第242話 火球村雨、時々稲妻

▼セオリー


 ルシフォリオンの吐き出した火炎弾を見上げ、一瞬足を止めて逡巡してしまった。火球がデカすぎる。このまま走ったところで回避は……、ちょっと間に合わなさそうだな。なら、どうする?


 どっちにしろ、ここで足を止めたらそれこそ一巻の終わり。なら、脳内のスイッチを切り替えろ。死の警鐘を鳴らす『第六感シックスセンス』から、活路を見いだす『第六感的死線突破シックスセンスブレイクスルー』へ。

 俺たちの進むべき道は……


「真っ直ぐ突っ込むぞ」


「あのドデカい火の球へですかい?!」


「むり~! 死んじゃうよぉ!」


 懐疑的な返事がサンガ・ナナリン両名から返ってくる。しかし、構わず俺が火炎弾に向けて飛び出していくと仕方なしに付いて来てくれた。腹を決めてくれているのは大変ありがたい。

 本当はもっと丁寧に説明すべきなんだろうけど、今は時間が惜しい。一から俺の『第六感的死線突破シックスセンスブレイクスルー』を説明している余裕はないのだ。今だけは俺を信じて付いて来てもらうしかない。


「サンガ、左右に結界を頼む」


「左右にですかい?」


「ああ、アレは俺が叩っ斬る。『雷霆らいてい術・稲妻』」


 下から上に縦へと咬牙を振り抜き、稲妻の一閃を放つ。火炎弾は物理的な質量の有る攻撃ではなく、ルシフォリオンの体内で生成された熱エネルギーを弾にして吐き出したものだったらしい。手応えはほとんどなくスルリと斬り裂くことができた。


 火炎弾が二つに割れ、その隙間を突いて駆け抜ける。地面に着弾した後の火炎による余波はある程度サンガの結界が軽減してくれた。

 恐れずに火炎弾を斬り伏せ、中央突破する。これが、おそらく無傷で突破する唯一の方法だった。


「あの盤面を切り抜けるとは……。大将、本当に中忍頭ですかい。大した胆力だ」


 サンガは驚いたように今の一連の流れを評価していた。

 そりゃまあ、俺だって通常なら選べなかった選択肢だろう。しかし、フェイ師匠とともに修行して身に着けた能力だ。俺は『第六感的死線突破シックスセンスブレイクスルー』について信頼している。


 しかし、正直な所はかなり苦しい。むしろ早々に使わされた形だ。これでしばらくは使えない。無理すれば使えないこともないけど、ルシフォリオンとの戦いは長期戦になる。精神的な消耗は抑えとくに越したことは無い。

 そして、本当に使いたかったタイミングはもっとルシフォリオンに肉薄して想定外の反撃が飛んできた時だった。その保険である切り札ジョーカーを切ってしまったのだ。


 だが何にせよ、道は開かれた。

 ルシフォリオンの口の端から白い煙が漏れ出ている。さっきの大爆発に比べれば小規模の火炎弾だったけれど、排熱によるクールダウンは同様にあるみたいだ。少なくとも追撃の火炎弾は飛んでこない。

 すなわち、今が接近する好機。排熱が終了して再びルシフォリオンが火炎弾を吐き出すより早く、俺たちは距離を詰めるべく駆け出した。



 他のプレイヤーたちが近接攻撃を加えている距離、逆に言えばルシフォリオンからの反撃を受けていた距離に踏み入る。すると、途端にルシフォリオンは俺を第一目標へと定めた。

 顎から生える牙による噛みつき、前足から伸びる鋭い爪による斬撃、それらが俺一人のために振る舞われる。野性味あふれるコンビネーションのフルコース。とても一人じゃ食べきれそうにない。


 横薙ぎに振るわれた爪を避け、頭上から降ってくる噛みつきを連続バックステップで射程外まで退避する。一つ一つの攻撃が範囲攻撃のように馬鹿デカい。そのため、なかなか息つく暇を与えてくれないのが困った所だ。

 サンガが俺の後ろについたタイミングでお返しとばかりに『稲妻』を脳天に喰らわせてやる。攻撃直後の無防備な頭にクリティカルヒットだ。しかし、それを意に介さず、即座に反撃のフェザーショットが地面に突き刺さる。


