第9話 闇医者と不殺術の使い方

▼セオリー


 駄菓子屋の店内には所狭しと駄菓子や子供向け玩具が並んでいた。現実の世界では絶滅危惧種となってしまった駄菓子屋である。俺は物珍しそうに店内を見まわした。エイプリルも駄菓子屋は初体験だったようで、興味津々に並べられた商品を見ていた。


「えーっと、本題は駄菓子の方じゃないよね?」


 苦笑いしながらコタローが話しかけてくる。


「ああ、ちょっと駄菓子屋が珍しかったからさ」


「たしかに最近じゃ駄菓子屋もあまり見ないからね。でも、先に本題を済ませちゃおう」


 そう言ってコタローは店の奥へ進むと、レジの後ろに座ったお婆さんを紹介した。


「こちらのお姉さんが逆嶋でも有数の闇医者、おキクさんだよ」


「もうそんな歳じゃないさ。お姉さんは止めな、コタロー」


 おキクさんと呼ばれた人物は見た目八十歳を超えたくらいかと思われる老婆だ。座布団に座り、小柄な体格をしている。しかし、年季の入った手や顔のしわとは裏腹にその眼光だけは鋭く力強さがあった。

 というか闇医者なのか。どこぞの無免許天才外科医みたいに法外な値段を吹っ掛けられたりしないだろうな?


「医者としての紹介ってことは裏の客かい。要件はなんだい?」


「えっと、俺の右腕とこっちのエイプリルの背中の切り傷を治癒してもらいたくて来ました」


 闇医者という単語はひとまず置いといて、包帯でグルグル巻きにされた右腕を差し出す。おキクさんはその右腕を受け取ると包帯を解き、断面を観察した。


「ふん、綺麗な断面だね。斬ってくれたヤツに感謝しな、これなら痕も残らずに治るよ」


「本当ですか! ありがとうございます」


「まあ、待ちな。喜ぶのはまだ早いよ。あんたら見たところ下忍だけど治療費はあんのかい?」


「「あ……」」


 俺とエイプリルは同時に固まった。完全に盲点だった。だが、考えてみれば当たり前のことだ。医療忍術で治すのもボランティアでやってるわけじゃない。当然金が必要になってくる。


「あの、後払いでお願いできませんか。このままだと出血ダメージで死にそうなんです。治したらすぐにクエストで金稼いできます」


 まずは交渉だ。NPCにAIが搭載されている利点は交渉ができることだ。そして、俺にできる交渉術はこれだ。本気で頼み込む!

 しかし、おキクさんは話にならないという風に首を横に振って答えた。


「さすがに後払いで完治させてあげるほど、あんたらを信用できないね。もしくはコタロー、あんたがこいつらの保証人になるかい?」


「それは彼らのためになりませんからね。遠慮しておきます」


 おキクさんが話を振ると、コタローは困ったように微笑みながらそう答えた。

 万事休すか。せめて出血ダメージで死ぬ前になんとかクエストを見つけて金を稼ぐしかない。となれば善は急げだ。早く行動するに越したことはない。そう思った俺は礼を言って店を出ていこうとするが、その直前に呼び止められた。


「はあ、せっかちだねぇ。その出血だとすぐに死んじまうよ。簡単に死なれちゃ商売にならないからね。三日間だけ出血を止めてあげるよ。その間に金を工面してきな」


 そう言うとおキクさんの手の平から緑色のオーラが噴霧され、俺とエイプリルを包み込む。それまでは斬られた肩の先から段々と力が抜けていくような感覚が常にあったけれど、霧状のオーラで包み込まれた途端に脱力感が霧散した。そして同時に、減っていたHPも少し回復した。


「ありがとうございます、おキクさん」


 俺とエイプリルはそれぞれ再度お礼を言って頭を下げた。エイプリルの方も出血が一時的に収まっているようで顔色が良くなったように見える。


「コタロー、あんたも少し手伝ってあげたらどうだい」


「そうですね、見守るくらいなら」






 そんなわけで、ひとまず出血死という未来からは距離を置くことができた。ここからは金を工面しないといけない。


「というわけでコタロー先生、よろしくお願いします」


「お願いします」


「ちょっとなんなの。止めて止めて」


 俺とエイプリルはコタローの前で正座していた。そのまま止められなければお辞儀までしていた。


「急にそんな畏まって話されると困るよ。さっきまでみたいにフランクで良いからね」


「いやいや、俺たちの生命線ですのでフランクだなんてとんでもない」


「フランクな方が良いってこと! あんまり面倒くさい絡み方だとボクもう帰るよ?」


「ははっ、ごめんって。とはいえ本当に助かったよ。自分たちで探してたらおキクさんみたいな医療忍術が使える人には絶対に会えなかった。ありがとう」


「どういたしまして。でも、ここからが大変だよ。君たちは三日間の内にクエストを探さなきゃいけないんだからね」


 さて、これから何とかしないといけない点はそこだ。無所属の下忍である俺たちにも達成できるクエストを探さないといけない。

 街中で発生するクエストは基本的にフリークエストというらしい。フリークエストは特に制限がなければ所属している組織など関係なく、パーティーを自由に組んで受けることができるクエストだ。そのためパーティーに加入すればコタローも参加できるようだ。


