第142話 絶対絶命! 窮鼠猫をカミングスーン

▼ある新米プレイヤー


 投擲されたナイフを硬化した爪で弾く。猫娘と化したことで爪が強化されているためナイフ程度でケガは無い。しかし、招き猫の構えが解けてしまった。


「侵入者だと?」

「隠れてやがったか!」


 先に黄龍証券の事務所にいた五人がざわざわと騒ぎ立てながら私に注目した。

 あちゃー、バレちゃったよ。これで七対一だ。絶望的な状況となってしまった。


 事務所の出入口側にはナイフ男とトンファー男が立っている。あの二人は明らかに格上の雰囲気がある。あっちはダメだ。

 それなら窓を突き破って外に脱出するのはどうだろうか。NPCと思われる忍者が三人、窓際のデスクを前にして、こちらへクナイを構えている。デスクを乗り越えれば窓まで最短で到達できるだろう。


 桃源コーポ都市はNPCが弱めに設定されている。例えゲームを始めたばかりの下忍だとしても一対一なら楽勝で勝てる。複数人を相手にしてもなんとか勝てるだろう。

 問題はプレイヤーだ。最初に事務所へ入ってきた五人の内の二人も私よりはレベルが高いだろうし、後から入ってきた二人は論外だ。忍者ランク自体が私よりも上だろう。

 となると、イチかバチか窓側に飛び込んでガラスを突き破って脱出するしかない。


「窮鼠猫を嚙むということわざを知れー!」


 やぶれかぶれになりながらNPC三人へ向かって飛びかかる。どちらかというと猫はお前だろ、というツッコミはノーセンキューです。

 強化された爪による斬撃、しなやかな脚から繰り出される飛び蹴り。素早いフットワークから繰り出される技の数々にNPCでは荷が重かろう。さっさとそこをどけぇー!


 NPCを二人吹き飛ばしたところで窓ガラスまでの道が開ける。プレイヤーの方は人数差に慢心していたのか私の下へ詰め寄ってくる様子は見られない。よし、油断を誘ってなんとか逃げ切れそうだ。

 デスクを蹴って窓ガラスへ向かって跳ぶ。腕をクロスさせて叩き割る構えを取る。最後のガラスをぶち破れー!



 直後にバキッという鈍い音が室内に響いた。私は事務所の床に仰向けで転がり落ち、したたか背中を打ち付ける。そして、目を丸くさせて窓ガラスを見た。傷一つなく立ちはだかる窓ガラスの姿がそこにはあった。


「へっへっへ、なに寝っ転がってんだ?」


 ナイフの男は先ほど投擲したナイフを拾い上げつつ、笑いながら近付いてきた。


「ヤクザクランの経営する店だぞ。全ての窓が防弾強化ガラス仕様に決まっているだろう」


 私の疑問はトンファーを持った男によって解消された。

 そっかー、外からの銃弾を防げるようなガラスだったら、そりゃ体当たりじゃ突き破れないよなー。えー、もしかして、これって絶体絶命じゃん?


「うそん、逃げ道無し?」


「おいおい、窮鼠猫を噛むんじゃなかったのか? 掛かって来いよ」


「うるさーい、七対一でか弱い女の子を囲んでおいて恥ずかしくないのか! 恥を知れー!」


「いや、先に忍び込んでたのはお前だろう……」


 私が喚くとトンファー男が何を言ってるんだみたいな冷めた目で見つめてきた。


「酷い! 正論は時として心を傷つける刃となるのよ」


「自分が悪いという自覚はあったか」


「あっ、違います。私悪くないです。ちょっと道を間違えて迷い込んだんです」


「では、その手に握り締めた紙は何だ?」


 問われて自分の手を見る。左手でしっかりと握り締めた紙には黄龍証券にお金が不正流入している証拠がしっかりと記載されている。

 これは完全に動かぬ証拠ってヤツね。どうやら口八丁で乗り切る目も潰えたようだ。


「えー、ちなみに不正流入するお金の出処でどころって知ってたりする?」


「答えると思うか?」


「だよねー」


 ダメか。ここでやられても中忍相当分までクエストをクリアできれば収支プラスになるかなとか思ったけれど、そう甘くはないらしい。

 そもそも、敵の言葉を真に受けて報告した所でクエストクリア判定になるのか怪しいところだけれど。


「無駄話はこれくらいでいいか? そしたら暇つぶしに遊ぼうぜ、『戦陣術・決闘結界タイマンフィールド』」


 ナイフの男は忍術を唱えると、足で床を軽く踏み鳴らす。すると彼を中心にして円形の光が波紋状に広がっていく。ただでさえ逃げ場がないのに、その上で結界術まで張られてしまった。


