第98話 袋小路の罪

▼セオリー


「企業連合会の正常化。つまりは違法行為の禁止だ」


 俺の提言に対して、コーポの代表たちの反応は様々だ。事前に俺の目的を聞かされていたパットやカザキは特に変わりないが、三神インダストリのカイヨウなどは露骨にハンカチで汗を拭い始めた。


 逆に八百万カンパニーのコヨミはあまり興味なさげな様子のまま、カウンターに置かれたグラスを取る。可愛らしいサクランボを浮かべた飲み物はカクテルだろうか。アルコールには詳しくないので分からないけれど、グラスを手に取り、口をつけるまでの所作が妙になまめかしい。

 これが大人の魅力というヤツだろうか。見た目からの情報だけだと、まだ十代中頃くらいのような若々しさに溢れているのだけれど、実はコヨミは年上なのだろか。



 おっと、なんとなくリリカから睨み付けるような視線を感じるので真面目になろう。


「違法行為と一口に言っても様々だろう。特定分野での利益を独占したり、商売敵に対してヤクザクランをけしかけたり、あとは事件を捜査すらせずにもみ消したりとかな」


 前者の二つは巨大コーポに対して、最後の一つはシャドウハウンドに対してだ。コーポ代表の面々は口を固く閉ざしたままなのに対して、シャドウハウンドのルドーは口角を上げて反論してきた。


「んん? 良いのか、そんなことを言って。我々が本気になれば、桃源コーポ都市からヤクザクランなど根絶やしにできるのだ。貴様がやっとの思いで手にした元締めという役職だって簡単に脅かすことができるのだぞ」


「もちろん、悪事を働いていたなら捕まえてくれて構わないさ。そもそもの前提が間違ってるんだ。ヤクザクランを野放図に振舞わせて、それを捕まえられない警察クランなど潰れてしまった方がいい」


「調子の良いことを言うじゃないか。甲刃重工は彼の横暴を理解しているのか? 最も被害を受けるのはそちらだろう」


 ルドーは攻め口を変えて、甲刃連合というヤクザクランを後ろ盾に持つ甲刃重工のカザキへと矛先を向ける。それに対してカザキは薄ら笑いを浮かべたまま答えた。


「そうですねぇ。正直な話を申しますと、セオリー様の話は大変厳しいものです。桃源コーポ都市にとっても大きな変革ですからね。今までのやり方を急に変えるというのは様々な混乱をもたらすでしょう」


「であれば、このように無謀な絵空事は破棄した方が良い。皆もそう思うだろう?」


 肯定するかのようなカザキの反応を見て、ルドーは勢いを増して周囲へ同調するよう圧力を掛け始める。


「ですが、」


 それへ待ったをかけるようにカザキは再び口を開いた。


「やはり、自分の命は惜しいのです。ここは強者に恭順するのが得策ですね」


「……どういうことだ?」


「私はセオリー様のお考えに従う、ということです」


「バカな!」


 カザキの言葉を聞き終わらぬ内に、ルドーは俺を力強く指差した。

 そろそろコイツの人を指差してくる動作に苛々してきたな。人を指差しちゃいけませんって子供の頃に習わなかったのか?


「何をバカなことを言っている。たかだか一介の中忍だぞ。それに対して、こちらは関東地方を代表する巨大コーポクランの連合体だ。負ける要素が無い。何が甲刃連合だ、とんだ腰抜けじゃないか」


 おーおー、散々な言いようだ。敵対する俺と企業連合会の仲間であるはずのカザキに対して、同時に喧嘩を売っていくスタイル。敵味方問わずの全方位爆撃かな? とんだ無差別爆撃機だ。


「そんな風に味方を煽っていいのか? 自分の首を絞めることになるぞ」


「笑わせてくれる。後ろに控えている男が頭領だということは分かった。貴様が増長した理由も検討がつく。運よく頭領を仲間にできたのだろう。そして、カザキを脅して支配下に置いたと。だがな、勘違いしないでもらいたい。貴様に味方する頭領が一人いたところで、こちらの優位に変わりはないのだ」


