの扉か)
フロントを抜けた奥に一基だけ大きなエレベーターがある。
俺が前回乗ったのはフロントに入ってすぐ横にあるもので、そちらは普通の大きさのエレベーターが三基併設されていた。しかし、フロント奥に設置された方は横幅も広いし、全体的に豪華な装飾が施されている。
そして、エレベーターを待っている間に気付いた。乗降口の扉が鏡のように反射して俺の顔を映していたのだ。
(今居るのはすでに敵地ですのよ。もう少し気を引き締めてかかって下さいな)
(そんなこと言ったって、甲刃重工はこっちの軍門に下ったからなぁ。むしろ、俺たちの方こそホーム側に居ると思って良いと思うぞ)
(ヤクザクランを相手に信用し過ぎるのは危険ですわ。いつ裏切るか分かりません)
(そんなこと言ったら俺のことすら信用できないぜ)
何て言ったって俺はヤクザクラン「不知見組」の組長だぞ。甲刃重工のトップを任されているカザキと肩書に大した違いはない。
(貴方は別ですわ。タイド様からの推薦は、それだけで信用に足るものですから)
なるほど、彼女にとってタイドからの推薦というのは何よりも信用できるものらしい。でも、同じシャドウハウンドの隊員であるエイプリルならともかく、俺の方はそこまでタイドと関わりないんだけどな。
多分、タイドの方もそこまで全幅の信頼を置かれると思って推薦はしてないんじゃないかなぁ。なんとなくだけど、リリカとタイドの間には若干の温度差がある気がする。
「着きましたわ」
そんなことを考えている間に乗り込んだエレベーターは最上階に到着していた。扉が開くと、数日前に見た光景が広がる。
バーカウンターを備え、豪華なソファが並べられた空間は会合を行う場所というよりは仲の良い者たちだけが集まるプライベートルームといった趣がある。
「やあやあ、今日の主役の登場ですねぇ」
俺が部屋の中へ一歩を踏み出すと、カザキが仰々しい手振りで俺へと注目を集める。その瞬間に部屋中の視線が俺へと収束された。
「おぉ、君が新しい元締めですね。歓迎しますよ」
ソファに腰かけたパットが俺へとウィンクを飛ばしながら、小さく自分の横を指差す。そこにはもう一人誰かが座れそうな空間を意図的に空けられている。そして、そのソファの後ろにはピッタリとアリスが護衛として立っている。なるほど、俺の安全圏はあそこだな。
パットの他にもソファへ座っている男性が二人。
一人はシャドウハウンドの隊服を着ていることから、おそらくシャドウハウンド中央本部基地の隊長だろうと考えられる。その証拠にリリカは俺の迎えという業務を終えた後、その男性の後ろへと護衛のように回ったからだ。
もう一人の男性は地味な色合いのスーツを着て猫背をしている。逆に言うとそれ以外の特徴が薄い男だ。
あとはバーカウンターに男性と女性が一人ずつ座っている。
男性は高そうな白スーツを着込み、ネクタイには船舶を模したタイピンを付けている。
女性の方はより個性的で、巫女服を着込んでいた。
「まずは挨拶から行きましょうか」
場を取り仕切るようにカザキは俺へと歩み寄る。そして、芝居がかった動作で一礼する。
「では、僭越ながら私から。甲刃重工の取締役を務めるカザキと申します。以後、お見知りおきを」
「あぁ」
にこやかな笑みを浮かべながら白々しくも初対面であるかのように挨拶を述べるカザキに対して俺はボロを出さないよう短く慎重に答えた。あまり話すとボロが出そうだ。ただでさえ、表情で考えていることを読まれることが多いしな。
それからカザキは手をソファの方へ向ける。
「あちらが企業連合会の会長であるルシス様です」
「よろしく頼むよ」
「そして、その隣がシャドウハウンド中央本部基地の隊長ルドー様です」
「……うむ」
カザキの紹介を受けてルシス会長が軽く手を上げて俺へと声を掛ける。なんと会長は地味スーツの猫背男性だった。今回の企業連合会に出席している誰よりも質素な格好である。そして、なんとなく連合会の中での肩身の狭さも感じる。
隣にいるルドーは紹介されても一言返事をして頷き返すだけだった。筋肉の詰まった身体は隊服越しにも分かるほどだ。ボディビルダーのような身体つきをしている。彼は筋力のステータスが高そうだ。
それから順調に紹介が続く。ルドーの次はパットだ。彼ともカザキと同じく事前に会っているからボロを出さないよう慎重に言葉を選んだ。
次に、カザキは体の向きを変えてバーカウンター側を手で示す。
「バーカウンターの方へ移りまして、三神インダストリの社長カイヨウ様」
「どうも」
「そして、最後に八百万カンパニーの看板娘であるコヨミ様です」
「ちょっと、あたしの説明だけ悪意無い?」
「いえ、そんなことはありませんよ。それにコヨミ様の美貌は看板娘と言って過言ではないでしょう」
「ふ、ふーん、なら良いけど!」
そんな説明で本当に納得していいのか?
