第118話 エンドレス死亡フラグ
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あ、鷹条先輩がロードローラーに潰されて死んだ。
一個前でアリ地獄の巣みたいなトラップに引っ掛かってしまった鷹条は、その次に出現した頭上から落下してくるロードローラーになす術もなく圧し潰されてしまった。南無三。
俺は上空から雨のように降り注ぐ槍を躱しつつ、鷹条の墓標として残り続けるロードローラーの下に避難した。重機ボディの安心感は素晴らしい。たかだか槍が数千本降ってこようと貫通しては来ないだろう。
重機を屋根にした安心感から一息吐いていると、ドスンという地面に響き渡る落下音が聞こえた。なんだろうと見てみると、先ほど振っていた槍の十倍くらいは太いかという木の杭が地面に深々と突き刺さっていた。
え……、なにそれ、ヤバくない?
いやいや、重機は金属で出来ているんだ。鋼鉄の塊なんだ。たかが木の杭くらいでなんだ。さすがに装甲を貫通まではしないだろうよ。
……でも、嫌な胸騒ぎが止まらないんだよなぁ。俺は意を決してロードローラーの下から這い出て走った。直後、背後で響き渡る落下音、衝突音、破砕音。
「やっぱり駄目だったかぁ」
わざわざ振り返って確認しなくても分かる。おそらく俺がさっきまで隠れていたロードローラーはべこべこに凹まされているのだろう。なんなら完全に貫通しなくても、ひしゃげた車体が潰れていって最終的には圧死していただろう。
危なかった。あのまま下に隠れていたら鷹条と同じくロードローラーが墓標となっていた。しかも、大量の杭でデコレーションされた墓標だ。嫌過ぎる。
天から降り注ぐ槍と杭を避け切り、なんとかデンジャーゾーンを脱出した俺を待っていたのは、またデンジャーゾーンだった。槍と杭の雨は終わったけれど、新たな危険が身に迫っていることを俺の直感が告げている。
周囲を警戒して見ていると、突然地面がぼこぼこと盛り上がる。そして、そこからゾンビが這い出てきたのだ。その数は十や二十なんてもんじゃない。少なく見積もっても軽く数百体以上はいるんじゃなかろうか。
俺はさっきのデンジャーゾーンで天から降り注いでいた槍を一本地面から引き抜く。できることなら武器は二本持っておきたいけれど、機動力が落ちたらそのまま囲まれて終わる。だったら一本の槍に命を託そう。
「まさかゾンビ相手に敵中突破を敢行する破目になるなんてな……」
俺は一体どこの島津家だというのか。でも、捨てがまり戦法なぞしない。無事に生き残る生還第一主義だ。
チラリと後ろを振り返る。さっきまで槍と杭が地面に乱立していた場所は消えて無くなっていた。なんとなく見えない壁がそこにあるとを感じられる。逃げ道は完全に塞がれた。後ろに戻ることは許されないってわけだ。背水の陣か、上等じゃないか。
俺は駆け出す。ゾンビがなんぼのもんじゃい。ゲームの中でならゾンビなんて千体以上倒したことあるわ!