「なかなか難儀な役回りですなあ」


 羽の散弾はサンガが結界ですべて受け持ってくれた。にしても愚痴る余裕があるのは良かった。それすら無くなった時がいよいよ切羽詰まった頃合いだろう。


「そう、だな!」


 俺は冷静に返事をしている余裕はない。すぐさま次の回避行動に移る。先の攻撃を防いだ結界は、構築に時間を割いた『六面結界』ではなく瞬間的な防壁を生み出す『簡易結界』だった。それだとルシフォリオンの連撃までは受け止め切れない。

 ルシフォリオンが右前脚を振り上げたのを見て、左回りでダッシュ。圧倒的質量の塊が背中に迫ってくるのを感じながら逃げ回る。


「はいは~い、次は私ね」


 間の抜けたナナリンの声が背後で聞こえる。

 俺は猛ダッシュでの退避を続けつつ、ナナリンがルシフォリオンの攻撃にどう対処するのか視線で追った。


 彼女はただサンガの結界強度を上げるためだけに呼ばれたわけではない。サンガがそうであるように、彼女単体でも俺の防衛に足る実力を持っていると判断されたからこそ配置されているのだ。

 しかし、俺も彼女の固有忍術のこと以外はあまり知らされていない。だからこそ、どうやって対処するのかが気になったのだ。


 立ち塞がるナナリンをお構いなしに振るわれる爪による斬撃。それを回避するとルシフォリオンの腕に跳び乗った。


「全っ身硬くしてあげるね~、『凸鋼とっこう術・エレクティオン』」


 跳び乗るや否やルシフォリオンの腕を螺旋状に滑りながら登っていく。何か別の忍術か忍具を使っているのだろうか、まるで蛇が腕に絡みつくかのような動きだ。そして、さっきはサンガの結界術に施していた強度を上げる固有忍術を何故かルシフォリオンの腕へと施している。

 肘関節辺りまで術を施すと再び飛び降りて地面へと舞い戻った。一体、今ので何が起きるのか。目に気を集中させ、微細な変化を逃さず観察する。


 ルシフォリオンの腕はサンガの結界がそうだったように毛羽立ち、表面が鱗状へと変化した。これじゃあ、ルシフォリオンの腕を強化してしまうんじゃないか。

 そう思ったけれど、それは俺の勘違いだった。そもそも固有忍術の効果を俺は思い違いしていたのだ。


 ぱきっ……ぱきぱきっ……、という音とともにルシフォリオンの腕がガラス細工のごとく割れ始めたのである。ちょうどナナリンが触れていた箇所、螺旋状にルシフォリオンの腕が砕け散る。

 悲痛な咆哮が轟く。痛覚があるのか、自壊する腕に驚いたのか、ルシフォリオンの心中は分からないけれど、確実に分かる。今の一撃は効いたのだ。


「すごいな」


「どうよどうよ~、見直しちゃったでしょ」


 こくこくと頷いてみせる。さすがにここまでのダメージをルシフォリオンに与えるとは思ってもみなかった。


「強度を上げるだけじゃなくて下げることもできたのか?」


「いやいや、強度を上げたんだよ~」


「えぇ、だったらなんでルシフォリオンの腕があんな簡単に砕け散ったんだよ」


「私もよく分かってないんだけど~、簡単に言えば強度を上げるために他の部分を犠牲にしてるんだよ~」


 ナナリンの説明はそれだけだった。まあ、固有忍術の詳細は隠しておきたい切り札でもある。手を組むのは今回限りかもしれない。そんな相手においそれとすべてを曝け出してくれる訳はない。

 でも、何となくは分かった。ナナリンの固有忍術で強度を上げるには何か代価が必要なのだ。ダイヤモンドだって硬度は最高だがハンマーで叩けば砕け散る。つまり、硬度と破壊耐性は両立しなくても成立する。それと同じような構造変化を起こして自壊させたのだろう。


 さて、この調子でダメージを与えつつ戦闘を続ければ、アカバネが行動ルーチンを解析してくれるはずだ。それまで今しばらく耐え忍ぼうじゃないか。

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