第243話 吹鳴する危機、ドツボの罠
▼セオリー
ワールドモンスター『傲慢なるルシフォリオン』との戦いは、意外なほど順調に進んだ。
体力が三分の二を切った時に使用した超高温の大爆発攻撃、それを警戒して体力ゲージが半分を切る時には厳重な防御陣形を敷いたにもかかわらず、変わったのは攻撃行動に追加で属性が付与されただけだった。
体力が半分を切った時に付与された属性は「超高温」というもの。猫パンチや羽を散弾のように飛ばしてくるフェザーショットなどほぼ全ての攻撃が物理ダメージに加えて術ダメージと熱によるバッドステータスを与えてくる。
猫パンチの方はただ避ければ良いだけなので大して困らなったが、フェザーショットは飛んでくる羽一枚一枚が超高温の弾丸と化していたので物理受けのタンクや結界では受け止め切れなくなったので大変だった。
フィールドも高温の攻撃に晒されたせいか、高熱の荒野となっていた。ただその場にいるだけで極小の術ダメージを継続的に受け続ける。ゲーム用語で言うといわゆるスリップダメージとかDOTとかいうヤツだ。
これにより、体力の総量が低い中忍や下忍がこまめな回復をすることを余儀なくされている。かくいう俺もまだ中忍頭なので体力が結構厳しい。
しかし、それをナナリンに話したところ自動回復のリジェネ作用を持つ忍具を提供してくれた。丸薬だが飴玉のように口に含んだまま少しずつ融かすことで回復効果を持続させるのだという。
そんなこんなありつつ、いよいよ体力ゲージが25%を切るところまで持っていった。
アカバネが注意喚起を念話で伝達している。途中、サンガとナナリンは離脱し、気力が回復したコヨミが隣にいる。守りは盤石だ。
(……体力が25%を切りました)
来た。ついに四分の三にあたる体力を削ったのだ。ラストスパート、他のサーバーと比べて被害も最小、掛った時間も最短と言って良い。完璧なペースだ。
現在、ルシフォリオンとの距離が一番近いのは俺とコヨミ。その他のプレイヤーたちは安全マージンを取った距離で待機している。再び大爆発でプレイヤーの数をいたずらに減らしたくはない。俺たちはこの距離でも大丈夫、それだけの信頼をコヨミに寄せていた。
さて、どうくるルシフォリオン?
代り映えなく俺へ突っ込んでくるならゲームは仕舞いだ。受け止め切って全軍突撃。残りの体力も削り切って終了だ。果たしてワールドモンスターはその程度なのか。事前に張った対策が綺麗に決まって、何事もなく終わるのだろうか。
それは何とも呆気ない。もちろん、プレイヤーとしてはイレギュラーなど起こって欲しくはないんだけれど……。
当のルシフォリオンは自分の尻尾を追いかけるような、その場でくるくると旋回するモーションを見せた。まるでこれから眠りにつこうかという猫科の動作に似ている。かと思うと、脚を畳んで本当に眠りについてしまった。
しかし、眠りについたというのに翼だけは緩やかに羽ばたいている。空を飛ぶための羽ばたきではない。ただ静かに風を起こす程度のものだ。
何か、嫌な予感がした。
それを裏付けるようにコヨミが異変に気付く。
「あれ、空に変な粉が舞ってない?」
「粉?」
コヨミが指差す方向、空へ目を向ける。たしかに赤橙色に輝く粉のようなものが空中を舞っていた。ルシフォリオンが翼をはためかせるたび、緩やかな速度で煌めきながら移動している。
「まるで鱗粉みたいだな」
「そうね、光の加減でキラキラしてる」
輝く鱗粉はルシフォリオンを中心に外へ向かって拡がっていくように見えた。
これがただの見掛け倒しであれば良い。しかし、死が間近に迫ったワールドモンスターが取った行動の結果だ。用心して然るべきだろう。
(アカバネ、空に浮かぶ鱗粉みたいなものを解析できるか?)
