第6話 エイプリルの決断
▼エイプリル
私は最終試練場からセオリーと逃げ出した後、これからのことをずっと考えていた。
忍者修行に明け暮れていたため、それ以外の生きる術を持たない私は、これからも忍者として生きるしかないだろう。忍者は主に仕え、任を果たす者だ。しかし、今の私たちの立場は抜け忍のようなもの。
(これからどうしようかな……)
隣を歩くセオリーは全く気にしていないようであった。先に進めばどうにでもなる、と思っている様子だ。楽観的とも取れるけれど、それでもこれからどうするかの指針を出してくれるセオリーは頼もしい存在に映った。
(楽観的過ぎる部分は私がフォローすれば良いんだしね)
地図を確認して、
でも、そのすぐ後にそれが理解できた。きっかけはセオリーの行動だった。
「まぁ、やってみれば分かるか」
「何をやってみるの?」
「ちょっとトイレ行ってくる」
「え? あぁ~……、はい。いってらっしゃい」
何をしてるんだろう、とジッと観察していると突然セオリーはそんなことを言って電子巻物の端を指で押す。すると、セオリーの身体が光の粒子となった。粒子は尾を引くようにして天に昇っていき、そして、糸がほどけるようにしてセオリーは消えた。
「……どういうことなの」
何が起きたのか瞬時には理解できなかった。セオリーはトイレに行ってくると言っていたはずだ。だから、道から外れた木の影に向かっていくとばかり思っていた。
(消えちゃったんだけど……。なんで? どうして?)
頭の中いっぱいに疑問符が浮かび上がる。今のは忍術とも違う雰囲気だった。もっと科学的な電子的な要素による光、という印象を受けた。
しばらく立ち呆けていると、私の目の前に電子巻物が現れた。青白く発光する巻物には、『ユニーククエスト:自由への道or腹心への道』と書かれていた。それぞれに概要が書かれており、望む方を選択して下さい、とあった。
そしてどちらを選ぶにせよ、私をただのノーマルNPCという存在から確固とした自己を持つユニークNPCへと生まれ変わらせるもの、らしい。正直、NPCという単語といい、何一つとして意味が分からない。
そう思いつつ、妙に引っ掛かりを覚えたNPCという文字を再度よく見た瞬間に別枠でもう一つ電子巻物が現れた。
「ステータス、画面?」
その電子巻物にはエイプリルのステータス画面が表示されていた。それは今まで感覚で判断していたものが数値化、文章化されている。忍術欄には自身の固有忍術のことまで正確に書いてある。突然の出来事に面食らいつつ、情報を精査していく。
これは本物だ、とすぐに理解した。そして、理解したと同時にそれが浮かび上がる。
『知識権限レベル1を解放しました。』
「知識権限? ……痛っ!」
直後、頭が割れるように痛み出した。無理やり頭の中に情報を詰め込まれていくような感覚に、思わずしゃがみ込む。それは実際には10秒にも満たない時間だったのかもしれない。しかし、私にはまるで何時間も経ったような感覚がしていた。
しばらくして、私は嘘のように引いていった痛みを確認するように、手のひらを額にあてた。その後、ゆっくりと立ち上がった。
再び『ユニーククエスト:自由への道or腹心への道』と書かれた電子巻物に目を通す。さっき読んだときは意味不明だったものが、今は理解できる。
知識権限とはNPC限定の技能。そして、この技能は世界の真実を知る権限だ。ノーマルNPCは自分がNPCだと知らずに生活している。今までのエイプリルもそうだ。
例えば、プレイヤーが死亡した後にセーフポイントで復活したり、ログアウトして突然消えたりした際には不整合性が生まれる。
それはそうだ、普通の人間は死亡した後に復活しないし、突然消えたり戻ってきたりもしない。ノーマルNPCからすればそれは不自然なことだ。しかし、そうならないように運営の構築したシステムが、ノーマルNPCの記憶を整合性が取れるよう情報改ざんする。
ここがミソだ。ノーマルNPCとユニークNPCを分ける差だ。ユニークNPCはこのシステムによる情報改ざんを知識権限のレベルに基づいて回避することができる。つまり、プレイヤーの認知が可能になるのだ。
知識権限で得た情報は、それまでノーマルNPCとして生きてきたエイプリルからすれば衝撃だ。そして、より驚いたこともある。
「セオリーはプレイヤーだったんだ……」
そのことである。知識を得てしまったがために、プレイヤーであるセオリーとNPCであるエイプリルという立場の違いに、疎外感のような例えようのない気持ちが生じていた。
