第65話 世界が見せる表と裏

▼セオリー


 下水道を進んだ通路の先、ヤクザクランの構成員が行く手を阻んでいる。


「さっさと蹴散らして先を急ぐぞ」


「それなら一人ずつ相手にしている暇はないな」


 俺がエイプリルとシュガーに声をかけると、シュガーは返事とともに即座にタマエを呼び出した。


「強行突破だ。タマエ、やれ」


 シュガーが指示を出すと、タマエは大きく息を吸い込み、肺に空気を貯める。それから一気に空気を吐き出した。口から荒れ狂う暴風が駆け抜ける。

 その暴風はヤクザクランの構成員たちを巻き込み、切り裂いていく。さらに前方にいた何人かは風圧で吹き飛ばされた後、下水道の壁にめり込むほどのダメージを負った。


 俺は風で吹き飛ばされた構成員たちの狭間に突破口を見つける。腰に差した曲刀咬牙こうがを抜くと、そのまま脚部に気を『集中』させ、駆け抜ける。

 俺の動きに反応した構成員が鉄パイプや短刀を振りかざすけれど、それをすんでのところで身体を捻って回避する。さらにカウンター気味に『仮死縫い』を付与させた咬牙で手足を斬りつけた。一人は指先を斬った為に鉄パイプを取り落とし、もう一人は腕を斬ったことで短刀を持ち上げることができなくなった。


 しかし、そんな結果は後回しと言わんばかりにそのまま駆けていく。他にもまだこちらに攻撃して来ようとする者がいたようだけれど、そちらはエイプリルとシュガーがそれぞれ対処したようだ。

 瞬く間の内にヤクザクランの集団を通り抜け、そのまま走り続ける。後ろでは罵詈雑言とともに追いかけてくる足音が聞こえてくる。


「締めは私がやっとくね」


 エイプリルの声からはまるで、任せてとウィンクしているかのような雰囲気が伝わってくる。なんとも緊張感の無い声色だ。今からヤクザクランが跋扈する地下世界へ行くというのに、ほとんどいつもと変わらない。

 そんなことを思った直後、後方で爆発音が複数回にわたって響き渡った。連鎖爆発のような音は下水道を軽く揺らし、天井からは若干の埃が落ちてくる。


「……何したんだ?」


「んふふ、試作品の連鎖爆弾を使ってみたんだ。なかなかの威力だったね、これは採用しても良いかも」


 どんな仕組みか知らないけれど、どうやら爆弾がいくつも重なって爆発することにより、威力を底上げしているらしい。俺の知らない所でエイプリルの忍具開発スキルがドンドン上がっている気がする。逆嶋から桃源コーポ都市に来るまでの道中でもシュガーが話す忍具関係の話題にはかなりの食いつきを見せていたし、好きこそ物の上手なれを体現しているかのようだ。

 しかし、爆弾というのはいつだって男の子の心をくすぐるものだ。


「爆弾が完成したら、いずれ俺も装備したいな」


「もちろん、ちゃんと改良できたらセオリーにも配備するからね、上手く使ってよ?」


 どうやら俺に爆弾が支給されるのは確定事項だったようだ。ちなみに現状の完成品としては煙幕を作り出す煙爆弾だけは俺の装備品にも支給されている。何故、煙爆弾だけしか俺に支給されていないのかというと、これだけは小型化に成功したからだ。

 逆に言うと、他の爆弾は小型化に成功しておらず、一個当たりが重いという欠点がある。それから使用用途の違いも関係する。極論を言うと、煙爆弾は自分のすぐ目の前に投げても効果を発揮するけれど、他のダメージを与えるための爆弾は相手の近くで破裂させる必要がある。そのためには重い爆弾を投擲して相手の近くまで投げ込む必要がある。

 俺の筋力ではそこに難があった。驚異の筋力1というステータスを誇る俺は爆弾を満足に投擲することができなかったのだ。


 そんな悲しい実験結果が判明してからは、エイプリルの爆弾作成は試作品の爆弾を開発するのと並行して、既存完成品の爆弾を小型化する方向にも力を入れてもらっている。爆弾の小型化はエイプリルからしてみても大いにメリットがあるということなので、ぜひ頑張って開発して欲しい。

 目下の悩みとしては小型化することでの火力低下が一番の問題とのことだ。やはり、通常の火薬よりも高性能な素材を使ったりしないと難しいのだろうか。今後の研究に期待が掛かる。






