第一章 チュートリアルと不殺の目覚め
第1話 始まりは手荒いチュートリアルとともに
▼セオリー
眩い光に包まれた後、視界に映し出されたのは見知らぬ山村だった。他人の人生を追体験しているかのように、何者かの視点を元に映像が早回しで再生されていく。まるで映画を見ているような感覚だ。
しばらくして急な場面転換にも慣れてきて状況を理解できた。その物語の視点主は山奥の村に住み、忍者の修行に勤しむセオリーだ。つまり、忍者の卵として生まれたセオリー少年の記憶を追体験していた。
周りには10人前後の年端もいかない子どもたちが同じように修行をしている。視点の高さから言って、セオリーも同じくらいの年齢なのだろう。手裏剣投げの練習をしたり、基本の忍術を学んだり、ペアで組手をしたり、それらの修練の際には体の自由が利く場面もあった。
「基本のアクションを学びながら、世界観が分かるってとこかな」
どうやらこの山奥の村は都市の巨大コーポの一つが運営する施設であり、教官役の忍者もそのコーポ所属の忍者らしい。
あまり攻略情報やゲームの世界観を予習せずにゲームを始めていたため、都市で企業に所属しながら暗躍する忍者というのに最初は面食らった。
しかし、思い返せば販促CMでも近未来チックな高層ビルの屋上に立つ忍者が映っていた。近未来の世界が舞台ならば企業に所属しているというのも、そこまでおかしいことではないだろう。
その後も早回しでセオリー少年の人生を追体験していく中、アクションを学ぶ場面ではない一幕でも体の自由が利くことが何度かあった。
それはほとんどが選択を求められる瞬間である。特に多かったのは自らの行動で未来を決めなければいけない場面だ。
その時、目の前には崖に架かる橋があった。
橋は縄で吊り下がっており、足元には心細くなるような細い板が敷いてあるだけだ。崖下に広がる地面まではかなりの高さがあり、もし落ちたりすればいくら忍者修行をしているとは言っても無事では済まないだろう。
その橋を山で摘んできた山菜を両手いっぱいに抱えて、おっかなびっくりしながら渡っていく。俺の前を歩くエイプリルはそんな俺の様子を振り返り見て、大丈夫だよ、と安心させるように言って笑った。
エイプリルは一緒に修行をしている子どもたちの内の一人だ。長い黒髪を揺らしながら彼女も山菜を両手いっぱいに抱えて歩いていた。
そんな中、突如として強い風が吹く。山菜が吹き飛ばされないように必死に抑えているが、それでもいくらか飛んでいってしまった。
「あー、せっかく摘んだのに飛んでいっちゃった」
エイプリルは残念そうに山菜が落ちていった崖下を覗き込む。
とはいえまだ半分以上山菜は残っている。俺は明るい声を出し、励ました。
「まだ、たくさん残ってるから大丈夫だよ」
「本当? 先生に怒られないかなぁ」
「大丈夫だよ、いざとなったら俺が採った山菜を分けてあげるよ」
俺の言葉にエイプリルは少し安心したようだ。気を取り直すと、再び前を向いて橋を渡り始めた。そんな彼女の様子を見て、頭の中で教官役の忍者を思い浮かべる。体育教師系の雰囲気があり、エイプリルは苦手意識があるようだ。
俺自身も修行中に大きな声でアドバイスをくれるので、ちょっとうるさいなぁ、とは思っていた。しかし、追体験する日常風景を見る限りでは子供たちに対して親身になって指導している所が散見され、悪い人間ではないように見えた。
そんなことを考えながら橋を渡っていると、視界の端を飛翔物が飛んでくるのが見えた。崖の向こう側、橋の吊り縄が縛られた木に何かが刺さる。
「あれは、……手裏剣?!」
飛翔物はまごうことなく手裏剣だった。驚く頭を整理しつつ、周囲を確認する。手裏剣が飛んできた方向は対岸に生い茂る木々の奥からだ。
「エイプリル、忍者だ!」
俺はエイプリルに敵襲を告げ、戦闘態勢に入る。山菜を手放すと腰についたポーチからクナイを取り出し、対岸の木々の方へと注意を向ける。俺の行動を見てエイプリルもすぐにクナイを構えた。
すぐさま後続の手裏剣が飛んでくる。しかし、俺たちの方へ手裏剣が飛んでくる気配はない。それどころか先ほどと同じく吊り縄の縛られた木を狙っている。
「そういうことかよ。走るぞ!」
おそらく相手の狙いは橋の吊り縄を切って俺たち二人を崖下に突き落とすつもりだ。俺はエイプリルに指示を出して一気に橋を駆け抜ける。
その間にも吊り縄を狙った手裏剣が飛び続ける。吊り縄の内の一本が二投目の手裏剣が刺さった時点で断ち切れる。橋がぐらりと揺れて、俺たちは手すりのロープへしがみ付いた。
大丈夫だ、橋を支える吊り縄は別々の木に合計四本縛られている。まだ一本が切られただけだ。ギリギリで崖の対岸まで渡り切れるだろう。
