第237話 広まる噂

▼開戦直後、とある中忍頭


 いよいよ、関東クラン連合によるワールドモンスター攻略戦が始まった。

 ある忍者は高まる感情を抑え切れず、出番を今か今かと待ち構えていた。男の名は逆嶋バイオウェアの中忍頭ゴドー。第一部隊の第二陣として後方待機している忍者だ。


 第二陣は小高い丘の上で隊列を組んで待機している。ゴドーはそこから見えるワールドモンスター『傲慢なるルシフォリオン』と、それに対抗する頭領、上忍頭たちの戦いを心震わせながら眺めていた。


 最初はルシフォリオンの巨大さに気圧されて言葉も出なかったが、開幕の雷による一撃を見て、こちらも負けていないのだと鼓舞される気持ちになった。追撃する頭領たちの攻撃もルシフォリオンの巨体を震わす威力を見せ、自分の参加している戦いの規模感を再確認させられた。


 おそらく周囲のプレイヤーたちも感じているだろう。このゲームにおける節目の戦いに参戦しているのだ、と。


 ゴドーは震える腕を鎮めるように握り拳を開く。気付けば強く握りしめていた。グーパーと繰り返し、力の入り過ぎている身体をほぐした。

 これからが本番だ。今から力み過ぎても空回りしてしまうだろう。今はとにかくルシフォリオンの動きを学習するのだ。上位の精鋭たちが身を挺してボスの攻撃パターンをレクチャーしてくれているのだ。片時も目を離せない。


「凄いな、いまだに脱落者ゼロか」


「そりゃあ、頭領と上忍頭の混成パーティだぞ。いくら未知のワールドモンスターとはいえ、そう簡単にやられるかよ」


 近くにいたプレイヤーがゴドーの独り言に返事した。それへ呼応するように周囲のプレイヤーたちが口々に今前線にいる忍者たちの凄さを語りだした。


「あの一撃はシャドウハウンドのミユキ隊長だぜ。一撃の威力がマジで凄いんだ」

「さっきから周囲を黒い影が行ったり来たりしてるでしょ、あれはヒナビシさん。全然目で追えないでしょ、なんてったって最速の忍者ですからね」

「ウチの看板娘のコヨミだって凄いぞ。たまにルシフォリオンの攻撃をシャットダウンしてる結界があるだろ、アレがそうさ」

「さっきボスの解析された情報が回ってきましたよね。アレはアカバネさんの忍術ですよ」


 それぞれ自分の所属するクランのトッププレイヤーなのだろう。まるで自分のことのように自慢げに話している。

 ゴドーだってそうだ。ヒナビシは最速の忍者としてワールドモンスターを指定地点まで連れてくる囮役を担った。その役回りの重要性、それに比例する困難さは想像に難くない。しかし、何てこと無いような顔してやりおおしてみせた。その凄さを語りたい。


 普段はなかなか交流の無いクラン同士ということも合わさってか、話に花が咲くと止まらない。しまいにはフレンド交換し始めるような呑気なプレイヤーたちも現れた。

 そこまできて、流石に気が緩み過ぎだと感じたのか上忍のプレイヤーを中心に警戒するように、との声掛けが入る。

 ゴドーはハッとして口を閉じた。危ない、まだ戦いは始まったばかりだ。




 注意喚起を受けて自クランの頭領自慢は鳴りを潜めた。そして、前線にいる忍者の働きに再び注目がいったところで疑問が生まれた。


「それにしても、あんな雷を使う頭領いたか?」


 誰が最初、口にしたのか。そんな疑問が周囲で沸き起こった。ゴドーも首をかしげる。雷を自在に操る頭領、上忍頭という話はとんと聞いたことが無かった。


「暗黒アンダー都市っていう隠しマップに雷を纏う鬼のNPCは居るって聞いたことあるな」


 シャドウハウンドに所属するプレイヤーがそんな情報を口にした。しかし、今回の戦いにNPCは基本参戦していない。選択肢からは除外される。……であれば、アレは一体誰なのか。


「そういや、最近サーバー移動してきた頭領がいたよな」

「そうだそうだ、第一部隊にシュガーミッドナイトっていう頭領が入ってたわ」

「へぇ、雷使いなのか。カッコ良くて良いなー」


 なるほど、新参の頭領がいたか。ゴドーは周囲の言葉を聞き納得した。それならまだ周囲のプレイヤーたちに固有忍術が知られてなくても違和感は無い。




 それからしばらくして、第二陣も戦場へ向かうよう合図が送られてきた。

 二度目の狼煙が上がる。それと同時に準備万端といった様子でプレイヤーたちはルシフォリオンの下へ駆け出した。


「うぉぉおおお!!」


 ゴドーも周囲の声に釣られて声をあげていた。いわゆるときの声を上げるというヤツだ。忍者というより、まるで武士の様相であったが構うまい。


 近づけば近づくほどにルシフォリオンの巨大さが分かった。まさしく山の如き巨躯。そして時折上げる咆哮も心臓にビリビリと響いてきて恐怖感を煽られる。

 しかし、それでひるむ者はもはやこの場には居なかった。全ては頭領や上忍頭たちによるお膳立てのおかげだ。ルシフォリオンの攻撃パターンは概ね頭に入っている。冷静になって動けば避けられるはずだ。