 などとエイプリルの作成した忍具に関して思いを馳せている内に、下水道を抜けて暗黒アンダー都市へと入った。下水道の出口にもヤクザクランの構成員が待ち構えていたけれど、そこもタマエの暴風とエイプリルの爆弾を組み合わせた結果、一発で全滅させることができた。


「ところで気になってたんだけど道中のヤクザクランの人たち、下忍くらいの強さしかなかったよね。それってどうしてなの?」


 暗黒アンダー都市を駆け抜けていく最中に、エイプリルがふと気になったというような様子で俺とシュガーへと問いかける。確かに、俺も若干気になっていたところだ。

 単純に俺とエイプリルのレベルが上がったというのもあるだろうけど、それにしたってここまでで戦ったヤクザクランと比べて、逆嶋で戦ったクエストの熊などの方が何倍も強かったように思う。

 それに対して、シュガーはフォーチュングラスをクイっと掛け直す仕草をしてから、まるで学校の先生のような身振りで話し始めた。


「お前たち二人は中忍に上がったばかりだったな。そのくらいの忍者にありがちな疑問だ。‐NINJA-になろうVRの攻略サイトでも、掲示板で度々その手の質問が湧いてくるよ。いつもなら、よくある質問のページに誘導するのが一番早いが、今はそうもいかないな」


 すごく回りくどい言い方をしているけど、どうやらリアルの攻略サイトでもよくあがる質問内容だったらしい。


「簡単に言えば、桃源コーポ都市の表面は超初心者向けフィールドだってことさ。だから自然湧きする敵はゲームを始めたばかりの下忍でも倒せるレベルに設定されている」


「ここって初心者向けだったのか?」


 シュガーの回答に俺は驚愕する。俺が保障区域に入ろうとした際のドローンによる射撃は最悪一撃で死亡する威力だったし、暗黒アンダー都市でエンカウントしたライギュウについて言えば、真正面から戦えば上忍や上忍頭レベルでも危ういと思えるレベルの化け物だった。

 とてもじゃないけれど初心者向けフィールドとは思えない。しかし、俺の言いたいことを見越してシュガーは話を続ける。


「初心者向けであるとも言えるし、上級者向けであるとも言えるんだな、これが」


「どういうことだよ、そんな両極端なバランスが成立するのか?」


「簡単に言うと、一つの街には表と裏があるんだ。基本的に表面は易しく、裏面は難しい。表と裏のバランスはその街によって異なるが、桃源コーポ都市に関しては表面が超初心者向けで、裏面に入ると上級者向けに切り替わる」


「そんなアンバランスなことあるかよ」


「とはいえ基本的には表面さ、初心者に優しく、な。ただ禁止事項に抵触したり、特定のクエストに関わったりすると裏面が顔を覗かせる。お前にも覚えがあるだろう?」


 そういう風に言われると、保障区域に入ろうとした時は警告を無視してしまったし、ライギュウに関しては何かクエストが進行しているっぽいところに顔を突っ込んだ結果、攻撃に晒されてしまった。


「確かにそう言われると言い返せないこともないな……」


 一つの街に表と裏がある、というのは思い返せば心当たりがある。逆嶋の街においても、基本は街中で危険に晒されることは無かった。クエストを受けた時だけだ。

 そして、ひょんなことから首を突っ込むことになったクローンミュータント忍者関連の極秘任務は明らかにクエスト難易度が跳ね上がっていた。アレが逆嶋の裏面だったということだろう。


「なるほどなぁ、同じ街に定住していても楽しめるように考えられてるんだなぁ」


 俺はゲーム設計の部分で深く感心していた。こうやって一つの場所に拠点を構えたとしても、レベルに応じた刺激を得られるようになっているのだ。

 そんな俺を呆れた目で見つめるシュガーはため息交じりに口を開いた。


「セオリー、呑気な様子で感心するのは良いけどな。正直、お前が今回首を突っ込んだクエストは、桃源コーポ都市の裏面に片脚踏み込んでるんじゃないかと俺は睨んでる」


「あっ、やっぱりそうかな」


 シュガーに表と裏の説明を受けた時点でそんな気はしていた。だって明らかに化け物じみたステータスをしているライギュウが敵陣営にいるわけだもんなぁ。


「正直、クエスト失敗は見越して行動しといた方が良いぞ」


「……おう、分かったよ」


 まじめな表情で忠告をしてくれる親友に、俺は了解の意を伝えた。

 シュガーはゲーム内で最高峰のランクである頭領だ。その彼がこうまで言うとなると、かなり厳しいのだろう。いざとなったらエイプリルだけでも逃がす準備をしておいた方がいいかもしれないな……。

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