とはいえ、他のゲームでは猛将だったりしたから千体を超すゾンビに突貫することもできたけれど、今の俺はしがない大学生だ。真正面からぶつかり合うなんてのは御免こうむりたい。
基本は接敵しないことを第一にゾンビの合間を縫うようにして駆け抜ける。どうしても進行方向を邪魔するゾンビがいる場合だけ、槍で前方に円を描くように振り回し、俺が通れる隙間を空けた。
俺の勝手な解釈だけれど、槍を持っているからといって安易に突き刺してしまうのは悪手だと思う。なにせ相手はゾンビだ。突き攻撃が有効とは思えない。それに現状は多勢に無勢だ。一体のゾンビを突き刺している内に、他のゾンビが周りを取り囲んできたりなんて状況になったら最悪だ。
だから、あくまで槍というよりは棒として使う。武術として考えると槍術ではなく棒術。この棒というのがまた使い勝手の良い武器なのだ。
かつて遊んだことのあるマイナーゲームの中で「龍飛先生の武術教室」というものがあった。
現実世界に実在する龍飛先生という武術の達人が様々な武術を教えてくれるゲームだ。モーションキャプチャー技術を使っており、実際に目の前で本格的な武術の型や動きを教えてくれるということでゲーマー以上に本格的な武術を学びたい人にヒットした。
実際、龍飛先生も自身の武術を後世へ伝えるため、ゲーム制作に協力したという話もインタビュー記事で見たほどだ。
そんな「龍飛先生の武術教室」だが、実はゲーマーにも隠れた人気があった。
というのも、このゲームの中には習った武術を試すためのトレーニングモードというのがあり、難易度を変えることで色んな強さのAIが搭載された仮想敵を相手に実践練習することができるのだ。
そして、仮想敵の難易度を最強にし、なおかつノーダメージで倒すことにより、【難易度:龍飛先生】というのが出現する。この隠し難易度で現れる龍飛先生がアホかってほどに強い。まず、攻撃の軌道が見えない。拳だろうと剣だろうと気付けば顔の目の前に凶器が突き付けられている。認識した時にはもう遅く、直後に吹き飛ばされてノックアウトだ。
そんな中でも棒を持った時の龍飛先生は本当に強い。本人も一番使い慣れているとインタビューで答えている通り、攻防一体となった棒捌きはどんな攻撃も通らず、逆にどれだけ守りを固めても棒が曲がっているのではないかと錯覚するような変態的な軌道で急所を打ってくる。
そして、俺は愚かにもそんな最強の龍飛先生に青春の一ページを捧げた男だ。一時期、毎日のように懲りずに挑み続けていた。
結局、一度も龍飛先生に棒を当てることはできなかったけれど、その地獄のシゴキのおかげで棒術の扱いに関してはそこらの素人よりは上手くなった。まさか、その経験がこんなところで生きるとは思ってもみなかったけれども。
俺は前方を塞ぐゾンビの脇腹を叩き、道を切り開く。敵の数が圧倒的な場合、一ヶ所に留まることは即ち死に直結する。絶えず前へ進み、包囲網を完成させないことが肝要だ。
走りつつ前を見据える。十体以上のゾンビが密集している。もはや棒で道をこじ開けるなんて小技が使える状況ではない。だからといって左右を見れば、前方よりももっと多くのゾンビが群がっている。
ならば、飛び越えるまでだ。地面に槍を突き刺し、棒高跳びの要領で密集するゾンビの背を飛び越していく。着地地点にいたゾンビを一体踏み潰し、そのままゾンビごと地面を蹴ることでダッシュを再開した。
さらに四、五体のゾンビをやり過ごし、駆け抜けた先にゾンビがいない景色が見えた。だだっ広い平地がどこまでも広がる。抜け切った。ゾンビ共はもう俺の後方にしかいない。
飛び出すように次のフィールドへ足を踏み入れた。
ゾンビの包囲網を突破して気分は上々。思わず足取りは跳ねるように軽くなる。そして、地面が近付き、次の一歩を足が踏み込もうとした瞬間、俺は終わりを確信した。
地面の奥底から限りなく薄く隠した殺意の香りが漏れ出ていた。しかし、それに気づくには遅すぎた。もっと言えば俺の行動が軽率過ぎた。新しいフィールドに入ったら、次の危険があるに決まってるじゃないか。そんなことも忘れて有頂天に飛び込めばそりゃジエンドよ。
そんな一種の走馬灯のような時間経過の中で、俺は足元が爆発するのを他人事のように眺めていた。そう、この何も無い平野は地雷原になっていたのだ。そして、呆気なく地雷を踏み抜いた俺は爆風に巻き込まれ、地面を転がっていく中、視界は暗転した。
「はい、お疲れ様―」
俺がヘッドセットを外すと、神楽から声がかかる。どうやらVR適応検査は終了したようだ。先に終わっていた鷹条はパソコンのモニターから視線を移し、ソファに座った俺を覗き込んだ。
「死亡フラグの連続回避、凄かった」
鷹条の感想は端的で短かったけれど、握り締めた両手の拳からは感動が感じられ、素直に称賛してくれたのだろうことが窺える。
「ありがとうございます。俺は危険察知が得意みたいです」
「そうだねー。パソコンの方でもひとまずの結果が出たよ」
そう言った神楽は、パソコンのモニターを俺と鷹条へ向けて見せたのだった。
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