第193話 座敷の中のマリオネット
▼セオリー
闇が周囲を包み込む真っ暗な世界。そこは『魂縫い』の効果を発揮するための場所、おそらくは精神世界などと呼ばれる空間だろう。まさか再びここへ来ることがあるなんてな。
「アーティの精神はどこだ?」
以前、アリスに対して使用した時は、彼女の精神がすぐ目の前で光り輝いていたはずだ。しかし、アーティの光は見えない。奥まで見通そうにも闇だけがどこまでも続いていた。
とにかく干渉する相手を見つけない事には始まらない。俺はあてどなく歩き出すのだった。
十分ほど歩いてみて分かったことは、俺が今居る空間はそれほど広くないということだ。歩き始めてすぐに壁まで到達してしまい、それならと逆を向いて歩いて行くと三十歩足らずで反対側の壁にも到達してしまった。
それから壁に手を付いて、壁伝いにぐるっと一周してみると、どうやら円形の部屋らしい。しかも、四方に横穴があって、そこから先に道が伸びていた。
この部屋に何も無いのであれば、あとは横道へ入って行くしかない。勘に身を任せて、四つの横穴の内一つを選び、奥へ進んだ。
五分もしない内に再び開けた空間に出る。そこも調べてみると最初の部屋と全く同じ作りになっていた。円形の部屋と四方に伸びる横穴。それ以外は何も無い。
「まるでアリの巣みたいだな……」
同じように横穴を進んでいく。しかし、繰り返せども結局は同じような円形の部屋へ戻ってくる。さすがにここまで同じ部屋が続くと、幻術か何かを疑いたくなってくる。
ルペルが仲間になってから聞いた話によれば、精神干渉系の忍術に対するカウンターや情報漏洩を阻止するプロテクトなども忍術や忍具として存在するらしい。
例えば、ルペルがカザキに『忌名術』を使用した時もカザキが自身の脳に情報プロテクトを施していたため、情報の入手ができなかったらしい。
アーティと言えば、それこそ八重組の重要機密だ。組員はもちろんアーティ自身にも何かしらの対策が施されていてもおかしくはない。
「つまり、俺は何かしらの術中にハマってるのか?」
永遠と続く同じ部屋。ゲームでよくあるパズルだと正しい順序で進まないと先へ辿り着けないというのがあるけど、これも同じようなものだろうか。しかし、パズルであれば何かしらヒントのようなものがあるものだけど、ここには正しい順序を辿るためのヒントなど一つもない。
そもそも、解かせる気のないプロテクトであればヒントなど用意するはずもないか。もし、この状況で正解を見つけられるとしたら、それはすごい豪運の持ち主くらいのものだろう。
「相手がヒントを出してくれないのなら、こっちも無理やり答えに辿り着くしかないか」
果たして精神世界でも正常に機能するのかは知らないけれど物は試しだ。脳内でスイッチを入れる感覚を呼び覚ます。
「
最初にマキシ戦で使ってからインターバルを置くことができた。もう、十分に脳も休んだだろう。さあ、もう一回酷使させてもらうぞ。
目をつむり、再び開く。すると、部屋の中に光の
「あれ、部屋の真ん中に光がとどまってる?」
思っていたのと違う結果になった。光の道標は四方向にある道など目もくれず、部屋の真ん中の空間だけを明るく照らしていた。ここに隠された何かがあるのか? 目に気を『集中』させて観察する。
ひらり、と目の端で違和感を捉えた。光に照らされ、集中して観察することで初めて気付く。部屋の中央にまるでカーテンが揺れているかのような空間の歪みが発生していたのだ。これが俺を術にハメている何かと見て良いだろう。
クナイを用意して、空間の歪み部分に突き刺す。空を切るような手応えの無さだけど、それでも歪んで見える箇所を端から端までクナイでなぞる様に斬っていく。だいたい三メートル幅くらいだろうか。端まで到着すると、急にばさりと音を立てて灰色の布が地面に落ちてきた。すると途端に不可視の魔法が解かれたように、布の奥に隠されていた座敷牢が出現した。
「よし、見つけたぞ」
目当てのモノも見つかった。座敷牢の奥、小さく輝く光の球。アリスの時と同じだ。あれこそがアーティの精神なのだろう。
