第99話 閃光のルドー
▼ルドー(シャドウハウンド中央本部基地隊長)
目の前に立つ
おおよその推測はできる。コイツも俺と同じなのだろう。表に出せないような手段を使ったのだ。きっとそうだ、そうに違いない。
これまでの俺の人生は順風満帆と言って良かった。
シャドウハウンドの中で出世争いに勝ち抜き、中央本部基地の隊長という役職を手にした。登り詰めるためにどれだけの労力と犠牲を払ってきたのか。
いずれライバルとなり得る有能な人材は危険な任務へと優先的に配属されるよう手を回し、俺自身はそこそこの任務で実績を積んでいった。
利用しやすい上司への賄賂も欠かさず行い、手駒にできるヤクザクランの阿呆どもには恩を売りつけてやった。
こんなものは氷山の一角だ。これ以上にも数えきれないほどの手管を用いて今の地位を築き上げたのだ。
しかし、そんな順風満帆だったはずの人生が、どこからか歯車が狂っていった。
どうしてこうなった?
新参の元締めは手始めにルシスを追放した。
裏でコソコソとくだらない野心を芽生えさせていた愚かさは同情の余地もないが、だからといって、我々の傀儡だった人間を勝手に会長の座から引きずり下ろすなど言語道断だ。
鳴り物入りで元締めとして企業連合会の会合に参加したからと言って思い上がりも
そもそも、カザキのヤツが甲刃連合同士で手を組んでいることは理解できる。
しかし、逆嶋バイオウェアは新参の元締めと関係が無いはずだ。にもかかわらず、元締めの味方をするというのはどういった了見なのか。
おそらく、この若造が裏で手を回したのだろう。しかし、逆嶋バイオウェアが靡くような提案を一介の中忍風情にできるとは思えない。
そんな疑問はすぐに解消された。
この若造は過去に逆嶋バイオウェアの危機を救ったらしい。なるほど、先に恩を売りつけていたわけだ。そして、三神インダストリのカイヨウも
これでようやく一段落ついた。この若造の横暴もここまでだ。
そう思ったのも束の間、次は企業連合会の正常化などという意味の分からんことを言いだした。
桃源コーポ都市の仕組みはコーポが中枢にいるだけあって非常に合理的だ。外敵から身を守りつつ、自身の利益を最大限にしてくれるのだ。この素晴らしい仕組みを理解できないとは嘆かわしい。
そもそも、こちらには頭領が二人もいるのだ。どこの馬の骨かも分からん頭領を一人味方に付けたとて、こちらの戦力には遠く及ばない。
だが、事態は俺の思いがけない方向へと転がった。
逆嶋バイオウェアは本格的に新参元締めの味方に回ったのだ。ここまで徹底して味方をするのは予想外だった。せいぜい恩を返すために会長へ就くことへの肩入れをする程度だと読んでいたのだ。こうなってくると、頭領二人が向こうについたことになる。途端に劣勢だ。
それから八百万カンパニーのコヨミがいくらか反論していたが、何故かリリカ隊員が乱入して話を平行線にしてしまった。
そうだ、これも予想外な出来事だった。
リリカ隊員が被搾取階級レジスタンスの代表だったのだ。かつて、企業連合会全体の力をもってして叩き潰したクランの残党。その生き残りがまだ潜んでいたのだ。それも俺の側近という立場に擬態して。
そして、あろうことかリリカ隊員は俺に対して反旗を翻した。
新参元締めが見下すかのように視線を向けてきた。そして、したり顔で「退場してもらおうか」などとほざいている。
黙れ、黙れ黙れ黙れ!
俺に指図をするな!
これまでに積み上げてきた全てを失う?
