第8話 逆嶋と変装

▼セオリー


 幽世かくりよ山脈の中心である都市「逆嶋さかしま」は、都市の外周部こそ平凡な住宅街といった街並みが広がっているけれど、中心地に向かうにつれて高層ビルと大きな工場が立ち並ぶ企業区画へと景色が移り変わる。

 街中を行く人の数もそれなりに多く、時間帯が昼過ぎということもあってか買い物中の主婦やスーツを着た会社員らしき人々が散見される。


「着替えをしておいて正解だったな」


 ずっと着ていた忍者装束は今は着ていない。道中にあった観光案内所のような建物に更衣室があったため、そこで着替えている。年齢的に一番違和感が少ないと思われる高校生の制服を変装用として山村からこっそり持ってきていたのだ。


「女子高生らしく見えるかな?」


「らしくも何もエイプリルは現役で女子高生の年齢だろ」


「んー、そうなんだけどさ。高校って行ったことないから分かんないんだよね」


 それを聞いて俺は口を閉じる。あの山村で忍者修行を受けていた子供たちは学校に通っている様子はなかった。教官忍者が「忍者には学も必要である」とか言ってよく勉強もさせられていたが、あれは学校とは毛色が違い過ぎるだろう。どちらかといえば昔の寺子屋が近い。


「その様子だとセオリーは高校に通ったことあるんだ」


「今も通ってるよ。もうじき卒業だけどな」


「そっか、ってことはこっちと同じ年齢ってこと?」


「そうだな、一緒だよ」


 エイプリルは「ふーん、そうなんだー」と何やら思案気に呟いていた。

 たしかにゲーム内の年齢は自由に設定できる部分だ。現実とは異なる年齢容姿にしてロールプレイングするってのはMMORPGの醍醐味でもある。

 とはいえ、俺はそこまで別人になりきるようなロールプレイは求めてない。だから年齢や容姿を現実から大きくは変えていないのだ。それにそもそもの問題点もある。容姿を老人や子供にしても声に違和感が生じる、ということだ。

 現状の感覚ダイブ型VRゲームはそのほとんどが現実の声をそのまま反映している。そのため、よほど声色を変えるのが達者でなければ会話していくうちにだいたいの年代が分かってしまう。場合によってはボイスチェンジャーまで駆使する猛者もいるらしいが、さすがにそこまでするのは少数だ。


 街中で暢気に会話していると、そんな俺たちに近づく影があった。後ろからこちらを窺っている気配も感じる。


(もしかして教官忍者の差し金か?)


 俺はそっと腰のポーチに手を這わせ、いつでもクナイを出せるように準備する。


「君たち、ちょっといいかい」


 声をかけてきたのは警察官の格好をした男だ。油断を誘うための変装だろうか。キコキコと自転車を鳴らして近づいてくる。エイプリルと目くばせをして何が起こっても対応できるようにしておく。


「今は授業中の時間じゃないかい? どうして、こんなところをうろついてるんだい」


 割と普通に注意を受けた。あれ、もしかして普通に警察官なのか? たしかに昼過ぎにぷらぷら歩いてる制服二人組は不良学生に見えるかもしれない。


「いや、今日は午前で授業が終わりだったんですよ」


 とりあえず、口から出まかせを言ってその場を離れる。警察官はあまり納得していない様子だったが離れていく俺たちを追ってまでは来なかった。


「ふー、なんとかなったか」


「別に走って逃げればよかったんじゃない? 私たちの速さなら自転車くらい簡単に振り切れるよ」


「そうか、現実じゃないんだから逃げてもいいのか」


 少々、現実と混同した対応をとってしまった。とはいえ、ゲームの世界観にはしっかりとのめり込む性分なので今後も同じような対応をしてしまうかもしれないけど。


「いいや、あんまり無茶なことはしない方がいいね」


 すると前から歩いてきた二十代くらいのスーツを着た男性が話しかけてきた。


「君ら、見たところ新米忍者だよね? 警察の特殊忍者部隊が出張ってくると厄介だよ」


 どうやら忍者であることはバレているようだ。というか、警察の特殊忍者部隊ってなんだ。めちゃくちゃ気になるワードだ。

 そんな好奇心を抑えつつ、瞬時に腰のポーチへ手を伸ばす。


「あ、ちょっと待って、そういう手荒いヤツじゃないから!」


 こちらの行動に気付いた男性は両手の平をこちらに向けて慌てたように振った。


「自己紹介がまだだったね。ボクの名前はコタロー。逆嶋バイオウェア所属の中忍頭だ」


 そういって、丁寧なしぐさで挨拶をしてきた。悪い人には見えないけど、だからと言ってすぐに信用する気にもなれない。とりあえず、疑問に思ったことを聞こう。


「忍者ってそんな簡単に自分のこと話していいのか?」


「あぁ、それはゲームへの本気度次第じゃないかな。たしかに所属とか全然明かさない人とかもいるけど、ボクはあんまり気にしないから話しちゃうね」


「そんなもんなんだな。えっと、俺はセオリーでこっちはエイプリル。察しの通り、俺たち二人とも下忍なんだ。今は傷を治せるような医療忍術が使える人を探してる」


 相手の説明に納得したのでこちらも自己紹介して現在の目的を伝えた。

 左手に持った包帯ぐるぐる巻きの右腕をギョッとした目で見るコタローは何か勘違いしたらしい。


「うわ、部位欠損は酷いね。下忍のクエストでそんな危ないのあったかな。それともPKプレイヤーキラーに襲われた?」


「いや、チュートリアルの教官忍者に刀でスパッと」


「え……、チュートリアルで?」


「そうそう」


 その後、医療忍術が使える人のもとまで案内してくれることになった。その間も情報収集も兼ねていろいろと先輩忍者であるコタローから話しを聞いた。

 例えば本来のチュートリアル最終試練は、教官忍者との組手で攻撃を一発でも当てれば合格という内容らしい。もちろん、それでも頭を使わないと一発当てるのすら難しいそうだが、少なくともその試練中のダメージは後で治してくれるものだったらしい。