「ほら、お前の言う通りフェアな環境にしてやったぜ」


 ナイフの男に言われて周囲を見回すと事務所にいた他の男たちが消えている。少なくとも結界内には居ない。


「そちらから一対一にしてくれるなんて優しいね」


「さっき言ったろう。遊びだぜ、遊び」


 狙いはいまいち読み切れないけど、この男性は明らかに慢心している。こちらが格下だからというのもあるかもしれない。しかし、このゲームの忍者は一芸特化も少なくない。相性の良い固有忍術を持っていれば格上相手でも十分に食える可能性があるのだ。

 普段、そこまでゲームをする訳じゃない私でも相手の選択が悪手だと分かる。その慢心を突き、なんとか彼を倒して逃げる道筋を見つけてやろう。


「ちなみに、さっきまでいた他の人たちはどこへ行ったの?」


「あぁ、あいつらは結界の外周部まで弾かれてるぜ。この建物だと入り口付近がギリギリ外周だろうな」


「わお、教えてくれるんだ。ありがとうございます」


 礼を述べつつ、窓からチラリと外を眺めた。ギリギリ車道までは結界が届いていない。歩道は被っちゃってるね。歩行者が困惑している様子が見て取れる。

 それから結界は上空へ向けて緩やかなカーブを描いていた。おそらく結界の範囲は彼を中心にして半径十メートル程度の円形といったところかな。

 だとすると、彼の言うことは真実味がある。事務所から出て玄関へ走っても、またさっきの人たちと遭遇してしまう訳だ。


 よし、彼を倒して結界が解けたら窓から逃げよう。防弾強化ガラスとはいえハメ殺し窓ではなく、鍵を開ければスライドして開閉できる作りになっている。

 結界さえなければ、どさくさに紛れて窓を開けて逃げようと思っていたんだけど、そうは上手くいかないよね……。なら、倒すしかない。


「よーし、ジャイアントキリングして逃げ切って見せるんだから!」




 うん、そう上手くいかないよね。

 私は地面に四肢を投げ出して倒れていた。ナイフの男はゆっくりと近付き、私の足を掴むと腕力に任せて引き上げた。

 逆さまの宙吊りである。ぶらんぶらんと身体が揺れる。全身ズタボロで動けない。多分、ナイフに遅効性の麻痺毒か何かが仕込まれていたのだろう。段々と体の自由が効かなくなっていった。


「参りましたぁー」


「下忍にしては良い動きだったぜ。だが、発想力が弱い。何をしてでも俺を倒そうって言う気概が感じられねぇ。本気度が足りねぇよ」


 ナイフ男はご高説を垂れている。そんなこと言ったって忍者ランクが違うのだから仕方ない。勝てっこないのだ。固有忍術の相性がどうとか言ったけれど、結局のところゲームはレベルが一番重要。レベルの高い相手には敵わないんだ。

 というか、倒せるならさっさと倒してくれないかな。こういう倒せるのにすぐ倒さずにいたぶるのはバッドマナーだと思う。あんまり遅いなら自決コマンドでリスポーンしたい。うん、さっさと自決するか。



 そう決意を固めていたところで突然、破壊音が隣の部屋から響いた。私とナイフ男が同時に扉の方を見る。

 途中から気付いていたけれど、この結界は音を通さない。外の音が何も聞こえないのだ。多分、無線や念話術なんかも通さなそうな雰囲気がある。

 そんな結界の中だから私たち以外に起因して発生する音が皆無だったのだ。しかし、今の破壊音は私でもなければ、目の前で私を宙吊りにしているナイフ男によるものでもない。


 外部の人間の仕業?

 でも、だとしたら一体誰だろう。


 黄龍証券の店側と繋がる扉がゆっくりと開かれる。そして、破壊音を発生させたと思われる人物が顔を覗かせた。白髪を逆立て、右手には黒いオーラを纏う曲刀を握っている。


 ……誰?

 絶体絶命のピンチに直面する私の前に舞い降りた白馬の王子様(暫定)は、今まで会ったこともない知らない人だった。

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