 ルドーは捲し立てるように言葉を続けた後、パットの後ろに控えるアリスと八百万カンパニーのコヨミに手を向ける。


「彼女たちは二人とも頭領だぞ。分かるか? 現時点で戦力はこちらが上なのだよ」


 ほう、コヨミも頭領だったのか。それは正直予想外だった。そうなってくると、単純計算の上では頭領を二人擁する向こうが有利とでも思っている訳だ。

 ……うーん、コイツの記憶力は大丈夫だろうか。そもそもの陣営がどのように分かれているのか忘れてもらっては困る。


「ルドーさん、間違えないで頂きたいのですが、我々はセオリー君の側ですよ」


 良いタイミングでパットがルドーへと断りを入れる。

 その通り。逆嶋バイオウェアの代表であるパットはこちらの陣営なのだ。となると、必然的に逆嶋バイオウェアに所属するアリスもこちらの陣営ということになる。


「さて、さっきの言葉をそっくりそのまま返そうか」


「なっ……、そんな」


 どうやらぐうの音も出ないようだ。


「ところで質問しても良いかな?」


 ルドーが黙ってしまった後、今度はコヨミが手をぷらぷらと上にあげる。どうやら挙手制らしい。となると、俺が指名しなきゃダメか。


「はい、コヨミ君」


 学校の先生よろしく指名してみる。指名されたコヨミは何が面白かったのか腹を抱えてケラケラと笑った。


「キミ、先生するの似合わないねー」


「余計なお世話だ。こちとらピチピチの高校生なんでな」


「へぇ……、もしかしてキミ、プレイヤー?」


 ギクリと心の中の俺が縮み上がる。別にプレイヤーとバレたから何だという訳ではないんだけど、あえて言わずにいたことを言い当てられたのは、見透かされたような気がしてドキドキとしてしまう。


「まあ、それはどうでもいいよ。質問は別だからさ」


 どうやら彼女からしてもどうでも良かったらしい。すぐに話題が転換された。


「質問内容は、企業連合会を正常化して何がしたいのかな、ってことだね。今までも滞りなく回って来てたんだから、今更ぶち壊さなくても良いと思うんだけど」


「それは現状の仕組みで利益を得ている巨大コーポ側の目線でしかない。桃源コーポ都市の外周部にある警戒区域と呼ばれる地区を見たか? 商店街などは軒並みシャッター街と化していた」


 リリカが率いる被搾取階級レジスタンスの目的は、企業連合会に名を連ねるコーポだけに集中してしまっている利益を都市全体に分散することだ。そのためには巨大コーポが市場を独占している現状を打破しなくてはいけない。


「なるほどね、さながら下層民の味方ってわけ?」


「片方に肩入れするつもりはない。違法行為を無くして、機会を均等に与えるべきだという話だ」


「ふふ、それなら企業連合会を正常化したって無理だよ」


 俺の話をまるで絵空事であるかのようにコヨミは一蹴した。その否定をする根拠と自信はどこから来るのか。


「ぜひ、論拠をお聞かせ願いたいね」


「そんなの簡単な話だよ。あたしたち八百万カンパニーは違法も不正もなんにもしてないんだから」


 ……え、そうなの?

 企業連合会のコーポは全部腐敗していて、違法行為とベッタリなんじゃないの?


 俺は思わずリリカの方を向いてしまう。リリカはスンとした表情で真顔のままだ。いや、情報が無いと困るんですけど。


「もしかして初耳だった? それはちょっと情報収集が疎かじゃないかな」


「じゃあ、八百万カンパニーは不正を一切せずに巨大コーポにまで成り上がったっていうのか」


「そう、あたしたちの提供するヤオヨロズマートは二十四時間フル営業。おはようからおやすみまで欲しい物が欲しい時に必ず揃うをモットーに完成された小売店なんだよ。つまり、商店街が淘汰されていったのも必然ってこと」


 今度は俺の方がぐうの音も出ない。コヨミの言う通りだとすると、企業連合会を正常化させてもリリカたち被搾取階級レジスタンスの思うようにはいかないってことなんじゃないか。

 俺の弾が無くなったことを察してか、やっとリリカが前に出てきた。


「いえ、それは詭弁ですわ」


「リリカ隊員、どうした?!」


 何も言えず黙りこくっていたルドーも流石に護衛がいきなり話に首を突っ込んだことで驚きの声をあげる。しかし、リリカはそれを無視してコヨミの前へと歩いて行った。


「ヤオヨロズマートが桃源コーポ都市の市場を独占できたのは、他社の妨害を跳ね除けられる資本があったからですわ。そして、商店街が潰れていったのは他社の妨害で疲弊したところにヤオヨロズマートが侵食してきたから。たまたま運良く手を汚さずに地位を確立できただけではなくって?」


 おぉ、リリカたちの側からだとそういう風に見えていたわけだ。やはり、双方の話を聞くことは大事だな。コヨミの言うことも一つの側面としては正しかったのだろう。しかし、立場や視点を変えると、別の見え方もできるようになる。


「今更、企業連合会からの妨害が無くなったところで商店街が復活する訳じゃないでしょ。そんなできるかどうかも分からないことのために桃源コーポ都市に少なくない混乱をもたらすってのはどうなのよ」


 コヨミも負けじと反論を返す。しかし、今度の反論には切れがない。


「そうやって切り捨てるのは強者の傲慢だ。彼らに等しく機会を与えることこそが本来の企業連合会としての在り方なんじゃないか」


 コヨミは納得いかない様子で俺を睨む。リリカも俺を見た。

 そうだな、そろそろ第二段階の先の展望まで進めた方が話も早いだろう。


「というわけで、正常化の話に続いてなんだけど、もう一つ提言がある。企業連合会の中に被搾取階級レジスタンスの席を用意したいと思う。代表はリリカで良いか?」


「次のリーダーが決まるまではワタクシがそのポストを預かりますわ」


「ん、それじゃあ、リリカを代表とした被搾取階級レジスタンスの席を正式に用意したい」


 これが第三段階だ。企業連合会の正常化だけで桃源コーポ都市が良くなるとは、流石の俺も思っちゃいない。ある程度、都市を運営する上層部へ話を通せる立場が必要になる。企業連合会に席を用意するというのはその為の布石だ。


