Non Killing Ninja’s Conquest Story ~不殺忍者の征服譚~
かなぐるい
プロローグ
ゲームスタート
▼
玄関扉の前に仁王立ちして、その時を待っていた。
宅配予定時刻は昼頃。今か今かとはやる気持ちを抑え切れず、すでに玄関扉の前で三十分以上待っていた。
程なくしてピンポーンと軽やかなインターホンの音が鳴る。お届け物でーす、という声を扉越しに聞きながら、待ってましたとばかりに玄関を開けた。
「はい!」
「えっと、……
「はい!」
俺の食い気味な玄関対応に面食らった配達員は、それでもすぐに持ち直して業務を遂行していた。後から考えると若干引き気味だったかもしれない。
配達員の持つタブレットへ電子サインを記入し荷物を受け取ると、すぐに自室へ運び込んだ。厳重に梱包された段ボールを開封し、中から感覚ダイブ用VRヘッドギアとゲームカードを取り出す。
ヘッドギアは最新モデルだ。高い買い物だったが、自分へのご褒美なのだから少し奮発してしまった。
ゲームカードは一昔前でいうところのゲームカセットやゲームソフトのことだ。現代では科学の進化によりカードサイズの薄さを実現した。
ゲームカードの表面には内蔵されているゲームのタイトルが書かれている。
「‐NINJA‐になろう VR」
そこに書かれたタイトルを見て、やっと届いたか、と興奮する気持ちがあふれ出る。
昨年二月に発売されたタイトルだが、大学受験のため泣く泣く発売日での購入を見送った話題作だった。その話題性に漏れず、発売後は瞬く間に人気ゲームとなったそうだが、ゲーム断ちしていた俺はあえて情報も断っていたため詳しくは知らない。
そんな待ちに待ったゲームなわけだ。そりゃあもう大学から合格通知が届いたと同時にネットで購入していた。
およそ一年ごしの自分へのご褒美だ。勢いで最新モデルのヘッドギアまで購入していた。浮かれ過ぎだ、自分。
俺は取扱説明書を読むのもそこそこにして、興奮冷めやらぬ手つきのままヘッドギアを手に取る。そして、ゲームカードを挿入口に挿し込むと頭に被った。そのままベッドに横たわり、ヘッドギアの電源をONにする。
俺の意識は、電子音声の案内に誘われるまま暗転していったのだった。
▼閑話休題
「‐NINJA‐になろう VR」は元々シンプルゲームカンパニーという会社が出していた「○○になろうシリーズ」というゲーム群の一つだった。
〇〇になろうシリーズはシンプルなタイトルが表す通り、テーマに沿った最低限の内容が遊べるのが売りの出来としては下から並程度のゲーム群だ。それをシンプルゲームカンパニーは数打ちゃ当たるの精神で量産していたのである。
実際、数十本に一本くらいの割合で良作と呼ばれるゲームも出せていたため、その方法は間違ってはいなかったのだろう。
最初に「‐NINJA‐になろう」が発売された時は、そもそもVRゲームですらなかった。そこそこの爽快感と薄いストーリー性、やりこみ要素はやたら難しいコンボを達成すると得られるゲーム内トロフィーくらいだ。そのため、日本での評価はせいぜい下の中程度のゲームという評価であった。
しかし、その後に転機が訪れた。
日本での発売から遅れて半年、インターネットを介してゲームを購入できる配信プラットフォームで海外向けにも売り出した。
海外でも当初の評価は日本と同じく下の中程度という評価でのスタートだったが、しばらくして海外のまだ無名に近いゲーム会社が非公式のMODを作成し発表した。MODとはゲームの改造データのことであり、非公式ではあるが追加のアクションや忍術、ファッションなどが追加された。
それは本来の忍者像とはズレていたり、2000年代初期に流行った忍者漫画やニンジャ活劇小説をパロディしていたりとやりたい放題な代物だったが、そのハチャメチャさが逆に受けたのか人気は急上昇した。
そのゲーム会社は以降も非公式MODを発表し続けた。
元の作品には無かった深遠なストーリーを導入したり、大量のユニークNPCを追加したり、しまいにはゲームを一つのサーバーに繋げて疑似的にオープンワールドMMOのように仕立て上げるといった荒業も行った。
そういったMODが作成され続けた結果、海外における「‐NINJA‐になろう」は全くの別物といってよい作品に仕上がっていた。
シンプルゲームカンパニーもそれを座して見ていたわけではない。海外でのヒットを機に「‐NINJA‐になろう」の新作を企画として立ち上げた。さらに非公式MODを発表していた海外のゲーム会社に正式な依頼をして、両者はタッグを組んだ。
噂によると準備期間は十年。長い歳月をかけ完成したのが、感覚ダイブ型VRを搭載し、前作のMODでも好評だったMMORPG要素を取り込んだ新作ゲーム「‐NINJA‐になろう VR」なのであった。
