第241話 ぺんぺん草一本生えぬ荒野にて

▼セオリー


 サンガが力尽き倒れる。それと同時に結界が自壊した。

 もうもうと立ち昇る煙が晴れた後、世界はどこまでも続く荒野となっていた。

 俺とナナリンは周囲をぐるりと見回す。


「ぜ、全部吹き飛んじゃった~」


「とんでもない威力だったな」


 今までの猫パンチやフェザーショットが可愛く思えるレベルの大災害だ。

 そんな大爆発を起こした当人はというと、冬眠している獣のように身体を翼で包み込み、丸まっていた。その全身からは白い煙が立ち昇っている。


「……暑い」


「ルシフォリオンから出てる熱気だろうね~」


 さっきの大爆発の際、ルシフォリオンの身体は赤熱していた。恐ろしいほどの熱量だ。となると身体の中には余熱が残っているのだろう。安易に近付くのも危険かもしれない。


(セオリーさん、生きていますか?)


(その声はアカバネか。そっちも無事なようでなによりだ)


(解析班は少し距離を取っていましたので)


 念話術によりアカバネが現在のルシフォリオンの状態を教えてくれた。どうやら身体の中に残る熱を排熱している段階なのだという。

 機械がオーバーロードを起こしたような状態ってことか。あれほどの爆発だ。ルシフォリオンもタダで撃てるわけじゃないのだろう。冷却期間が必要なのだ。


 アカバネはヒナビシと合流して戦況の確認を行っている。

 各地で逃げ遅れが出ているようだ。プレイヤーたちにとって万全の状態から始まった戦闘だった。だから終始こちらが有利な状態で攻め立てることができていたけれど、そう簡単に最後まで話が進むわけがない。


 たったの一撃で戦況を覆されてしまった。

 あとはルシフォリオンの冷却期間が終わり、活動を再開するまでにどれだけ陣形を立て直すことができるのか次第だ。


「サンガは大丈夫か?」


「へっへ、どうだい。受け切ったろう……?」


「あぁ、あれだけの一撃でも俺たちには傷一つない。さすが結界術を極めた忍者だ」


「そうかい、そう言ってもらえると嬉しい、ぜ……」


 そう言い残すと同時に、サムズアップしていたサンガの腕はダラリと地面に垂れ下がった。そして、そのままナナリンの膝枕の上で動かなくなった。瞳から徐々に光が消えていく。

 それを見てブルブルと肩を震わせたナナリンはサンガの肩を掴んだ。


「ちょっとぉ、気力切れただけでしょ~。さっさと回復薬飲んで起きてよ~!」


「痛っ! なにも地面にほっぽり出すこたぁないでしょう」


 ナナリンの膝から転がり落とされたサンガは頭を擦りながらむくりと起き上がったのだった。


「なんだよ、あんだけ頑張ったんだ。しばらくはサボらせてくれよ」


 どうやら一旦戦線離脱したいらしい。

 気力消費の激しい忍術はプレイヤー自身の集中力や精神力にも影響を与える。実際、あれほどの攻撃を凌いだのだ。サンガの精神には多大な負荷がかかったのだろう。


「休ませてやりたいのは山々なんだけどな」


 しかし、それを許してくれるかはルシフォリオン次第だ。

 と言っている間に、ルシフォリオンが身体を震わせながら立ち上がった。何か気になるのか翼の羽繕はづくろいなんか始めちゃっている。


「ふぅむ、やっこさんは俺をまだまだ休ませちゃくれないかね」


「そうらしい」


 観念したようにサンガはルシフォリオンを見据えた。


「固定型の結界で良いんで?」


「いや、こっからは俺も動く。追尾してくれ」


「それだと強度が落ちますぜ」


「構わない。急所のとこだけ手厚く頼む」


 俺の注文にサンガはため息を吐いて、それでも最後には頷いてくれた。

 コヨミと同じことをしてくれと頼んだのだ。普通なら頭領の真似をしろと言われてできるわけがない。しかし、サンガは頷いてくれた。大変か大変じゃないかは別として、できると答えてくれたのだ。心強い。


(アカバネ、行動パターンが変わったか精鋭部隊で確かめ直しだ)


(はい、すでにヒナビシが動いてますよ)