俺は巫女服を機嫌良さそうに揺らしているコヨミを見る。ちょうど彼女も俺を見ており、思わず目と目が合う。何故かドヤっとした自信満々な表情をしている。何でだ、看板娘と言われたからか。
三神インダストリのカイヨウは白スーツに船舶の形を模したネクタイピンを付けている男だ。三神インダストリは三神貿易港に本拠地を置く巨大コーポだ。船舶は会社の生命線と言って良い。そんな心の表れがタイピンにも出ているのだろう。
そして、紹介はされなかったけれど、それぞれが護衛のような人物をそばに置いている。パットの背後にはアリスがいるし、ルドー隊長の側にはリリカが付いている。それ以外にもカザキ、ルシス、カイヨウも近くに側近を侍らせている。護衛らしき影が見えないのはコヨミくらいだろうか。
「では、企業連合会の新たな仲間にも挨拶願いましょう」
そう言ってカザキは俺へと話を振る。
「お初にお目にかかる。この度、暗黒アンダー都市の元締めに就任したセオリーだ。不知見組というクランの組長もしている。以後、よろしく」
部屋中から拍手が起こる。しかし、純粋に祝福している者など、この中にはほとんどいまい。どいつもこいつも腹に一物を隠しているのだろう。
「さて、本日のメインは挨拶と顔合わせだったわけですが、セオリー様より話があるそうですので、引き続き傾聴ください」
事前の打ち合わせ通り、カザキからのパスが来た。カザキとパット以外の出席者たちはこの流れを知らない。どうやら目論見通り混乱を引き起こすことに成功したようだ。
さて、では混乱に乗じて、まずは一人ずつ腹に隠した一物を曝け出してもらうとしよう。
「まずは、そうだな。……ルシス会長、ライギュウと交わした話は覚えているか?」
「うん? 突然、何だというのかね。私は何も聞いていないぞ」
俺はソファに座るルシスへと鋭い目線を向ける。すると、ルシスはびくりと肩を震わせた。せめてハッタリでもどっしりと構えていて欲しいものだけれど、彼にそれほどの度胸はないようだ。キョロキョロと辺りを見回している。
基本的に企業連合会の会合では議題に上がる内容に関しては事前に参加者へ告知されているらしい。だが、俺はそんなこと当然知らないし守るわけもない。
「なんでもライギュウと結託して企業連合会を手中に収めようとしていたとか?」
「知らん、そんな奴は知らんぞ。何だ、いきなり
「しらを切るつもりか。だが、言い逃れはできない」
そう言って俺は小型の音声再生機器を見せる。そして、その場にいる者たち全員が聞こえるように音声を再生した。
この音声は蔵馬組の若頭が秘密裏に録音していたものだ。内容はライギュウと蔵馬組に対して、企業連合会の上層部を陥れるために手を組まないかと持ち掛ける話と成功した暁には好待遇を保証するという話である。
最初はわめき散らしていたルシスも音声が流れ始めると途端にシュンと静かになってしまった。そして、音声が終わった後には
「というわけで、ルシス会長にはご退場願おう」
俺の声を皮切りにして、カザキの背後に付いていた護衛がルシスの腕を掴み立ち上がらせ、部屋から連れ出そうとする。そこまできて、ハッとしたルシスは大声を上げて抵抗を試みる。
「おい、待て。ふざけるな。……そうだ、護衛よ、私の腕を掴んでいるヤツを倒さんか。なんのために高い金を払って雇ったと思っているんだ!」
ルシスは声を張り上げて護衛の男に訴えかける。しかし、護衛の男はフードを目深に被ったまま何も言わずにルシスが連れていかれるのを眺めていた。
「なぜ、返事もしないんだ。貴様は頭領ランクだろうが! こんなヤツ、簡単に捻れるはずじゃないか。おい、シュガーミッドナイト、返事をしろ!」
ルシスが名前を叫んだところで護衛の男はフードを軽く上げる。その顔は紛れもなく俺の親友であるシュガーミッドナイト、その人であった。
「悪いな、会長さん。俺も不知見組なんだ。次からは雇う時に身元を確認した方が良いぞ」
そう言うシュガーの顔を見つめるルシスの顔は愕然とした表情に染まる。
そして、開いた口が塞がらないままルシスは部屋の外へ連れていかれたのだった。
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