 この件だけはカザキにもパットにも話していない。二人の動向にも注目していきたいところだ。はっはっは、カザキやい、そう睨むなって。パットは元々違法行為を根絶する方向で合意していたから気持ちに揺らぎはないようだ。


 おっと、一番面白い顔をしている奴がいたな。シャドウハウンドのルドーだ。護衛として連れてきたリリカが急に弾圧していた被搾取階級レジスタンスの代表になったのだ。そりゃ驚くわな。


「リリカ隊員、どういうつもりだ?」


「貴方に話すことは何もありませんの」


「んなっ、それが上官に対する態度か!」


 激高するルドーをやれやれと言った目で見つめるリリカの瞳はどこまでも冷めていた。


「貴方はいつまで上官でいるつもりなんですの? 企業連合会が正常化されれば、貴方がヤクザクランと癒着していたことだって露見し、罪に問われるのです。その為の証拠は既に揃えてありますわ」


 どうやら、リリカも我慢の限界だったようだ。横柄な態度を崩さないルドーへ対して、最後通告を突き付ける。

 今までリリカも従順な振りをしてきたのだろう。この男の下でとなると相当なストレスが溜まりそうだ。そして、リリカの言葉はその鬱憤を晴らすかのようだった


 さて、ようやく状況を飲み込めてきたのであろう。ルドーはソファから立ち上がり、まるで臨戦態勢かのように構えた。そして、周りの者たちに吠える。


「良いのか、このままだとお前たちの中にも罪に問われる者が出てくるぞ!」


 ルドーの言うことは正しい。しかし、この中でその言葉が一番効くのは甲刃重工のカザキくらいだ。

 逆嶋バイオウェアはすでに違法行為に手を染めていたカルマの部下を粛清しているし、八百万カンパニーは突かれて痛いところはないと公言していた。三神インダストリのカイヨウに関しては分からないけれど、この状況下で反旗を翻すほど護衛の能力に信頼を置けているわけではないようだった。


 そんな中、一番その言葉が効くであろうカザキは、まるで意に介していなかった。


「こちらは常に警察から追われる身でしてね、むしろ平常運転に戻っただけですよ」


 カザキにとって今まで平穏無事に安穏と暮らしていたことこそが異常だったわけだ。本来的にはヤクザクランは絶えず警察クランに追われる立場にあるのだ。元の鞘に納まったと思えば、どうということはないという訳だろう。

 この場で表立って俺に対して反旗を翻そうという者はルドー一人しかいない。多勢に無勢。最早、詰みだ。


「では、ルドー、アンタにも退場してもらおうか。シャドウハウンドとしての代表代理はリリカが務めてくれるからさ」


「えっ、ワタクシの負担、重くありません?」


 リリカの愚痴をスルーしつつ、ルドーを取り押さえるようにアリスへと命令を下す。アリスは縄を取り出すと、ルドーへと近付いて行った。


「こんなことは許されない。何故、俺だけがこんな目に……」


 ルドーはブツブツと恨み言を呟く。その形相は眉がつり上がり、恐ろしいものだ。そして、まるで親の仇かという勢いで俺を睨み付けてくる。

 いや、俺のせいじゃないだろう。元はと言えばヤクザクランと癒着して、腐敗させていったおのれ自身に責があるのだ。その責任を俺へと転嫁させないで欲しい。


「俺が捕まる? シャドウハウンドで隊長にまで登り詰めた、この俺が?」


 肩をブルブルと震わせたルドーは手を口に当てた。それからまるで嘔吐するかのように身体を九の字に折り曲げてうずくまる。


「ん、大丈夫か?」


 なんだか尋常じゃない様子だ。別に俺はコイツに死んでほしいわけじゃない。体調を悪くしてしまったなら、無理せず言って欲しい。いや、この状況でそれは無理か。

 俺の心配する声をよそに、ルドーは雄叫びを上げた。口の端から泡を吹いている。どう見ても普通の状態じゃない。それに口から離した掌からもポロポロと何か零れている。おそらく形状としては丸薬だろう。つまり飲み損ねた丸薬が零れ落ちているのか。というか、あの丸薬はどこかで見た気がする。


「あれはマズいですねぇ!」


 カザキの叫び声にも似た大きな声が俺の耳へと届く。どうした、ガラにも無く大きな声なんか出して、なんか知ってるのか。しかし、それをカザキに問いただす暇もなく、ルドーの声が続けて聞こえた。


「『閃光術・光指す道の向こうへシャイニングオーバーロード』」


 その瞬間、辺り一帯が眩いばかりの光に包まれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る