 俺がわざわざ連絡するまでもなく、すでに頭領たちは動き出していた。三方向を見回せば三度目の狼煙が確かに立ち昇っていた。

 この狼煙によって、第二陣は後方へ戻り待機、第一陣の精鋭部隊が再び前へ出る。つまり、狼煙にはスイッチングの役割があるのだ。


 関東クラン連合は何千というプレイヤーがひしめいている。そこに細かな作戦を浸透させるのは難しい。だからこそ、大まかな指示は狼煙によるスイッチングだけに絞った。

 もし細かい指示出しが必要な場合も、後方で待機している時なら戦闘中よりは指示が出しやすい。それを狙ったのがスイッチングなのであった。


 各部隊の第一陣が再び前線へ向かい、ルシフォリオンへと攻撃を仕掛け始めた。

 さて、俺はどうしよう。ひとまずは相手の出方を窺うのが良いか。下手に飛び込んで手痛いしっぺ返しが飛んできても困る。


「……あれ、どういうことだ?」


 前線を眺めて不審な点を見つける。


「あれれ、攻撃されてる~?」


 ナナリンも同様に疑問の声を上げた。どうやら俺の見間違いじゃないらしい。ルシフォリオンの視線は基本的に俺を見ている。睨み付けているといっても良い。しかし、その場から動こうとせず、近くに寄ってきた忍者へと反撃の手を加えていた。

 反撃する時だけチラリと相手の方を見る。そして反撃の結果、相手がどうなったかに関わらず、すぐに俺へと視線を戻した。さっきからこれの繰り返しである。


 行動から考えるにヘイトは俺が取ったままだ。けれども、一定範囲内に入ってきたプレイヤーに対してはヘイト関係なく反撃をしているように見える。


(行動パターン変化。ヘイト外への攻撃を確認)


 アカバネによる全体念話が聞こえる。これにより、第一陣の精鋭および第二陣の各クランのリーダークラスには情報が伝達された。

 それにしても危なかった。スイッチングせずに第二陣がそのまま攻撃に参加していたら、少なくない数のプレイヤーが反撃の犠牲になっていたことだろう。幸いなことに第一陣のプレイヤーたちは咄嗟の判断力もあり、即座に反撃へ順応していた。


 しかし、なんとしてでも打開策を見つけないといけない。このままだと第二陣の低ランクプレイヤーが攻撃に参加できないのである。

 ランクが低いといっても固有忍術は千差万別だ。場さえ整っていれば上位の忍者も驚くようなダメージを下位ランク忍者が叩き出せる可能性を秘めている。


「攻撃対象をルシフォリオンがどう決定してるのか探る必要があるな」


「大将自らが釣り餌ですかい」


「きゃー、大胆~!」


「お前らも付いてくるんだからな」


 サンガとナナリンは随分と呑気なことを言っているけれど、二人には俺の盾という重要な役目があるのだから当然だ。俺の言葉を聞いたサンガはうげぇと嫌そうな顔をして、ナナリンはム〇クの叫び染みた悲壮な表情を浮かべていた。しかし、悪いが任務に就いた以上は地獄の果てでも付いて来てもらう。


 手信号で出発の合図を伝えた。

 ルシフォリオンへ向けて駆け出す。今回は『雷霆らいてい術・雷鳴』による高速移動は封印だ。サンガとナナリンが置いてけぼりになると俺が単体で撃破される可能性が高まるからだ。


 そんなわけだから走って移動。周囲が爆発により荒野となったおかげで視界は良好だ。ルシフォリオンの動向もよく見える。

 ふむふむ、俺たちが走り出したと同時に顔を上に向かせた。そして、喉の辺りがぷくっと膨らんだかと思うと、その膨らみ部分だけが赤熱したように発光し始めた。


「ヤな予感がしやすぜ」


 サンガが言う前から俺も『第六感シックスセンス』が警鐘をガンガンに鳴らしていた。だが、どうする? こんな草木一本も生えていない荒野に逃げ隠れするような場所なんてない。

 あー、なるほど。もしかして大爆発はこれが狙いか。周囲に群がる羽虫の逃げ場を潰して自分が有利なフィールドを作り出したんだ。


「どっちにしろ接近はマストだ。蛇行しながら突き進む」


 狙いを絞らせないように斜めに走り出す。

 しかし、ルシフォリオンは問題ないと言わんばかりに喉に溜めていた灼熱を吐き出した。放物線を描いて空から俺たちへと降り注ぐは火炎弾。それも直径数十メートルはあろうかという超巨大火炎弾だ。


「そういうのはせめて一発だろ……」


 思わず愚痴が零れる。見上げた空に浮かぶ火炎弾の数は五つ。それがルシフォリオンを中心にして俺たちの方向へ向けて扇状に打ち出されていたのだった。

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