第141話 ある少女の不憫、あるいは自業自得
▼ある新米プレイヤー
ここは桃源コーポ都市。関東地方の中央に位置する都市だ。
私はここでシャドウハウンドと呼ばれる警察クランに所属している。まだ「‐NINJA‐になろうVR」を始めてから現実世界で一週間しか経っていないので、右も左も分からない新米下忍だ。
「今日は良さそうなクエストあるかなー」
シャドウハウンド中央本部基地の依頼掲示板を眺める。最近はワールドクエストシーケンスだとかいう大型アップデートを目前に控え、アクティブプレイヤーと新規プレイヤーが急増しているらしい。
かくいう私も周りの勧めで始めた新規プレイヤーだ。しかし、下忍の私からしてみると関東地方の一都市ですら広大なフィールド過ぎて、まだまだ大型アップデートによる世界の広がりを楽しむ余裕は持て無さそうだった。
なんでも昨日、ワールドクエストに関わる世界の
そうして、目についた一枚のクエスト依頼書を手に取った。
『チャレンジクエスト:情報取集(対象:下忍~中忍頭)』
やはり忍者と言えば情報収集だよね、という安直な理由で手に取ってみた。それから、チャレンジクエストというのは何だろうと思い、クエスト説明を詳しく読んでみると高難易度クエストということだった。
クエストの内容が段階によって分かれており、一段階目は下忍でも十分に対応可能な内容だが、さらに深く調べていくと中忍相当、中忍頭相当の情報収集力が必要とされるらしい。
なかなか面白いクエストだ。上手いこと中忍相当くらいの内容までクエストクリアできれば、ランク差を加味した経験値ボーナスも入るようだし、受けて得しかないクエストと言って良いだろう。
……そう思っていた時期が私にもありました。
薄暗い店内には強面の男性が五人。いずれもヤクザクランの忍者だ。聞こえてくる話は甲刃連合の内部分裂がどうだとか、パトリオット・シンジケートに取り入るのが良いかとか、そんな話をしている。
甲刃連合は関東地方で最大の規模を誇るヤクザクランだと聞いている。しかし、勢力を伸ばし続けるパトリオット・シンジケートが新たな対抗馬として嵐の目となっているようだ。
ふーん、ヤクザクランも色々と考えないといけないことが多いんだなー。
シャドウハウンドも私がゲームを始める一ヶ月ほど前に中央本部基地をまとめていた隊長が行方不明になったらしく、指揮系統の混乱などがあったらしい。特にNPCたちはバタバタと慌ただしくしていた。
まあ、その隊長さんもヤクザクランとずぶずぶな悪い人だったらしいけれど、それでも組織のトップが失脚することもあるなんてリアリティがあるというか、珍しいゲームだ。
さて、現実逃避はこれくらいにして、真面目に現状を打破する方法を考えないといけない。
私は今、桃源コーポ都市のイエローエリアと呼ばれる地区「ゲットー街」にある黄龍会が経営する証券会社、黄龍証券へと潜り込んでいた。
下忍相当の情報収集は既に終わった。近頃、羽振りの良い黄龍証券に不正流入するお金の存在があるのではないか、ということを調べるクエスト内容だ。わざわざクエストになっていることからも分かる通り、実際にどこからかお金を得ている形跡が書面に残っていた。
あとはその書類を証拠として入手し、逃げ出せば下忍相当分のクリアは保障される。しかし、その次に表示された中忍相当分のクエスト内容が気になってしまった。
不正流入しているお金の
それがいけなかった。ほどなくして黄龍会の構成員たちがずらずらと店内へ戻ってきたため、逃げ出すことができなくなってしまったのだ。
事前に調べていた情報によれば、今日は一日誰も戻ってこないはずだったのにどうして?! と混乱する頭とは裏腹に身体は即座に固有忍術を発動させる。
『
術を唱えると同時に、私の身体は瞬く間の内に猫耳の生えた半獣半人の身となった。
それと同時に私が忍び込んでいた店の奥、事務所の扉が開いた。相対する私と五人の強面集団。
「ふぅ、今日はクエストが早く片付いたな」
「クエスト報告したら新しいのを受けるか?」
「それも良いな」
五人の内二人がそんな会話をしている。他の三人は事務所のパソコンを起動させ、仕事を始めた。私に気付く素振りはない。
これが私の固有忍術『
そんな訳で私は今全力で招き猫を演じていた。部屋の端で小さくなって片手を上げる。招き猫でーす。気付かないでくださーい。
……よし、誰も気付いてないな。この忍術、効くかどうかは相手の洞察力次第なのでバレる時は普通にバレる。博打要素の強い忍術なのだ。今回は何とかなって良かった。
それはさておき情報収集を再開する。とはいえ身体は動かせないので目を動かして彼らの行動から情報収集する他ない。
ふむふむ、どうやら彼ら五人の内訳はプレイヤーが二人、NPCが三人といったところだろうか。
帰って来て早々に次のクエストの話をし始めた二人の方はおそらくプレイヤーだ。残りの三人は行動を見るにNPCっぽい。この辺はゲームを始めてすぐに違和感を覚えたところだ。プレイヤーが状況にそぐわない突飛な行動をしてもNPCはそれが見えてないかのように普段の生活に準じる行動を取るのだ。
疑問に思い、ゲームを始めてすぐにシャドウハウンドの先輩プレイヤーに尋ねたところ、NPCに情報の齟齬が起きないように記憶改変が行われるかららしい。
そんな訳だから、よく観察してみればNPCとプレイヤーの見分けは簡単につく。特にゲームの世界観やフレーバーを気にしないプレイヤーと一緒に行動しているNPCは見分けがつきやすい。
プレイヤー側が平気でメタ的な発言をするものだからNPCの動きがあからさまにNPCらしくなるからだ。
というわけで、こうして回想前の冒頭へと戻ってきた訳だ。
一人で回想シーンを挟んで今日という一日を振り返ってみた。
なんにせよ、プレイヤーはイレギュラーな動きをするから面倒だ。おそらくNPCだけであれば今日一日誰も帰ってくることは無かったのだろう。あぁ、最初の証拠を見つけてすぐに退散すれば良かった。今更後悔しても危険な状況に変わりはないのだけれど……。
どうしたもんかなーと考えていると、再び事務所の扉が開いた。
今度はトンファーを持った男とナイフを腰に差す男の二人組だ。二人の入室に気付いた事務所内の五人は挨拶を送る。
「お疲れ様です。リンガさん、キョウヤさん、お二人もクエスト終わりですか?」
「あぁ、シケたクエストだったから速攻で終わらせてきた」
ナイフの男が手を振って言葉を返す。言葉の応酬を見るにナイフの男とトンファーの男が他五人よりも上位ランクの忍者なのだろう。持っている武器も初期入手できるクナイと違い、自分に合った武器を選んでいるように見える。それなりの場数を踏んでいるだろう風格が感じられる。少なくとも私より強そうだ。
そんなことを考えていると、ふいにトンファーの男と目が合った。鳥肌が立つ。ヤバい、バレたかも。
ついでナイフの男が私のいる方向を向いた。目には『集中』により気が集まっている。これ多分、トンファーの男が私の位置を教えたな。
「なんだ、お前?」
笑みを浮かべながら問う言葉と、私へナイフを投擲してきたのはほとんど同時だった。
うわーん、さっさと逃げれば良かったー!
********************
第二章の三十二話、三十三話よりあの二人組が帰ってきた!
百数話ぶりに登場、名も無き黄龍会のナイフ男とトンファー男です。
ちなみに名前はナイフ男がリンガ、トンファー男がキョウヤです。
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