 というか、そもそもチュートリアルの最終試練を逃走という形でクリアしたのも珍しいことのようだ。最終試練の組手の後は勝敗に関係なく電子巻物が現れて、所属先となる組織を決めることになる。そして、所属先を決めるとその組織が取り仕切っている都市に転移させられるらしい。俺たちのように山を下ったりという行程はない。だから逆嶋までの道中他のプレイヤーとも会うことがなかったわけだ。


「ボクはてっきり逆嶋バイオウェアに所属すると決めて転移してきた新米だと思ったから声かけたんだけどね。でも、そうか。無所属ってそういう風にもなれるんだね」


 どうやら、この巨大都市「逆嶋」は逆嶋バイオウェアという巨大コーポが取り仕切っている企業城下町らしい。中心部に見える高層ビルや工場もすべて逆嶋バイオウェアの傘下とのことだ。


「無所属って珍しいのか?」


「いや、珍しいってほどではないよ。ただクエストの受注が少し面倒だから中級者以上向けかな。その分、いろいろと自由度は上がるみたいだから上級者になると半分くらい無所属になるね」


 その後もクエストの受け方を教えてもらった。

 コーポ所属の忍者は上部からの指令という形でデイリークエストやウィークリークエストを受注できる。だが無所属はそれがない。つまり、街中でクエストを発見しないといけないわけだ。


「街中でクエストを探すってどうすればいいんだ?」


「そうだね、例えば街の中には組織とは関係ないけれど、忍者とは関係がある人々が結構いるんだ。情報屋とか忍具職人とかだね。そういった人々から依頼を受ける、とかかな」


「依頼を受けるのに人脈が必要なのか、難しいな」


「それもあって中級者以上向けなんだよ、無所属って」


「それならコーポに所属しようかな」


「そうだね、最初はそれがいいと思うよ」


「セオリーがコーポに所属するなら、私も一緒に入るね」


「おう、一緒に頑張ろうぜ」


 そんなことを話しながら歩みを進めていくと路地裏をいくつか折れ曲がった先に一軒の駄菓子屋があった。こんな路地裏に子どもがくるのかとか、駄菓子屋なんていう天然記念物のようなお店もどうなんだとか色々とツッコミどころが多いけれど、どうやらここが目的地だったようだ。

 ちなみに路地裏をここまで歩いてきた間にも、何人かのプレイヤーと思しき人とすれ違った。スーツ姿の女性とすれ違った際にコタローが会釈していたのを見るに、同じ逆嶋バイオウェア所属の忍者なのだろう。他にも小学生くらいの見た目の子どもや巫女服を着た女性もいた。

 巫女服は逆に目立つのではないだろうかと疑問に思い聞いてみたが、コタローがいうには問題ないらしい。


「この世界ではね、忍者だけが特別なんだ。だから忍者装束を着て街中を歩いたりなんてするとちょっとしたパニックになる。二人も気を付けてね。警察の特殊忍者部隊が出てくるとボクくらいのレベルだと瞬殺されるから」


「えぇ、中忍頭で瞬殺されるのかよ」


「一般人に危害を加える者へのペナルティっていう側面があるからね」


 警察の特殊忍者部隊という興味が引かれるワードにいろいろと根掘り葉掘り聞いてみた。なんでも一般人への危害や任務外でのプレイヤーキルといった行動をとるとカルマ値が加算されていき、一定値を超えると指名手配されるようになる。指名手配されると街中を歩くだけですぐに特殊忍者部隊が捕まえに来るためゲーム難易度が爆上がりするらしい。


「ちなみに警察の特殊忍者部隊と同じような仕事をする公営組織で『シャドウハウンド』ってのがあるんだけど、それにはプレイヤーも所属できるんだよね」


「へー、それは一考の余地があるな……」


 シャドウハウンド。字面から悪事を働く輩に嚙みついて離さない猟犬の姿を想像した。なかなかカッコいい。それに俺の固有忍術は対象を殺さずに無効化するのにも向いている。割と本気で所属先としてありかもしれない。

 そんな俺の様子に気付いたのか、コタローはしまったという顔を浮かべた。


「おっと教えない方が良かったかな。もしかして未来の後輩を引き抜き損ねちゃった?」


「はは、でもどっちにしろ腕をなんとかしたら一回は中央の桃源コーポ都市に行く予定だから所属先決めるのはその後かな」


「そうなんだね。それなら逆嶋バイオウェアに所属したくなるようアピールしなきゃだ」


 そんな話をしながら俺たち三人は駄菓子屋店内へと入っていった。

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