第260話 海鮮料亭・奇々怪海
▼セオリー
エイプリル、ホタルと別れた俺はさっそく情報収集のために聞き込み調査を開始していた。
桃源コーポ都市での経験上、摩天楼ヒルズに居を構える主要クランで最大規模なのはおそらくコーポクランと見た。そして、デカいコーポってだけなら道行くNPCだって知っているはず。
「すみませ~ん、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」
目の前を通り過ぎようとしていた男性リーマンを引き留める。さも、旅行者が道に迷って困っちゃった風で尋ねたのだ。これを無視はできまい。
「失礼。急いでますので」
しかし、結果は空振りだった。
こちらに目もくれず、そのままスタスタ歩き去っていった。マジかよ、人の心とか無いのかよ。
……いや、今の人は本当に忙しかったのかもしれない。いきなり一発目から有力情報ゲットなんてそんな運良くいくわけもなし。こっからは数打ちゃ当たるの精神だ。聞き込み調査、再スタート!
「すみませ~ん、ちょっとお時間良いですか?」
間に合ってます、と軽くあしらわれる。
「あの、聞きたいことが……」
最初と同じく忙しいとすげなく断られる。
「お腹空いたなぁ、ご飯屋さん知りません?」
無視された、悲しい。
「へいへい、そこの彼女、そこのサ店でお茶しない?」
さすがに無理があった。返事もなく不審者を見る目でスーツの女性は足早に去っていった。
それから手を変え品を変え、色んな誘い文句で話を聞いてもらおうとしたんだけれど、誰一人として捕まらなかった。
おかしい、このゲームのNPCはもうちょっと話を聞いてくれる。これまでの経験と照らし合わせてみても、明らかにおかしな言動を取らない限りは応対してくれるAIのはずだ。
「何か俺の方が地雷を踏んでいる、のか?」
それは大いに考えられる。
ただでさえ俺はヤクザクラン所属のカルマ値がマイナスに振れてるプレイヤーだ。コミュニケーションにマイナス修正が掛かっていてもおかしくない。
そうでなくともNPCから情報を得るのは難しいことが分かった。となると直接聞くのではなく、こっそり盗み聞きする方向で情報収集する他ない。
ビルの陰に隠れた後、再び変装術を使ってお召し替えする。旅行者然とした格好からスーツ姿のサラリーマンへ姿を変えた。
それから摩天楼ヒルズの中心部に立ち並ぶ、明らかに高さが周りのビルと比べて頭一つ抜けてる高層ビル群へ向かった。どうせ、都市の中央にあるデカいビルが主要コーポの建物だろう。
「直接忍び込む、これしかないよな」
というわけで、どれにしようかな、と天の神様に尋ねてみたところ導かれるように指が吸い込まれた高層ビルの一つへ忍び込むことにした。
いやまあ、ようは運任せだけど……。どうもこうも言ったって何も情報が無いのだから仕方ない。そう、ここは一つ目の足掛かりに過ぎないのだ。
えー、なになに『高級海鮮料亭・奇々怪海』か。ふーん、料亭ねぇ。
……ん?
いや馬鹿な、料亭だと!?
ここは高層ビル群の真っ只中である。周りもオフィスビル然とした都会を思わせる景色一色。例に漏れず、この『高級海鮮料亭・奇々怪海』も外見は無機質なガラス張りオフィスビルである。
とてもこの中に料亭が入っているとは思えない。というか、ただの料亭で高層ビル並の階数は絶対に必要ないだろ!
ふぅ……、ツッコミたいところはあるが実際そうなっているのなら納得する他ない。
こうなってくると上の方の階には何があるのか気になる。余裕があれば見て回りたいな。料亭に必要なものと言ってパッと思い浮かぶのは客席と厨房だけど、他には何が必要だろうか。食材を保管する冷蔵庫とか、店員用のバックヤードとかか?