(はい? ……こちらではそのようなものは確認されていません)
念のため、解析を頼もうとアカバネに連絡すると意外な事実が分かった。この空を覆い始めている鱗粉は俺たちにしか見えていないらしいのだ。
(待ってください、今ヒナビシをそちらへ送ります)
「よぉ、来たぜ」
アカバネがヒナビシを寄越すと言ったのと、彼が俺たちの下へ来たのはほぼ同時だった。
「早いな、ちゃんとアカバネの話を聞いてから来たのか?」
「おぉー、本当だ。空に何か浮かんでんな」
「話、聞けや」
「そう、怒んなよ。今はそんなこと言い合ってる場合じゃない。むしろ、俺は結構ヤバいと思うぜ」
「……それには同感だ」
ヒナビシが言うには外からではこの鱗粉は見えないのだという。俺たちの場所まで来てやっと見え始めたというのだ。
(アカバネはどう思う?)
(分かりませんね。できれば実物をサンプルとして取ってきて欲しいですが)
分からないか。そりゃそうだろう。となると実物を入手するしかないけれど……、そこまで脳内で考えてヒナビシを見る。ちょうどあちらも俺の方へ視線を向けていた。目と目が合う。
「まあ、しゃあない。俺が取ってくるか」
俺としばし見つめ合った後、仕方ないとばかりにため息を吐いたヒナビシが鱗粉採取役に立候補した。
「すまない。今回の件では色々と雑用を任せちゃって悪いな」
「何言ってんだ。攻撃面でいえばお前が一番の功労者だろう。胸張れよ」
トンと軽く胸を叩かれる。お互いに唯一無二の働きをしている。それを誇りこそすれ、申し訳なく思うのはおこがましい考えか。
「そうだな、それじゃあ前線は俺に任せろ。あの鱗粉については任せた!」
「おぅ、任された!」
お互いに顔を見合わせて二ッと笑う。すぐさまヒナビシの姿は黒い影を置き去りにしてその場から消えたのだった。
「なんか男子の友情って感じで、イイね……!」
俺とヒナビシのやり取りを間近で見ていたコヨミは少しズレたところで感じ入っていた。何故だろう、コヨミは爽やかな笑顔をしているはずなのにどうにも邪悪な微笑みが見え隠れしているような気がしてならない。気のせい、かな。気のせいということにしておこう。
直後、上空で火花が散った。
少しずつ範囲を拡大している浮遊鱗粉の一角が欠けていた。おそらく、あの場所でヒナビシが採取を行ったのだろう。
それにしても火花か。ルシフォリオンの能力を考えてみれば妥当な結果だ。アカバネの解析待ちではあるけれど、おそらく鱗粉は爆発か何かを起こす時の手助けをする働きがあるのかもしれない。
……待てよ。何か引っ掛かる。胸騒ぎがするのだ。
謎の鱗粉が空気中に漂っている。それだけならまだ問題はない。しかし、それが翼の羽ばたきによって徐々に範囲を拡大させている。もしも、この鱗粉が爆発を
これって座してルシフォリオンの動きを観察しているの自体、最悪の悪手なんじゃないか?
ちょうど良いタイミングでアカバネからも解析情報が上がってきた。
鱗粉のように煌いていたのは『伝播性火薬物質』で構成された粉塵なのだという。効果は爆発範囲の拡大と威力上昇。なおかつ、この物質は光の加減で真下からしか観測できないようになっているらしい。
なんとも嫌らしさを感じさせる設計だ。俺たちみたいな近くで陣取る者がいなければ気付けない。そして、気付かない内に爆発の影響範囲がどんどん拡がっていくのだ。
なんてこった、俺の考えた最悪と解析結果が一致してしまった。
となると体力ゲージ75%の時点で必殺の大爆発攻撃をしてきたのは布石だったのだろう。区切りのタイミングでルシフォリオンの近くに居るとヤバい。そうプレイヤーたちに思わせといて、切り札の大本命を静かに張り巡らせていた。
ざわざわと後方に退避したプレイヤーたちが空へ注意を向ける声が遠く聞こえてくる。アカバネが状況など説明しているようだ。つまり、もう後方待機部隊の上空まで鱗粉が到達してるってことだ。
対応を間違えた。本当は鱗粉を広げ切る前に最後の総力戦を仕掛けなくちゃいけなかったんだ
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