そう思った矢先だった。すでに縄が断ち切られ、手裏剣が刺さっているだけの木へ向けて、さらに追加の手裏剣が飛来する。その手裏剣には青いオーラのようなものが薄っすらと纏わりついているように見えた。
「『撞球術・フリックコンビネーション』」
その直後、木々の奥から何者かの声が響いた。そして、発せられた言葉を皮きりに青いオーラが付与された手裏剣は弧を描いて、木に刺さっていた他の手裏剣を弾き飛ばす。弾かれた手裏剣は方々に飛び、それぞれが残った別の吊り縄を切り裂いたのだった。
橋が前方から落下していき、足に踏ん張りがきかなくなる。とっさに橋の手すりとなっている縄を掴み、反対の腕でエイプリルを抱き寄せた。
橋が落ちると同時に、俺たちも重力に任せて落下する。エイプリルが落下を予期して叫び声をあげる。しかし、俺はまだ希望を捨てていなかった。反対岸の吊り縄は無事だったからだ。縄が伸びきった時に、自分の腕が衝撃に耐えられれば地面まで真っ逆さまという結末は回避できるだろう。
生存率を上げるため、とっさに腕を縄に絡ませた。それと同時に縄が伸びきり、自身とエイプリルの体重が俺の片腕一本に支えられる。ピキッという嫌な音が鳴る。腕が悲鳴をあげているようだ。
幸いなことに痛みは無い。VRゲームのセーフティ機能として過度の痛覚は遮断されるからだ。代わりに度を越した痛みが熱へと変換される。湯たんぽを押し当てているような熱さを腕から感じる。そして、視界の端には負傷を表すアラートが点滅し始めた。腕にギリギリと食い込む縄、流れ出る冷や汗。しかし、落下はそこで止まってくれた。
「大丈夫か?」
「うん、私は大丈夫。だけどセオリーの腕の方が大変だよ……!」
縄が食い込む俺の腕を見て、エイプリルは目を見開いた。
「大丈夫だ、今は早く反対の崖に掴まろう」
俺はエイプリルを安心させるように言うと、縄をターザンロープのように揺らして崖の岩肌へ近づく。そして、これまでに学んだアクションを思い出していく。その中にあった基本技能『集中』を思い浮かべる。『集中』は気を操って様々な超人的能力を可能とする忍者の基本忍術だ。今回は気を足元に『集中』させることで垂直な壁に足を吸着させ、自由に歩き回れるようにする。
地上までは三百メートルくらいだろうか。小学生の頃に社会科見学で上った電波塔、その展望台から覗いた風景を思い出す。地上の木々はオモチャのようなサイズだ。高所恐怖症であればゲームと分かっていても足が竦んでしまうことだろう。
「よし、いくぞ……!」
一呼吸挟んだ後、エイプリルとともに二人で崖の岩肌へ向けて飛び出した。
ゲーム的なアシストのおかげで上手く両足から着地に成功した。そのまま両足に気を集中すると、垂直な壁となっている崖にしっかりと足が貼り付いた。
「実際にやってみると面白いな」
「なに暢気なこと言ってるの。はやく逃げよう」
今までの忍者修行では地味な修行が多かったけれど、今回はぶっつけ本番の実践だ。しかも生身の身体ですごい高さの崖に両足で立っているのだ。男の子ならこの楽しさに笑みが止まらないだろう。思わず謎の敵に襲撃されていることすら忘れかけた。
エイプリルに指摘されて、先ほどまで橋が架かっていた崖を見上げる。そこに見下ろしてくる人影があった。ひょろりとした細身の体躯に鼠色の忍者装束をまとい、顔にはのっぺらぼうのようにツルンとした質感のお面を被っている。片手には細長い棒を持ち、体の周囲には手裏剣がゆっくりと回転しながら浮遊している。
確実に俺たちを襲撃した相手だ。両者の視線が絡み合う、コンマ数秒の邂逅。そして、お互いを敵と認識したと同時に双方が動き出した。
俺が崖下に向けて駆け出すのと同時に、鼠色の忍者は棒を構える。その構えはビリヤードのショットを放つ時の構えに酷似していた。周りに浮遊する手裏剣の内一つが棒の先へ移動する。
「『撞球術・ドローショット』」
放たれた手裏剣はまっすぐにこちらへ向かってくる。
俺とエイプリルはアイコンタクトで左右に散開した。真ん中を切り裂くように突き抜けていく手裏剣を見る。先ほど不思議な軌道をしていた手裏剣と同じように、今回の手裏剣にも青いオーラが纏わり付いている。それを見て俺は気を引き締めなおした。直後、空中で一度停止した手裏剣は逆回転し始め、今度は崖下から俺へ向かって跳ね上がるように飛翔した。
「戻ってくるとかありかよ!」
橋が落下する際、縄に絡めた片腕は犠牲となってしまった。腕を持ち上げるくらいは出来るだろうけど、クナイを持ったりはできそうにない。となったら残る片腕で何とかするしかない。