そんな馬鹿なことがあってたまるか。
「こんなことは許されない。何故、俺だけがこんな目に……」
俺はヤツを睨み付けた、この俺を見下ろしてくる偽善者の顔を。
いずれ絶対に化けの皮を剥がしてやる。ヤツもどうせ俺と同類だ。叩けばいくらでも埃が出るはずなのだ。そうでなければ一介の中忍がこれだけのことを起こせるはずがない。
セオリー。
最初は名など覚える気も無かった。しかし、今は脳に刻み込むかのように、その名を
「俺が捕まる? シャドウハウンドで隊長にまで登り詰めた、この俺が?」
そんなふざけたことが許されるわけがない。
俺はポケットに忍ばせていた小瓶を開ける。その中から全ての丸薬を手の平に出すと、口元へ持って行き、そのまま丸薬を飲み干した。
口いっぱいに苦みと嘔吐感が広がる。
元々、この丸薬は甲刃重工が逆嶋バイオウェアの協力を得て秘密裏に開発していたものだ。その試験品が街中で押収されたのだ。
今日の会合ではどういった経路で試験品が流出したのかカザキに問い詰めるはずだった。しかし、もはやそれもどうでもいいことだ。予定は狂い、俺の人生も狂ってしまった。何もかも滅茶苦茶だ。
しかし、どうしてだろう。
先ほどまで感じていた未来への絶望、言いようの知れぬ不安感などが薄れていく。
クリアになっていく頭の中で、道しるべのように残る感情はセオリーへの怒りだけだ。
良い、実に良い。身体に力が漲ってくる。
これほどまでに力が溢れてくるのは随分と久しぶりだ。
「『閃光術・
俺の固有忍術は光を操る。
その中でもシャイニングオーバーロードは俺が上忍頭となって習得した最上級忍術だ。その効果は俺自身を光と同化させ、光速の力を生み出すことができる。
習得した当初は最強の力だと俺も過信した。しかし、すぐに欠点が見つかった。それは俺自身の動体視力と反射神経が追い付いていないことだ。その為、光速で動けるにも関わらず、制御ができない。制御ができない状態で力を行使すればどうなるか。簡単な話だ。気付けば自分も知らない場所に一瞬で移動しているのだ。
ランダムな瞬間移動にどれほどの価値があるか。せいぜい、窮地を脱する時くらいにしか使えない。とはいえ、この力のおかげで死地と思えるような任務から生還できたこともある。だが、直接的な戦闘力の寄与にはならなかった。
それがどうだろう。
今の俺には“見え”ている。普段であれば、この忍術を使って光となった後は視界が真っ白に埋め尽くされて何も知覚できていなかった。しかし、今の俺には真っ白な世界の中で、世界を観測できていた。
甲刃重工ビルの最上階。そこに集まる面々の顔も識別できる。
どうだ、あの手を焼いた頭領どもすら静止している。コヨミ、アリス、それからシュガーミッドナイトと言ったか。三人ともが微動だにせず、立ち尽くしているのだ。
そして、……セオリー。
憎き相手が今まさに無防備な姿を晒しているのだ。
このまま近寄って拳を捻じ込んでやれば、光速という力も相まって一撃の下にその頭蓋を粉砕することができるだろう。頭領たちを従えて良い気になっていたか。だが、お前の命運もこれまでだ。
慎重に一歩を進めようと身体に力を込める。完璧に制御ができているわけじゃない。丸薬の力で一時的に制御下へ置いたに過ぎない。少しでも力を込め過ぎれば遥か彼方へ飛んでしまう。
「セオリー、今、殺してやる」
宣言するように、あえて言葉にする。思い上がった小物の末路を思い知らせてやるのだ。振り抜くための拳を握り締める。
……ゾワリ。肌が粟立つとともに、首筋がチリチリと焦げるような感覚。
この感覚は知っている。
死地へ赴くような任務へ向かった時、罠にはまって絶体絶命の時、そういった命の危険を感じるような修羅場を潜ってきた時に決まって感じたものだ。いわば、身体が警鐘を鳴らしているのである。
首を捻り、周囲を観察する。何かあるとすれば頭領の誰かだ。
コヨミは、違う。さっきと何も変わりない。シュガーミッドナイトも、違う。何ら微動だにしていない。では、アリスは?
顔をそちらへ向けた瞬間に目と目があった。思わず声をあげそうになった。しかし、そんなみっともない真似はプライドが許さない。意地で踏ん張る。
そもそも、まだ彼女は俺のことを認識できていないはずだ。俺は今、光となっているのだ。それは人が認識できる領域を超えている。
だが、この言いようの知れぬ不安感はなんだ。丸薬によって払拭されていたはずの不安感が再び湧き上がってくるのだ。
アリスの身体自体は全く微動だにしていない。しかし、その眼光はまるで俺を睨み付けるかのように猛獣のような煌めきを見せていた。その瞳と対峙すると、まるで自分の首根っこを掴まれているような気がしてくる。
あとコンマ一秒でもこの場に居てはいけない。そんな直感が働いた。セオリーを殺すという意味では、今が千載一遇のチャンスだったのかもしれない。だが、仕方ない。
「セオリー、お前だけは必ず殺す。覚悟しておけ」
俺はそう言い残して、甲刃重工のビルから立ち去ったのだった。
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