「『強弾術・貫通弾ピアスバレット』」


 ルシフォリオンを射程範囲に収めたゴドーは忍術を唱え、掌に握り込んだ鉄球を親指で弾いた。すると鉄球が高速でルシフォリオンへと飛んでいき、抉り込んだ。

 小さな鉄球だ、ルシフォリオンの巨大さを考えれば蚊に刺された程度かもしれない。しかし、相手はワールドモンスターだ。プレイヤーの参戦人数を考えれば一人の役割は大きくない。だが、この小さな積み重ねが大きな意味を成すのである。


「おっ、今のもしかして防御無視攻撃か?」


 近くで一緒に攻撃を加えるプレイヤーが目ざとく聞いてきた。ゴドーは少し警戒気味に答える。


「一応、そうだ。ただ完全に防御無視できる程じゃない」


「それでも今回の敵は物理耐性がかなり高いみたいだし、活躍できるんじゃないか」


「どうだろうな」


 ゴドーの固有忍術は「弾く」という動作を強化する。限定的な忍術だが、その分だけ強化のバリエーションの幅が広い。防御無視の他に、相手をどこまでも追いかける『追跡弾ホーミングバレット』、着弾の瞬間まで弾が見えなくなる『消失弾バニシングバレット』など多様な効果を付与できる。


 この自身の固有忍術が持つ器用さをゴドーは愛していた。特別派手な忍術という訳でもない。どちらかといえば地味な方だろう。手裏剣やクナイにも適用しにくいので小型鉄球という特殊な忍具をオーダーメイドする必要だってある。

 しかし、それでも彼は愛していた。地味で少々癖のある固有忍術だが、それでも活躍の場面は必ずある。むしろ、自分の手で自身の固有忍術の素晴らしさを見せつけてやりたいとさえ思っていた。



 そんな彼に願っても無い機会が訪れた。



「あなたが防御無視を付与できるプレイヤーですか?」


 突然、声を掛けられた。

 ふわりと音もなく現れた女性はまるで体重を感じさせない軽やかさで背後を取っていた。いくらルシフォリオンへの攻撃に集中していたとしても、背後を取られて声を掛けられるまで気付かないなんて有り得ない。


「あんたは?」


「申し遅れました。私はシャドウハウンド所属、頭領のミユキと言います」


「と、頭領?!」


 一体、頭領が何の用があって俺の所へ来たのか。ゴドーは驚きで一瞬身体の動きを停止させてしまった。


「実は私の攻撃はルシフォリオンにあまり効いていないようでして」


「あの地響きが聞こえるほどの一撃がですか?」


 序盤観戦していた時、シャドウハウンドのプレイヤーが誇らしげにミユキの攻撃を褒め称えていた。実際、ルシフォリオンのリアクションを見るに一番ダメージを与えているように見えた。


「えぇ、あれはルシフォリオンが効いていると見せかけているだけなんだそうです」


 にわかには信じがたかったが、頭領がそういうのだ。そうなんだろう。


「それで、どうして俺のところへ?」


「あなたが防御無視の効果を付与できると聞きました」


「さっきのアイツか」


 ゴドーの攻撃を目ざとく防御無視だと気付いた忍者。彼は今もゴドーの近くでルシフォリオンへ攻撃を加えていた。しかし、ゴドーが見ているのに気付くと手を頭に当てて誤魔化すように笑ってみせた。

 なるほど、どうやら頭領へ連絡したのは彼で間違いないのだろう。


「それで俺の固有忍術を知ってどうするんです」


「もし良ければ協力しませんか?」


「きょ、協力?」


 思ってもみない返事だった。


「俺が頭領にできることなんてありませんよ」


「いえいえ、あなたの固有忍術ならあのデカブツに痛い目を見せてやれます。その手伝いを私にさせてください」


 意味が分からなかった。そもそも頭領がこんな風に下手したてに出て接することが理解できない。

 しかし、不思議と気分は良かった。あれだけ褒めそやされていた頭領が自分へ協力を要請している。自分と自分の固有忍術が必要とされているのだ。彼にとってそれ以上に好ましいことは無かった。


「分かりました。作戦を教えてください」


 こうしてゴドーはミユキの提案に乗ったのだった。

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