第263話 鎮座せし巨怪クロマグロ
▼セオリー
「さて、侵入者諸君。我が奇々怪海へ何用かな?」
巨大水槽を優雅に泳ぐクロマグロのクロは問う。どうやら俺たちが侵入者であることはバレているらしい。
「いえ、社長。階下でトラブルが起きまして。その報告に上がったのです」
しれっとピックが白を切る。俺は侵入者と言われた時点でゲロっちゃう気満々だったのだけれど、すんでのところで踏みとどまった。俺はこらえ性がないな。もっと耐えなくては、頑張れ、俺の表情筋!
頑張って無表情の維持に努めている俺をよそに、ピックの言葉を受けたクロは盛大に笑っていた。
「ふっふっふ、まだ演技を続けるのかい。私がカマをかけているとでも? それよりはさっさと要件に入った方が賢明と思うがね」
「……そうですか。後学のため何故分かったのか教えていただけますか?」
さすがにピックもこれは無理だと感じたらしい。見切りを付けたら早々に次の手を打った。ダメ元で情報を引き出す会話を開始したのである。
「ふむ、その潔さに免じて教えよう。答えは単純だ。この部屋へランクB社員証で上がってきた、それだけである」
クロは尊大な口調で答えた。思いのほか、すんなりと教えてくれた。それは慢心か、はたまた自信の表れか。
さて、彼の言うことを信じるなら、そもそもランクBの社員には社長への謁見許可がないということらしい。というか、それだったランクB社員証で最上階まで上がれるようにするなよ!
そう愚痴りたいところだが、まんまと釣られた俺たちが言えたことじゃない。なるほど、つまりエレベーター自体が罠だったってことかよ。嫌らしいな。
「さあ、こちらが答えたのだから次はそちらだ」
クロが催促してくる。うーん、どうしよう。ぶっちゃけ敵地ど真ん中なわけだよな。多分、いつでも増援は呼べるだろうし。もっと言えばすでに増援の配置も完了してるかもしれない。
下手な手は打てない。敵対的な事実は伏せて、それ以外は正直に摩天楼ヒルズの勢力状況を調べていると答えるか。
(ピックの意見は?)
(相手に見つかった時点で私にできることはもうありません。主様に任せます)
「おや、密談を聞いてみれば主従はそちらが上だったか」
突如、俺とピックの『念話術』に割り込むタイミングでクロが話した。
ちょうどピックが俺を「主様」と呼んだタイミングだったから心を読まれたかのように感じてドキリと心臓が早鐘を打つ。
そんな俺たちを水槽の中から見下ろすようにクロは続ける。
「密談は終わりか、ピックと主様?」
「お前、まさか!?」
心を読まれたかのよう、ではない。実際に読まれたんだ。
高レベルの『諜報術』を持つ忍者相手だと『念話術』を盗聴される。知識として知ってはいても今までされた経験は無い。だからこそ頭から抜けていた。
まずい、という焦る気持ちと、いやまだ決定的な言葉は念話術に乗せていない、という冷静な考えが同時に湧き上がる。
「念話を盗聴されたのは初めてかな?」
何も答えられない。否定は恥の上塗りだし、肯定は論外だ。情報戦の定石を何も知りませんと自分から白状するのと変わりない。
とはいえ、何も答えられない現状こそが答えを如実に物語っている。クロもそれを感じ取ったのだろう。彼は言葉を続けた。
「潜入経路の
大当たりである。このクロマグロ、探偵の素養があるよ。そして、プレイヤーの存在を理解している。つまり、知識権限を持っているということ。なんと、このクロマグロはユニークNPCらしい。
中四国地方の高級海鮮料亭・奇々怪海の社長はクロマグロで、俺の『念話術』を盗聴できるほど高レベルの『諜報術』を覚えたユニークNPCなのだ。
おいおい、このクロマグロ属性盛り過ぎだろ。さっきから驚きっぱなしだ。