「でも、あくまでボクはサポートだけだからね。任務は君たちがクリアするんだ」


 そこが線引きらしい。新米忍者のサポートはするけれど、キャリー行為にならない程度に留めて新米忍者の成長を手助けするというわけだ。

 なんでそんなことをしているのかと思ったが、逆嶋バイオウェアに限らずコーポ所属の忍者が受けられるクエストの中にそういった下位ランクの忍者をサポートをすることで達成できるクエストがあるから、ということだった。


 また、街中でフリークエストを発生させた場合、発生させた人物のランクに合わせた難易度になりやすいのだという。そのため、コタローがすでに発生させているフリークエストに相乗りさせてもらおうと思っても難易度が高くて手も足も出ないだろう。






 そんなわけで、まずは俺かエイプリルがフリークエストを見つけなければいけない。俺たちは手分けして街中に繰り出し、フリークエストを探し始めた。

 コタローとも連絡を取り合えるように彼を含めた三人パーティーを今は組んでいる。パーティーを組む利点は『念話術』というパーティー専用の忍術が使える点だ。これは一つの街くらいの距離であればトランシーバーのように遠距離でも会話ができるという便利な忍術だ。これにより、フリークエストを見つけるまで各自バラバラに動いてもすぐに集合することができる。


「とはいえ、そう簡単には見つからないよな」


 かれこれ二十分ほど街中を歩き続けただろうか。時折、建物の屋根を走っていく影が見えたりする。おそらくプレイヤーが高速移動しているのだろう。忍者が高速移動した場合、一般人の動体視力だと黒い影が一瞬通り過ぎていくようにしか見えない。そのため屋根などのあまり目を向けない場所ならば忍者らしい行動をしていてもバレないそうだ。

 屋根の上を駆け抜けていく忍者たちを見て思わず羨ましいな、という気持ちが沸き上がる。しかし、今回は目的地が決まっているわけでもない。当てもなく街中でランダム発生するクエストを探しているところだ。だから人目を忍んで移動する必要もない。むしろ周りをよく見て小さなことも見落とさない観察力が大事だろう。


 そう思い直し、再び街中をうろうろと歩いていると若い女性が三人のガタイが良い男性たちによって路地裏へと引きずり込まれていく姿が見えた。女性の方は乗り気には見えなかったが男の一人が口を手で塞ぐと路地裏の奥へ連れ込んでしまった。

 その一連の手口は流れるように鮮やかだった。周りには多少なりとも人がいたというのに俺以外の誰も気付いていなかった。明らかに手馴れている。俺はエイプリルとコタローの二人に現在地と状況を簡単に伝えるとこっそりと後を追った。

 路地裏を入って少し進むと一軒の居酒屋のような建物に三人の男たちは入っていった。入り口の扉にはクローズの看板が掛かっているが中からは複数人の気配がする。店内から感じる気配の多さから察するに、さっきの三人以外にも人がいるようだ。しかし、俺の尾行にすら全く気付いていなかった様子から、この中にいるのは忍者ではないだろうと分かる。


(ただの不良のたまり場なら片腕でもいけるか?)


 しかし、忍者でないなら一般人という括りに当てはまるのではないだろうか。一般人に危害を加えるとカルマ値が加算されるらしい。そして、カルマ値が一定まで貯まると最悪の場合は指名手配されてしまう。今回は人助けという正当な理由はあるけれど一般人に危害を加えることに変わりないだろう。そこはどう判断されるのだろう。


「……嫌だっ、やめてよ!」


 その時、店の中から若い女性の声が聞こえた。忍者の聴覚でなければ聞き取れなかったかもしれない。それは目前に迫る恐怖に打ち震えるようなか細い声だった。しかし、はっきりと拒絶する声が聞こえたのだ。

 二人を待っていたんじゃ、きっと胸糞悪いことになりかねない。それにカルマ値が加算されるとなったらエイプリルやコタローにまで付き合わせる訳にはいかない。俺一人で全員倒す。そのためにおあつらえ向きの固有忍術もあることだしな。