だとしたって軽く見積もっても50階をゆうに超える高層ビルである必要性が感じられない。
とにもかくにも内部へ潜入しないと始まらない。とりあえず普通に入り口から入場。入ってすぐにホテルのエントランスみたいな受付があって入場対応をしていた。
「いらっしゃいませ。海鮮料亭・奇々怪海へようこそお越し下さいました」
受付店員によるペコリ45度のお辞儀とお出迎え。
おぉ、のっけから高級そうな対応してくれるじゃないか。こういうとこには行ったこと無いから気後れしてしまう。
「お席へご案内いたします」
「あ、はい」
案内役の店員が先導するように歩き出す。俺は間抜けな返事をして付いて行った。ダメだ、これ完全に高級店の空気に飲まれた初見客だわ。もっと泰然とした対応を取らないと舐められてしまう。ヤクザクランはメンツが大事だ。舐められたら終わりよ。
「うわぁ~、すっげー!」
「こちら、当店自慢の巨大
店員の説明が耳から入るけれど脳みそに意味を理解するまでのメモリが残っておらず素通りしていった。ただただ目の前の光景に感嘆の声を漏らすしかなかった
目の前には円筒形の水で満たされたガラスがある。俺が覗き込んだ先には多種多様の魚が悠々と泳いでいた。そう、これは生け簀だ。捕獲した魚などを一時的に飼育・保管する場所。
ただ、その規模がとんでもない。1階から5階までが吹き抜け状になっており、ビルの中央部分をくり貫いた超巨大生け簀を構成しているのだ。
す、すんごい、こんなんまるで水族館かよ。
ヤクザクランのメンツがどうとか、舐められたらどうとか、そんなチンケな考えなど一瞬で吹き飛んでしまった。
そりゃあ、魚介は鮮度が大事とは言うけれど、まさか高層ビルの地上5階部分までを、まるまる鮮魚を飼育するために使うとは思うまい。高級料亭、恐るべし。
それからまた、生け簀の見せ方が上手い。巨大な円筒形の生け簀に沿って螺旋状のエスカレーターが組まれているのだ。これにより、客は生け簀の中を眺めながら上階へ登っていく。
さて、今日はどの魚をいただこうか、そんなことを生け簀を見ながら考えられるってわけだな。こう、あらためて考えるとちょっと人間のエゴを感じなくもない。
生け簀に沿ったエスカレーターを登り切り、いよいよ6階だ。
ここはどうやら生け簀と客席の中間部分らしく、通路がさらに上の階へと続いている。階層の狭さ的に6階は店員専用のバックヤードが壁の奥に広がっていそうな感じだ。
通路の途中、壁一面には会社の宣伝らしき電子ポスターが煌びやかな光と音を発していた。
「我がアニュラスグループは安心安全を追求しております。我が社独自の自社内で完全完結したシステムが最高級の美食を提供いたします。我がアニュラスグループは安心安全を追求……」
無限ループの宣伝は提供する食の美味しさと安全性を前面に押し出している。まあ、それは良いとして……
「アニュラスグループって?」
この料亭の名前は「奇々怪海」だったはず。その上に本社があるのかな?
「アニュラスグループは奇々怪海の経営母体である親コーポでございます。食材の確保から料理の提供までを全てがアニュラスグループ内で完結しており、それにより味と品質にこだわった料理をお出しすることを可能としています」
「はぁ、そうなんですか」
よどみなく説明を始めた店員の言葉に、なるほどと頷いてみせる。どうやら、そういうことらしい。店員の話を聞くに、なかなか大きなコーポみたいだ。もしかしたら当たりを引いたかもしれない。
7階へ通された。テーブルごとに背の高い壁で仕切られた半個室の客席が並ぶ中、壁際にはカウンター席があり、その内の一つへ通された。目の前にあるのは壁である。
あれ、こういうカウンターの席って板前が握るとこが見える良い感じの席なんじゃないの?
そう思っていると壁が開き、モニターが現れ、画面上に厨房が映し出された。そこには頭にねじり鉢巻きをした板前がいる。
「へいらっしゃい、注文をどうぞ」
「わぁ、近未来……」
だけどごめん、これはちょっと趣が無いわ。
あと、値段の載ったメニュー表が無いのも怖すぎるんだわ。
どうせ、あれだろ。値段は全て時価となっております、とか言うんだろ。そんで精算時に目玉が飛び出る金額が書かれているんだ。
「ちょっとトイレ行ってきます」
俺はそそくさと席を立ち、お手洗いへと駆け込むのだった。
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