「……はぁ、お手上げだ。ご明察の通り、俺は関東地方から来た。この街のことも全然知らない。だから情報収集がてら適当に大きなコーポに乗り込んでみたんだ」
とりあえず、本当のことを並べ立てる。ここで嘘を言っても仕方ない。
不幸中の幸いは俺がヤクザクランであることと甲刃連合の命令で中四国地方を征服しに来たことを『念話術』で話していない点だ。
ここで白を切り通して、ただの力技解決系蛮族忍者に擬態する。俺、新しい街に来たら最初にコーポクランへ乗り込んで情報収集するのが癖になってんだよね。それ、俺自身そのまんまで擬態してなくね、というツッコミはノーセンキュー。
「なるほど、関東か。遠路はるばるよく来たものだ」
「サーバー統合でどこへでも行けるようになったからな。新しい環境を求めて西日本に来たんだよ」
「それで摩天楼ヒルズへ、か。良い選択である。ここは良い街であるぞ」
「へぇ、クロマグロ殿のお墨付きか。そりゃあ、期待大だ。いやあ、それにしてもまさかこんな簡単に看破されるとは思わなかったよ。すごい人が社長をしてるんだな。……おっと、クロマグロだったか」
「この摩天楼ヒルズは情報こそが力だ。腕力に頼った力技が通用するのは頭領ぐらいのものだろう」
なるほど、頭領なら力技も可能と。脳裏にチラリとシュガーの姿が思い浮かぶ。
それはさておき、クロのことをヨイショして話を続けていたら色々と世間話チックな状況まで持ち込むことができた。知識権限を持つユニークNPCということもあってメタ的な視点、プレイヤーならではの蛮族じみた突撃思考を理解してくれるのは追い風だ。
というわけで、お目こぼしいただけませんかね。具体的に言うと、撤退させてもらえると大変助かる。
「痛い目見て勉強になりました。それじゃあ、今日のところはここいらで失礼致します」
後ろを振り返ると、一目散にエレベーターへ退散する。しかし、それは叶わなかった。
おおっと、どういうことだ。エレベーターがあったはずの場所は今やガラス張りの水槽になっている。気付けば360度全てがドーナツ状の水槽で囲まれていた。
いつのまにか出入口を完全に塞がれた。物理的に塞がれたのか、催眠系の忍術を受けたのかは分からないけれど、逃げ場を失ったことに変わりはない。
「どこへ行こうというのだね」
「いや、ホント。マジでプレイヤーなんて倒しても旨味無いっすよ?」
「逆だよ。プレイヤーなら倒そうと後腐れないだろう」
「はは……、めっちゃプレイヤー的思考じゃん」
「それに侵入者の情報は洗いざらい絞っておくべきだよ。外の人間ならなおさらね」
ごもっともで。
会話のノリが良いから勢いで逃がしてくれるかと思ったけれど、そこはコーポの社長だけあって冷酷な判断を下せるようだ。
「そろそろ素顔を見せてくれたまえ、『暴露術・看破の波動』」
クロマグロは巨体をくゆらせると全身から凄味の有る波動を解き放った。実際に風が吹いたわけではないけれど、まるで強風が駆け抜けたような衝撃が身体を突き抜ける。
「身体が元に戻ってる?」
クロの放った忍術『看破の波動』は喰らってみれば一目瞭然の効果だった。奇々怪海の社員の姿へ変装していた俺とピックの姿は元の俺たちの姿へと戻されていた。つまり、『変装術』の打ち消しが効果だろう。
「ふむ、白髪の忍者か。『目録』起動。照らし合わせよ」
俺とピックがお互いの姿を見て『看破の波動』の効果を認識している中、クロはさらに言葉を続けていた。水槽の内側、クロの目の前には青白く発光する電子巻物がいくつも表示されている。そして、「照らし合わせよ」の一声と同時にそれらが一斉にスクロールを開始したのだ。
一体、何が起きている?
次々と巻き起こる初体験の出来事に俺たちはまるで付いていけていなかった。
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