▼淵見 瀬織
暗転していた視界が次第に明るくなっていく。
気づけば畳敷きの和風建築な一室に立っていた。
「ここは……」
「ここはヨモツピラー上空、空中庭園にある始まりの間でござる」
声が聞こえた方を向くと、いつの間に居たのか片膝立ちをして頭を下げる黒づくめの男性がいた。
「申し遅れた。拙者は
「あぁ、なるほど。チュートリアルの人ってことかな」
「
なんとも胡散臭い昔言葉で話す男性を観察する。
見た目はいかにも古典的な忍者といった風貌で黒装束を身に纏っている。さらに顔に至っては黒い布で完全に覆い隠してしまっている。まるで歌舞伎の舞台で裏方として出てくる
たしか彼はゲームの公式ホームページやCMにも出てきて、至る所に潜んでいる運営側の雑用係を担う公式キャラクターだ。名前にファーストが付くということは、セカンドやサードも居るのだろうか。
そんなことを考えている内に影子は立ち上がり、一本の巻物を手渡してきた。
「これはステータスの巻物でござる。中をご覧になられよ」
影子に渡された巻物を紐解き、開いてみる。しかし、巻物の中身は無地で何も書かれていない。どういうことかと思っていると、開きかけだった巻物は俺の手を離れて勝手にするすると残りの部分まで広げられていく。
そのまま巻物の端が地面に着くまで開き切ると、空中に浮遊したまま姿見のように俺と相対した。開かれ切った巻物はとても大きく、俺の身長を超すほどだ。
そんな無地だった巻物に文字と画面が表示される。『キャラクター作成』とタブ付けされた画面に、多少ゲーム的にデフォルメされた俺の現実を模した体が映っていた。体の輪郭には影がモヤのように絡みつき、ぼやけて見える。
「これから行うのは、キャラクター作成というものでござる。今の
話を聞きつつ『腕』と書かれたゲージに触れると、それに合わせて腕の長さが伸縮する。説明と実際に動かしてみて仕様は大体把握した。
「ほうほう、それじゃあ、いろいろと弄ってみるか」
―――それから一時間後。
ようやくキャラクター作成が完了した。結局、終わってみれば現実の体を模した最初の見た目からそこまで大きく変わらなかった。そもそもダイブ型VRゲームではリアルの体との差異が大きいとプレイ時に違和感が残るという話をよく聞く。
前情報によれば、今回の「‐NINJA‐になろう VR」ではプレイヤー同士の対戦要素もあるらしい。アクション要素が含まれるのならば、その違和感が命取りになりかねない。
そういった理由から身長や手足の長さなどは現実と同じにした。その分、顔は鼻を高くしたり、目元を変えたりなどなど微調整を重ねている。さらに髪は白髪にして、ツンツンと上向きに立たせた髪型だ。
(結果的にファンタジーゲームの主人公みたいな見た目になっちゃったけど、忍者としてこれはいいのか?)
忍者にあるまじき見た目となってしまったことに疑問が湧き上がる。しかし、もうキャラクター作成を開始して一時間が経っている。さすがに今日中にチュートリアルくらいは終わらせておきたい。
「深く考えても仕方ないか。……よし、これで完成にしよう。影子さん、キャラクター作成終わりました」
キャラクター作成を開始して十分を過ぎたあたりから、湯呑みにお茶を注ぎ、座布団を用意してくつろぎ始めた影子は俺の声を聞くと即座に立ち上がった。
「やっとでござるか……おっと、ごほんごほん。さすれば次に
なんか今悪態を吐かれなかったか。あと顔布を掛けたままどうやってお茶を飲んでたんだ。様々な疑問が胸中に渦巻くけれど、それらはひとまず横に置いておくことにする。
言われるがままステータスの巻物の方を向くと、画面上部に名前を記入する欄が生まれた。名前はほとんど全てのゲームで同じにしている。そのため深く考える必要もない。
「名前はセオリーで」
すると名前欄に「セオリー」とインクがにじみ出てきた。セオリーの由来はもちろん本名の
とはいえ、プレイスタイル的には定石通りにゲームをするタイプではないのだけれど、そこは名前に縛られる必要もないだろう。
「承知した。セオリー殿、これよりチュートリアルを開始するでござる。このチュートリアルでは基本の動作を学びまする。しかし、それだけではないでござる。いくつかの選択を迫られ、その答えにより能力値が決まり、固有忍術が生み出されるでござる。後悔なきよう、自らの心と向き合い正直に答えられよ」
そう影子が言うや否や、俺の視界は眩い光に包まれたのだった。
「‐NINJA‐になろう VR」 ゲームスタート
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