「『不殺術・仮死縫い』」


 俺は小さく忍術の名を呟くと左手に黒いオーラをまとわせた。忍者ですらない相手にクナイなどの忍具を持ち出す必要もないだろう。そのまま黒いオーラがまとわれた手で扉を開ける。カランカランと小気味良い音が鳴ると中にいた屈強な男たちが一斉に俺の方を見た。


「おいおい、坊主。この店はてめぇみたいなガキが来るとこじゃねぇぞ」


「クローズって書いてあんだろー。文字読めねーのかー?」


 ガヤガヤと騒いでいる男たちを目視で確認していく。全部で四人いるけれど、その中にさっきの三人はいない。女性を連れて店のさらに奥へ入ったのだろう。

 正直に言って複数人を相手取った戦闘は俺の『不殺術』と相性が悪い。なぜなら『仮死縫い』の効果は同時に一人までしか対象に取れないからだ。そのため一人の動きを阻害している間は固有忍術を持たない忍者に成り下がってしまう。


 ただ一つ疑問に思っていることはある。『仮死縫い』で心臓などの急所を攻撃した場合、相手は仮死状態になってそのまま意識を落とす。その場合は『仮死縫い』を解除したところで即座に目を覚ますのだろうか。手足への攻撃は麻痺のような扱いのため『仮死縫い』が解除されればまた動かせるようになる、というのは分かる。

 しかし、意識を強制的にシャットダウンされた状態に陥った相手ならば『仮死縫い』の効果が消えたとしてもしばらくは目を覚まさないのではないだろうか。今回は相手に忍者もいないようだしリスクも低い。試してみよう。



 観察を終えた俺は高速移動に突入する。一番近くにいた木刀を持った男に接近すると胸部に掌底を当てる。黒いオーラに包まれた俺の掌底は胸筋および肋骨を透過し、直接心臓へと振動を伝える。

 心臓を狙った攻撃は上手くいきクリティカル攻撃となった。このゲームでは上手く急所への攻撃に成功した場合にクリティカル攻撃となる。クリティカル攻撃になると通常の場合は威力が底上げされたり、防御力を無視したダメージを与えたりする。

 しかし、俺の不殺術は相手を殺さない術だ。そのため仕様なのか特殊判定となり、攻撃を与えたい局所部分以外の干渉を受けなくなる。つまり、防具や肉体を透過するのだ。

 そんな俺のクリティカル攻撃を受けた男は当然仮死状態となった。何が起こったかも分からなかっただろう。いや、それは傍から見ていた他の男たちも同様だ。


「なにしやがった、てめぇ!」


 メリケンサックをつけた男が殴り掛かろうと拳を振りかぶって迫ってくる。俺は男の振りかぶった腕の内側に潜り込むと、さっきの男と同じように掌底を胸に当てた。

 直後に崩れ落ちるメリケンサック男を見て残りの二人が理解する。


「ああっ、こ、こいつ、忍者だっ!」


 残りの二人の内、叫んだ一人は腰を抜かしたように尻餅をついた。もう一人は店の奥に走って逃げようとする。

 先に店の奥へ逃げようとする男を背後から一突きにする。男は力を失うと、前につんのめって顔から倒れていった。ポキッと良い音がしたけれど、もしかしたら鼻の骨が折れただろうか。傷つけるとカルマ値がより上がるかもしれないのでケガはあまりさせたくないんだけどなぁ。

 そんなことを思いながら、振り返って尻餅をついた男に向き直る。


「さっき女性を連れ込んだ男たちは店の奥だな?」


 俺の質問にしばらく呆けたように口だけパクパクと動かしていた男だが、三人組が若い女性を無理やり店内に連れ込んだのを思い出したのか、コクコクと壊れたように首肯していた。それを見てから頭を軽く撫でる。手は頭蓋骨をすり抜けて脳を直接揺らす。一般人相手はクリティカル攻撃し放題だな。

 店内にいた四人は無力化した。どうやら一度意識を手放した後に再び目を覚ますにはやはり時間が必要なようだ。とはいえ今回は一般人が相手だったから急所を的確に攻撃できただけだ。もし、相手が同じ忍者であれば急所に易々と攻撃が当てられるとは思えない。まだまだ対集団戦の欠点を克服したとは言い難いな。


 そこまで考えた後、『不殺術』の検証に回していた思考を一度止める。今は検証はこのくらいにしておこう。あとはさっきの三人組だ。俺は忍び足で店の奥へと進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る