それからまた電子巻物を見つめる。
『ユニーククエスト:自由への道or腹心への道』
どちらの道もユニークNPCになるということは変わらない。違いは自分を主とするか、他人を主とするか、である。
確固たる自我をもった人としての自分を優先するなら自由への道を選ぶべきなのだろう。主に仕える忍者としての自分を優先するなら腹心への道を選ぶべきなのだろう。
しかし、考えてみれば現在進行形で抜け忍への道を歩んでいる私は、果たして仕えるべき主を定められるだろうか。それにプレイヤーと知ったとはいえ、セオリーとは何年も一緒に修行を頑張ってきた仲だ。できればこれからも一緒にいたい。
そう考えると、自分の意志で活動できる自由への道が良い気がしてきた。そんなことを考えて、うんうんと唸っていると、やっとセオリーが戻ってきたのだった。
▼セオリー
「ふぅ、お待たせ。というか、俺ってどうなってた?」
俺は戻ってきて開口一番それを確認した。なんとなくエイプリルから時間経過の気配がするため、ここで立ち呆けを食らっていたんじゃないかという気がしている。悪いことをしたかもしれない。
「あ、セオリー。戻ってきたんだ」
電子巻物を前にして何か唸っているエイプリルはこちらに気付くとそう返した。やはり俺が居なくなっていた間もここに存在していたらしい。となると、この宙ぶらりんな状態はよくないだろう。
「よし、エイプリル。俺とパーティー組もう」
エイプリルは俺の出し抜けな提案に面食らった様子だ。だが、この提案はトイレで用を足しながら考えていたことだ。パーティーを組めば何かしらプレイヤーがログアウトしている間の配慮をゲーム側がしてくれるかもしれないと踏んでだ。
「……パーティー? あぁ、そっか。そういうのもあるんだね」
電子巻物を指で操作しながらエイプリルは得心がいった風に頷く。つうか、電子巻物ってNPCにも扱えるのか。てっきりプレイヤーだけのゲーム的機能なのかと思っていた。
「そのパーティーってさ、リーダーはセオリーがしてくれるの?」
そう聞いてくるエイプリルはなんだか悪戯っ子めいた笑みを浮かべていた。
パーティー申請ってNPC側からもできるのかな? でも、俺から提案したんだし、申請も俺からした方がいいか。そして、パーティーのホストは俺になるだろうから、つまり、リーダーみたいなものだろう。そこまで考えて答える。
「そうだな。特にエイプリルから異論がなければリーダーやるよ」
「うん、分かった。じゃあ、よろしくお願いします!」
なにやら思案顔だったエイプリルはそう答えてくれた。良かった、これで嫌だって言われたら俺のガラスハートは割れていた。
そんなわけで電子巻物を開き、メニュー画面からパーティー申請を送る。エイプリルの電子巻物に通知が入ったようで、すぐにエイプリルもそれを承諾した。
これでひとまずパーティーを組めたようだ。どうなるのか分からないけど一安心だ。とはいえ、ログアウト時の仕様はきっちり確認しないと傷を治癒するまで長時間のログアウトは安心してできないけども。そこはまあ、今日明日は休日で時間もあるしなんとかなるだろう。
「さて、それじゃあ私もそっちにしようっと」
パーティーを組んだことを確認した後、エイプリルはパーティー承諾を押していた電子巻物とは別の電子巻物を操作し、画面を指で押すような動作をする。
あれ、そういえば二つ電子巻物が浮かんでるけど、パーティー承諾の方はメニュー的なシステム画面だとして今エイプリルが触れた方はなんだ?
『ユニーククエスト:
すると、いつ消えるんだと思っていたクエストの画面が再び表示された。その文面には『更新』の二文字が書かれている。何故、更新されるのか。まるで意味が分からない。というか失敗の間違えじゃないのか?
そう思いつつ、クエスト画面を見ていると更新後の内容が表示された。
『ユニーククエスト:支配者フィクサーへの道 その1』
目的:腹心を手に入れる。〔達成済み〕
報酬:支配者の称号。
書かれた文面に目を通しても依然としてなんで突然こんなクエストが更新されたのか分からない。しかも、目的は知らない内に達成していた。訳が分からない。
よほど変な顔をしていたのか、俺の顔を見るエイプリルはころころと笑っていた。そして極めつけはコレだ。
「それじゃあ、ご主人様。これからよろしくね?」
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