第261話 無計画な潜入は敵地迷子の予報なり
▼セオリー
高級海鮮料亭・奇々怪海に堂々と正面から客として乗り込んだ俺は、ひとまずトイレへ駈け込んでいた。
ここからは潜入ミッションのスタートだ。
別に通された席で値段の載ったメニュー表がどこにも見当たらなくてビビったとかそんなわけでは断じてない。そ、そんな訳ないだろ!
脳内シュガーがニヤリと笑いながら「無銭飲食か? またカルマ値が悪化するぞ」と茶化してくるビジョンが見えた。おのれ、これが資本主義の闇か。金が無ければ寿司も食えない。
ぶんぶんと頭を振って脳内で繰り広げられる茶番を吹き飛ばす。おっと、こんなことをしている場合じゃなかった。
頭を切り替えて電子メモ帳を起動させると、席からトイレまでの道中で得た情報を思い返した。店員の数、料理を運ぶ店員の出入り口、監視カメラの位置、手早く電子メモに簡易マップを記入していき、必要な情報を書き込む。
潜入ミッションで大事なことは相手にバレないことだ。そのためには監視カメラや店員の目を掻い潜って奥へ侵入しなければいけない。
おそらく上階に行くほど機密情報が得られる可能性も高い。しかし、客の身分で入れる場所には限界がある。となると上手いこと店側の人間に成りすまして侵入するのが正解だろう。
成りすます。この一点において助言を乞うのに最適な人材がいる。
「『支配術・
突き出した掌から光の粒子が零れ、それは目の前で人の姿を形作った。
「……お呼びでしょうか、主様」
「仕事だ、ピック。お待ちかねの潜入ミッションだぞ」
俺が召喚した相手はピック。
NPC専門で暗殺し、暗殺したNPCに成り代わってしまうという暗殺クラン「ツールボックス」にかつて所属していた忍者だ。
彼は演技・変装・解錠といった技能に全振りした特化型忍者である。それはもう、今回のミッションにうってつけの人材と言っていい。
「……というわけで、この料亭のビルで情報収集して摩天楼ヒルズの主要クランを知りたいってわけだ」
「それで潜入を開始した、ということですか」
これまでの流れを一通り説明すると、納得したようにピックは頷いた。そして、続けて俺へと告げる。
「さすがに無計画過ぎるかと」
「うぐっ、……やっぱりそう思う?」
「建物への潜入方法だけでも裏口や食品搬入用口などあったはずです。正面から客として入るのは苦肉の策として使う最終手段でしょう」
辛口な手厳しい言葉が並ぶ。俺の考え無しな突入は無謀が過ぎたのだろう。ピックからはもっと早く呼んで頂ければ、と悔やむような言葉が続いた。うむむ、耳が痛い。
「たしかに無計画だったかもしれない。次からはもっと早くピックに頼ることにするよ。……でも、それはそれとして潜入しちゃったもんは仕方ないから、ここから取り得る手段を一緒に考えて欲しい」
耳の痛い話を一旦脇に置いて、話を進める。次回からはすぐピックへ頼ることを伝えた結果、ピックも納得してくれたようだ。そんなわけで本題へと戻った。
俺が先へ進む手段として取り得る選択肢はそう多くない。
一つは店員が料理を運び出してくる通路。これは7階の入り口付近にあった。おそらく奥は厨房へと繋がっているのだろう。しかし、通路の天井角には監視カメラが設置されていたし、店員の往来もかなり多い。
「あとは入り口近くにあったエレベーターと8階に続く階段か」
エレベーターはより上の階層へ一気に上がれるが、チラリと見た感じ店員のカードキーが無いと使えないタイプのようだった。8階は7階と同じく客席が並ぶフロアのようだ。どちらも根本的な解決には至らない。
「となると、他の通路を使いたくなるよな。例えばココとか」
俺は指を天井へ向けて指し示した。そこにあるのはトイレの換気口だ。見たところ、かなり狭そうではあるがギリギリ人一人が這い進むくらいはできそうな大きさをしている。
映画か何かでも換気用ダクトをエージェントが這い進むという状況を見たことがある。意外と悪くない選択なのではなかろうか。
「どう思う?」
俺はピックへ視線を向けて尋ねる。俺としては「換気用ダクトを通る」がベストアンサーなわけだけど、どうにもピックは考え込むような渋い顔をしている。どうやら手放しに賛同はしてくれ無さそうだ。
「なるほどダクトを介して移動ですか。たしかに大きくてしっかりしたダクトのようですし、通り道にできなくもない。……ですが、問題があります」
「問題?」
何か欠点でもあっただろうか。
俺は首を捻りつつピックへ言葉の続きを促した。
「ダクトはビル内を縦横無尽に曲がりくねって通っています。つまり、ビル自体の内部構造を十分に熟知していなければダクト内で現在位置を見失う危険性があります」
ふむふむ、言わば敵地で迷子状態になるわけか。
……危ねぇ! 俺一人なら絶対にそうなってたわ。さっき無計画さを指摘されたばかりなのに早速無計画で危険と隣り合わせな提案を無自覚にしていた。
「ちなみにビル内部の地図はありますか?」
「えっ、地図?」
ピックに尋ねられて、手元の電子メモへと目を落とす。雑に殴り書きされた7階フロアの簡易マップがあった。ぐしゃりと握りつぶす。
「ナイヨ」
「地図無しに潜入ですか。難易度が高いですね」
「ソウダヨネ」
「主様、どうしてカタコトに?」
やばい、自分の潜入スキルの無さに驚き過ぎて我を失っていた。
ピックが不安そうにこちらを見ている。すまない、泰然自若や権謀術数から真逆の位置にいる
「ここまで杜撰な潜入計画だと、一回外に出てから仕切り直した方が良いかな」
それでピックに潜入案を考えてもらってその通りに進んだ方が万事上手くいきそうな気がしてきた。うん、それが良い。今までぶっつけ本番の物理で解決をし過ぎだった。
頭を使たスマートな潜入をピックから学ぼう。そのために一時撤退するだけだ。断じて敗走ではない。あくまでこれは戦略的撤退である。
そんな言い訳マシマシで気弱な俺の様子が見て取れたのか、ピックは視線を鋭くして口を開いた。
「そんなことはありません。私の言っていることは潜入における一般論でしかありませんし、それが主様のやり方と合うとも限りません。……ちょっと待ってください。主様の忍術をベースに潜入方法を考え直します」
そう捲し立てた後、ピックは目をつむって新たな潜入方法を考え始めた。
なんとまあ、自分の召喚した式神に叱咤激励されてしまった。これが上司想いの部下というヤツだろうか。情けない上司だからこそ反面教師にした部下が有能になる的な。
いや、ネガティブなことを考えるのは止めよう。ピックがこうまで言ってくれたのだ。であるならば俺はドッシリと構えておこう。無鉄砲な気質と泰然自若な雰囲気は両立できる! そんな
俺の全力で後ろ向きな決意表明をよそにピックは何か光明が見えたかのようにハッと目を開けた。
「見つけました。主様だけのアドバンテージを生かした潜入プラン」
「でかした、ピック。教えてくれ」
ピック、良い笑みをしている。きっと素敵でスマートな潜入方法を思いついたのだろう。
俺は彼の語りだす潜入方法を聞き洩らさぬよう、しっかりと耳を傾けるのだった。
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