クナイを片腕で持つと狙いを定めて手裏剣へ向ける。忍者修行の成果によって動体視力が上がっている。そのため、手裏剣を華麗に断ち切るとまではいかずとも、飛んでくるのに合わせて射線上にクナイを置くくらいはできる。
キンという金属同士のぶつかる音が響く。
上手く飛来してくる手裏剣を弾くことができた。成功に安堵しつつも、足は緩めず駆け続ける。この一連の間もノンストップで崖を駆け下りている最中だ。地面までの距離は残り半分ほど。地面まで降りれば地上に生い茂る木々の中へと身を隠すこともできるだろう。
エイプリルと顔を見合わせ、頷き合う。
不思議な感覚だ。ゲームを始めてからの時間は現実に換算すれば、まだ二、三時間くらいしか経っていない。しかし、早回しで追体験するセオリーとしての人生はそれ以上の濃密さで蓄積していた。エイプリルとアイコンタクトで意思疎通できるのも、山村で何年も一緒に修行をした仲だからだ。
(ゲームからログアウトした後、現実が久しぶりに感じたりしてな)
チュートリアルであるという意識からか、現在の危機的な状況のわりには、ずいぶんと呑気な事を考えてしまう。しかし、背後から飛んでくる追撃の手裏剣を感じ取り、そんな呑気な考えを振り払う。
背後に迫る手裏剣の軌道はまっすぐで、青いオーラもまとわれていない。ただの手裏剣だ。今回は不思議な軌道を描いたりはしないだろう。最初と同じようにエイプリルと散開して避ける。
「『忍法・影手裏剣』」
しかし、はるか崖上から声が届くと、飛んできた手裏剣の裏にぴったりと貼り付くように並行して飛ぶ手裏剣が出現した。後から現れた手裏剣にはしっかりと青いオーラが纏わり付いている。
「『撞球術・ナインボール』」
ゾワリと背筋に悪寒が走る。
第六感と言えば良いのか、今から起きるであろう事に体中が警鐘を鳴らしていた。俺が身構える中、青いオーラが付与された手裏剣が並行して飛ぶ手裏剣にぶつかる。すると、その瞬間に手裏剣が九つに分かれ、散弾のごとく俺に襲いかかった。
まずい。心中で悪態を吐く。俺は最初の手裏剣を避けるために散開の一歩を踏み込んでしまったばかりだ。重心が一方に向かってしまい、ここからさらに方向転換するには一テンポ遅れが生じる。避け切れない。
頭の中で解決法を必死に探る。避けられないなら防御はどうだ。いや、手裏剣は九つある。片腕だけではどう頑張っても守り切れない。せめて頭と心臓を守ろうと腕を身体の前へと持っていき、駆けていた足も止めて防御態勢をとる。
直後、複数の手裏剣が刺さった音が聞こえてきた。痛みはない。痛覚は遮断されているから当然だ。だが、熱さも何も俺には届いて来なかった。
腕を降ろし、前を見る。
そこにはエイプリルが両腕を広げ、俺を守るようにして立っていた。さっき手裏剣を避けるために左右へ散開していたはずなのに、どうして俺の目の前にいる?
疑問がすぐに浮かんだけれど、エイプリルの両足が崖から離れたのを見て、すぐに霧散する。あと数十メートルほどに迫った地面。重力に引かれるようにして頭から落下していく。
俺は駆けだした。
クナイも放り投げ、無事な方の腕を伸ばす。だが、そのままだと手が届かない。駆ける足に力を込める。今まで崖へと貼り付くために『集中』していた気をより強く込める。
すると崖の岩肌に吸着していた力が反転し、反発する力に変わった。そして、その力をバネにして跳躍した。
自由落下するエイプリルに並ぶと、その体を片腕で抱き寄せる。赤いドロリとした液体が腕を伝ってきた。俺はその事実に声を上げそうになるが歯を食いしばって耐える。
エイプリルを抱き締めたまま、今度は足に気を『集中』させると崖の方へ向けた。ギリギリつま先が崖の岩肌に触れて吸着する。だが、落下速度がいくらか緩まるだけで未だに落下し続ける。接地面が足りず、吸着力が足りないのか。このままだと結局地上に血の花を咲かせてしまう。
なんとか崖との接地面を増やさなければいけない。俺は最初に橋から落下した際にボロボロとなった片腕を見やる。
せいぜい肩を上げるくらいはできるだろうか。それに体を振れば鞭のように動かすこともできる。確信した俺は腹筋に力を込めると体を丸め、振り子の要領で腕を岩肌へと叩きつけた。それと同時に気を腕全体にも『集中』させた。
落下し続ける中、ガリガリと擦れて傷だらけになっていく両足と片腕。だが、それでも地上まで残り一、二メートルほどの高さでようやく落下は止まったのだった。
「なんとか生きて、下まで降りれたな」
俺は、ほっと胸をなでおろしながら、ゆっくりと地面に降り立った。
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