不可視のカーテンに隠された座敷牢。その中で囚われ続けるアーティの精神は、八重組によって存在を隠蔽され、閉じ込められている現状の彼女をまさに表しているようだった。あとはこの座敷牢からアーティの精神を抜け出させる。
「それにしても、どうやって外に出すか」
座敷牢全体は木製だ。そして、木同士の接合部は黒い金属で補強されており、堅牢な見た目をしている。
試しにクナイで木製部を斬ってみた。……ガキンという金属音とともに手がじんと痺れる。感想としては、まるで鉄を叩いたような手応えだ。見た目は木だけど、そう簡単な話ではないのかもしれない。
あと手の出しようがあるとすれば座敷牢の入り口部分か。デカい錠前が付いており、これも壊すのに難儀しそうだ。しかし、まだ継続中の
「とはいえ、解錠技能なんて持ってないぞ。どうしろってんだ」
もしくはライギュウを呼んで錠前を腕力でぶっ壊してもらうか。いやでも、精神世界って腕力でどうこうできるもんでもないような気がするんだよなぁ。
そうなると必要なのはRPGでいうところの真っ当な盗賊だ。斥候役や宝箱の解錠などで真価を発揮する、あの職業だ。ちなみに、俺はわりと好き寄りのロールである。
うーん、一応はダメ元でライギュウ呼んでみるか? ステータス画面を開き、スキル欄から『
「……あれ、そういえばピックって解錠技能が高くなかったっけ?」
一覧を見ていてツールボックスのピックの名が目に入った。初めて『黄泉戻し任侠』を使った時に召喚した式神だ。彼は成り代わりの演技技能が高かったけれど、それ以外にも特筆すべき点があった。それが解錠技能の高さである。
「『支配術・
右手から光の粒子が零れ落ち、それが徐々に人の輪郭を取り始める。そして、瞬く間の内に一人の男性忍者が出現した。
「ピック、久しぶりで悪いけど仕事だ。この錠前を外せるか?」
「お安い御用です」
いきなりの呼び出しだったけど、ピックは錠前を一瞥すると、返事とともに頷いてみせた。そして、作業に取り掛かる。
返事からして頼もしい限りだ。とはいえ、ピックは中忍だったはず。正直、解錠が得意とはいえ、それでも厳しいのではないかと思っていた。しかし、彼の手はよどみなく動き続ける。それから数分経ち、カチャンという小気味良い音が響く。地面には開いた錠前が転がっていた。
「開きました」
「マジか。ピックって中忍だよな? 凄くないか」
「お褒め頂き感謝します。ですが、それは主様が成長された証でもあります」
「俺の成長の証?」
「はい、我々は主様の能力に合わせて成長します。ですから、私も中忍ではなく中忍頭相当の能力まで成長しているのです」
なんと驚きだ。彼ら式神は俺のランクアップに合わせて成長するらしい。ステータス画面を開き、式神のステータスを確認する。確かにピックのランクが中忍頭相当に上がっていた。その上、詳細を見るにピックはレベル上昇による能力の向上を演技技能と解錠技能に全部注ぎ込んでいた。
「能力を全振りで尖らせてるのか」
「その方が主様のお役に立てるかと思いまして」
「あぁ、すごく助かったよ。ちなみに演技技能ってのは変装術を使った時のバレにくさとかか?」
俺の疑問に首肯で答えるピック。
「なるほど、今後は潜入ミッションなんかあった時には、頼りにさせてもらおう」
「勿体なきお言葉。それでは、私はこれにて」
ピックは光の粒子となって消滅した。なんとも謙虚な奴だ。最近はライギュウばかり呼び出していたけれど、こんな風に考えてくれているのなら、適材適所でピックも呼び出してあげないと悪いな。
そんなことを思いつつ、座敷牢の中へ足を踏み入れる。俺はアーティの精神体を優しく腕で抱えると座敷牢の中から外へ運び出した。
「さあ、アーティ。お前はもう自由だ」
俺が声をかけると、精神体がぶるりと震える。その直後に強い突風が吹いた。風とともに不可視のカーテンや座敷牢が吹き飛び、彼方へ消え去る。『服従の呪い』が解除された、ということだろうか。ひとまず、戻ってみないことには分からない。俺は『魂縫い』を解除したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます